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ノアキ光

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#173 音楽に胸ぐらをつかまれる

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 古びたライブハウスの隅、ベタつくテーブルに片肘をつき、俺はビールを飲んでいた。
ステージでは前座のバンドが鳴らしているが、どうにも耳に入ってこない。心が乾いていた。音楽を聴いても何も感じない。昔は違ったはずなのに。  

 十代の頃、音楽は俺を突き動かした。胸を締めつけ、血を沸騰させた。それがいつからか、ただの「BGM」になった。仕事をしながら、電車に乗りながら、なんとなく流しているだけのものに。  

 今日も義務感でここにいる。音楽好きのフリをするために。  

 「次が最後のバンドです。The Fist!」  

 MCがそう叫び、客が沸いた。俺はどうせまたよくあるバンドだろうとグラスを傾ける。  

 だが、次の瞬間——  

 ドンッ!

 爆音が炸裂した。音が、物理的に俺の胸ぐらをつかんだ。いや、実際に誰かに殴られたのかと思うほどの衝撃だった。  

 ギターが叫ぶ。ベースが唸る。ドラムが暴れる。ボーカルが……襲いかかってくる。

 「おい、お前らァ!! 生きてんのか!? それとも死んでんのか!!?」  

 ステージ上の男が、俺に向かって叫んだ気がした。目が合ったわけじゃない。だが、その声は確かに俺の胸を抉った。  

 生きてるのか?

 その言葉が体の奥で爆発した。  

 ……俺は、生きていたか?  

 この数年間、俺はただ時間をやり過ごしていたんじゃないのか? 心を揺さぶられることを避け、安全な日常の中で、適当に息をしていただけじゃないのか?  

 ギターソロが突き刺さる。熱量が、ステージから客席へ、俺の体を貫いていく。音が、リズムが、叫びが、胸を殴りつける。  

 気づけば立ち上がっていた。  

 足元のビールが倒れたが、どうでもいい。体が勝手に動く。鼓動が早まる。拳を握る。頭を振る。  

 熱い。  

 熱い。  

 熱い!!  

 数年ぶりに、俺の中の何かが燃え上がるのを感じた。音楽は、こんなにも暴力的だったか? こんなにも直接的だったか? まるでステージのやつらが、音で俺を張り倒しているみたいだ。  

 「次がラストだ!! 俺たちの音を、ぶち込んでやるよ!!!」  

 ボーカルが叫び、ラストナンバーが始まる。疾走するギター、脈打つベース、爆ぜるドラム、そして——魂を裂くようなシャウト。  

 俺は叫んでいた。歌詞も知らないのに、一緒に叫んでいた。  

 涙が出た。  

 生きてる。  

 俺は、生きてる!!!  

 曲が終わる。ステージが暗転する。息が荒い。心臓が爆発しそうだ。  

 静寂。  

 そして——  

 俺の中に、音楽が帰ってきた。
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