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1章:最果て編
16 出会い二つ、分岐点
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イルグラント王国の中央からやや北西寄りの海岸線に位置する港町イェッツ。穏やかな気候と海流の恩恵を受ける王国有数の貿易港でもある港町の一角。水夫や、商船を利用する商会のために設けられた倉庫街の片隅で、アレスティアは密かに人と会っていた。
相手の身なりは成金貴族の坊ちゃんといった風。服の厚みが容易に窺える体形はふくよかではないが鍛えている様子でもない。派手な色合いの衣類や装飾品身に着け、実用性皆無の芸術品のような剣を携え、偉そうにピンと張った髭を暇そうに撫でている。傍から見ても話しなどまるで聞いていないように見えるが、これまでアレスティアが話した内容を全て理解した上で考察と推察を交えた答えを端的に返す。
「僕はどちらかというと反対。大を付けてもいいよ」
齢四十に迫りそれなりの貫禄を醸し出し始めた目尻のシワを片手で抑えながら、イェッツの町を収める貴族――レウネス・クラード=イル=ハーネスは、声を抑えてアレスティアの肩にもう片方の手を置いた。
「やはり無理か?」
「絶対に無理とまでは言わないよ。もし僕が君に賛同するときがあるとすれば、それは王国が危険に見舞われたときだろうね。それも国家を丸ごと転覆させるような大事件。それこそ王国の中枢で魔王が復活した、とかかな。まあ、魔王が復活することも、それが王国の中枢で起きることも無いだろうけど」
可能性の全てを考慮し、より現実的な選択で最悪の結果を辿ったとしてもそこまでの災禍は降りかからないとレウネスは結論付ける。
「第一、君は突拍子もないことを言い出すね。魔王が封印されている位置を特定することは出来ないか、だって? あれは各国合意の上で厳重な封印を施し自我を殺してから万全の破邪で滅する計画だろう。そろそろ魔王封印の千年記が近づいてきてるけど、帝国の見積もりだと、事を構えるにはまだしばらくはかかるそうだよ。せっかく平和を謳歌しているというのに、何がどうして封印の位置を知りたいなんて発想に至ったのか訊いて問題はあるかい?」
「いや、ない。あんたも“七光”の噂は聞いてるだろ?」
「七色のマナを放つ謎の存在かい? 無論だね。この街に立ち寄るどの商会も、噂の出所について血眼になって探しているよ。世界樹と同じ万能の魔力。手に入れることが出来れば、さぞ儲かること間違いなし。共和国の勇者殿は何か確たる情報でも持っているのかい?」
「それもない。が、面白い体験をしたものでな」
「興味が湧くね。勇者殿にして面白いと言わせる体験。その話はここで聞いても?」
「いやなに。災厄の魔物を独りで打ち倒せる者がいるかもしれないというだけの話だ」
「へえ。災厄の魔物を独りで、か。確かに面白いね」
「災厄の魔物……災厄の、魔物……?」と呟いてレウネスは時間差で目を見開いた。
「……君、本当に突拍子もないことを言うね。仮にそんな人材がいるんだったら、王国や共和国どころか帝国までもが動き出す筈だろう? 僕はそんな話は噂でも情報でも耳にしたことがない。事実確認も容易には取れないね。はっきり言って妄想としか思えないよ」
「まあ、これは俺の妄想だが」
「なんだい……ま、それはそれとして、その妄想と魔王封印云々の関係性を話してくれたまえよ」
「まあなんだ。例えばの話だが、純粋な魔力のみで災厄の魔物を倒せるような人物がいるとしたら、仮に存在するとしてだ、そいつなら魔王に勝てると思うか?」
「方法に依るね。単純な攻撃では無力なのは間違いないだろう。災厄の魔物を打ち倒す魔力を破邪に転換出来れば、確かに魔王にも抗えるかもしれないけど……ちょっと計算してみようか」
言葉を続けるにつれて興味の中に真剣さが混じり始めたレウネスは、短い杖を取り出して魔力を込める。
すらすらと空中に魔力で文字や数式を記してはぶつぶつと呟きながら消して、また書いてを繰り返す。
「災厄の魔物の魔力って上級魔導士が何人分だったかな?」
「知らん。当時の帝国の勇者の倍近くはあったという話は聞いたな。あの代の帝国の勇者は馬鹿みてえな魔力保有量だったって聞くぜ」
「当時というと百年ほど前……の帝国の勇者というとカイン・ヴェルファイトか。上級魔導士百人分か。過去に活躍した英霊も覚えてないのかい君は」
レウネスには既に知識としてあったのか、軽口を叩きながら具体的な目安を定めて計算を進める。
「いやだって帝国の勇者だろそいつ。俺が知るかよ。共和国のですらうろ覚えなんだぞ?」
「威張って言うなよな君……っと、出たよ。でも答えは言うまでもないけどね。可能だが意味がない」
「ほう。意味がないとは?」
「単独で魔王に匹敵するってことはそいつもまた魔王になれるからね。破邪に特化していたとしても、魔王級の魔力保有量の時点で規格外の化け物さ。力とは、あるだけ罪だ、まったくね」
「もしそうなったら、今度は俺達勇者がそいつを何とかする番ってか」
「つまり魔王を封印出来ている現状が何よりだよ。仮にそんな人材がいるとしても、表沙汰にせずひっそりと生きていてもらった方が世界のためだね。余計な火種は見つからないに限るよ。僕はそんな人材がいるなんて妄想はしないし、現実にいても知らぬ顔をするね」
「結局はそうなるよな」
「答えは出てるのにわざわざ訊いたのかい? それなら僕も訊こうか。君はこの話のどこまでが実現すると思ってるんだい? そういった人材がいるという妄想の上でだけど」
「や、正直可能性があるかどうかの模索中だ。実際に行動に移すつもりはないし実現させる気もない。その気ならあんたに相談なんてしてないだろうからな。王国の勇者に報せが行ったら面倒だ」
「これ相談だったんだ? 面白い話だったけど……まあ、面白い話だったね」
会話が途切れる。
話すことはもうないのか、考え込むように壁に寄り掛かったアレスティアを見てレウネスは「もういいかい?」と小首を傾げる。
「ん。ああ、時間を取らせたな。そうだ……礼と言ってはなんだが、あんたの息がかかっている商会に一つ依頼してもいいか?」
「僕の商会は高いよ? で、何を依頼するんだい。法に触れない範囲でならそれなりに取り揃えている自信はあるけど」
「荷物をな、送りたいんだ。女物の衣服と……長弓だったか。近々王国軍の遠征隊が編成される筈だから、それに紛れてほしい。行先は最果ての荒野だ」
「うん。実に君らしい突拍子もない場所を指定してくれるもんだ。王国軍に紛れてというのも実に奇妙だ。まさかまさか、守秘義務が発生する案件だったりしてね」
「これまでの話を信じるなら、あんたに守秘義務は必要ないだろ?」
「ちょーっと待ってくれないか。え。さっきの話って……え?」
「本当のことはほとんど言ってないぞ」
「あー……そう……これは僕が直接取り扱う案件として法外な報酬吹っ掛けるからそのつもりでね?」
「支払いは共和国の俺の自宅まで頼む。見ての通り今は素寒貧でな。詳細は……また後日伝えるよ。いい物でも見繕っておいてくれ」
今度こそ話は終わりとばかりにアレスティアはレウネスに別れを告げて倉庫街を去っていく。
後に残されたレウネスはというと、悩ましいやら腹立たしいやら複雑そうに両手をわなわなとさせて額を抑える。
「そうだよ……勇者がわざわざ妙な妄想話をするためだけに人払いをする筈ないじゃないか……巻き込まれた。巻き込まれたねこれは!」
レウネスの叫びが倉庫街に響き渡る。細部は口に出していないので問題ないと、言い訳して。
「相手が勇者ってのが悪い……言外に他人に漏らすなって意図が見えてるのも拙い……どうして僕に話を持ち掛けたかなあ……王国軍……最果て……せめて名目ぐらいは用意してくれていてもよかったんだよ?」
イェッツ中央に位置する自身が経営する個人商会に戻った後も、レウネスは悩み続けた。
この後も実に十日ほど悩み続けるのだが、その理由については商会の誰もが訊けず終いだった。
当然、レウネスが悩んでいたことなどアレスティアは知らない。
ただ、少しでも礼を返せただろうかと物思いに耽った程度だった。
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所変わって最果ての荒野。
見た目にはいつもと変わらない大地。
風が吹き荒び、砂塵が舞い上がり陽の光が乾いた大地を温めていく。
動く者は誰もいない。物ですらも、せいぜいが枯れ果て根が朽ち種子を含んだまま風に運ばれて荒野をさまようタンブルウィードの類のみ。
いつもと何ら変わりのない荒野の光景。
そこに、人影が二つ。僅かな台地の起伏に紛れ、最果ての荒野に不自然にそびえ立つ人工の塔へとにじり寄る姿がある。
一つは小柄な少女。くすんだ茶色の毛髪は舞い散る荒野の砂に塗れて景色と同化している。袖や裾など、風になびくような部位を持つ衣服の着用は見られない。遠視による警戒を疑い、自らの動き以外に目立つ要因を極力排除した姿とでも言うべき軽装の極致。最低限の布地で身を包むその装いは、有り体に言ってしまえば、隠すべきところしか隠れていない。こめかみのやや上からぴょこんと生えている尖った獣の耳と僅かな布地を避けるようにぶらりと下がった尾でさえも、神経を尖らせているのか微動だにしない。
もう一つは大男。こちらは何も隠すことなく隠れることなく堂々と塔へ歩いて向かっている。短く切り揃えられた髪は黒。赤茶けた荒野の大地ではともすれば影とも見間違えることもあるが、明らかに動いているためにそうは見えない。背中には巨大な剣。小柄の方とよく似た形の獣の耳に尾。衣服については似つかず重装備。上着に上着を重ね外套までも二重に着込んでいる。当然、汗も相当量が衣服に吸われて重みとなっている。
男は時折背後へ視線を送って少女が付いてきていることを確認する素振りを見せる。
周囲の警戒を怠ることなく、いつ奇襲されても対応出来るようにと剣の柄に手を添えて。
慎重に、しかし淀みなく歩を進める。
やがて、何事もなく塔へと辿り着いた男は訝しみながらも塔側面の破壊された箇所を見つけると、外から中を窺う。
採光している様子のない暗い塔の内部、その中央にて、ポツンと座っている人の姿を視認する。
両膝を折って体重を支える姿勢で、目を瞑って何事かの言葉を呟いている。
辺りの暗さに引けを取らない深い黒の髪。薄手の奇妙な衣服。傍らで光を放っている物体は全身鎧の残骸か。
それらから分析して、今剣を抜いて突貫すれば大いに勝機はあると踏んだ。
耳と鼻の感覚を研ぎ澄ませる。
聞こえるのは風の音、党の内部にて鎮座する人間の息遣い。
匂うのは乾いた砂塵に塗れた人間の臭いとの奇妙なことに澄んだ清流の匂い、それと長らくご無沙汰だった大地の実りの匂い。
他にはない。およそ他に生命が潜んでいるということはないと判断して、後方で控えていた少女を呼びつける。
用心して隠密行動を心掛けていた少女は軽やかに駆け寄って来た。
「目星は?」
「アレ一人だ」
風の音よりも小さな声で訊ねた少女に男は懐から取り出した短剣を渡す。
「警戒する必要もなかったようだ。人間が一人なら小細工も必要無い」
「そうは言うけど、逆に怪しいの。荒野のど真ん中にこれだけの建造物を建てておいて住んでるのが一人なんていうのは……なんていうか贅沢?」
「だが臭いは他に何も感じない。念のためというのなら背後を警戒しろ。入るぞ」
男が一歩踏み出すと、伽藍堂の中央にいた人間が静かに立ち上がる。
その目を力強く閉じたまま。
「……えっと、いらっしゃいませ?」
物音一つ立てずに立ち入ったにも関わらず、あたかも周りが見えているかのように応対する人間に剣を向ける。
明らかに敵対と見える行動に、しかし人間は臆した様子もなく言葉を続ける。
「たぶん、荒野に住んでた人……ですよね?」
声に震えがあるが、怯えや恐怖といった臭いは感じない。それなり以上の緊張感は抱いているようだが、敵対心も窺えない。
男は警戒しながら少しづつ距離を詰める。一息に斬り掛かるために。
「……あれ? そこにいますよね?」
人間は、男が殺した気配を察知しておきながら悠長な言動で首を傾げる。目を開けてみればそれも分かるというのに、頑なに閉じたまま。
「あの……せめて何か喋ってほしいかなって……」
人間が後退る。間合いは、あと少し。
あと一歩。
(――殺った)
男が姿勢を低く地面を踏みしめて一歩を、
「そこまでです。獣人の剣士」
「っ――マイカ様!?」
踏み出そうとしたすぐ後ろで、背後を警戒していた筈の少女の首元に突きつけられた短剣を見た。
腰ほどまでに伸びた金髪を風になびかせながら、唐突に現れた襲撃者は少女の両腕を関節の動きから拘束して地面に押し倒した。
「気配遮断――魔術の反応なんてなかったの!?」
「アコ、会話の必要はありません。襲ってきたのなら覚悟も出来ている筈ですから」
「え……ちょっと待っ――ひやっ!? な、なんで刃物向けられてるの私?!」
男はこの場にいる三者三葉の反応を窺い、とっさに人間を人質に取ろうと地面を蹴った。
ようやく開いた目で見た現状を、瞬時に判断出来ないような愚鈍な人間だ。獣人特有の俊敏な動きで詰め寄れば、逃げることはおろか反撃すらも出来ないと踏んで。
背後で短剣を突き付けられている少女の安否が脳裏を過ぎったが、不意を突いた時点で殺さなかったことからこちらが決定的な行動を取らなければ手を下さないと見た。
まずはこちらも人質を取って状況を互角に。そこから交渉、最悪は殺し合い。
そう考えて、手を伸ばした先の人間の姿がブレて見える。
「――なっ?!」
その直後には既に人間の姿はそこに無く、地面に叩きつけられたかのような衝撃に襲われた。
痛みに耐え、よろめく体勢を立て直す間もなくそのまま塔の外へと弾き出される。
何度か転がりようやく立ち上がった男の頭上で、その人間は手をかざしていた。
ここまでの間でいったい何をされたのか。男の頭では理解出来ていない。
少女の身を心配して辺りを見渡した男は、金髪の襲撃者もまた、己の頭上で少女を人質に取ったままだということを確認する。
「ご、ごめんアリアちゃん……とっさに飛んだから勢いつけ過ぎちゃって……」
「大丈夫です、アコ。ちゃんと守りの術は習得していますから」
男はそこで察した。
形勢を覆せずに少女を人質に取られたこの状況。
詰んだ。
そっと剣を地面に下ろして両手を上げる。
「……俺の負けだ」
男は剣を交えることもなく、力の一端を窺うこともなく敗北した。
その事実に歯噛みしながら、膝を着いて見上げる。
恐らくはまだ成長途上であろう黒髪と金髪の少女。
そこでようやく、男は片方がエルフ族であることに気づく。
そうであるなら、この人間に見える者も亜人か。
そもそもの境遇を察すれば、迫害されたエルフが迫害する側の人間と行動を共にする理由がない。
人間が最果てにいるはずがないことも、今更ながらに思えば妙な話だった。
そんな後悔が男に押し寄せた。
「つまり俺は小娘と侮った訳だな……」
「む……子供で悪いですか」
「この場合褒めてるんだと思うよ……実際アリアちゃんは見た目通りの年齢なんだし?」
「それはそうですが……っと、おとなしくしてください」
「はな、ボクを離せ――!」
エルフの腕の中に抱かれている少女が暴れ、二人はやむなく地上へ下りる。
「アコ、しばらくこの娘をお願いします。私はそちらの男の武装解除をしますので」
「この娘って……アリアちゃんもたいがい小娘――」
「アコだってそう変わらないじゃないですか!」
「あ、うん……そうだねごめん……?」
エルフの少女は緊張感をまったく感じさせないやり取りで少女の身柄を押し付けた。
そうして短剣をしっかりと握りしめ、刃を男へ向けて近づく。
「まず外套を脱いでください。ゆっくりです」
「生憎だが俺の得物はこいつだけでな」
指示された通りにゆっくりと外套を脱ぎ、そのまま上着に手を掛ける。
「あ、アリアちゃんちょっと待って……」
その様子を見ていたもう一人が呼び止める。
少女を抱きしめる手が、しっかりと少女の視界を隠す形で顔を覆っている。
「なんですか、アコ?」
「えっと、武装解除ってあれだよね……アリアちゃんと契約したときの……アレ?」
「そうですがなにか」
「や……あ、うん……いや、ちょっとね、それは問題があるというか……なんと、いうか……」
そう言って、自分と、少女と、男の間を視線が泳ぐ。
その顔が紅潮するのを見て男は言わんとしていることを察したが、エルフの少女はきょとんとした表情。
「……何か問題ですか?」
「問題だと思うんだけど……え。そういうのは普通なの……? え、ええ……わ、私ちょっと、この子とあっち行ってるね……?」
顔を赤らめながら逃げ出すように少女の手を引いて塔の中へと駆けて行く。
敗者に強制すべき武装解除もせず、敵対心などないかのように、迷子でも拾ったかのように少女の手を引いて。
「問題だな。マイカ様が戦えぬなどとは一言も言っておらぬが。武装解除もせずに拠点へ連れていくなど、どうかしている」
「そうですね。アコは、何かを敵と明確に判断する基準がひどく曖昧な節があります。だから私がしっかりしないと……」
仕切り直すように短剣を突き付け、エルフの少女は残りの衣服も脱ぐように男へ促す。
「だがよいのか。俺はこのまま脱いでも構わんが」
「早くしてください。武器を隠し持っている可能性は拭えないのですから」
「あの娘のせいで俺まで緊張感が失せてきやがった……訊くが、本当に脱いでいいんだな?」
「なんでしたら脱がせましょうか」
本来ならそうすべきだが、塔の内から心配そうにこちらを覗き見る少女の姿を見て首を横に振った。
「そうなると……高い確率で勘違いされると思うがよいのか?」
「……なにをですか」
もったいぶるように言葉を濁す男にエルフの少女は苛立ちを向ける。
脱ぐなら脱げ。脱がないなら脱がす。
そういった目で睨みつけながら。
「ふむ……では言うが、男の裸に、女が寄り添う事情などそう多くは無いと思うのだが」
「……っ――っっっっっっ?!」
ようやく発言の意図に気づいたエルフの少女が顔から火を噴いた。
「変、態――!」
「戦場では当然だがな……」
あまりに似つかぬ言動。互いに敵と判断した上での相対し方を弁えていると思えば、年相応の生娘のような反応をする。
それが、あまりに可笑しくて、男の身体から緊張の糸が切れた。
「で、俺は脱げばよいのか? 脱がされればよいのか?」
男は煽るようにわざと下卑た笑みを見せて服に手を掛ける。慣れた手つきで結び目を解き、あとは一引きするだけで荒野に素肌を晒すだろう。
わずかに背徳感に似た何かを感じながら、威圧するように詰め寄――
「い……ぁ、や……ア、アコおおおおおおおおおおおおおおお!」
「……おう?」
詰め寄ると、エルフの少女は一目散に逃げ出した。
男としては、顔を赤らめながらも気丈に振る舞うと読んでいただけに、全裸一歩手前の恰好で立ち尽くすという滑稽な恰好で取り残される形となった。
「……釈然とせん……これでは脱ぐだけ赤っ恥――なるほど。こういった敗者の報いもあるのか……あるのか?」
先ほどまで戦おうとしていた気概など消え失せ、塔の内から汚物を見るような目でこちらを指さす三人の少女たちの視線がちくちくと痛んだ。
そう、三人。
仲間であるはずの少女にすら、獣扱いされて、男は人知れず傷心した。
相手の身なりは成金貴族の坊ちゃんといった風。服の厚みが容易に窺える体形はふくよかではないが鍛えている様子でもない。派手な色合いの衣類や装飾品身に着け、実用性皆無の芸術品のような剣を携え、偉そうにピンと張った髭を暇そうに撫でている。傍から見ても話しなどまるで聞いていないように見えるが、これまでアレスティアが話した内容を全て理解した上で考察と推察を交えた答えを端的に返す。
「僕はどちらかというと反対。大を付けてもいいよ」
齢四十に迫りそれなりの貫禄を醸し出し始めた目尻のシワを片手で抑えながら、イェッツの町を収める貴族――レウネス・クラード=イル=ハーネスは、声を抑えてアレスティアの肩にもう片方の手を置いた。
「やはり無理か?」
「絶対に無理とまでは言わないよ。もし僕が君に賛同するときがあるとすれば、それは王国が危険に見舞われたときだろうね。それも国家を丸ごと転覆させるような大事件。それこそ王国の中枢で魔王が復活した、とかかな。まあ、魔王が復活することも、それが王国の中枢で起きることも無いだろうけど」
可能性の全てを考慮し、より現実的な選択で最悪の結果を辿ったとしてもそこまでの災禍は降りかからないとレウネスは結論付ける。
「第一、君は突拍子もないことを言い出すね。魔王が封印されている位置を特定することは出来ないか、だって? あれは各国合意の上で厳重な封印を施し自我を殺してから万全の破邪で滅する計画だろう。そろそろ魔王封印の千年記が近づいてきてるけど、帝国の見積もりだと、事を構えるにはまだしばらくはかかるそうだよ。せっかく平和を謳歌しているというのに、何がどうして封印の位置を知りたいなんて発想に至ったのか訊いて問題はあるかい?」
「いや、ない。あんたも“七光”の噂は聞いてるだろ?」
「七色のマナを放つ謎の存在かい? 無論だね。この街に立ち寄るどの商会も、噂の出所について血眼になって探しているよ。世界樹と同じ万能の魔力。手に入れることが出来れば、さぞ儲かること間違いなし。共和国の勇者殿は何か確たる情報でも持っているのかい?」
「それもない。が、面白い体験をしたものでな」
「興味が湧くね。勇者殿にして面白いと言わせる体験。その話はここで聞いても?」
「いやなに。災厄の魔物を独りで打ち倒せる者がいるかもしれないというだけの話だ」
「へえ。災厄の魔物を独りで、か。確かに面白いね」
「災厄の魔物……災厄の、魔物……?」と呟いてレウネスは時間差で目を見開いた。
「……君、本当に突拍子もないことを言うね。仮にそんな人材がいるんだったら、王国や共和国どころか帝国までもが動き出す筈だろう? 僕はそんな話は噂でも情報でも耳にしたことがない。事実確認も容易には取れないね。はっきり言って妄想としか思えないよ」
「まあ、これは俺の妄想だが」
「なんだい……ま、それはそれとして、その妄想と魔王封印云々の関係性を話してくれたまえよ」
「まあなんだ。例えばの話だが、純粋な魔力のみで災厄の魔物を倒せるような人物がいるとしたら、仮に存在するとしてだ、そいつなら魔王に勝てると思うか?」
「方法に依るね。単純な攻撃では無力なのは間違いないだろう。災厄の魔物を打ち倒す魔力を破邪に転換出来れば、確かに魔王にも抗えるかもしれないけど……ちょっと計算してみようか」
言葉を続けるにつれて興味の中に真剣さが混じり始めたレウネスは、短い杖を取り出して魔力を込める。
すらすらと空中に魔力で文字や数式を記してはぶつぶつと呟きながら消して、また書いてを繰り返す。
「災厄の魔物の魔力って上級魔導士が何人分だったかな?」
「知らん。当時の帝国の勇者の倍近くはあったという話は聞いたな。あの代の帝国の勇者は馬鹿みてえな魔力保有量だったって聞くぜ」
「当時というと百年ほど前……の帝国の勇者というとカイン・ヴェルファイトか。上級魔導士百人分か。過去に活躍した英霊も覚えてないのかい君は」
レウネスには既に知識としてあったのか、軽口を叩きながら具体的な目安を定めて計算を進める。
「いやだって帝国の勇者だろそいつ。俺が知るかよ。共和国のですらうろ覚えなんだぞ?」
「威張って言うなよな君……っと、出たよ。でも答えは言うまでもないけどね。可能だが意味がない」
「ほう。意味がないとは?」
「単独で魔王に匹敵するってことはそいつもまた魔王になれるからね。破邪に特化していたとしても、魔王級の魔力保有量の時点で規格外の化け物さ。力とは、あるだけ罪だ、まったくね」
「もしそうなったら、今度は俺達勇者がそいつを何とかする番ってか」
「つまり魔王を封印出来ている現状が何よりだよ。仮にそんな人材がいるとしても、表沙汰にせずひっそりと生きていてもらった方が世界のためだね。余計な火種は見つからないに限るよ。僕はそんな人材がいるなんて妄想はしないし、現実にいても知らぬ顔をするね」
「結局はそうなるよな」
「答えは出てるのにわざわざ訊いたのかい? それなら僕も訊こうか。君はこの話のどこまでが実現すると思ってるんだい? そういった人材がいるという妄想の上でだけど」
「や、正直可能性があるかどうかの模索中だ。実際に行動に移すつもりはないし実現させる気もない。その気ならあんたに相談なんてしてないだろうからな。王国の勇者に報せが行ったら面倒だ」
「これ相談だったんだ? 面白い話だったけど……まあ、面白い話だったね」
会話が途切れる。
話すことはもうないのか、考え込むように壁に寄り掛かったアレスティアを見てレウネスは「もういいかい?」と小首を傾げる。
「ん。ああ、時間を取らせたな。そうだ……礼と言ってはなんだが、あんたの息がかかっている商会に一つ依頼してもいいか?」
「僕の商会は高いよ? で、何を依頼するんだい。法に触れない範囲でならそれなりに取り揃えている自信はあるけど」
「荷物をな、送りたいんだ。女物の衣服と……長弓だったか。近々王国軍の遠征隊が編成される筈だから、それに紛れてほしい。行先は最果ての荒野だ」
「うん。実に君らしい突拍子もない場所を指定してくれるもんだ。王国軍に紛れてというのも実に奇妙だ。まさかまさか、守秘義務が発生する案件だったりしてね」
「これまでの話を信じるなら、あんたに守秘義務は必要ないだろ?」
「ちょーっと待ってくれないか。え。さっきの話って……え?」
「本当のことはほとんど言ってないぞ」
「あー……そう……これは僕が直接取り扱う案件として法外な報酬吹っ掛けるからそのつもりでね?」
「支払いは共和国の俺の自宅まで頼む。見ての通り今は素寒貧でな。詳細は……また後日伝えるよ。いい物でも見繕っておいてくれ」
今度こそ話は終わりとばかりにアレスティアはレウネスに別れを告げて倉庫街を去っていく。
後に残されたレウネスはというと、悩ましいやら腹立たしいやら複雑そうに両手をわなわなとさせて額を抑える。
「そうだよ……勇者がわざわざ妙な妄想話をするためだけに人払いをする筈ないじゃないか……巻き込まれた。巻き込まれたねこれは!」
レウネスの叫びが倉庫街に響き渡る。細部は口に出していないので問題ないと、言い訳して。
「相手が勇者ってのが悪い……言外に他人に漏らすなって意図が見えてるのも拙い……どうして僕に話を持ち掛けたかなあ……王国軍……最果て……せめて名目ぐらいは用意してくれていてもよかったんだよ?」
イェッツ中央に位置する自身が経営する個人商会に戻った後も、レウネスは悩み続けた。
この後も実に十日ほど悩み続けるのだが、その理由については商会の誰もが訊けず終いだった。
当然、レウネスが悩んでいたことなどアレスティアは知らない。
ただ、少しでも礼を返せただろうかと物思いに耽った程度だった。
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所変わって最果ての荒野。
見た目にはいつもと変わらない大地。
風が吹き荒び、砂塵が舞い上がり陽の光が乾いた大地を温めていく。
動く者は誰もいない。物ですらも、せいぜいが枯れ果て根が朽ち種子を含んだまま風に運ばれて荒野をさまようタンブルウィードの類のみ。
いつもと何ら変わりのない荒野の光景。
そこに、人影が二つ。僅かな台地の起伏に紛れ、最果ての荒野に不自然にそびえ立つ人工の塔へとにじり寄る姿がある。
一つは小柄な少女。くすんだ茶色の毛髪は舞い散る荒野の砂に塗れて景色と同化している。袖や裾など、風になびくような部位を持つ衣服の着用は見られない。遠視による警戒を疑い、自らの動き以外に目立つ要因を極力排除した姿とでも言うべき軽装の極致。最低限の布地で身を包むその装いは、有り体に言ってしまえば、隠すべきところしか隠れていない。こめかみのやや上からぴょこんと生えている尖った獣の耳と僅かな布地を避けるようにぶらりと下がった尾でさえも、神経を尖らせているのか微動だにしない。
もう一つは大男。こちらは何も隠すことなく隠れることなく堂々と塔へ歩いて向かっている。短く切り揃えられた髪は黒。赤茶けた荒野の大地ではともすれば影とも見間違えることもあるが、明らかに動いているためにそうは見えない。背中には巨大な剣。小柄の方とよく似た形の獣の耳に尾。衣服については似つかず重装備。上着に上着を重ね外套までも二重に着込んでいる。当然、汗も相当量が衣服に吸われて重みとなっている。
男は時折背後へ視線を送って少女が付いてきていることを確認する素振りを見せる。
周囲の警戒を怠ることなく、いつ奇襲されても対応出来るようにと剣の柄に手を添えて。
慎重に、しかし淀みなく歩を進める。
やがて、何事もなく塔へと辿り着いた男は訝しみながらも塔側面の破壊された箇所を見つけると、外から中を窺う。
採光している様子のない暗い塔の内部、その中央にて、ポツンと座っている人の姿を視認する。
両膝を折って体重を支える姿勢で、目を瞑って何事かの言葉を呟いている。
辺りの暗さに引けを取らない深い黒の髪。薄手の奇妙な衣服。傍らで光を放っている物体は全身鎧の残骸か。
それらから分析して、今剣を抜いて突貫すれば大いに勝機はあると踏んだ。
耳と鼻の感覚を研ぎ澄ませる。
聞こえるのは風の音、党の内部にて鎮座する人間の息遣い。
匂うのは乾いた砂塵に塗れた人間の臭いとの奇妙なことに澄んだ清流の匂い、それと長らくご無沙汰だった大地の実りの匂い。
他にはない。およそ他に生命が潜んでいるということはないと判断して、後方で控えていた少女を呼びつける。
用心して隠密行動を心掛けていた少女は軽やかに駆け寄って来た。
「目星は?」
「アレ一人だ」
風の音よりも小さな声で訊ねた少女に男は懐から取り出した短剣を渡す。
「警戒する必要もなかったようだ。人間が一人なら小細工も必要無い」
「そうは言うけど、逆に怪しいの。荒野のど真ん中にこれだけの建造物を建てておいて住んでるのが一人なんていうのは……なんていうか贅沢?」
「だが臭いは他に何も感じない。念のためというのなら背後を警戒しろ。入るぞ」
男が一歩踏み出すと、伽藍堂の中央にいた人間が静かに立ち上がる。
その目を力強く閉じたまま。
「……えっと、いらっしゃいませ?」
物音一つ立てずに立ち入ったにも関わらず、あたかも周りが見えているかのように応対する人間に剣を向ける。
明らかに敵対と見える行動に、しかし人間は臆した様子もなく言葉を続ける。
「たぶん、荒野に住んでた人……ですよね?」
声に震えがあるが、怯えや恐怖といった臭いは感じない。それなり以上の緊張感は抱いているようだが、敵対心も窺えない。
男は警戒しながら少しづつ距離を詰める。一息に斬り掛かるために。
「……あれ? そこにいますよね?」
人間は、男が殺した気配を察知しておきながら悠長な言動で首を傾げる。目を開けてみればそれも分かるというのに、頑なに閉じたまま。
「あの……せめて何か喋ってほしいかなって……」
人間が後退る。間合いは、あと少し。
あと一歩。
(――殺った)
男が姿勢を低く地面を踏みしめて一歩を、
「そこまでです。獣人の剣士」
「っ――マイカ様!?」
踏み出そうとしたすぐ後ろで、背後を警戒していた筈の少女の首元に突きつけられた短剣を見た。
腰ほどまでに伸びた金髪を風になびかせながら、唐突に現れた襲撃者は少女の両腕を関節の動きから拘束して地面に押し倒した。
「気配遮断――魔術の反応なんてなかったの!?」
「アコ、会話の必要はありません。襲ってきたのなら覚悟も出来ている筈ですから」
「え……ちょっと待っ――ひやっ!? な、なんで刃物向けられてるの私?!」
男はこの場にいる三者三葉の反応を窺い、とっさに人間を人質に取ろうと地面を蹴った。
ようやく開いた目で見た現状を、瞬時に判断出来ないような愚鈍な人間だ。獣人特有の俊敏な動きで詰め寄れば、逃げることはおろか反撃すらも出来ないと踏んで。
背後で短剣を突き付けられている少女の安否が脳裏を過ぎったが、不意を突いた時点で殺さなかったことからこちらが決定的な行動を取らなければ手を下さないと見た。
まずはこちらも人質を取って状況を互角に。そこから交渉、最悪は殺し合い。
そう考えて、手を伸ばした先の人間の姿がブレて見える。
「――なっ?!」
その直後には既に人間の姿はそこに無く、地面に叩きつけられたかのような衝撃に襲われた。
痛みに耐え、よろめく体勢を立て直す間もなくそのまま塔の外へと弾き出される。
何度か転がりようやく立ち上がった男の頭上で、その人間は手をかざしていた。
ここまでの間でいったい何をされたのか。男の頭では理解出来ていない。
少女の身を心配して辺りを見渡した男は、金髪の襲撃者もまた、己の頭上で少女を人質に取ったままだということを確認する。
「ご、ごめんアリアちゃん……とっさに飛んだから勢いつけ過ぎちゃって……」
「大丈夫です、アコ。ちゃんと守りの術は習得していますから」
男はそこで察した。
形勢を覆せずに少女を人質に取られたこの状況。
詰んだ。
そっと剣を地面に下ろして両手を上げる。
「……俺の負けだ」
男は剣を交えることもなく、力の一端を窺うこともなく敗北した。
その事実に歯噛みしながら、膝を着いて見上げる。
恐らくはまだ成長途上であろう黒髪と金髪の少女。
そこでようやく、男は片方がエルフ族であることに気づく。
そうであるなら、この人間に見える者も亜人か。
そもそもの境遇を察すれば、迫害されたエルフが迫害する側の人間と行動を共にする理由がない。
人間が最果てにいるはずがないことも、今更ながらに思えば妙な話だった。
そんな後悔が男に押し寄せた。
「つまり俺は小娘と侮った訳だな……」
「む……子供で悪いですか」
「この場合褒めてるんだと思うよ……実際アリアちゃんは見た目通りの年齢なんだし?」
「それはそうですが……っと、おとなしくしてください」
「はな、ボクを離せ――!」
エルフの腕の中に抱かれている少女が暴れ、二人はやむなく地上へ下りる。
「アコ、しばらくこの娘をお願いします。私はそちらの男の武装解除をしますので」
「この娘って……アリアちゃんもたいがい小娘――」
「アコだってそう変わらないじゃないですか!」
「あ、うん……そうだねごめん……?」
エルフの少女は緊張感をまったく感じさせないやり取りで少女の身柄を押し付けた。
そうして短剣をしっかりと握りしめ、刃を男へ向けて近づく。
「まず外套を脱いでください。ゆっくりです」
「生憎だが俺の得物はこいつだけでな」
指示された通りにゆっくりと外套を脱ぎ、そのまま上着に手を掛ける。
「あ、アリアちゃんちょっと待って……」
その様子を見ていたもう一人が呼び止める。
少女を抱きしめる手が、しっかりと少女の視界を隠す形で顔を覆っている。
「なんですか、アコ?」
「えっと、武装解除ってあれだよね……アリアちゃんと契約したときの……アレ?」
「そうですがなにか」
「や……あ、うん……いや、ちょっとね、それは問題があるというか……なんと、いうか……」
そう言って、自分と、少女と、男の間を視線が泳ぐ。
その顔が紅潮するのを見て男は言わんとしていることを察したが、エルフの少女はきょとんとした表情。
「……何か問題ですか?」
「問題だと思うんだけど……え。そういうのは普通なの……? え、ええ……わ、私ちょっと、この子とあっち行ってるね……?」
顔を赤らめながら逃げ出すように少女の手を引いて塔の中へと駆けて行く。
敗者に強制すべき武装解除もせず、敵対心などないかのように、迷子でも拾ったかのように少女の手を引いて。
「問題だな。マイカ様が戦えぬなどとは一言も言っておらぬが。武装解除もせずに拠点へ連れていくなど、どうかしている」
「そうですね。アコは、何かを敵と明確に判断する基準がひどく曖昧な節があります。だから私がしっかりしないと……」
仕切り直すように短剣を突き付け、エルフの少女は残りの衣服も脱ぐように男へ促す。
「だがよいのか。俺はこのまま脱いでも構わんが」
「早くしてください。武器を隠し持っている可能性は拭えないのですから」
「あの娘のせいで俺まで緊張感が失せてきやがった……訊くが、本当に脱いでいいんだな?」
「なんでしたら脱がせましょうか」
本来ならそうすべきだが、塔の内から心配そうにこちらを覗き見る少女の姿を見て首を横に振った。
「そうなると……高い確率で勘違いされると思うがよいのか?」
「……なにをですか」
もったいぶるように言葉を濁す男にエルフの少女は苛立ちを向ける。
脱ぐなら脱げ。脱がないなら脱がす。
そういった目で睨みつけながら。
「ふむ……では言うが、男の裸に、女が寄り添う事情などそう多くは無いと思うのだが」
「……っ――っっっっっっ?!」
ようやく発言の意図に気づいたエルフの少女が顔から火を噴いた。
「変、態――!」
「戦場では当然だがな……」
あまりに似つかぬ言動。互いに敵と判断した上での相対し方を弁えていると思えば、年相応の生娘のような反応をする。
それが、あまりに可笑しくて、男の身体から緊張の糸が切れた。
「で、俺は脱げばよいのか? 脱がされればよいのか?」
男は煽るようにわざと下卑た笑みを見せて服に手を掛ける。慣れた手つきで結び目を解き、あとは一引きするだけで荒野に素肌を晒すだろう。
わずかに背徳感に似た何かを感じながら、威圧するように詰め寄――
「い……ぁ、や……ア、アコおおおおおおおおおおおおおおお!」
「……おう?」
詰め寄ると、エルフの少女は一目散に逃げ出した。
男としては、顔を赤らめながらも気丈に振る舞うと読んでいただけに、全裸一歩手前の恰好で立ち尽くすという滑稽な恰好で取り残される形となった。
「……釈然とせん……これでは脱ぐだけ赤っ恥――なるほど。こういった敗者の報いもあるのか……あるのか?」
先ほどまで戦おうとしていた気概など消え失せ、塔の内から汚物を見るような目でこちらを指さす三人の少女たちの視線がちくちくと痛んだ。
そう、三人。
仲間であるはずの少女にすら、獣扱いされて、男は人知れず傷心した。
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