世界を旅する龍と付き人

天束あいれ

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一章:龍の墓場

1 彰悟、異世界に立つ

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 どうやら転生したらしいです。
 らしいと言うのは、さっきまでの空間から一転したから。
 さて。

 ――なんですか、これ?

 辺り一面が骨、骨、骨の大平原に様変わりしている。足の踏み場もないような骨の荒地が地平線まで(見える範囲では)続いている。

 身体は……どうやら転生前に神様と面接したときの姿のままのようだ。異世界(別世界と言っていたけど異世界と変わらないだろうし異世界と呼ぶことにする)にはあまりにもそぐわない。なんだよこれ。スーツ姿で異世界って。ネクタイないし。首から下はぐちゃぐちゃとか言ってたから、さては事故現場に落ちてるな。ん、女神が生成したからただの付け忘れか? いや、そんなのはどうでもいい。転生とか言ってたくせに、既に身体が出来上がっているとか、そういうのもこの際どうでもいい。

 この地獄絵図みたいなところはなんなの?
 ここ、どこよ?
 人、いるの?
 化け物とかは出てきそうだけど、安全とか安心とかそういった存在とは無縁だと確信する。

 もしかして、とんでもないところに転生させられてしまったのでは。

「あのー。なんかものすごいところに転生したみたいなんですけど、これって予定と合ってます?」

 一応、神様に声が届かないかと一縷の望みにかけてみる。

 ――……………………。
 ――………………。
 ――…………・
 ――……。

 うん。返事はない。届いてないなこれは。

 どうすんのこれ。どうしたらいいのこれ。っていうか、何ができるの?

 普通は始まりの町とか村から始まって徐々に世界の知識を得て戦ったり謎を解いたりしながら最終的に魔王を倒すーとかが王道なんですが。はて。まるで世界の最果てみたいなところから始まってそこで物語が終わりそうな雰囲気しか感じない。
 だってどこ見ても骨ですよ骨。しかも明らかに巨大生物のそれ。この頭蓋骨なんか見てくださいよ。いったい僕何人分なんですかねこの口とか。五人分ぐらいかな。牙とかすごい太い。両腕回しても手が届きませんね。そして硬い。爪で弾くと結構いい音がした。ファンタジー的にはいい素材になりそうな予感。
 そんなのが辺り一面、というか見える範囲に足の踏み場もなく続いている。この生物の墓場とかなのだろうか。墓標とかはどこにも見えないけど。
 だとしたら、ひょっとしたら、もしかしたら、生きている個体にたまたま偶然出会っちゃったりなんかしちゃったりするのでは。

 ……あ、これ時間制限付きの強制イベント?
 ミッションは謎の巨大生物から逃げよ!的な。
 だってこれだけの骨ですよ。勝手に死んで勝手に集まったとかは、ないでしょ。明らかに人為的……人かどうかは分からないから作為的か。作為的に集められたものと仮定したら、その管理をしている何者かが絶対にいる訳で。
 そう考えると、あえてその何者かを待つというのも一つの手なのか。闇雲にこの骨平原を歩き回るよりは、その何者かに助けを求めた方が効率という点ではいいのかもしれない。助けてくれるかは別問題だけど。

 ふむ。プランAはそれでいこう。予定としては最終手段で。

 プランBはどうしよう。とりあえず歩き回る?
 足の踏み場は悪いけど移動出来ないってレベルではない。踏みしめてみると思いの外にガッチリとしている。骨同士で噛み合って固定されているのだろうか。蹴ったりすれば動きそうだけど、歩く分には問題はなさそう。
 いや、蹴ったりしないけどさ。仏さんに無礼だし。
 とりあえず移動しよう。座って考えてもたぶん埒が明かないしね。

 なにより、せっかくの異世界と聞いて身体がうずうずしてどうしようもなかった。



*****



 はい。えー、そうですね。どうしたらいいんでしょうかね、これ。
 率直に言って本当に絶望的な状況だった。
 何が? ほとんど全部です。

 どこまで行っても、どれだけ進んでも、骨、骨、骨……本当に骨しかない。あちらの山の麓だとか、あそこの泉の畔だとか、行かなくてもどうせ骨で埋まっているんだろう。そして山も骨の山なんだろう。泉は……流石に骨が溶け出したもの~っていうのは勘弁願いたい。普通に雨が溜まってできた泉だと……信じたい。せめて飲めるものだといい。この際味なんて問わない。

 しかし、悪いことばかりでもない。なんと骨以外の物がなんとか見つかった。
 それがこちら、じゃじゃーん。見るも無残に朽ち果てた剣。
 いや、剣と呼ぶにはいろいろ欠けているんだけれども。切っ先とか柄とか切れ味とか色々と。それもさっき振りまわしてたときにうっかり骨にぶつけて欠けちゃったせいなんだけど。
 形状は両刃の片手剣。素材は、さっぱり分からないや。金属だってことは分かるけど、だからなんだそんなの誰でも分かるわ。
 落ちていた、というより骨に突き刺さっていた。傍に回りのものとは違い見慣れた人骨(あくまでゲームとかアニメとかで見たとかそういう意味で)が落ちていたから、恐らく彼(彼女?)が持ち主だろう。
 その辺りの骨を掘り返してみれば出てくる出てくる遺産というか遺品の数々。
 ただ、そのどれもが朽ち果ててぐずぐずになっていて、まともに形として残っているのはこの剣と、仏さんの指にかろうじてはまっていた指輪だけ。うん。ちょっと異世界チックな雰囲気には浸れそう。墓荒らしみたいで気が引けるんだけど。

「ふッ……ほッ……とあッ……!」

 近くの骨に引っかかっていた布切れを刀身に巻き付けて、それとなく振ってみる。
 ふむ。思ったよりは軽い? 刃渡りは四十センチ程かな。本来あったであろう柄と合わせたら全長は六十センチいかない程度か。もっと重いと思って振ってみたのに、包丁を振り回してるみたいにぶんぶん振りまわせてる。軽い素材で作られているんだろうか。

「――あっ」

 なんてやってるから、すぽーんと手からすっぽ抜けて骨の波間に沈んでいった。まあ、うん。持ってても使い物にならなさそうなぐらいにはぼろぼろだったし、別にいい。

 指輪のほうは……これが手に取ってみると予想外に状態がいいみたいで、ちょっと服の裾で汚れを拭いてみればぴかぴか。本来の輝きじゃないだろうけど、それでも綺麗だと思う。
 窪みに何かが嵌まっていた形跡がある。そこだけ腐食が進んでいなかったところをみると、比較的最近外れてしまったのだろうか。探せば落ちてるかな?

「ん……おお?」

 骨と骨の隙間を覗こうと身を屈めたとき、地面が揺れた。
 地震か。そんなに強くない。震度4くらい?
 立てなくもないけど、家屋の倒壊だとか火事だとかいう二次災害はないから、おとなしく身を任せて座っていることにした。
 数秒か、十数秒か揺れた。
 まあこんなもんか。
 そのままの姿勢で骨の合間に目を凝らす。結構な層になっているようで、見ただけじゃ下になにがあるのか分からない。掘るしかないか。
 でもなあ。一応仏さんだしなあ。好奇心だけで弄るのも気が引けるんだよなあ。さっきは考えもせず漁ってしまったけど。

 うん。遊んでいる場合じゃない。こんなところで何をやっているんだ僕は。
 溜息を吐いて拾った指輪を装備してみる。右手は邪魔になりそうだから左手。薬指はちょっと違う気がするから中指で。ジャストフィットした。
 深呼吸して気分を変える。
 今更だけど、めちゃくちゃ空気淀んでるな。何もないから視線はどこ向いても通っているし、視界自体も悪くはない。でも、色で言ったら紫だよここの空気。それもどんより黒みがかった紫。思い浮かべるのは毒とか呪いとかそういった類の状態異常。今のところ、気分が悪いとか体調がすぐれないとかは感じていない。気持ちは悪いけどさ。

「いつまでもは、居たくないな。うん」

 気を取り直して行動開始――っと、おう? また揺れた。
 揺り返しにしては早い。それに揺れがおおき……いや、近づいて……上がってきてる……?
 異世界だから震源が移動したりするのだろうか。

 なんて考えていると、骨が軋むような音が聞こえてきた。
 音が聞こえたほうに目を移すと、なにやら骨が盛り上がってきている。むくむくと。盛り上がって、崩れて、折れる音を上げたりしながら、地揺れと地響きが辺り一体をびりびりと振動させる。

 ――待って。これ地響きじゃないね。どちらかと言えば……そう、咆哮。
 頭に浮かぶものといえば、ボス戦前の演出。

 悠長にしている場合ではなかった。今すぐにでも回れ右して逃げるべきだ。

 ――逃げる。どこへ?

 右も左も前も後ろも、どこ向いても延々と広がる骨の平野。視線はどこ向いてもまっすぐ通る。
 うん。いや、無理。

 やがて、背後の音が止む。恐る恐る振り向く。

「……あの、武器も防具も無しですよ?」

 一目見た感想。でかい蛇だ。
 何両編成の電車だよと突っ込みたくなるような細長い(全長の割りにはという意味で)図体。全体的にゴツゴツと隆起した鱗がところどころ剥がれていたり、裂傷のような痕が残っていたりと長年過酷な戦いに身を晒してきたことを想起させる。口なんか火を吹いている。しかも陽炎が立つどころじゃない業炎。直視したら網膜が焼かれそうな強烈なやつ。呼吸しているだけで口元に散乱している骨が立ち所に原形を崩していく。
 マジかよ。骨って熱で溶けるの? いや溶けてる訳じゃないのか。ぼろぼろになって崩れてる。
 それでなくても、遠目にも巨体から放たれる威圧感。これだけで無理ですね。序盤に鉢合わせていい奴じゃない。絶対に強い。ゲームだとラストダンジョンに登場して対策バッチリレベル上げ十分の状態で挑んで何とか打ち倒せるレベルだろう。サイズは正直、大きさは正義だ。
 それにしてもでかい。あ、こっち見た。エンカウント確定。

 やばいやばいやばいやばいやばい。

 逃げる選択肢、ない。追いつかれて終わり。無理。
 隠れる選択肢、ない。もう見つかってる。無理。
 戦う選択肢、一番ないよ。絶対無理。

「――ッ!」

 なんか叫んでるし物凄い勢いで迫っ――はやっ?!

 どうするべきかの判断なんてつかなかった。
 でも、身体は動いた。
 反射神経がよかったとかそういう感じじゃない。やばいと感じて無意識に地面を蹴った。それだけで、僕は眼下に蛇を見下ろしていた。
 地上何メートルだろうか。落ちたらタダじゃすまない高さまで飛び上がってる自覚はある。この高さ……学校の屋上からグラウンドを見下ろしたときより高いな。少なくとも四階建ての建物よりは高い。

 しかし、一応助かった。
 と思ったら、あの蛇のやつ、着地点で大口広げて待ち構えてやがる。
 ブレスか。いや違う。飲み込むつもりだ。

 重力は素直。慣性もしっかり当然の働きをしている。
 機転は効かない。為す術も無い。
 ああ……詰んだ。

「せめて実力行使の前に自己紹介とか本当は仕方なかったんだ的な未来ある会話イベントとかなかったもんですかね!」

 吸い込まれるように蛇の口へ落ちた。
 落下の衝撃はほとんどない。口内だもんな。意外と柔らかい。でもって舌の上。
 食われてたまるもんかと牙に手を伸ばしてはみたけど、指先が掠るどころか空を切った風すら届いてないだろう。見事に口のど真ん中を通過してた。落下地点の予測完璧。
 今からでも脱出は出来るか? 掴めるところ、無し。涎がぬるぬるしていて摩擦も起きない。

 このまま丸呑みにされて終わりか。短すぎたな。異世界ライフ。

「――っ、――ッ!」

 ? やけに蛇の息が荒い。荒い、というか咳をしているような感じ? それに嚥下する様子もない。
 あ。上を向いてた口が横を向いた。地面見えてるな。これ歩いて出れるぞ。
 息は荒いが、動きは止まった。

 え。そういうことなの? 出ていいなら出ていくけど。なんでぱっくんちょしたの?

 疑問に思いながらも外へ出た瞬間、蛇の身体が光って小さくなった。

「Gnastra」

 えー、はい。とっさにここが異世界だってことを思い出せない辺り、僕はまだ転生したという自覚がない。

「Iora naveh Nirgillus Schatorya」

 目の前で丁寧にお辞儀して聞いたことのない言葉で何かを話す青年を見て、アルファベットで綴りを表したらこんな感じになるんだろうか、なんてぼんやり考えた。

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