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五章:アベリ平原
45 「しばらくは絶対安静ですね」byルヴィ
しおりを挟む<ルヴィ、無茶をするなと言いましたよね>
うん。でもあれは仕方なくない?
<時期を改めるとか、そういう方向性の説得ぐらいはもう少し出来たと思うんですが考えました?>
牛の人が待ちきれなかったね。
<それもそうですね……あ、別にルヴィ怒ってるわけじゃないですよ。ほんとに。むしろぼろ雑巾のようにされた御主人をかなり目に心配とかしてるぐらいなので。主にメンタル方面で>
いやー。無理ゲーだったね。あれは勝てない。何一つこっちの攻撃が届いてないんだもん。攻撃する余裕、なかったけど。
<流石にルヴィもビビりました。途中からあからさまに手加減されてシンプルな肉弾戦でしたけど、全く歯が立ちませんでしたね>
固かった。障壁もだけどあの筋肉もすごかった。肉の厚みって人を殺せるんだね。
<おーい御主人は死んでないですよー。というか死んだらルヴィも道連れなのでやめてくださいねー>
そっか。じゃあ頑張って生きないとね。
<ですよ。文字通り一蓮托生なので。比翼連理なので。そこのところよろしくお願いします>
おっけー。心得た。
<……なんか気持ち変わりました?>
というと?
<や、あのコカトルラヴァとかいう魔族に話を持ち掛けられたときから薄々気づいてましたけどね。なんて言うんでしょうか。諦めとは違う類のこう……割り切った感情みたいなのがルヴィにも伝わってきたので>
命までは取らないって言ってたからそれじゃない?
<とは言え死ぬような思いをするのは変わらないのでそのポジティブさはだいぶバグってると思うんですが>
ごもっともです。反省します。
<まあいいです。痛い思いをするだけで魔海フリーパスチケットをゲットするのはだいぶアドですしね。デメリットは死ぬほど痛いことぐらいで>
うん。死ぬほど痛かった。なんなら途中で死線も何度か見えた。
<あれ。死線、見えました?>
あれ。比喩的な意味じゃない方で捉えた?
<比喩的な意味でした?>
全然。見えた瞬間は分からなかったけど何回か見たら直感で理解した。線というより……空間?そこだけは絶対に生身で受けちゃいけないんだなって感じの不穏な……やっぱり線だね。赤……というよりは血そのものみたいな印象だった。
<おめでとうございます。ルヴィの理解度がワンランク上昇ですね>
というと?
<死線が明確に見えたのはルヴィが馴染んできた証ですね。まあ、ほんのちょっとですが>
なんとなく訊いてなかったけど、ルヴィってそもそもどういう存在なの?
<魔導書です。本です。物体としてのルヴィはそれに尽きます>
で、実際は?
<魔導書ですね。そこは何の捻りもなくそのままに。内容については言葉で説明すると弊害があるので適当に感じ取ってください。語弊とかそういう意味じゃなく説明する言葉がデメリットになり得るので>
とりあえずレベルを上げてくださいってことですか。
<です。言っておきますがルヴィ自身がわざとリミッターを掛けているとかそういうのじゃないですよ。理解しないと扱えない、知らない状態ではそもそも使えない。そういう風な代物ですので>
そっか。その内気づきたいね。できれば早めに。
<何事もなければ雑な感じで気づいていくんじゃないですかね。ルヴィ、別に選ばれし勇者にしか使えない特別な装備じゃないので。概念的な素養とかはだいぶ依存しますが少なくとも世の理に則ったものなので>
世の理ね。今まで見えたのが……糸と、線。うん。さっぱり分からないね。
<そんなもんです。さて、そろそろ治癒術もだいぶ回ってきたんじゃないですか?>
そんな感じは……するね。ところで、これって私の意識はどうなってるの。ルヴィと会話は出来てるけど身体の方の感覚は全くないんだけど。何も聞こえてこないし視界なんて色があるのかないのかも分からない状態で見えてるのかも怪しいんだけど。
<意識は飛んでないけど五感を認識出来ないレベルであちこちやられたってことじゃないですかね。肉の身体のことはルヴィ知らないです>
そっか。起きたらアルナミアさんにごめんなさい、かな。アイリスにも。
<その後反省会ですね。ちゃんと考えるんですよね御主人>
そうだね。ある意味いい経験になった。死んでもおかしくない力のやり取りをしているのに安全が保障されてるなんて状況の素晴らしさを噛み締めながら振り返ってみるよ。
<ではルヴィも魔素をあれこれする作業に戻ります。今度こそ魔術を使わないようにお願いしますよ。具体的には三日ほどは魔力的に絶対安静です。脅しとか抜きにマジで>
了解。
<ではでは~>
************************
「…………」
不意に、パチリと視界が開ける。
色はグレーアウトしたみたいにモノクロがかっている。輪郭もぼやけているけどだいたいの形は掴める。
覗き込むようにしているこれは、アルナミアさんの顔だ。内巻きの、この角はそう。
そして近い。非常に近い。なんならたぶん触れてる。感覚はないけど。
治癒術はアルナミアさんから流れてきているみたいだ。身体の感覚はなくても魔力の流れは分かるんだね。
そして、横で手を握っているのはアイリスかな。この小ささはあの場に他にいなかったはず。
うーん……やっぱり怒られるよね。コカトルラヴァさんの提案を受けるって言った瞬間、アルナミアさんもの凄い顔でこっち見たし。コカトルラヴァさんも察してアルナミアさんを速攻で隔離してたし。遅れて立ち向かおうとしたフィニーナさんも。
アイリスは信じて待っていてくれてたのかな。ある意味覚悟が決まっている。すごいね。
狐耳も視界に映った気がする。ってことはルフさんも気が付いたのか。
白っぽい髪も見えたからフィニーナさんもいるね。みんな揃ってるみたいだしそろそろ起きないと。
「――ス――きて――!」
聴覚も少し戻ってきた。手の感覚……ある。足も、ある。
深呼吸……肺の感覚、ある。全身の感覚、よし。
視界の色も戻ってきた。
うん。起きれる。
「……っ、はよう……ざいます」
「この――バカ!」
はい。バカです。最近自覚してきました。
「心配、かけました……ごめんなさい」
「……別にっ」
「アイリスも。ごめんね」
「はい。おはようございます、お姉様」
アルナミアさんに支えられて身体を起こすと、フィニーナさんも治癒術を使ってくれていたのが分かった。
足元に転がってる魔石の数を見て、相当心配をかけたのは察しないといけない。
「フィニーナさんも、ありがとうございます」
「……はい」
ルフさんは……なぜか酒を酌み交わしている幹部二人に挟まれて所在なげにこっちを見ていた。
違うな……あれは救いを求める目だ。心配もしてるけどそれ以上に魔王軍幹部に挟まれている状況に混乱している。
「お、起きました」
目をぐるぐるしてるルフさんが上擦った声を振り絞った。
「目覚めたか」
「軍医を呼ぶ羽目になるのではと穏やかではなかったぞ」
「あ、はは……」
それは……魔王軍の幹部が手加減するのが難しかったと。そういう風にポジティブに捉えておこう。
辺りを見回すと景色が動いていた。どうやら動けない間に荷台に乗せられていたみたいだ。
ところどころ傷痕が付いているのを見ると、商隊の人達の荷車かな。
御者台の方を見るとスケドラさんが見えた。荷車を引きながらこちらに気づいてサムズアップしてくれている。
「日も昇ってきたのでな。流石にあの場所に留まっていると通行人に通報されかねんから移動している」
と、カルターシャさんが罰が悪そうに斧を弄りながら呟く。
「通報?」
「見る者が見れば一方的な蹂躙の現場でしかないからな。流石に一線を越えたのではないかと肝を冷やした」
ああ、それは……確かに事件性の臭いがぷんぷんするかもしれない。一方的に蹂躙された自覚があるだけに妙に納得してしまう。
「はは……で、結果はどうでした?」
結果、つまり魔海年間パスポート……フリーパスチケット?の権利を得たのかどうかなんだけど。
「うむ」
「合格だ」
よしっ! 死ぬほど痛い目を見た甲斐があった。
「しかし割符を発行するのに手続きがあってな」
「他に諸々の準備もあるのでな。一度ラスタの街に戻ることにした」
「えっ」
御者台の方を確認する。
うん。もう目と鼻の先に見えているあの管理棟はラスタ迷宮ですね。
「そういえば……すごく慌てて街を出て行きましたけど何かあったんですか?」
ちょっぴり涙声のフィニーナさんの質問。
「えー……いや、まあ……」
「急いでたみたいだから特に訊かなかったけど、まさかあんた腕の他に何かやらかしたんじゃないでしょうね」
特に涙声ではないけれどちょっぴり目元が赤いアルナミアさんの質問。
「えーっと……」
「宿屋の代金は払い終えてる筈です」
大丈夫心配なんて要らないと訴えるアイリスの健気な声。
「その……」
言えない。たぶん、恐らく、迷宮は崩れ落ちてて原因は私なんですとは言えない。
経済損失がー被害がー補填がーなんて話になるとやばい。ニルギルスさんの金貨だけじゃ絶対に済まない。なんなら大渋滞してた入り口の戦闘のことも思い出されるとやばい。やばいことしかないやばい。
「う……」
救いを求めてルフさんを見る。
「…………」
……待ってなんでめちゃくちゃ青ざめてるのルフさん?
「……どうかしました?」
「……いえ、あの」
そういえばルフさんはどうしてこんなところにいたのか訊いてなかったような。
「そういえばですけど、ルフさんはどうしてこんなところまで来たんですか」
「払い戻しに来たんじゃないの?」
アルナミアさんが荷台の隅に置かれた金貨袋を見ながら指摘した。
「それは……それもあります……」
「なんだ歯切れが悪いぞ獣っ娘よ」
「今の俺達は気分がいい。言ってみろ獣人よ」
うっわ。急にこの二人が頼もしく見えてきた。実力もだけど魔王軍の幹部という肩書がさらに頼もしい。私も相談していいかな。
「……たぶん、主人が、死にました。今の私には奴隷の契約が……ありません」
ルフさんが奴隷じゃなくなった?
一見するといいことのように見えるけどルフさんの様子は全く喜んでいない。
珍獣亭……見た感じでは従業員の待遇としては相当、いやかなりまともな部類だったから契約として依存するのに破格と言っていいレベルだったもんね。
第三者からの不当な暴力や干渉がそのまま所有者に対する明確な損害として計上される。それに手を出すということは敵対することと同義。そういう意味合いの下で実質的に守られていたわけだから。
「ほう。大方迷宮の騒ぎで命を落とした。そんなところか」
「貴様はどこの店で働いていたのだ獣人よ」
「西森の珍獣亭です……」
「あの宿か! 懐かしいなカルターシャよ。俺達も若い頃にあの迷宮には挑んだが覚えているか」
「覚えているぞコカトルラヴァよ。成金が道楽過ぎる趣味をしておるわと笑ったものだ」
おや。幹部二人も何やら珍獣亭のことは知っているみたいだ。
「泊まったことがあるんですね」
「あれはいつだった……年のことはまあいい。その服を見るに昔と変わらん性格をしていたようだな」
「わざわざ無駄に布量が多い衣服を着せて自らの所有物を着飾らせているのは見栄っ張りの証だな」
ルフさんの衣服……私はオリエンタルな感じだという印象を受けたけどそうか。ただ布の量が無駄に多いのを無駄に布で止めている……確かにそういう見方も出来る……のかな?
「……だとするとおかしくないかしら」
奴隷契約の話には興味なさげにしていたアルナミアさんが突然口を挟む。
「成金ならあんな騒ぎがあれば真っ先に逃げる筈よ。迷宮も入り口の管理はされているから騒ぎの渦中にでもいない限り巻き込まれるなんてないと思うのだけど」
確かに。
「あたし達が慌てて宿を出ていくときも従業員に動揺なんてなかった。いつも通りの営業をしていたわ。流石に奴隷契約が破棄されたら魔力の流れで誰かしら気づく筈でしょう。訊くけど、契約が破棄されたのに気づいたのは誰だった?」
「女将さん、です。効力が切れた契約書を見せてくれたのが皆さんが出て行った後のことなので……頃合い的には……その、前……」
ルフさんがゆっくりと私を見る。
「……ん?」
さて、その固まった表情はいったい?
「ねえ、フレス」
アルナミアさんがものすごくジト目でこちらを見ていた。
気が付いたらフィニーナさん以外の全員が私を見てたね。
なんなら私とフィニーナさんだけがきょとんとしている。
アイリスですら私を見てる。いつものお姉様を見る表情だけど。
「疑ってるわけじゃないんだけど、あんた迷宮で何をしてきたの」
――んんん?!
待ってその言い方は絶対私が疑われてるやつじゃん!?
「待って待って待って! 誓ってそんなことしてないよ!? そもそも主人が誰かなんて知らないし!」
「だから別に疑ってないってば。あんたはそんなことする奴じゃないのは分かってる。だからこれは否定するための質問。だから答えられないと困るわ」
「うぐ……」
とりあえず、アリバイを証明すればいい? それなら。
「えっと……フレスベルは少なくともある程度の時間は私と一緒にいました」
そう。フィニーナさんが証明してくれる。
ふー……危ない危ない。
「待て」
あれあれ? カルターシャさんが疑問を浮かべてますよ? アリバイにならないとか言われたらあとはエルネスタさんを見つけてくるしか私の生命線は繋がらないんですけど?
「それは貴様を助けたとかいう冒険者ではなかったか?」
「あ、はい。そうです」
「人間という話は聞いていなかったが」
「伏せてました。あの……魔王軍は殲滅派だから。あともう一人一緒にいました。エル……なんとかって人。だからその人にも訊けば証明してくれる筈です」
「いや、それはいい。証明は貴様一人でいいだろう」
はて。じゃあ何が疑問だったんだろう。
「……コカトルラヴァよ」
「なんだカルターシャよ」
「やっぱ軍に連れていくか?」
「はい――っ?!」
思わず戦闘態勢になりかけたのを「まあ待て落ち着け」とでも言いそうな感じで手をひらひらとするカルターシャさん。
アルナミアさんは覚悟完了したような表情で杖を抜いていた。
アイリスは……そっと荷物に手を伸ばしている。
うん。チームワークはいいみたいだね私達。
「カルターシャよ。まず俺達への警戒心を解いてもらう方が先ではないか?」
「コカトルラヴァよ。それは俺も思っていた。だが今のは俺の言い方が悪かったな。すまんすまん」
どうどうとカルターシャさんに宥められてしまった。
「そうだな。迷宮に出没した例の魔物……魔物と呼ぶかどうかすら議論する必要はあるが、あの化け物に関わってくる」
「例の……というとあのなんだかよくわからないマッチョゾンビみたいなやつかな……?」
「まっちょぞん……分からん例えだな。クラララガーリャではない方の新種の奴だ」
つまりはマッチョゾンビだ。あの黒光りする血管触手の謎生物。生物かどうかも怪しいのか。
「アレの対処に全く目処が立っていない。具体的には侵食性に対しての策がない」
カルターシャさんの言葉を補足するようにコカトルラヴァさんが荷台の床板に魔術で文字をやら図形を書き始める。
複数の行列に書かれた文章と恐らく数式を線で結び円で繋ぎ魔法陣のようなものがいくつも描かれていく。
「まずは一般的な精神操作型の魔術に対する抵抗式。これは全て貫通された。条件が漏れたと仮定して現状考えうる全ての抵抗式を用いて試したところ……これも全て貫通された。続けて第二種封印指定の干渉阻害による抵抗式まで試したが結果は同じだった」
いくつも書かれたそれら全てが×で塗りつぶされる。
「あの精神錯乱は恐らく一切の魔術的干渉を受け付けない。であれば生物的な精神操作と考えて傷口から全身、血液に至るまでありとあらゆる洗浄を試してみた結果……これも効果がなかった」
つまりは昨日のスライムみたいなやつの影響だと考えたけど違ったと。
「呪術の線も考慮したが空間そのものを隔離しても変わらなかった。最終的にはアレから受けた攻撃による精神錯乱は防ぎようがないという結論が出た」
レジスト無視デバフ解除不可永続発動の混乱か。
あいつ、そんなにやばい化け物だったのか。
「その結果を受けて計画は破棄された訳だが……それはいい。問題は対処法だ」
「少なくとも馬鹿正直に力任せに対峙していては命がいくらあっても足りん。有効打となる魔術を扱える魔術師もなかなかおらん。風の大将並の術師をおいそれと前線から引き抜くわけにもいかんからな」
「つまり……私が倒した方法を教えて欲しいと?」
「そうだ。誰にでも扱える方法か?」
「術式を魔導書で記せるなら普及させることが出来る。どうだ?」
あの化け物を倒した術式……“聖霊の威光”か。
え。いいのかな?
だってこれニルギルスさん直筆の魔導書だよ。市販とかしてないし著作権とかそういうの……術理として魔導書を売ってるってことは少なからずある筈だよね。
「何か不都合があったか?」
カルターシャさんが覗き込んでくる。
考えても分からないのは素直に訊いておこうか。
「この術式はとある人から頂いたものでして、たぶん魔導書として売ってたりはしないんです、よね」
「だろうな」
「書店で売っている程度のものならとっくに試しているな」
「何が問題……成程。門外不出の術理か?」
「であれば直接術理を考えた者に連絡を取るしかないな。その者の名は?」
「えっと……ふ、不滅のニルギルス……」
くっ! 他人の名前とはいえ厨二心くすぐる二つ名を口にするのは古傷が……古傷が!
「……今なんと言った」
二度も言うのは辛いんですが!
「不滅の、ニルギルスです! ニルギルス・シャートゥーリャ!」
ガタリと荷台が派手に揺れた。
明らかにコカトルラヴァさんが動揺してる。
カルターシャさんは目をぱちくりさせている。
おや?
「…………」
「…………」
二人が固まった。
なんならフィニーナさんも固まっているしルフさんですら耳と尻尾がピンと立っている。
アルナミアさんを見ると「そういえばそうだったわね……」と明後日の方を見ている。
アイリスは……なぜか偉そうにふんぞり返っている。
「なあ、コカトルラヴァよ」
「なんだカルターシャよ」
「術理に関してはお前が適任だろう。そうだろう。お前が行ってくれ」
「無理だな。俺はまだ翼を失いたくはない。そして翼が無ければ俺は死ぬしかない」
うん?
「俺が行く方がまだ可能性があるか。ならばコカトルラヴァよ。先に軍に労災申請を通しておいてはくれんか」
「止めたいが已むを得ん。すまないカルターシャよ。必ず骨は拾うと約束しよう」
……なんだって?
「あたしは切羽詰まり過ぎて感覚が麻痺してたけど……普通はこうよね……」
アルナミアさんが乾いた笑いをこぼしながら呟いた。
「……つまりどういうこと?」
「喧嘩売ったあたしが言うのもなんだけど、魔族は力が全てよ。腕試しとか已むを得ない事情で戦闘にもつれ込むことはあるけど基本的に自分より強い者には敬意を表するし歯向かえば殺されるのが分かってるから戦力差が明確か、もしくは測り切れない場合は戦わない選択肢を取ることが多い。権力や金が実直に物を言うのは人間社会の話。ほとんど全ての場合で魔族の偉い奴は強い奴。そうなってる」
実力主義の社会。実に分かりやすいね。
「そして龍族は生態系の頂点に君臨している絶対的な強者。一対一で戦って生き残れる相手なんていないの。普通は」
「そう、ですね」
「じゃあ訊くけど、あの龍と面識もない状態で『魔導書を一つ書いてくれ』って言える? 言えたとして生きて帰れると思う?」
「…………」
……いやー。
死ぬね。
間違いなく死ぬね。骨も残らない。
なんなら私に文句が来る可能性もあるね。割と致命的な質量の文句が。
「……無理なのでは?」
ポツリとルフさんが零した言葉に牛鳥コンビが振り返って、すんっと座り込んだ。
「隠居しているならまだしもあの……不滅は拙い……」
「そもそもどうやって龍の墓場まで赴くのだ……かと言って彼の龍に断りも要れず術理を複製などすればどうなるか……」
納期に追われ疲れ切ったサラリーマンのような空気で牛鳥コンビがこれでもかと肩を落とした。
「自分がとてつもなく特殊な例だったのではとひしひしと感じています」
「言ったじゃない。あんたおかしいって」
無知と慣れって怖い。
「ま、まあもともとどこにいるか分からない人ですしそもそも探し当てるのが無理だったってことで納得して諦めてみては……?」
「う、うむ……」
「実際に行動に移すとその問題は確かにあるな……」
「そうですよ。きっと他にいい方法だってありますよきっと。はは……」
なんて慰めてみる。別に好感度を稼いでおこうとかそういうのじゃないよ。違うよ?
「不滅のニルギルスを呼べばよろしいのですか?」
「あはは……え?」
あまりにも唐突すぎて、ポツリと聞こえたその言葉を脳が認識するのが遅れた。
誰が言った?
アイリスだった。
――キィン、と。
懐かしいようなそうでもないような甲高い音が平原を駆け抜ける。
「アイリス……今の、嘘よね?」
アルナミアさんが今までに見たことのないような驚愕の表情でアイリスを見ている。
カルターシャさんは茫然としていて、コカトルラヴァさんは唖然としている。
沈黙はどのくらいだったか。
「……あ、来ます」
ドカリと、およそ成人男性一人分の人影が空から荷台に乱暴に乗り込んでくる。
「どうした。路銀が必要か?」
風もないのに棚引く黒い長髪をうなじで纏め、ぼろぼろの布切れ一枚を身体に巻き付け、お世辞にも見目麗しいとは言えない様相でアイリスに話しかける。
初めてエンカウントしたときと何一つ変わらない姿で、不滅のニルギルスが降り立った。
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