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#184 快適すぎる仕事環境
しおりを挟む佐藤は、入社初日から妙な違和感を抱いていた。
新しいオフィスは、まるで未来のラウンジのように快適すぎるのだ。
座った瞬間に高さなどを、微調整する椅子。
呼吸のリズムに合わせて高さが変わる机。
キーボードのタッチ音すら、自分好みの“心地よいカチカチ感”にカスタマイズされる。
さらに、コーヒーを頼めば机の引き出しから、湯気の立つ一杯が静かにせり出してくる。
「な、なんだこの職場は……。」
あまりに心地よすぎて、思わず声が漏れた。
隣の席の先輩に小声で尋ねる。
「この会社、どうしてこんなに快適なんですか?」
「社長がね、人間工学オタクなんだよ。『社員が絶対に帰りたくなくなるオフィス』を作るのが夢だったらしい。」
“帰りたくなくなるオフィス”——
その時は笑って流したが、夜になって理解することになった。
時計はすでに23時を回っていた。
そろそろ帰ろうと思った佐藤は、立ち上がろうとする。
だが、椅子が腰をそっと押さえ、まるで「行かないで」と囁くように揺れた。
気のせいか、机のライトがやけに温かく、目に優しいオレンジ色になっている。
「そろそろ終電……」とつぶやいたその瞬間、机の引き出しが自動で開き、ふかふかの羽毛布団が姿を現した。
「おいおい、なんだこれ……」
周囲を見渡すと、先輩たちは笑顔のままタイピングを続けている。
オフィスはちょうど良い温度と音楽、アロマの香りに満ちている。
帰る理由が一つも見つからない。
佐藤は必死で立ち上がろうとした。
しかし、ふと鼻をくすぐるラベンダーの香りと、ほんのり温かい布団の誘惑に負けてしまう。
「ちょっとだけ……横になって……」
気づけば朝だった。
目覚ましはオフィスの天井スピーカーから流れる小鳥のさえずり。
「おはようございます。今日も仕事日和ですね」
と放送が微笑みのセリフを語る。
佐藤は悟った。
──快適すぎる環境は、自由さえも奪う。
だが、その心地よさは悪魔的なまでに甘美だ。
今日も佐藤は、誰よりも早くオフィスへ出社してしまった。
否、そのまま居着いてしまった……。
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