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一章:龍の墓場
8 スキル習得
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「お前の戦い方って、やっぱ変則的だよな」
とあるVRMMORPGでフレンドだったプレイヤーの言葉だ。ちなみに中身はキャラと同じで男性。
「ウィザード系なのに距離は近いし敵のヘイトは気にしてないし。タンカーの人結構ストレス溜まってたぞ?」
「そもそもパーティープレイ向きじゃないですしね。僕のプレイスタイルは」
「それでも頑なに自分を曲げないお前が好きだ」
「はいはい今ギルドの女性陣いないからそういう需要ないんで結構です。次のウェーブ来ますよ」
「需要があれば求めてく・れ・る?」
「準備しないならフレンドリーファイアしますよーほらほらー」
「おわっと!? 冗談だって待て待て!?」
僕はウィザード……魔法使い系の職業だった。理由は単純。魔法を使いたかったから。
玄人向けの職業だったけど、純粋に魔法だけで戦いたくて、結構無茶なプレイスタイルを選択していた。
身体能力は速度重視で詠唱の早い近接魔法主体。ウィザードとしてはかなりの変則型。魔法戦士と言った方が分かりやすいかもしれない。
詠唱の長い大魔法で殲滅するのも嫌いじゃないけど、ソロだとどうしても詠唱が間に合わずにやられてしまう。かと言ってパーティープレイをするかといえばそうでもなく、日々近接魔法の練習に明け暮れた。
あの日は、フレンドと一緒にインスタンスダンジョンに行こうという話になって、うっかり自動マッチングでパーティーが結成されてしまった。タンカーの人には申し訳ないと思うが許してほしい。
「――何匹か抜けた!」
前衛のランサーから漏れたモンスターが数体こっちに向かってくる。ゴブリンとハウンドの上位種。
「お、来たぞ」
「んじゃ僕ヘイト取るんでお願いしますね」
「普通ウィザードは『ヘイト取る』なんて言わないけどな!」
走り出した僕の後ろで支援魔法の詠唱が始まる。僕は走りながら杖の先端に無詠唱で氷の刃を生成する。
氷属性と斬撃属性の付与術。魔法攻撃のステータスを参照しつつも相手には物理防御で適応される変則的な攻撃方法だ。
「“速度上昇”!」
後方からの支援魔法が届く。速度上昇――単純な移動速度を上げる魔法だけど、僕にはとても相性がよかった。
正面から切りかかってくるゴブリンの脇をすり抜けざまに一閃。振りぬいた慣性のままに身体を回転させて回し蹴りをお見舞いすると、HPゲージがあっという間に0になってゴブリンが消えた。
そのまま杖を半回転させて逆手に持ち直し、後ろから迫ってきたハウンドを貫く。
ゲージの減りが足りない。それじゃあ。
「――“グラシアス・スパイク”」
ハウンドを貫いた氷の刃が周囲のマナを取り込んで木の根っこみたいに拡散。身体の内側から無数の氷の刃で貫かれたハウンドが消滅する。
「ヘイトとかいって一人で処理してんじゃねえか」
「すいません」
後続のハウンドの数体が、僕に狙いを集中して正面三方向から同時に襲い掛かってくる。
「――“スキルコンバート”、“チェンジエレメンタル:ウィンド”」
さすがに同時攻撃をされると厳しい。属性を切り替え、遠距離攻撃のスキルを読み込む。杖の先端から伸びていた氷の刃が消え、代わりに風の刃を纏う。
ハウンドの間合いに入るまでまだまだ十分な距離。全然余裕。
「――“リープアセイル”!」
本来は無数の斬撃を飛ばして攻撃する遠距離物理攻撃のスキル。斬撃属性を持つ武器種でしか使えない仕様なんだけど、付与術で斬撃属性を付加した状態なら使用可能判定になる。それに遠距離減衰が小さい風属性を付与。飛び掛かったハウンドがたちまち切り刻まれて消滅した。
「相変わらず変態的なプレイスタイルだこと。魔法剣士に転職した方がいいんじゃねえか?」
「僕は魔法使いとしてやっていくんです。剣は持ちません」
「そういう頑固なとこも……待った待ったまだ言ってないちょっ、やめ!?」
うっかりリープアセイルが残った状態で殴ってしまった。自分でヒールしといてね。
「――っし、雑魚は処理した! ネームド来るぞ!」
フィールドではとうとうボスのお出まし。いよいよボス戦だ。
「ま、あとは消化試合だな。適当にやろうぜ」
「とか言って、ちゃっかりラストアタック狙ってるんですよね分かります」
そんな軽口を叩きながら再び戦闘が始まる。
生前の、ネットゲームでの話だ。
僕は、あの世界での戦い方に、まだ納得がいっていなかった。
************************
「アルナミア」
ニルギルスさんと手合わせするということで『じゃあせめて武器探してみてもいいですか』と、骨平原でお目当ての物を探している最中、女の子が口を開いた。
「アルナミア・イミード。あたしの名前」
そういえば自己紹介とかしていなかった。それより考えることとか落ち込むこととかあったしね。うん。
「あんたは……って記憶喪失だったわね」
「まあ……うん」
名前を訊かれてニルギルスさんのときとは違う戸惑いが胸に閊える。
名前。僕女の子になってるんだよなあ。もう枢沢彰悟として名乗れない。異世界だから男っぽいとか女っぽいとか分からないだろうけど、それでもなんか、抵抗がある。
女の子だって認めるわけじゃないよ。もしかしたら男に戻れる可能性だって無きにしも非ずかもしれないから希望は捨てない。いつか彰悟君として戻れると信じる。一生彰悟ちゃんかもしれないけど、それは考えたくない。
「呼ぶとき困るのよね。なにか考えなさいよ」
「考えろって、今?」
「別に後でもいいけど」
ニルギルスさんはそんなこと気にせずに貴様って呼んでくれてる。あの人些細なことは気にしないのに、龍族に関することには敏感だからなあ。それこそアルナミアさんを消し炭にしようとするぐらいには。
「うん。後で考えておきます」
「……」
「なにか?」
「なんでもない」
なんでもありそうにしていましたよ、口と目と耳が。なんでもないならそういうことにしておきますけど。
「やはり見当たらんな。貴様が言うナギナタとやらは」
上空から探していたニルギルスさんが降りてきた。あれで骨の合間に埋もれてる物体も見分けがつくというのだからものすごい視力だ。視力検査したら二桁レベルになるんじゃないだろうか。
「槍のような形状で片刃の刃物……地人の工房でもない限り当てはなさそうなものだが」
「あると思うんですけどね……」
世界観とか違うだろうけど、一応あっちの世界ではそこそこ使われていた筈? だし?
外国にも似たような武器はあった筈。だから、たぶんあると思ったんだけど。
ところで地人ってなんだろう。種族名だろうか。
「槍ならまだしもな。そっちは見つかったのか、女」
「ア・ル・ナ・ミ・ア! さっき教えたでしょ!」
「知らん。貴様などただの女だ」
ニルギルスさんってアルナミアさんに対しては遠慮ないなあ。殺そうとしたぐらいだし当然と言えば当然か。
「――ッ! ――ッ!」
あーうん。スケドラさんは落ち着こうか。それ全部剣だから。違うから。いっぱい拾ってきてくれるのは有難いんだけど、僕は剣を使う気はないんだ。ごめんね。
「――……っ」
心なしかしゅんとした気がする。アンデッドのくせに知性はあるし感情も豊か。擬人化したらさぞ魅力的なキャラクターになること間違いないな。骨人間ってのは勘弁してね。
「これだけ探して見当たらんのだ。他の武器で代用できないか?」
「そもそも薙刀自体が代用なんですよね」
「ほう?」
「僕のプレイスタイルって杖の先端に氷の刃を形成して、それで近接攻撃するものだったんで。用途に応じて形を変えたり属性を変更したり、結構変則的だったんですけ――どぅおっ!?」
突然ニルギルスさんが僕の両肩を掴んだ。形相がやばい。やばいとしか言えない。
「――……もう一度言え」
「――ですから、杖の先端に属性の刃を形成して、それで攻撃……」
「……お……おお? ……おおお?」
ニルギルスさんの目がマジだ。この人やっぱりマッドな奴だ。僕の発言に天啓を得るような内容はない筈だけど、何を閃いているんだろう。とりあえず痛いから離してほしい。
「来た……長年感じていたこの魔術師としての不満……不足していたのはこれだったか……!」
あ、この人やっぱり魔術師だったんだ。龍だから肉体言語で事足りると思うんだけど。スケドラさんは除外。あれは例外。
「――そうだ! 大魔法だの火力だの後方に控えて守られねば詠唱も出来ぬ臆病者共が……前に出る兵の気も知らず安穏と出番を待つだけの愚物が……」
ぶつぶつと小言を呟いて何やら空白の本に物凄い勢いで書き込み始める。
「しばし待て! すぐに書き上げる!」
何をだろう。そして待たなくてもいいんですけど。手合わせとかやらなくて結構ですよ?
「理論は単純明快……しかし、属性の付与と維持……そして変更……何よりそれら全てを負荷なく展開する魔力効率を求め……」
駄目だ。完全にスイッチがハイってますね。
「とりあえず休んでていいのかしら?」
「待てって言われましたし、そうしま」
「――出来た!」
――ほんとすぐ書き上げたなおい!
それ何ページ……いや待て何冊だそれ?!
ひいふうみい……五冊ある。アルナミアのかけた術式でも三冊だったのに、それ以上か。手慰みで書いてるってレベルじゃないぞ。
「四冊が魔法書。一冊が仕様書だ」
「はあ。で、それを?」
「貴様にくれてやる。読め」
「あの、読めたところで魔術ってものがそもそも分からないんですけど」
「いいから読め。術理など気合で叩き込め」
それ魔術師の発言としてどうなんですかね。バリバリの体育会系ですけど。
「まあ……一応読んでみますね」
一冊受け取る。表紙を開いたところでもう眩暈がした。なんだこのちっさい文字の羅列。これが魔法書? ノートを節約しようとして無駄に小さく書いたようにしか見えない。
文字自体は何故か読めないけど意味は頭に入ってきた。これも言葉を理解するようになったあのときのやつだろうか。
“――により、形容されるべき属性としての基本式は――であり、これらに属性乱数である――と魔力係数である――に掛かる負担を考慮した場合――”
あ、駄目だこれ。完全に意味が分からない箇所がある。翻訳出来てないな。いや、そもそも僕の世界になかった概念が掛かれているのでは? 属性乱数とか魔力係数とかそんなの物理でも科学の授業でも習わないし、地球上のどこを探しても知ってる人とか発見しそうな人とか理論を考えてる人はいないと思う。確実に。
使えないんじゃないですかねこれ。うーん、でも一応最後まで目を通してみよう。それで理解出来なかったら諦めてもらおう。僕も残念だけど。
「――ねえ……それ何してるの……?」
「え?」
ちょっと集中してた。何?
アルナミアさんが本の表紙を指さしている。
表紙? おお。なんか糸みたいになって手の甲に吸い込まれていってる。
これ、神様のところでやってもらったあれと一緒だ。つまりこれは、魔法書を力として僕の中に蓄えている?
――ってこれこのままだと書いたばっかりの魔法書が消え……ニルギルスさんに怒られる!?
「面白いな貴様。術式を直接自己に取り込むか。なかなか珍妙なことを……術式を自己に取り込む……ふむ……」
また机に向かって何か書き始めましたね。この人魔術好きなんだな。こっちはもう興味なさそうにしてるし。
「四冊終わったら仕様書を読んでおけ。存外に、それすらも取り込むかも知れんがな」
「あ、はい」
怒られそうな感じじゃないから、このままにしてみよう。
思わぬところで神様の力が働いた。もしかして、あの本ってこういう目的のものだった? 魔法書を自分の中に取り込む力。だとしたらすごく有難い。魔術なんてさっぱり分からなかったし理解できる気がしなかったから。そもそも地球人には理解出来ない概念だった可能性だってある。
持っていた一冊目の魔法書が全て僕に取り込まれる。何か変わった感じ……あ、ちょっとあるな。不思議な感じ。
……感じる。たぶんこれが魔力っぽい。ニルギルスさんが『何か在るが中身が分からない』と言った存在も確認できる。あの本が取り込む力そのものだったということなら、今まで知覚出来なかったのは他に比較するものが僕の中になかったからかもしれない。
同じ調子で残りの三冊も取り込んだ。冊数を重ねるにつれて取り込む速度が上がっていった。こういうのにも慣れってあるんだな。
最後の仕様書についても取り込めた。仕様書の端を取り込んだところで、突然湧いてきた感じで使い方とか用法容量みたいなものが理解できた。
すごいぞこの力。誰でも簡単に魔術を扱えるようになる代物だった。やばい。神様マジすごい。
そして今取り込んだ魔法書。まんま僕のスキルだった。杖に氷の刃で云々のアレ。まんまそれ。
早速だしちょっと試してみよう。でも杖がないな。
「アルナミアさんって杖とか持ってます?」
「短杖でいいならあるけど」
「ちょっとお借りしますね」
長さ二十センチほどの木製の杖。いつもの感覚で振りまわしたらぽっきり折れそうだな。小さめの刃でやってみよう。
詠唱は……え、要らない? 魔力を流すだけでいいの? マジか。
「…………」
杖の先端に集中してみる。細く、そこに魔力を集めるように、集中する。
「……へえ」
傍らで見ていたアルナミアさんが興味ありげな声を出した。
杖の先端から、ほんの三センチほどだけど、小さな氷の刃が形成されていた。
ついでだから属性を変えてみよう。まずは風。
氷が溶けて、ほんのりそよぐ程度の風と置き換わった。
「おー」
次は火。うわ。これお線香みたいだな。火も弱いし灯りの代わりにもならない。出力を上げればよさそうだな。壊しちゃいそうだからやめとこう。
水。これゲームでも難しかったんだけど……やっぱり難しいな。少しの間なら維持出来るんだけど、力を抜いたり油断するとすぐ滴り落ちちゃう。
土。うん。問題ないね。ごつごつした鋭利な石って感じだけど、まあよしとしよう。
……あの二属性も試してみるか。
光。
「おー!」
アルナミアさんが興奮してる。見た目は火の時と大差ないように見えるんだけど、何か違うんだろうか。あっちはお線香だけど、こっちはせいぜいサイリウム程度だ。将来的にはライトなセイバー的な感じで使ってみたい。
とりあえずよし、と。じゃあ闇。
……ん、あれ?
集中してるんだけど何かおかしい。他の属性のときと同じ感覚でちゃんと発動してる感じはするんだけど何も変化がない。
ちょっと力を込めてみる。何も起きない。
「これは何かしてるの?」
「してるんですけど……何も起きてないみたいですね」
もともとゲーム内でも出来なかったものだし、まあいいだろう。四属性と光が使えるってわかったから収穫は上々。
ちょっと異世界生活が楽しくなりそうだ。
「ニルギルスさんー、ちゃんと発動してるみたいですよー」
見ると洞窟の奥でまだ魔法書を書き殴っている。今度は数冊どころじゃない。数十冊はもう書き終わっていた。
「そうか。明日キトアの町に出発するぞ」
「あ、はい。って――はい?!」
「そこの女。ここへ来るときに舟を使って来ただろう。明日、案内しろ」
「そりゃ舟はあるけど……あんたが行くなら行くしかないわよね……」
何故か僕の方を見て小声でつぶやくアルナミアさん。まだ行くとは一言も言ってないんだけどな。いや、行くけどさ。
「貴様も付き合え。いや、元から出ていく予定なのだったな。運がよかったな、貴様」
ニルギルスさんがすっごく楽しそうな表情でこっちを見た。それそんなに楽しいんだ。神様の力がなかったら、僕の頭じゃ一生掛かっても理解できそうにないけど。
にしても、突然決まりましたね。明日魔族の町かあ。ニルギルスさんも来るって言ってるし、たぶん大丈夫だよね?
アルナミアさんは、たぶん守ってくれそうだけど、彼女に頼るのはなんか気が引けるし、出来れば自分の身は自分で守れるといいな。
とあるVRMMORPGでフレンドだったプレイヤーの言葉だ。ちなみに中身はキャラと同じで男性。
「ウィザード系なのに距離は近いし敵のヘイトは気にしてないし。タンカーの人結構ストレス溜まってたぞ?」
「そもそもパーティープレイ向きじゃないですしね。僕のプレイスタイルは」
「それでも頑なに自分を曲げないお前が好きだ」
「はいはい今ギルドの女性陣いないからそういう需要ないんで結構です。次のウェーブ来ますよ」
「需要があれば求めてく・れ・る?」
「準備しないならフレンドリーファイアしますよーほらほらー」
「おわっと!? 冗談だって待て待て!?」
僕はウィザード……魔法使い系の職業だった。理由は単純。魔法を使いたかったから。
玄人向けの職業だったけど、純粋に魔法だけで戦いたくて、結構無茶なプレイスタイルを選択していた。
身体能力は速度重視で詠唱の早い近接魔法主体。ウィザードとしてはかなりの変則型。魔法戦士と言った方が分かりやすいかもしれない。
詠唱の長い大魔法で殲滅するのも嫌いじゃないけど、ソロだとどうしても詠唱が間に合わずにやられてしまう。かと言ってパーティープレイをするかといえばそうでもなく、日々近接魔法の練習に明け暮れた。
あの日は、フレンドと一緒にインスタンスダンジョンに行こうという話になって、うっかり自動マッチングでパーティーが結成されてしまった。タンカーの人には申し訳ないと思うが許してほしい。
「――何匹か抜けた!」
前衛のランサーから漏れたモンスターが数体こっちに向かってくる。ゴブリンとハウンドの上位種。
「お、来たぞ」
「んじゃ僕ヘイト取るんでお願いしますね」
「普通ウィザードは『ヘイト取る』なんて言わないけどな!」
走り出した僕の後ろで支援魔法の詠唱が始まる。僕は走りながら杖の先端に無詠唱で氷の刃を生成する。
氷属性と斬撃属性の付与術。魔法攻撃のステータスを参照しつつも相手には物理防御で適応される変則的な攻撃方法だ。
「“速度上昇”!」
後方からの支援魔法が届く。速度上昇――単純な移動速度を上げる魔法だけど、僕にはとても相性がよかった。
正面から切りかかってくるゴブリンの脇をすり抜けざまに一閃。振りぬいた慣性のままに身体を回転させて回し蹴りをお見舞いすると、HPゲージがあっという間に0になってゴブリンが消えた。
そのまま杖を半回転させて逆手に持ち直し、後ろから迫ってきたハウンドを貫く。
ゲージの減りが足りない。それじゃあ。
「――“グラシアス・スパイク”」
ハウンドを貫いた氷の刃が周囲のマナを取り込んで木の根っこみたいに拡散。身体の内側から無数の氷の刃で貫かれたハウンドが消滅する。
「ヘイトとかいって一人で処理してんじゃねえか」
「すいません」
後続のハウンドの数体が、僕に狙いを集中して正面三方向から同時に襲い掛かってくる。
「――“スキルコンバート”、“チェンジエレメンタル:ウィンド”」
さすがに同時攻撃をされると厳しい。属性を切り替え、遠距離攻撃のスキルを読み込む。杖の先端から伸びていた氷の刃が消え、代わりに風の刃を纏う。
ハウンドの間合いに入るまでまだまだ十分な距離。全然余裕。
「――“リープアセイル”!」
本来は無数の斬撃を飛ばして攻撃する遠距離物理攻撃のスキル。斬撃属性を持つ武器種でしか使えない仕様なんだけど、付与術で斬撃属性を付加した状態なら使用可能判定になる。それに遠距離減衰が小さい風属性を付与。飛び掛かったハウンドがたちまち切り刻まれて消滅した。
「相変わらず変態的なプレイスタイルだこと。魔法剣士に転職した方がいいんじゃねえか?」
「僕は魔法使いとしてやっていくんです。剣は持ちません」
「そういう頑固なとこも……待った待ったまだ言ってないちょっ、やめ!?」
うっかりリープアセイルが残った状態で殴ってしまった。自分でヒールしといてね。
「――っし、雑魚は処理した! ネームド来るぞ!」
フィールドではとうとうボスのお出まし。いよいよボス戦だ。
「ま、あとは消化試合だな。適当にやろうぜ」
「とか言って、ちゃっかりラストアタック狙ってるんですよね分かります」
そんな軽口を叩きながら再び戦闘が始まる。
生前の、ネットゲームでの話だ。
僕は、あの世界での戦い方に、まだ納得がいっていなかった。
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「アルナミア」
ニルギルスさんと手合わせするということで『じゃあせめて武器探してみてもいいですか』と、骨平原でお目当ての物を探している最中、女の子が口を開いた。
「アルナミア・イミード。あたしの名前」
そういえば自己紹介とかしていなかった。それより考えることとか落ち込むこととかあったしね。うん。
「あんたは……って記憶喪失だったわね」
「まあ……うん」
名前を訊かれてニルギルスさんのときとは違う戸惑いが胸に閊える。
名前。僕女の子になってるんだよなあ。もう枢沢彰悟として名乗れない。異世界だから男っぽいとか女っぽいとか分からないだろうけど、それでもなんか、抵抗がある。
女の子だって認めるわけじゃないよ。もしかしたら男に戻れる可能性だって無きにしも非ずかもしれないから希望は捨てない。いつか彰悟君として戻れると信じる。一生彰悟ちゃんかもしれないけど、それは考えたくない。
「呼ぶとき困るのよね。なにか考えなさいよ」
「考えろって、今?」
「別に後でもいいけど」
ニルギルスさんはそんなこと気にせずに貴様って呼んでくれてる。あの人些細なことは気にしないのに、龍族に関することには敏感だからなあ。それこそアルナミアさんを消し炭にしようとするぐらいには。
「うん。後で考えておきます」
「……」
「なにか?」
「なんでもない」
なんでもありそうにしていましたよ、口と目と耳が。なんでもないならそういうことにしておきますけど。
「やはり見当たらんな。貴様が言うナギナタとやらは」
上空から探していたニルギルスさんが降りてきた。あれで骨の合間に埋もれてる物体も見分けがつくというのだからものすごい視力だ。視力検査したら二桁レベルになるんじゃないだろうか。
「槍のような形状で片刃の刃物……地人の工房でもない限り当てはなさそうなものだが」
「あると思うんですけどね……」
世界観とか違うだろうけど、一応あっちの世界ではそこそこ使われていた筈? だし?
外国にも似たような武器はあった筈。だから、たぶんあると思ったんだけど。
ところで地人ってなんだろう。種族名だろうか。
「槍ならまだしもな。そっちは見つかったのか、女」
「ア・ル・ナ・ミ・ア! さっき教えたでしょ!」
「知らん。貴様などただの女だ」
ニルギルスさんってアルナミアさんに対しては遠慮ないなあ。殺そうとしたぐらいだし当然と言えば当然か。
「――ッ! ――ッ!」
あーうん。スケドラさんは落ち着こうか。それ全部剣だから。違うから。いっぱい拾ってきてくれるのは有難いんだけど、僕は剣を使う気はないんだ。ごめんね。
「――……っ」
心なしかしゅんとした気がする。アンデッドのくせに知性はあるし感情も豊か。擬人化したらさぞ魅力的なキャラクターになること間違いないな。骨人間ってのは勘弁してね。
「これだけ探して見当たらんのだ。他の武器で代用できないか?」
「そもそも薙刀自体が代用なんですよね」
「ほう?」
「僕のプレイスタイルって杖の先端に氷の刃を形成して、それで近接攻撃するものだったんで。用途に応じて形を変えたり属性を変更したり、結構変則的だったんですけ――どぅおっ!?」
突然ニルギルスさんが僕の両肩を掴んだ。形相がやばい。やばいとしか言えない。
「――……もう一度言え」
「――ですから、杖の先端に属性の刃を形成して、それで攻撃……」
「……お……おお? ……おおお?」
ニルギルスさんの目がマジだ。この人やっぱりマッドな奴だ。僕の発言に天啓を得るような内容はない筈だけど、何を閃いているんだろう。とりあえず痛いから離してほしい。
「来た……長年感じていたこの魔術師としての不満……不足していたのはこれだったか……!」
あ、この人やっぱり魔術師だったんだ。龍だから肉体言語で事足りると思うんだけど。スケドラさんは除外。あれは例外。
「――そうだ! 大魔法だの火力だの後方に控えて守られねば詠唱も出来ぬ臆病者共が……前に出る兵の気も知らず安穏と出番を待つだけの愚物が……」
ぶつぶつと小言を呟いて何やら空白の本に物凄い勢いで書き込み始める。
「しばし待て! すぐに書き上げる!」
何をだろう。そして待たなくてもいいんですけど。手合わせとかやらなくて結構ですよ?
「理論は単純明快……しかし、属性の付与と維持……そして変更……何よりそれら全てを負荷なく展開する魔力効率を求め……」
駄目だ。完全にスイッチがハイってますね。
「とりあえず休んでていいのかしら?」
「待てって言われましたし、そうしま」
「――出来た!」
――ほんとすぐ書き上げたなおい!
それ何ページ……いや待て何冊だそれ?!
ひいふうみい……五冊ある。アルナミアのかけた術式でも三冊だったのに、それ以上か。手慰みで書いてるってレベルじゃないぞ。
「四冊が魔法書。一冊が仕様書だ」
「はあ。で、それを?」
「貴様にくれてやる。読め」
「あの、読めたところで魔術ってものがそもそも分からないんですけど」
「いいから読め。術理など気合で叩き込め」
それ魔術師の発言としてどうなんですかね。バリバリの体育会系ですけど。
「まあ……一応読んでみますね」
一冊受け取る。表紙を開いたところでもう眩暈がした。なんだこのちっさい文字の羅列。これが魔法書? ノートを節約しようとして無駄に小さく書いたようにしか見えない。
文字自体は何故か読めないけど意味は頭に入ってきた。これも言葉を理解するようになったあのときのやつだろうか。
“――により、形容されるべき属性としての基本式は――であり、これらに属性乱数である――と魔力係数である――に掛かる負担を考慮した場合――”
あ、駄目だこれ。完全に意味が分からない箇所がある。翻訳出来てないな。いや、そもそも僕の世界になかった概念が掛かれているのでは? 属性乱数とか魔力係数とかそんなの物理でも科学の授業でも習わないし、地球上のどこを探しても知ってる人とか発見しそうな人とか理論を考えてる人はいないと思う。確実に。
使えないんじゃないですかねこれ。うーん、でも一応最後まで目を通してみよう。それで理解出来なかったら諦めてもらおう。僕も残念だけど。
「――ねえ……それ何してるの……?」
「え?」
ちょっと集中してた。何?
アルナミアさんが本の表紙を指さしている。
表紙? おお。なんか糸みたいになって手の甲に吸い込まれていってる。
これ、神様のところでやってもらったあれと一緒だ。つまりこれは、魔法書を力として僕の中に蓄えている?
――ってこれこのままだと書いたばっかりの魔法書が消え……ニルギルスさんに怒られる!?
「面白いな貴様。術式を直接自己に取り込むか。なかなか珍妙なことを……術式を自己に取り込む……ふむ……」
また机に向かって何か書き始めましたね。この人魔術好きなんだな。こっちはもう興味なさそうにしてるし。
「四冊終わったら仕様書を読んでおけ。存外に、それすらも取り込むかも知れんがな」
「あ、はい」
怒られそうな感じじゃないから、このままにしてみよう。
思わぬところで神様の力が働いた。もしかして、あの本ってこういう目的のものだった? 魔法書を自分の中に取り込む力。だとしたらすごく有難い。魔術なんてさっぱり分からなかったし理解できる気がしなかったから。そもそも地球人には理解出来ない概念だった可能性だってある。
持っていた一冊目の魔法書が全て僕に取り込まれる。何か変わった感じ……あ、ちょっとあるな。不思議な感じ。
……感じる。たぶんこれが魔力っぽい。ニルギルスさんが『何か在るが中身が分からない』と言った存在も確認できる。あの本が取り込む力そのものだったということなら、今まで知覚出来なかったのは他に比較するものが僕の中になかったからかもしれない。
同じ調子で残りの三冊も取り込んだ。冊数を重ねるにつれて取り込む速度が上がっていった。こういうのにも慣れってあるんだな。
最後の仕様書についても取り込めた。仕様書の端を取り込んだところで、突然湧いてきた感じで使い方とか用法容量みたいなものが理解できた。
すごいぞこの力。誰でも簡単に魔術を扱えるようになる代物だった。やばい。神様マジすごい。
そして今取り込んだ魔法書。まんま僕のスキルだった。杖に氷の刃で云々のアレ。まんまそれ。
早速だしちょっと試してみよう。でも杖がないな。
「アルナミアさんって杖とか持ってます?」
「短杖でいいならあるけど」
「ちょっとお借りしますね」
長さ二十センチほどの木製の杖。いつもの感覚で振りまわしたらぽっきり折れそうだな。小さめの刃でやってみよう。
詠唱は……え、要らない? 魔力を流すだけでいいの? マジか。
「…………」
杖の先端に集中してみる。細く、そこに魔力を集めるように、集中する。
「……へえ」
傍らで見ていたアルナミアさんが興味ありげな声を出した。
杖の先端から、ほんの三センチほどだけど、小さな氷の刃が形成されていた。
ついでだから属性を変えてみよう。まずは風。
氷が溶けて、ほんのりそよぐ程度の風と置き換わった。
「おー」
次は火。うわ。これお線香みたいだな。火も弱いし灯りの代わりにもならない。出力を上げればよさそうだな。壊しちゃいそうだからやめとこう。
水。これゲームでも難しかったんだけど……やっぱり難しいな。少しの間なら維持出来るんだけど、力を抜いたり油断するとすぐ滴り落ちちゃう。
土。うん。問題ないね。ごつごつした鋭利な石って感じだけど、まあよしとしよう。
……あの二属性も試してみるか。
光。
「おー!」
アルナミアさんが興奮してる。見た目は火の時と大差ないように見えるんだけど、何か違うんだろうか。あっちはお線香だけど、こっちはせいぜいサイリウム程度だ。将来的にはライトなセイバー的な感じで使ってみたい。
とりあえずよし、と。じゃあ闇。
……ん、あれ?
集中してるんだけど何かおかしい。他の属性のときと同じ感覚でちゃんと発動してる感じはするんだけど何も変化がない。
ちょっと力を込めてみる。何も起きない。
「これは何かしてるの?」
「してるんですけど……何も起きてないみたいですね」
もともとゲーム内でも出来なかったものだし、まあいいだろう。四属性と光が使えるってわかったから収穫は上々。
ちょっと異世界生活が楽しくなりそうだ。
「ニルギルスさんー、ちゃんと発動してるみたいですよー」
見ると洞窟の奥でまだ魔法書を書き殴っている。今度は数冊どころじゃない。数十冊はもう書き終わっていた。
「そうか。明日キトアの町に出発するぞ」
「あ、はい。って――はい?!」
「そこの女。ここへ来るときに舟を使って来ただろう。明日、案内しろ」
「そりゃ舟はあるけど……あんたが行くなら行くしかないわよね……」
何故か僕の方を見て小声でつぶやくアルナミアさん。まだ行くとは一言も言ってないんだけどな。いや、行くけどさ。
「貴様も付き合え。いや、元から出ていく予定なのだったな。運がよかったな、貴様」
ニルギルスさんがすっごく楽しそうな表情でこっちを見た。それそんなに楽しいんだ。神様の力がなかったら、僕の頭じゃ一生掛かっても理解できそうにないけど。
にしても、突然決まりましたね。明日魔族の町かあ。ニルギルスさんも来るって言ってるし、たぶん大丈夫だよね?
アルナミアさんは、たぶん守ってくれそうだけど、彼女に頼るのはなんか気が引けるし、出来れば自分の身は自分で守れるといいな。
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