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三章:ラスタ
20 意志無き優しさは届かない 2
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彼女達のために、私は何が出来るだろう。
アルナミアさんから話を聞いて、この世界の人間の一面を知った。自分で見てないから全部じゃない。だから本当は違う、本当は私と同じなんだって信じたい気持ちがある。でも珍獣亭のみんなを見ると、それは幻想だ、せいぜい気が狂った異常者だ。そんなことを言われている気になった。彼女達の目はひたすらに恐怖と憎悪だった。そう、怒ってなんかいない。憎んでいる。私自身が彼女達に何かしたわけじゃないのに、私は憎まれていた。
魔族と違って獣人に親和派は存在しないとアルナミアさんは言った。魔海大戦よりずっと前から人間にいいようにされてきたらしい。魔族のように対立した時期もあったけれど結果は惨敗。今はもうすっかり牙を抜かれた家畜同然だとアルナミアさんは言った。これが常識だと。ある意味じゃ正しい摂理とも。人間が種として劣る事実を捻じ曲げ知恵を持ち自身を強者と傲ったところは正すべきとも言ったけど。私もそこは正すべきだと思う。そこは、というか家畜扱いするところなんだけど。知恵とか強いとか弱いとかその辺りは思い遣りがあれば問題じゃないと思うんだ。
でも、事はとっくの昔に大きな亀裂を生じさせて、恐らく今でも広がり続けている。人間と他種族との溝は深く、疑う余地もない。信じたくないけど。
胸が締め付けられる。痛い。思わず寝ているアイリスを抱きしめる。
彼女達の恨みは晴れることはあるのだろうか。やられたことを思うのなら、同じかそれ以上のことをしないと気が済まない。
でも、きっと地上の人間はそんなこと許さない。アルナミアさんは、傲慢だと言った。曰く、欲望の塊。生前の、普通の日本人の話をしたら「いい子過ぎない?」と言われた。この世界の人間を、私は正しく認識出来ていなかった。話を聞けば聞くほど、我儘で他人のことなんて考えてない自分勝手な人達に見えた。事実、そうなの、かもしれない。
正直、嫌いになった。軽蔑してる。この感情は私が日本人だったから抱くものなんだろう。外国の人は……ちょっと分からないや。
きっと彼女達はこの気持ちを、もっと何倍も、何十倍も何百倍も何千倍もどろどろにした感情を人間に抱いてる。想像出来ない。
そんな感情を抱かせる種族を相手に仲良くなろうと思うだろうか。思わない。私なら絶対思わない。話を聞いた私ですら人間に対しての認識がこれだ。これがある種の偏向報道による印象操作なら事実を知れば問題ない。けど残念ながらそうじゃない。“人間はこういう生き物だ”という事実に基づいた話。経験と、歴史が語る事実、なんだろう。
私がどう思ってても、安易な優しさは伝わらない。態度も、きっと見てはくれない。私が人間である以上、彼女達はずっと憎み続ける。
それは覚悟した。嫌われてる。憎まれてる。分かった。受け入れる。
私はそれでいい。つらいけど、私を嫌って憎んで少しでも苦しみが晴れるならそうしてくれていい。きっと私は他に何も出来ない。してあげられない。してほしいとも思ってないだろう。言葉を選ばずに言ってしまえば――私の施しなんて意味がない。
気が付いたら涙が出ていた。おかしいな……私って涙もろい方じゃなかった筈だけど。
いつの間にか起きていたアイリスが心配してくれた。ごめんね。大丈夫だから。
スケドラさんも、大丈夫だから背中さすらなくていいよ。ありがとう。
こんなの、悲しいだけだよね。
しばらくして、アルナミアさんが狐さんを連れて部屋に戻って来た。
彼女の目を見て、意味のないことかもしれないけれど、私は一つ決心した。
************************
何かされるんだと思ってた。魔族の主人に連れられて、部屋に入ったわたしは震える身体を抱いてそのときを待った。
主人と人間とで二、三言葉を交わす。主人の方は意外そうな表情をして、人間の方は……悲しそうな目で、わたしを見た。
「この宿に滞在中の私についてですけど、好きにしてください」
人間はそう言った。
好きにしてください。煮るなり焼くなり好きにしろということ?
「ご飯に何を出されても文句を言いませんし、何か問題があってもみなさんに手を出しません」
最初に抱き着いてきたあれのことを言ってる? それとも手を出さないって……殴ったりしないってこと?
主人に釘を刺された……様子には見えない。自分で考えて、わたし達にそうしろと言っているように見える。
「ま、あたしは注文つけるけどね。それよりお風呂ってどこ? 中庭の方かしら?」
主人が湯浴みを所望している。人間の方を見ると「どうぞ私にお構いなく」と言って街へと繰り出して行った。
「あいつのことだし何かすると思ったんだけど……余計なことしたかしら」
主人は荷物の中から着替えを取り出した。わたしは浴場へ案内して、身体を流すのに付き合った。
綺麗な肌。背中に少しだけ火傷の痕があったけど、治癒術でいくらでも消せる程度のものだった。
「あの」
どうして完全に治さないんだろうってことは置いといて、わたしは訊けなかった質問をしてみる。
「ん?」
「あの人間は何を考えているんですか」
「何を、か。何も考えてないんじゃない?」
「何も考えてない……?」
「あたしのときもそうだったからね。あたしを助けたいからって、後先考えないで龍と交渉するなんて。人間のくせに生意気よね?」
人間が魔族を助ける? 奴隷なら主人が死ねば開放されるのに。それに、龍と交渉? 何を言っているんだろう。
「あたしも会ってそんなに経ってないから、あいつのことは分からないわ。常識なんて何一つ知らないわ貨幣の価値も分からないわどこの田舎から出てきたのよって。変なコトは知ってるくせにね」
声色が、どこか違った。魔族が人間に対して放つ声の表情じゃない。なんとなくそう感じた。
「でもね……不本意だけど。ほんと不本意だけど、ちょっと面白いな、とは思ってる」
「面白い、ですか」
「そ。何をするか分からないし考えてることも分からないけど、そんなとこが面白いなって」
「殺そうとは考えなかったんですか」
「したわよ。でも殺せなかった。たぶん今も殺せない」
「人間ですよね?」
「ちょっと、ね。色々あってあたしはあいつに攻撃出来ないんだけど、それがなくてもたぶんあたしじゃあいつに勝てないと思う。ううん、勝てない」
「……魔剣や魔道具は持ってませんでしたよね」
「持ってないわね。でも勝てない。あの龍だって無事じゃ済まないなんてこと言ってたのよね」
「龍が……?」
龍が人間相手に無事じゃすまない? さっきから龍、龍と口にしているけど、それってあの龍? 龍族のこと?
「あの、龍って……龍族のことですか?」
「そうよ?」
冗談にしては表情が普通だった。人間が龍より強い……そんなことを口走ったと龍族に知られでもしたら末代まで無事では済まない呪いをかけられてしまっても文句を言えない。軽々しく口に出来る冗談じゃない。
筈……なのに、あっけらかんとした表情のまま喋り続ける。
「あいつ、あんたに興味あるみたいだったから連れて来たのに。もふもふーってのをしたかったみたいだけど」
「もふもふーというそれはなんでしょうか?」
「あんたが入口でされたやつって言ってたわ。親愛の証なんですって」
「親愛……?」
「でも手は出さないって言ったから……あいつ諦めたのかしら?」
背中にお湯を掛ける。身体の汚れが落ちると、主人は気持ちよさそうに湯舟へ浸かる。
「あなたも入る?」
「いえ……お仕事中ですし、わたしは……ご一緒出来る身分じゃありません」
「あいつなら気にしないと思うわ。これ、割と本気で」
「人間……ですよね?」
「人間よ。あいつは」
「…………」
「普通そうよね。あたし毒されちゃってるのかなー」
そう言って主人は足を延ばしてだらしないほどに気を緩めた。
「あ、そうだ。晩御飯はユプケのお肉食べたいんだけど。確か部屋まで運んできてくれるんだったかしら?」
「はい。承知いたしました」
「あたしと、アイリスの分もか。あいつのはあんたが勝手に決めていいんだったわね」
そういえばそんなことを言っていた。
「好きにしていいと言われましたが……」
「好きにしていいわよ。毒を盛るなり刃物を添えるなり」
この主人は何を口走っているの?
「大丈夫よ。龍毒でも平然としてるんだから。好き勝手やればいいのよ」
だから、この主人は何を言っているの?
「あたしとアイリスのには入れちゃ駄目よ? アイリスなんてまだ食べ頃にもなってないくらい小さいんだから」
わたしは夕食の支度をすると言って浴場を後にした。
分からない。主人も、あの人間も。
厨房へ来た。夕食時は近いが、宿に泊まる冒険者の多くは外で食べて帰ってくる。ここで作って部屋へ運ぶことなんて、十日に一度もあればいい方だった。
食材を確認する。ユプケの肉はあった。主食のピーナもある。付け合わせをいくつか添えればすぐにでも配膳できる。
問題はあの人間の方。好きにしていいといった。主人は毒なりなんなり入れてみろとも。
胸がざわつく。渦を巻くような感じがする。
知ってる。この感情は、一度人間に歯向かって刃物を振りまわそうとしたときのアレ。
それが渦巻く。胸をぐるぐると締め付ける。
息が荒くなる。動悸が……理性が離れていくような感じがする。
目についたのは、本来食用からは程遠く血抜きして乾燥させて魔物避けとして使われるホポロの内臓。誰かが調理した後に放置していたらしい。
それは、非情に高い毒性を持つ毒薬の素材。
「――ッ」
落ち着け。落ち着いて。なんで今更こんな感情が湧いてくるの。
駄目なの。わたし一人の身勝手でここのみんなに迷惑はかけられない。
落ち着け。深呼吸。
あんなの入れたら、当然人間は死ぬ。
死ぬ。殺してしまう。
――殺せてしまう。
胸のざわつきが一際強くなる。
「…………」
主人の言葉が、頭の中で何度も反響する。
「……今なら……今なら」
――わたしは、ホポロの内臓に手を伸ばした。
アルナミアさんから話を聞いて、この世界の人間の一面を知った。自分で見てないから全部じゃない。だから本当は違う、本当は私と同じなんだって信じたい気持ちがある。でも珍獣亭のみんなを見ると、それは幻想だ、せいぜい気が狂った異常者だ。そんなことを言われている気になった。彼女達の目はひたすらに恐怖と憎悪だった。そう、怒ってなんかいない。憎んでいる。私自身が彼女達に何かしたわけじゃないのに、私は憎まれていた。
魔族と違って獣人に親和派は存在しないとアルナミアさんは言った。魔海大戦よりずっと前から人間にいいようにされてきたらしい。魔族のように対立した時期もあったけれど結果は惨敗。今はもうすっかり牙を抜かれた家畜同然だとアルナミアさんは言った。これが常識だと。ある意味じゃ正しい摂理とも。人間が種として劣る事実を捻じ曲げ知恵を持ち自身を強者と傲ったところは正すべきとも言ったけど。私もそこは正すべきだと思う。そこは、というか家畜扱いするところなんだけど。知恵とか強いとか弱いとかその辺りは思い遣りがあれば問題じゃないと思うんだ。
でも、事はとっくの昔に大きな亀裂を生じさせて、恐らく今でも広がり続けている。人間と他種族との溝は深く、疑う余地もない。信じたくないけど。
胸が締め付けられる。痛い。思わず寝ているアイリスを抱きしめる。
彼女達の恨みは晴れることはあるのだろうか。やられたことを思うのなら、同じかそれ以上のことをしないと気が済まない。
でも、きっと地上の人間はそんなこと許さない。アルナミアさんは、傲慢だと言った。曰く、欲望の塊。生前の、普通の日本人の話をしたら「いい子過ぎない?」と言われた。この世界の人間を、私は正しく認識出来ていなかった。話を聞けば聞くほど、我儘で他人のことなんて考えてない自分勝手な人達に見えた。事実、そうなの、かもしれない。
正直、嫌いになった。軽蔑してる。この感情は私が日本人だったから抱くものなんだろう。外国の人は……ちょっと分からないや。
きっと彼女達はこの気持ちを、もっと何倍も、何十倍も何百倍も何千倍もどろどろにした感情を人間に抱いてる。想像出来ない。
そんな感情を抱かせる種族を相手に仲良くなろうと思うだろうか。思わない。私なら絶対思わない。話を聞いた私ですら人間に対しての認識がこれだ。これがある種の偏向報道による印象操作なら事実を知れば問題ない。けど残念ながらそうじゃない。“人間はこういう生き物だ”という事実に基づいた話。経験と、歴史が語る事実、なんだろう。
私がどう思ってても、安易な優しさは伝わらない。態度も、きっと見てはくれない。私が人間である以上、彼女達はずっと憎み続ける。
それは覚悟した。嫌われてる。憎まれてる。分かった。受け入れる。
私はそれでいい。つらいけど、私を嫌って憎んで少しでも苦しみが晴れるならそうしてくれていい。きっと私は他に何も出来ない。してあげられない。してほしいとも思ってないだろう。言葉を選ばずに言ってしまえば――私の施しなんて意味がない。
気が付いたら涙が出ていた。おかしいな……私って涙もろい方じゃなかった筈だけど。
いつの間にか起きていたアイリスが心配してくれた。ごめんね。大丈夫だから。
スケドラさんも、大丈夫だから背中さすらなくていいよ。ありがとう。
こんなの、悲しいだけだよね。
しばらくして、アルナミアさんが狐さんを連れて部屋に戻って来た。
彼女の目を見て、意味のないことかもしれないけれど、私は一つ決心した。
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何かされるんだと思ってた。魔族の主人に連れられて、部屋に入ったわたしは震える身体を抱いてそのときを待った。
主人と人間とで二、三言葉を交わす。主人の方は意外そうな表情をして、人間の方は……悲しそうな目で、わたしを見た。
「この宿に滞在中の私についてですけど、好きにしてください」
人間はそう言った。
好きにしてください。煮るなり焼くなり好きにしろということ?
「ご飯に何を出されても文句を言いませんし、何か問題があってもみなさんに手を出しません」
最初に抱き着いてきたあれのことを言ってる? それとも手を出さないって……殴ったりしないってこと?
主人に釘を刺された……様子には見えない。自分で考えて、わたし達にそうしろと言っているように見える。
「ま、あたしは注文つけるけどね。それよりお風呂ってどこ? 中庭の方かしら?」
主人が湯浴みを所望している。人間の方を見ると「どうぞ私にお構いなく」と言って街へと繰り出して行った。
「あいつのことだし何かすると思ったんだけど……余計なことしたかしら」
主人は荷物の中から着替えを取り出した。わたしは浴場へ案内して、身体を流すのに付き合った。
綺麗な肌。背中に少しだけ火傷の痕があったけど、治癒術でいくらでも消せる程度のものだった。
「あの」
どうして完全に治さないんだろうってことは置いといて、わたしは訊けなかった質問をしてみる。
「ん?」
「あの人間は何を考えているんですか」
「何を、か。何も考えてないんじゃない?」
「何も考えてない……?」
「あたしのときもそうだったからね。あたしを助けたいからって、後先考えないで龍と交渉するなんて。人間のくせに生意気よね?」
人間が魔族を助ける? 奴隷なら主人が死ねば開放されるのに。それに、龍と交渉? 何を言っているんだろう。
「あたしも会ってそんなに経ってないから、あいつのことは分からないわ。常識なんて何一つ知らないわ貨幣の価値も分からないわどこの田舎から出てきたのよって。変なコトは知ってるくせにね」
声色が、どこか違った。魔族が人間に対して放つ声の表情じゃない。なんとなくそう感じた。
「でもね……不本意だけど。ほんと不本意だけど、ちょっと面白いな、とは思ってる」
「面白い、ですか」
「そ。何をするか分からないし考えてることも分からないけど、そんなとこが面白いなって」
「殺そうとは考えなかったんですか」
「したわよ。でも殺せなかった。たぶん今も殺せない」
「人間ですよね?」
「ちょっと、ね。色々あってあたしはあいつに攻撃出来ないんだけど、それがなくてもたぶんあたしじゃあいつに勝てないと思う。ううん、勝てない」
「……魔剣や魔道具は持ってませんでしたよね」
「持ってないわね。でも勝てない。あの龍だって無事じゃ済まないなんてこと言ってたのよね」
「龍が……?」
龍が人間相手に無事じゃすまない? さっきから龍、龍と口にしているけど、それってあの龍? 龍族のこと?
「あの、龍って……龍族のことですか?」
「そうよ?」
冗談にしては表情が普通だった。人間が龍より強い……そんなことを口走ったと龍族に知られでもしたら末代まで無事では済まない呪いをかけられてしまっても文句を言えない。軽々しく口に出来る冗談じゃない。
筈……なのに、あっけらかんとした表情のまま喋り続ける。
「あいつ、あんたに興味あるみたいだったから連れて来たのに。もふもふーってのをしたかったみたいだけど」
「もふもふーというそれはなんでしょうか?」
「あんたが入口でされたやつって言ってたわ。親愛の証なんですって」
「親愛……?」
「でも手は出さないって言ったから……あいつ諦めたのかしら?」
背中にお湯を掛ける。身体の汚れが落ちると、主人は気持ちよさそうに湯舟へ浸かる。
「あなたも入る?」
「いえ……お仕事中ですし、わたしは……ご一緒出来る身分じゃありません」
「あいつなら気にしないと思うわ。これ、割と本気で」
「人間……ですよね?」
「人間よ。あいつは」
「…………」
「普通そうよね。あたし毒されちゃってるのかなー」
そう言って主人は足を延ばしてだらしないほどに気を緩めた。
「あ、そうだ。晩御飯はユプケのお肉食べたいんだけど。確か部屋まで運んできてくれるんだったかしら?」
「はい。承知いたしました」
「あたしと、アイリスの分もか。あいつのはあんたが勝手に決めていいんだったわね」
そういえばそんなことを言っていた。
「好きにしていいと言われましたが……」
「好きにしていいわよ。毒を盛るなり刃物を添えるなり」
この主人は何を口走っているの?
「大丈夫よ。龍毒でも平然としてるんだから。好き勝手やればいいのよ」
だから、この主人は何を言っているの?
「あたしとアイリスのには入れちゃ駄目よ? アイリスなんてまだ食べ頃にもなってないくらい小さいんだから」
わたしは夕食の支度をすると言って浴場を後にした。
分からない。主人も、あの人間も。
厨房へ来た。夕食時は近いが、宿に泊まる冒険者の多くは外で食べて帰ってくる。ここで作って部屋へ運ぶことなんて、十日に一度もあればいい方だった。
食材を確認する。ユプケの肉はあった。主食のピーナもある。付け合わせをいくつか添えればすぐにでも配膳できる。
問題はあの人間の方。好きにしていいといった。主人は毒なりなんなり入れてみろとも。
胸がざわつく。渦を巻くような感じがする。
知ってる。この感情は、一度人間に歯向かって刃物を振りまわそうとしたときのアレ。
それが渦巻く。胸をぐるぐると締め付ける。
息が荒くなる。動悸が……理性が離れていくような感じがする。
目についたのは、本来食用からは程遠く血抜きして乾燥させて魔物避けとして使われるホポロの内臓。誰かが調理した後に放置していたらしい。
それは、非情に高い毒性を持つ毒薬の素材。
「――ッ」
落ち着け。落ち着いて。なんで今更こんな感情が湧いてくるの。
駄目なの。わたし一人の身勝手でここのみんなに迷惑はかけられない。
落ち着け。深呼吸。
あんなの入れたら、当然人間は死ぬ。
死ぬ。殺してしまう。
――殺せてしまう。
胸のざわつきが一際強くなる。
「…………」
主人の言葉が、頭の中で何度も反響する。
「……今なら……今なら」
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