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#193 電波塔の向こうには
しおりを挟む霧の町に一本だけ、古い電波塔が立っている。
戦後すぐに建てられたらしいが、今では錆びつき、夜には赤い警告灯だけがぽつりと灯る。町の人は誰も近づかない。曰く、「夜の塔は、声を拾う」のだという。
私はラジオ修理を生業にしている。
ある晩、古い短波ラジオを調整していると、雑音の中からふと声が混ざった。
『……聞こえますか』
女の声だった。妙に澄んでいて、少し震えている。
「誰だ?」
『塔の上です。もう、誰も来ないんですね』
冗談かと思ったが、音は確かに生々しい。
外を見ると、丘の上の電波塔の赤い光が、霧の中でゆらゆらと瞬いていた。
翌日、好奇心に負けて塔へ向かった。
風のない日なのに、アンテナが微かに震えている。錆びたフェンスを越え、階段を上る。
途中、古い放送用スピーカーが落ちて転がっていた。ふと、スイッチを押すと──
『……聞こえますか。あの日の放送、まだ届いていないんです』
声は同じ女のものだった。
頂上に辿り着くと、視界が一気に開けた。霧の切れ間に町の灯りがいくつも点々と光る。
そこに、誰もいない。
けれど足元に、ひとつの古びたマイクが転がっていた。
タグには「追悼特番」と記されていた。
帰宅して調べると、その年の放送記録が残っていた。
終戦の日に、地元の女性アナウンサーが「亡き人に届ける放送」を試みたが、突発的な雷で塔が故障し、放送は途絶えたという。
その後、彼女はその落雷で亡くなった。
それを知った夜、私はもう一度ラジオをつけた。
『……聞こえますか』
彼女の声。
私はマイクをつなぎ、静かに言った。
「聞こえてます。放送、届きました」
しばらくの沈黙のあと、微かに息を呑む音がした。
『……ありがとう。やっと、終われます』
その瞬間、塔の赤い光がふっと消えた。
翌朝、町の人々が言った。
「電波塔、撤去されたらしいね。昨日の夜、最後に一度だけ、澄んだ声が流れたんだって」
私は丘の方を見上げた。
霧の向こう、もう光のない空に、どこか穏やかな静けさが広がっていた。
まるで誰かが、やっと電波の向こうで眠りについたように。
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