世界を旅する龍と付き人

天束あいれ

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一章:龍の墓場

5 骨の龍

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 暇になった。
 ニルギルスさんが物凄い勢いで飛び出して行ってから気づいたわけだけど、今の僕にはやることがない。最初はまんま食べられるかと思ったけど、なんか親切にしてくれてるしお世話になってることだし、掃除でもしようかと考えて道具がないことに思い当たった。着の身着のままを余儀なくされそうな身の上でスーツを犠牲にしてまでやることでもないし、求められたわけでもないからやめた。
 それに見た目とか色合いとか不気味さは置いといて、この洞窟の中って意外と整理整頓されてるんだよね。手を付ける箇所がない。きっと血液型はA型だな。うん。

 そんなわけで、恒例のあれ行ってみましょう。

 さて。どうしましょうか。

 もうこれ口癖だな。

 興味を惹かれる物といえば、本棚にそれなりの数が置かれているあの魔法書か。内容気になるんだよね。だって魔法だよ魔法。ニルギルスさんは魔術とか口にしていた気がするけど、違いがあるのか分からない。
 率直に言って読んでみたい。
 でも人の持ち物を勝手にいじるのって失礼だよな。勝手に触って逆鱗に触れたら今度こそペロリだ。単純にボコられただけでも死ぬし、普通に消し炭にされそう。跡形ぐらいは残してほしいね。いや、怒らせないけどさ。

 他には……ないな。今のところあの魔法書の数々だけか。

 一応僕の中にも一冊だけあるのか。使うなって言われたけど。
 ニルギルスさんは確かに僕の中に在るって言ってたんだけど、僕自身はなんにも感じないんだよね。
 そもそも魔力が感じられない。感じられないというか、どうやって感じるの? どういう感覚なの? それが分からない。

 ちょっと集中してみるか。座禅とか組んで。あ、滝に打たれながらっての修行みたいでいいな。あるかなここ。

 外に出て周囲を見通す。
 うん。ないね。分かりきってたけど、骨平原と骨山脈以外何もない。

「…………?」

 遠くの骨山脈の向こう側で何かが光った。たっぷり数十秒遅れて届く地響き。もしかしてニルギルスさんが何かやってるのだろうか。
 断続的に続く光と遅れて届く地響き。たぶんだけど、戦闘してるよな。
 あ、骨山脈が崩れた。
 ……なんだあれ? 地面から龍……骨? が巣から一斉に出てくる蟻みたいになってる。
 小さすぎて見えないけど、あの光やっぱりニルギルスさんだよな。骨の龍と戦ってるのか。
 呑気にしてたけど、ニルギルスさんに拾われて正解だった。あんなのとエンカウントする場所って分かってたら使えない剣とか振って遊んだりしてなかった。ちょっと考えれば思い当たりそうなことだけど、思い浮かばなかったから仕方ない。
 幸い距離はかなり遠い。こっちに来ることはないだろう。
 対岸の火事ってことで眺めることにする。

 ……いや待て。一匹こっちに向かって来てないか?

 爆発から離れた位置に微妙に動いてる影が見える。遠くて姿形は細部まで見えない。でも、明らかにこっちに動いて来ている。

 ……うん、来てるな。なんで? 目の前にニルギルスさんがいるのに?

 とりあえずこれは目に見えて危険だと分かる。僕にとれる選択肢は逃げる、急いで逃げる、全力で逃げるの三択ぐらいか。

 それじゃあ急いで全力で逃げよう。ニルギルスさんはここにいる限りでは安全だって言ったけど、たぶんあの人がいるからって意味だよね。この洞窟、僕の目にも分かるような防御力とか魔術的機構が備わってるとかには見えない。まんま洞窟って感じだし。

 逃げよう。幸い荷物もない。ニルギルスさんがあっちを素早く片付けて僕を探してくれることを祈ろう。

 なんて他力本願だ。



   ************************



 どのくらい走っただろう。一時間か。二時間くらいか?
 とにかく目一杯走った。精一杯走った。
 息も絶え絶え。そろそろ限界です。

 だからさあ、いい加減見逃してくれないかな。骨の龍さん?

 外観はまんま龍の骨。種類的にはなんだろう。細長いやつじゃなくて、胴体がずんぐりむっくりしっかりしてるやつ。恐竜みたいなやつだった。ティラノザウルスみたいなね。翼とか角とか生えてそうな骨格が付いてるけど。
 そいつが、軽快な動作で拳を突き出してくる。龍のくせに格闘勝負とか個性強すぎだろ。骨だからブレスとか吐けないのは分かるけども。

 ただ、それが単純にやばい。運動能力とか人間ですよ僕。生前に比べたらかなり身軽になっている感じはあるけど、耐久力とか防御力とかそういう点では何も変わってないと思う。
 だから、たぶん一撃食らっただけで死ぬ。

 ニルギルスさんのときと違って話が通じる相手じゃなかった。一応話かけてみたよ。何のリアクションもなし。むしろ拳繰り出してきたね。右ストレート。
 フットワークも完全に格闘家のソレだよ。ステップに無駄がない。正統派っぽいのか、全力で走ったら構えがおろそかになるらしく、余裕をもって追いつかれない限りは攻撃されなかった。
 でも追いつかれました。体力限界だって言ってんだろ。

 完全に戦闘状況に入った。ここから逃走は無理、かな。

 逃げるコマンド無しの強制的なエンカウント。マジで遠慮ねえなちくしょう。
 走り回って逃げてる最中に考えたことを思い返す。主に戦う方向性の。

 相手は龍の骨。十中八九アンデッドだ。ドラゴンゾンビとでも名付けておこう。いや、骨だからスケルトンドラゴンか。
 アンデッドの特徴は……オーソドックスなのだと聖属性とか光属性に弱い、倒してもすぐ復活する、とかか。あいつはスケルトンだから、攻撃手段は打撃が一番有効的。打撃弱点のくせに格闘主体とかほんと個性強いな。
 種族はスケルトンだとして、次はサイズ。
 でかい。全長十メートル強はある。こっちの一歩はあっちの間合いの内だ。近づけば近づくだけ危険な攻撃が出てくる筈。全力で距離を取って可能なチャンスを窺うのが正解。
 で、それらを含めて僕が今一番最悪だと思ってる状況が、こっちの攻撃力だ。
 装備的に言えば

 武 器:無し
 防 具:スーツ
  盾 :無し
 装飾品:拾った指輪

 ですよ?

 身体的にいくらか向上しているとはいえ、素手であの巨体に有効打を入れられる気がしない。少なくとも、全力で拳を振りぬいて破壊、なんてことは無理だ。
 可か不可か。やってみなければ分からないけど……やってみるか。

 ぶっちゃけ体力がもう持たない。希望があるとすれば関節部にダメージを与えることか。それで上手く行動を止められれば御の字。駄目でも行けそうなら何度でも叩き込む。完全にノーダメージだったら黙って力尽きるまで逃げよう。

 肺の中に溜まっている空気を吐き出す。深呼吸する。吐き出す。呼吸を整える。

 まずはスケルトンドラゴンの間合いを見――

「――ッ!!」

 ――たかったんだけどこれやっぱり全力で回避行動とらないと無理だ!

 スケルトンドラゴンの左ストレートが左肩を掠めた。

 ――今なら!

 スケルトンドラゴンが拳を引っ込める前に小指の付け根を全力でぶん殴る。メキィ! と結構なダメージが入った音がした。
 僕の拳に、だけど。

「理不尽――ごッ!?」

 直後に振り払ってきた裏拳に何の対処も出来ずに骨の上を転がる。
 めちゃくちゃ痛い。けど、この身体、案外丈夫に出来てるらしいな。骨が折れたりとかはしていないみたいだ。

 立ち上がり、スケルトンドラゴンを見る。

「――ッ?」

 拳を見てる。小指の付け根……まさかダメージが通った?
 スケルトンドラゴンが僕を見る。目……はないんだけど、顔もないんだけど、その表情がどこか落ち着いたように見える。

 まさかの肉体言語が通じた?

 ゆっくりと歩いてくる。え、マジで?
 目の前まで来ると頭を垂れて、自身の背中と僕を交互に見る。

 乗れ、と。そういうこと?

 にわかに信じがたい。けどニルギルスさんのときもこんな感じで突然だったな。なんでだろう。

 とにかく、助かったのならよかった。

 だからさ、こっちはどうしようか戸惑ってるんだから、有無を言わさずスーツの後ろを掴んで飛び立つのやめて?
 っていうか飛べるんだ。骨しかないのに。

 なんだろう。こっちの世界に来てからの僕って飛行生物に拉致されてばっかりじゃないか。
 そのうちグリフォンなんかに出くわしたら問答無用で巣まで拉致されたりしそうでこの先心配ですよ。
 グリフォン……いるんだろうか。

 眼下に骨の平原を見下ろす。遠くの方ではまだ爆発が続いていた。心なしか骨の平原が少し低くなっている気がする。

 どこに連れて行くつもりなんだろう。飛んでる方向からしてニルギルスさんの方じゃないのは確か。
 二、三分ほど飛んでいると、骨以外の物が見えた。
 物っていうか、者。

 地面にうずくまって苦しそうに息を漏らしていた。
 スケルトンドラゴンが傍に降り立つ。僕はその場にぽーんと投げ捨てられる。ひどい。

 女の子だった。紫色のロングヘア。身長は僕より小さい。百五十センチぐらいか。肌は色白。
 そして、二つ特徴的な部位がある。
 一つは角。くるっと内巻きにこめかみの辺りから生えてる二つの小さな角。山羊の角みたいだな。
 もう一つは耳。とんがってる。エルフ耳ってやつだ。

 その女の子が、誰がどう見ても尋常じゃない程に苦痛で喘いでいる。
 龍族ではないだろう。龍なら龍の恰好をしているし、人の姿を取るならニルギルスさんみたいに普通の人間の姿だろう。

 ……よく考えてみたらニルギルスさんって龍族だったのでは?
 自分から龍だと名乗らなかったけど、この龍の墓場は、龍族以外は魔族ですらも無事では済まないとか言っていたからそんな気がしてきた。

 とすると、この子は魔族ってところか。そんなに人間と変わらないように見える。

「あの、大丈夫ですか」

 近づいて肩に触れてぎょっとした。
 熱い。体温としてはとんでもなく熱い。服の上からでもそう感じるのだから、実際彼女の体温は大変なことになっている。

「これ……君、これをどうにかしろってこと?」

 傍らで僕らを見下ろしてくるスケルトンドラ……めんどい。略してスケドラに尋ねると頷いた。アンデッドだと思って侮ってたけど知性持ってるのね。
 それならできれば言葉を介してくれると有難いのだけど、骨しかないから声とか出せないよね。それもそうか。

 しかし、どうしたものか。
 体温が異常に高いってだけで原因とか僕には見当もつかない。
 考える。

 一、僕が解決する……無理っぽいな。なんにも分からないし。
 二、ニルギルスさんに助けてもらう……今もまだ戦ってるし、あそこまで移動するのに時間が掛かりすぎる。スケドラで飛んでったら確実に撃ち落とされる。
 三、諦める。現実は非情だ……それは、嫌だな。これはない。却下。

 なんというか。あの神様は、僕がこの世界でいかに無力なのかよく分かるチュートリアルを用意してくれたんんじゃないかって気持ちになるね。

 とりあえず、こんなところであれこれ考えても仕方ない。ニルギルスさんが戻ってくることも考えたら、一度あの洞窟に戻るのが最善か。

「移動したいんだけど、僕たち二人乗せて飛べる?」
「――ッ!」

 当たり前だろ? と睨まれた気がした。
 今度はスケドラの背中にのって、女の子を落とさないようにしっかり抱きかかえて、飛んだ。

「……に……だ、れ……?」

 意識、あったのか。女の子が何か呟いたけど、余裕は微塵もないのかすぐに押し黙ってしまった。

 一頭と二人が空を飛ぶ。

 彼方では未だ骸を焼き尽くす爆発が轟いていた。

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