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三章:ラスタ
18 西森の珍獣亭
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親和派の魔族が集まるウェグニア領。その南西に位置する此処はラスタの街。
最西端のキトアから徒歩で一日、乗り合いの馬車では半日といった距離に位置する。広葉樹林に囲まれ、少し街から離れればそこはもう草木が鬱蒼と生い茂る未開の地。魔物や獣の類も多く、集落としては常に危険と隣り合わせである。
しかし、この街に訪れる者はそんな些細なことは気にも留めない。むしろ喜び勇んで訪れる者が多い。
何故ならこの街ラスタは、腕っぷしに自信のある冒険者が必ず通る道。ある種の登竜門とも言える名物があるから。
迷宮。
ラスタの街、地下深くに根を張る大穴が発見されたのはおよそ数百年前。干ばつに見舞われ地下水脈の発掘中に起きた落盤。幸い、犠牲者を出さずに済んだその事故で、見たこともない様式で建造されたらしき不思議な縦穴が顔を出した。地の精霊の加護を得ない人工の四角い縦穴。当時、殲滅派に住む場所を終われ西へ西へと追いやられていた親和派の先祖達は大地の祝福が齎されたと喜び大挙した。進めど進めど果てが見えない大穴。人が住むにも、そして地下資源に恵まれたという意味でも大いに手助けとなった。
住人達は初め、ただ住んでいただけであった。人が増え集落となり、さらに人が増えてきた時分になると街を拡張しようという動きになる。住人達はこれまで浅い縦穴部分に寄り集まり生活していた。これを奥まで探索してみようという話になり、そこで発見されたのが迷路のように枝分かれする無数の人工的な横穴。
迷宮の入口である。
かつてない規模の広さに探索に熱が入る住人達だったがやがて困惑した。
あまりにも広い。そして、危険だった。横穴のいたるところに罠が仕掛けられていて、魔物が棲息し、それは深くなるにつれてより危険になっていく。
だが、潜れば潜るほど、地下資源は潤沢に見つかる。それだけではなく、見たことのない刀剣や魔法書など、数々のお宝が住人達に甘い誘惑を振りまいた。
人手が足りない。戦力が欲しい。もっと人を、もっと力を。
ほどなくしてラスタの街は腕に覚えのある者が集まる街となった。
金銀財宝に夢を見る者、己の実力を試し上を目指す者、出稼ぎ、永住。
種族は問わなかった。時が経つにつれ、ありとあらゆる人種が集まった。魔海にあるためか人間だけは見かけることがなかったのだが、とにかく人が集まる大きな街となった。
ここはありとあらゆる思惑が蔓延る迷宮の街。
今日もまた新たな旅人が街の門を潜る。
人間二人に魔族が一人。それと、死霊の類の小さな骨。
観光気分で馬車から降りた人間の女は、街の様相を見て息を漏らした。
************************
日本と違って街が変わると街並みもがらっと変わるらしい。
ラスタの街並みは、キトアと違って木材建築の建物がひしめき合うように列をなしている。計画的な区画整備だろうか。規則正しく縦横綺麗にそろえて建物が並ぶ。京都の街並みみたいだと思った。屋根に色を塗れば囲碁とか出来そう。
そんなことを街の入口に設けられた関所で警備の人に冒険者証を見せながら思った。
「はい、確認しました。ようこそラスタへ。迷宮については街中央の管理棟にて説明を受けることが出来ます」
「ありがとうございます」
「それと、ここラスタはウェグニア領の管理下にありますが、この街の性質上、魔海全土から色んな方が集まります。治安の維持に努めてはいますがどうかお気をつけを」
警備の人が私にそっと耳打ちする。何のことだろう?
「人間だから気を付けろって意味よ」
ウェグニア領は親和派じゃなかったっけ。
私の表情を見て察したのか、アルナミアさんが呆れたように説明する。
「確かにウェグニアは親和派が集まる土地だけど、それは単に集まってるだけであって殲滅派を排除してるわけじゃないの。フレスもキトアで絡まれたでしょ。というかあたしも一応殲滅派なんだけど」
「それって……危なくないですか私?」
「危険と言えば危険ね。ここは迷宮もあって殲滅派どころか現在進行形で大瀑布で人間と睨み合ってる魔王軍の連中も訪れるぐらいだし。控え目に言うけど、街に入った時点でお皿に盛り付けられた料理と同じね」
大瀑布。新しい単語が出てきた。地名だろうか。名前からして大きな滝っぽいけど。
とりあえず危ない場所らしいし、いますぐ回れ右した方がいいですねしましょうか?
「あたしがついてるから滅多なことじゃ手は出してこないと思うわ」
「それはどうして?」
「人間が一人でいたらそりゃあ手は出すだろうけど。知らない人から見たら、今のあたしとフレスの状況が逆転したようなものだから」
つまりどういうことだ。私とアルナミアさんが逆転?
「要するに、あたしの所有物だって思われるってこと。魔海で魔族が人間を連れて歩いてるのってそれ以外にないから」
「逆の発想はないんですか?」
「敵の本拠地でそんなことする馬鹿がいるかしら?」
います。少なくとも目の前に一人その大馬鹿者がなんにも知らずに呑気に質問しています。
「魔海で人間が魔族を従えてるなんて誰も思わないわ。そもそも人間が魔族を屈服させるほどの力を持つってことがおかしいわけだし。人にもよるけど、魔族って人間が三十人ぐらい束になってようやく互角かなってところなのよ」
魔族さんって意外とチート種族だったみたいだ。見た目はそんなに変わらないのになあ。私の認識はどうも甘いらしい。気を付けよう。
それと私も人間として規格外ってことらしい。まったく実感がない。私なんて弱い方だと思うけど。
「だから、たぶん大丈夫。フレスって他の人間と違って魔族に殺意とか抱いてないし。あたしもフレスに敵意向けてないしね」
「アイリスは大丈夫ですかね」
「言わせてもらうけどこんなの殺すほどでもないわよ? あ、でも奴隷商人とかいたら売られちゃうかもしれない」
何も考えずに連れてきたけどキトアへ帰した方がいいな。というか私も帰った方がいいんじゃないかな。
「――ッ! ――ッ!」
スケドラさんが拳で訴えてくる。私も彼が何を言いたいのか分かるようになってきた。なってしまった。謎だ。
「アイリスのことはお願いしますね。私も余裕があるか分からないので」
「――ッ!」
「よく会話になるわね。あたしだって何言ってるのか分からないのに」
「会話とか出来ないんですか?」
死霊術師なのに?
「それあたしのじゃないから。術で召喚されたわけじゃないみたいなのよね。あたしの言うこと聞かないから」
ふむ? 自然発生したのかな?
私はアルナミアさんが召喚したものだと思っていたけれど。
「そうなの?」
「――ッ? ――ッ!」
どうやらそうらしい。なんだろう。何か引っかかる。
「はい。お連れの方の冒険者証も確認しました。それでは次の方ー!」
そうこうしているうちに入国審査……入国じゃない。入村? 入街? が終わった。
押し出されるように関所から弾き出される。今ここで引き返したら後ろの人から睨まれそうだ。
見たところ行商人かな。あっちからもこっちからも「早くしろよ」的な目が……うん、もう行こう。
無言の圧力を背中に受けつつ、ラスタの街へ入る。
関所近くの区画はどうやら行商人向けの宿場町のような扱いらしい。主に宿屋と倉庫と馬小屋が軒を連ねている。商業区かな?
どうも個人経営ではなく商会所有の施設らしい。全ての建物がどこかしらの商会の名前を掲げていた。
するとこの辺りは私達には関係ないかな。物見遊山の話の種になりそうな建物もなさそうだし先を急ごう。周りの人の目がちょっと気になりだした。
「心配しなくても大丈夫よ。フレスは強いから。いざとなったら『あたしのモノになにしてんの?』って威圧してやる」
「うーん……もしものときはお願いしますね」
「ふふ……うん」
アルナミアさんがちょっとだけ笑った。迷惑じゃないのならこの際だから甘えちゃおう。
四角く分けられた区画を二つほど直進した。この辺りから冒険者向けの個人経営の宿屋ゾーンらしい。
商業区からがらっと雰囲気が変わる。喧噪がBGMになった。がやがやとかわいわいとかそういった感じ。
キトアと同じで宿屋と酒場は一緒くたになっていた。少し違ったのは、密集したり隣接したりといった感じじゃない。
広い。とにかく広い。通りを挟んで向かい合ってる店舗二つで区画まるまる一つ占拠しているんじゃないかな。例えるなら旅館かな。中までは見えないけど、たぶん中庭とか大きなお風呂とかありそうな気がする。
「キトアとは趣が違いますね」
「迷宮籠りの冒険者ばかりだからよ。装備の整備に養生することだってあるし。腰を据えて滞在することになるから必然的に宿の設備や質も変わってくる。当然ね」
そういうものらしい。
たしかに毎日迷宮に潜って探索していると武器や防具は目に見えて損耗するだろうし、怪我だってゲームみたいに一晩ぐっすり寝れば全回復する訳じゃない。そりゃそうか当然だ。異世界をゲーム脳で見てるとそのうち大怪我するな。気を付けよう。
「それにしても大きい宿屋ですね。酒場なんて地階にもあるんじゃないですか?」
「あると思うわ。確か宿の何件かは直接迷宮に潜る入口もあるんじゃなかったかしら」
迷宮直通通路ありの宿屋か。サービスの面で優位に立ってる。繁盛してそう。
「荷物もあることだし、先に宿決める?」
「私はどちらでもいいですけど……」
アイリスを見ると少し息が上がっている。
旅支度だって言って着替えとか買ってきた分を全部詰め込んで来たからなあ。現地で必要な分だけ持っていけって話なんだけど、生憎私達は現在根無し草の身。置いてくるところがないから仕方なく全部持ってきた。もったいないからって捨てるのも気が引けたしね。いくつかはそうした方がよかったと思うけど。
「先に宿を取りましょうか。アイリス、もうしばらく歩ける?」
「あるけます!」
うん。ちょっと疲れてるけど元気はいっぱい。もうちょっと頑張ってね。
「宿はこの区画とあっち……から、あそこまでの区画みたいね」
いつの間に手に入れたのか街の案内図を見ながらアルナミアさんが指さした。
「どうせなら迷宮の近くの宿にしますか」
「潜る気満々ね?」
せっかく来たんだ。ニルギルスさんは目的とか何もアイリスに伝えてなかったし、名物が迷宮ってことならそういうことでしょう?
ちなみに楽しいだろうなってことは私の中で確定済み。迷宮だよ迷宮。ダンジョンですよダンジョン。リアルにマッピングする日がくるなんてうきうきですよ。
っていうかニルギルスさんほんと戻ってこないな。いつの間にかいなくなったと思ったらアイリスを寄越して自分は行方不明だし。心配はしてないけどもう少し気を配ってほしいね。せめて何処に行くとかどのくらい外出するとかの申告は欲しい。個人の勝手だけどさ。別にどっちが保護者って訳でもないけど。
「一番近いのはここね」
アルナミアさんが案内図から目を離して顔をあげる。私も見上げる。
――西森の珍獣亭。
やばい。なんかすごく気になるネーミング。動物園と一体型の宿屋なのかな。珍獣ってなに珍獣って。そして西森。西。キトアの魚眼亭もそうだったけど西ってフレーズを入れるのが流行りなのか。
とか考えてたらアルナミアさんはもうエントランスに入っていた。彼女的には気にすることでもないのだろう。
「いらっしゃいませ! ご予約のお客様でしょうか?」
第一声。玄関を潜るとそこはもふもふパラダイスだった。
なにこれ。右見ても左見ても上とか見てももふもふですよもふもふ。
入口で来客の接待をするあの子は犬耳。カウンターでチェックアウトの手続きをしているあの子は猫耳。奥の通路でベッドのシーツを運んでいるあの子はリスかな。そして私達をカウンターまで案内するこの子は狐耳。他にも色んなケモミミと尻尾があっちそっちでぴょこぴょこしている。
ほとんど人間ベース。見た目の違いは耳とか尻尾がくっついてるだけ。あ、いや。何人かは半分ぐらい獣っぽい人もいたし四足歩行してる普通に獣な方もいた。すごくふっさふさ。ここならケモナーの顧客満足度調査で満点取れるんじゃないだろうか。
え。珍獣ってそういう? なにこの素敵な空間。私ずっとここに泊まる。
「あの」
私を案内している狐さんに声を掛ける。
「はい、なんでございますか?」
「ちょっと触ってもいいですか」
「え――ひっ!?」
「あ、すごい……ふかふか……あー……これ好き……」
毛並みとかすごい綺麗に整ってる。つやつやふさふさ。ちょっと独特な匂いがしたけどシャンプーとかボディソープかな。
「フレ――」
なにやら私を振り向いたアルナミアさんが硬直した。
「え――ハッ?!」
――しまった我を忘れて失礼なことをした!
気づいたときには既に遅く、エントランス中の獣人の方々の目線が集中していた。みんな作業の手が止まってしまっている。
「ご――ごめんなさい!」
狐さんの目が見開かれる。やばい。やってしまった。
「はあ……今更驚くことでもないか。フレスは、そうか」
アルナミアさんはすぐに気を取り直したけどそれどころじゃない。
狐さんとかやばいよこの表情。真っ青なのか真っ赤なのか混ざって紫にも見える。両腕を抱いて、信じられないものを見るような目をしてる。
「あのっ、お客、様は……人間の方では……?」
「はい……」
「え……あの……え……」
表情が読めない。恥ずかしがったり怒ってるわけじゃない……みたいだけど。
「あーあー。これのことはほっといていいから。人間としておかしいから」
アルナミアさんがフォローらしき発言。いや、追い打ちか? ぐさっときたよ今の。
「とりあえず一晩お願い。部屋はこっち?」
「あ……ただいまご案内いたします」
放心状態から茫然状態に回復した狐さんが案内する。
「部屋で説明するからちょっと黙ってなさいよ」
「あ……うん……?」
何の説明だろう。
エントランスから伸びる廊下を通り角を曲がって離れのような一室へ通される。
六畳半の2LDといった具合か。予想通り中庭があって、縁側が接している。
「それではごゆっくり……」
狐さんが退室する。
「あんたねえ……」
手早く荷物を放り投げたアルナミアさんが呆れていた。
「迷宮に潜る前に色々お勉強しましょうか。アイリス含めて」
目が呆れ半分笑い半分だった。それほどまでに常識のない行動だったのだろう。後でもう一度狐さんに謝ってこよう。
私は荷物を下して正座した。
アイリスは私を見倣うと言っていたけど、この分じゃあ真似してもらわない方がいいかもしれない。
胃に何倍もの重力がかかったように私の気持ちは沈んでいった。
最西端のキトアから徒歩で一日、乗り合いの馬車では半日といった距離に位置する。広葉樹林に囲まれ、少し街から離れればそこはもう草木が鬱蒼と生い茂る未開の地。魔物や獣の類も多く、集落としては常に危険と隣り合わせである。
しかし、この街に訪れる者はそんな些細なことは気にも留めない。むしろ喜び勇んで訪れる者が多い。
何故ならこの街ラスタは、腕っぷしに自信のある冒険者が必ず通る道。ある種の登竜門とも言える名物があるから。
迷宮。
ラスタの街、地下深くに根を張る大穴が発見されたのはおよそ数百年前。干ばつに見舞われ地下水脈の発掘中に起きた落盤。幸い、犠牲者を出さずに済んだその事故で、見たこともない様式で建造されたらしき不思議な縦穴が顔を出した。地の精霊の加護を得ない人工の四角い縦穴。当時、殲滅派に住む場所を終われ西へ西へと追いやられていた親和派の先祖達は大地の祝福が齎されたと喜び大挙した。進めど進めど果てが見えない大穴。人が住むにも、そして地下資源に恵まれたという意味でも大いに手助けとなった。
住人達は初め、ただ住んでいただけであった。人が増え集落となり、さらに人が増えてきた時分になると街を拡張しようという動きになる。住人達はこれまで浅い縦穴部分に寄り集まり生活していた。これを奥まで探索してみようという話になり、そこで発見されたのが迷路のように枝分かれする無数の人工的な横穴。
迷宮の入口である。
かつてない規模の広さに探索に熱が入る住人達だったがやがて困惑した。
あまりにも広い。そして、危険だった。横穴のいたるところに罠が仕掛けられていて、魔物が棲息し、それは深くなるにつれてより危険になっていく。
だが、潜れば潜るほど、地下資源は潤沢に見つかる。それだけではなく、見たことのない刀剣や魔法書など、数々のお宝が住人達に甘い誘惑を振りまいた。
人手が足りない。戦力が欲しい。もっと人を、もっと力を。
ほどなくしてラスタの街は腕に覚えのある者が集まる街となった。
金銀財宝に夢を見る者、己の実力を試し上を目指す者、出稼ぎ、永住。
種族は問わなかった。時が経つにつれ、ありとあらゆる人種が集まった。魔海にあるためか人間だけは見かけることがなかったのだが、とにかく人が集まる大きな街となった。
ここはありとあらゆる思惑が蔓延る迷宮の街。
今日もまた新たな旅人が街の門を潜る。
人間二人に魔族が一人。それと、死霊の類の小さな骨。
観光気分で馬車から降りた人間の女は、街の様相を見て息を漏らした。
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日本と違って街が変わると街並みもがらっと変わるらしい。
ラスタの街並みは、キトアと違って木材建築の建物がひしめき合うように列をなしている。計画的な区画整備だろうか。規則正しく縦横綺麗にそろえて建物が並ぶ。京都の街並みみたいだと思った。屋根に色を塗れば囲碁とか出来そう。
そんなことを街の入口に設けられた関所で警備の人に冒険者証を見せながら思った。
「はい、確認しました。ようこそラスタへ。迷宮については街中央の管理棟にて説明を受けることが出来ます」
「ありがとうございます」
「それと、ここラスタはウェグニア領の管理下にありますが、この街の性質上、魔海全土から色んな方が集まります。治安の維持に努めてはいますがどうかお気をつけを」
警備の人が私にそっと耳打ちする。何のことだろう?
「人間だから気を付けろって意味よ」
ウェグニア領は親和派じゃなかったっけ。
私の表情を見て察したのか、アルナミアさんが呆れたように説明する。
「確かにウェグニアは親和派が集まる土地だけど、それは単に集まってるだけであって殲滅派を排除してるわけじゃないの。フレスもキトアで絡まれたでしょ。というかあたしも一応殲滅派なんだけど」
「それって……危なくないですか私?」
「危険と言えば危険ね。ここは迷宮もあって殲滅派どころか現在進行形で大瀑布で人間と睨み合ってる魔王軍の連中も訪れるぐらいだし。控え目に言うけど、街に入った時点でお皿に盛り付けられた料理と同じね」
大瀑布。新しい単語が出てきた。地名だろうか。名前からして大きな滝っぽいけど。
とりあえず危ない場所らしいし、いますぐ回れ右した方がいいですねしましょうか?
「あたしがついてるから滅多なことじゃ手は出してこないと思うわ」
「それはどうして?」
「人間が一人でいたらそりゃあ手は出すだろうけど。知らない人から見たら、今のあたしとフレスの状況が逆転したようなものだから」
つまりどういうことだ。私とアルナミアさんが逆転?
「要するに、あたしの所有物だって思われるってこと。魔海で魔族が人間を連れて歩いてるのってそれ以外にないから」
「逆の発想はないんですか?」
「敵の本拠地でそんなことする馬鹿がいるかしら?」
います。少なくとも目の前に一人その大馬鹿者がなんにも知らずに呑気に質問しています。
「魔海で人間が魔族を従えてるなんて誰も思わないわ。そもそも人間が魔族を屈服させるほどの力を持つってことがおかしいわけだし。人にもよるけど、魔族って人間が三十人ぐらい束になってようやく互角かなってところなのよ」
魔族さんって意外とチート種族だったみたいだ。見た目はそんなに変わらないのになあ。私の認識はどうも甘いらしい。気を付けよう。
それと私も人間として規格外ってことらしい。まったく実感がない。私なんて弱い方だと思うけど。
「だから、たぶん大丈夫。フレスって他の人間と違って魔族に殺意とか抱いてないし。あたしもフレスに敵意向けてないしね」
「アイリスは大丈夫ですかね」
「言わせてもらうけどこんなの殺すほどでもないわよ? あ、でも奴隷商人とかいたら売られちゃうかもしれない」
何も考えずに連れてきたけどキトアへ帰した方がいいな。というか私も帰った方がいいんじゃないかな。
「――ッ! ――ッ!」
スケドラさんが拳で訴えてくる。私も彼が何を言いたいのか分かるようになってきた。なってしまった。謎だ。
「アイリスのことはお願いしますね。私も余裕があるか分からないので」
「――ッ!」
「よく会話になるわね。あたしだって何言ってるのか分からないのに」
「会話とか出来ないんですか?」
死霊術師なのに?
「それあたしのじゃないから。術で召喚されたわけじゃないみたいなのよね。あたしの言うこと聞かないから」
ふむ? 自然発生したのかな?
私はアルナミアさんが召喚したものだと思っていたけれど。
「そうなの?」
「――ッ? ――ッ!」
どうやらそうらしい。なんだろう。何か引っかかる。
「はい。お連れの方の冒険者証も確認しました。それでは次の方ー!」
そうこうしているうちに入国審査……入国じゃない。入村? 入街? が終わった。
押し出されるように関所から弾き出される。今ここで引き返したら後ろの人から睨まれそうだ。
見たところ行商人かな。あっちからもこっちからも「早くしろよ」的な目が……うん、もう行こう。
無言の圧力を背中に受けつつ、ラスタの街へ入る。
関所近くの区画はどうやら行商人向けの宿場町のような扱いらしい。主に宿屋と倉庫と馬小屋が軒を連ねている。商業区かな?
どうも個人経営ではなく商会所有の施設らしい。全ての建物がどこかしらの商会の名前を掲げていた。
するとこの辺りは私達には関係ないかな。物見遊山の話の種になりそうな建物もなさそうだし先を急ごう。周りの人の目がちょっと気になりだした。
「心配しなくても大丈夫よ。フレスは強いから。いざとなったら『あたしのモノになにしてんの?』って威圧してやる」
「うーん……もしものときはお願いしますね」
「ふふ……うん」
アルナミアさんがちょっとだけ笑った。迷惑じゃないのならこの際だから甘えちゃおう。
四角く分けられた区画を二つほど直進した。この辺りから冒険者向けの個人経営の宿屋ゾーンらしい。
商業区からがらっと雰囲気が変わる。喧噪がBGMになった。がやがやとかわいわいとかそういった感じ。
キトアと同じで宿屋と酒場は一緒くたになっていた。少し違ったのは、密集したり隣接したりといった感じじゃない。
広い。とにかく広い。通りを挟んで向かい合ってる店舗二つで区画まるまる一つ占拠しているんじゃないかな。例えるなら旅館かな。中までは見えないけど、たぶん中庭とか大きなお風呂とかありそうな気がする。
「キトアとは趣が違いますね」
「迷宮籠りの冒険者ばかりだからよ。装備の整備に養生することだってあるし。腰を据えて滞在することになるから必然的に宿の設備や質も変わってくる。当然ね」
そういうものらしい。
たしかに毎日迷宮に潜って探索していると武器や防具は目に見えて損耗するだろうし、怪我だってゲームみたいに一晩ぐっすり寝れば全回復する訳じゃない。そりゃそうか当然だ。異世界をゲーム脳で見てるとそのうち大怪我するな。気を付けよう。
「それにしても大きい宿屋ですね。酒場なんて地階にもあるんじゃないですか?」
「あると思うわ。確か宿の何件かは直接迷宮に潜る入口もあるんじゃなかったかしら」
迷宮直通通路ありの宿屋か。サービスの面で優位に立ってる。繁盛してそう。
「荷物もあることだし、先に宿決める?」
「私はどちらでもいいですけど……」
アイリスを見ると少し息が上がっている。
旅支度だって言って着替えとか買ってきた分を全部詰め込んで来たからなあ。現地で必要な分だけ持っていけって話なんだけど、生憎私達は現在根無し草の身。置いてくるところがないから仕方なく全部持ってきた。もったいないからって捨てるのも気が引けたしね。いくつかはそうした方がよかったと思うけど。
「先に宿を取りましょうか。アイリス、もうしばらく歩ける?」
「あるけます!」
うん。ちょっと疲れてるけど元気はいっぱい。もうちょっと頑張ってね。
「宿はこの区画とあっち……から、あそこまでの区画みたいね」
いつの間に手に入れたのか街の案内図を見ながらアルナミアさんが指さした。
「どうせなら迷宮の近くの宿にしますか」
「潜る気満々ね?」
せっかく来たんだ。ニルギルスさんは目的とか何もアイリスに伝えてなかったし、名物が迷宮ってことならそういうことでしょう?
ちなみに楽しいだろうなってことは私の中で確定済み。迷宮だよ迷宮。ダンジョンですよダンジョン。リアルにマッピングする日がくるなんてうきうきですよ。
っていうかニルギルスさんほんと戻ってこないな。いつの間にかいなくなったと思ったらアイリスを寄越して自分は行方不明だし。心配はしてないけどもう少し気を配ってほしいね。せめて何処に行くとかどのくらい外出するとかの申告は欲しい。個人の勝手だけどさ。別にどっちが保護者って訳でもないけど。
「一番近いのはここね」
アルナミアさんが案内図から目を離して顔をあげる。私も見上げる。
――西森の珍獣亭。
やばい。なんかすごく気になるネーミング。動物園と一体型の宿屋なのかな。珍獣ってなに珍獣って。そして西森。西。キトアの魚眼亭もそうだったけど西ってフレーズを入れるのが流行りなのか。
とか考えてたらアルナミアさんはもうエントランスに入っていた。彼女的には気にすることでもないのだろう。
「いらっしゃいませ! ご予約のお客様でしょうか?」
第一声。玄関を潜るとそこはもふもふパラダイスだった。
なにこれ。右見ても左見ても上とか見てももふもふですよもふもふ。
入口で来客の接待をするあの子は犬耳。カウンターでチェックアウトの手続きをしているあの子は猫耳。奥の通路でベッドのシーツを運んでいるあの子はリスかな。そして私達をカウンターまで案内するこの子は狐耳。他にも色んなケモミミと尻尾があっちそっちでぴょこぴょこしている。
ほとんど人間ベース。見た目の違いは耳とか尻尾がくっついてるだけ。あ、いや。何人かは半分ぐらい獣っぽい人もいたし四足歩行してる普通に獣な方もいた。すごくふっさふさ。ここならケモナーの顧客満足度調査で満点取れるんじゃないだろうか。
え。珍獣ってそういう? なにこの素敵な空間。私ずっとここに泊まる。
「あの」
私を案内している狐さんに声を掛ける。
「はい、なんでございますか?」
「ちょっと触ってもいいですか」
「え――ひっ!?」
「あ、すごい……ふかふか……あー……これ好き……」
毛並みとかすごい綺麗に整ってる。つやつやふさふさ。ちょっと独特な匂いがしたけどシャンプーとかボディソープかな。
「フレ――」
なにやら私を振り向いたアルナミアさんが硬直した。
「え――ハッ?!」
――しまった我を忘れて失礼なことをした!
気づいたときには既に遅く、エントランス中の獣人の方々の目線が集中していた。みんな作業の手が止まってしまっている。
「ご――ごめんなさい!」
狐さんの目が見開かれる。やばい。やってしまった。
「はあ……今更驚くことでもないか。フレスは、そうか」
アルナミアさんはすぐに気を取り直したけどそれどころじゃない。
狐さんとかやばいよこの表情。真っ青なのか真っ赤なのか混ざって紫にも見える。両腕を抱いて、信じられないものを見るような目をしてる。
「あのっ、お客、様は……人間の方では……?」
「はい……」
「え……あの……え……」
表情が読めない。恥ずかしがったり怒ってるわけじゃない……みたいだけど。
「あーあー。これのことはほっといていいから。人間としておかしいから」
アルナミアさんがフォローらしき発言。いや、追い打ちか? ぐさっときたよ今の。
「とりあえず一晩お願い。部屋はこっち?」
「あ……ただいまご案内いたします」
放心状態から茫然状態に回復した狐さんが案内する。
「部屋で説明するからちょっと黙ってなさいよ」
「あ……うん……?」
何の説明だろう。
エントランスから伸びる廊下を通り角を曲がって離れのような一室へ通される。
六畳半の2LDといった具合か。予想通り中庭があって、縁側が接している。
「それではごゆっくり……」
狐さんが退室する。
「あんたねえ……」
手早く荷物を放り投げたアルナミアさんが呆れていた。
「迷宮に潜る前に色々お勉強しましょうか。アイリス含めて」
目が呆れ半分笑い半分だった。それほどまでに常識のない行動だったのだろう。後でもう一度狐さんに謝ってこよう。
私は荷物を下して正座した。
アイリスは私を見倣うと言っていたけど、この分じゃあ真似してもらわない方がいいかもしれない。
胃に何倍もの重力がかかったように私の気持ちは沈んでいった。
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