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第3話 芽生えた疑念
東屋へ続く足跡を追って歩いたその先には、誰の姿もなかった。
けれど、そこに誰かがいた痕跡だけが、確かに残っていた。
小さな東屋は、屋敷の裏手にひっそりと佇んでいる。
木製の柱は少し色褪せ、屋根の端には蔦が絡んでいた。
かつては客人をもてなすために使われていたらしいが、今ではほとんど人が訪れない。
だからこそ――そこに残された乱れが、余計に目についた。
椅子がわずかに引かれたままになっている。
砂の上には、誰かが歩いた跡が新しく刻まれている。
そして、床板の上に落ちていたのは――
(……これは)
ノエルはそっと拾い上げた。
薄い布地のハンカチ。
端には、小さな花の刺繍が施されている。
その刺繍に、ノエルは見覚えがあった。
(カトリーナ……)
従妹カトリーナ。
甘え上手で、誰からも可愛がられる少女。
けれど、その裏に隠れた計算高さをノエルは幼い頃から知っていた。
子供の頃、カトリーナはよくノエルの後ろをついて回った。
「ノエル姉様」と呼び、無邪気に笑っていた。
だが、ノエルが褒められるとカトリーナは決まって不機嫌になった。
その性格は、大人になっても変わらなかった。
(あの子……エドモンド様に興味を示していたことがあったわね)
婚約前、カトリーナがエドモンドに向けていた視線。
そのときノエルは、深く考えなかった。
まさか自分が選ばれるとは思っていなかったし、カトリーナが本気だとも思わなかった。
だが――今、このハンカチは何を意味するのか。
ノエルは胸の奥がひどく冷たくなるのを感じた。
◇
屋敷へ戻る途中、ノエルは夫の最近の行動を思い返していた。
外出が増えた。
帰宅が遅くなった。
香水の匂いが変わった。
ノエルのものではない、甘い香り。
(……偶然、ではないわね)
点が、線になり始めていた。
しかし、まだ確信には至らない。
至りたくない――その気持ちもあった。
◇
「ノエル様……」
廊下でミーナが声をかけてきた。
心配そうな表情をしている。
「大丈夫よ、ミーナ」
ノエルは微笑んだ。
だが、その手がわずかに震えていることに、ミーナは気づいた。
「旦那様は……」
「言わなくていいわ」
ノエルはそっと制した。
聞きたくない――そう思ってしまった自分に、胸が痛む。
(私は……何を恐れているのかしら)
答えは分かっている。
裏切りという言葉を、まだ受け入れたくなかった。
ノエルは再び東屋の方へ視線を向けた。
風が吹き、木々がざわめく。
その音が、胸のざわめきと重なる。
手の中のハンカチをぎゅっと握りしめた。
白い布地に施された花の刺繍。
カトリーナが好んで使う糸の色。
そのすべてが、ノエルの心に小さな痛みを刻む。
(まだ……信じたいのに)
ノエルはそっと目を閉じた。
胸の奥に芽生えた疑念は、もう消えない。
それは、静かに根を張り始めていた。
けれど、そこに誰かがいた痕跡だけが、確かに残っていた。
小さな東屋は、屋敷の裏手にひっそりと佇んでいる。
木製の柱は少し色褪せ、屋根の端には蔦が絡んでいた。
かつては客人をもてなすために使われていたらしいが、今ではほとんど人が訪れない。
だからこそ――そこに残された乱れが、余計に目についた。
椅子がわずかに引かれたままになっている。
砂の上には、誰かが歩いた跡が新しく刻まれている。
そして、床板の上に落ちていたのは――
(……これは)
ノエルはそっと拾い上げた。
薄い布地のハンカチ。
端には、小さな花の刺繍が施されている。
その刺繍に、ノエルは見覚えがあった。
(カトリーナ……)
従妹カトリーナ。
甘え上手で、誰からも可愛がられる少女。
けれど、その裏に隠れた計算高さをノエルは幼い頃から知っていた。
子供の頃、カトリーナはよくノエルの後ろをついて回った。
「ノエル姉様」と呼び、無邪気に笑っていた。
だが、ノエルが褒められるとカトリーナは決まって不機嫌になった。
その性格は、大人になっても変わらなかった。
(あの子……エドモンド様に興味を示していたことがあったわね)
婚約前、カトリーナがエドモンドに向けていた視線。
そのときノエルは、深く考えなかった。
まさか自分が選ばれるとは思っていなかったし、カトリーナが本気だとも思わなかった。
だが――今、このハンカチは何を意味するのか。
ノエルは胸の奥がひどく冷たくなるのを感じた。
◇
屋敷へ戻る途中、ノエルは夫の最近の行動を思い返していた。
外出が増えた。
帰宅が遅くなった。
香水の匂いが変わった。
ノエルのものではない、甘い香り。
(……偶然、ではないわね)
点が、線になり始めていた。
しかし、まだ確信には至らない。
至りたくない――その気持ちもあった。
◇
「ノエル様……」
廊下でミーナが声をかけてきた。
心配そうな表情をしている。
「大丈夫よ、ミーナ」
ノエルは微笑んだ。
だが、その手がわずかに震えていることに、ミーナは気づいた。
「旦那様は……」
「言わなくていいわ」
ノエルはそっと制した。
聞きたくない――そう思ってしまった自分に、胸が痛む。
(私は……何を恐れているのかしら)
答えは分かっている。
裏切りという言葉を、まだ受け入れたくなかった。
ノエルは再び東屋の方へ視線を向けた。
風が吹き、木々がざわめく。
その音が、胸のざわめきと重なる。
手の中のハンカチをぎゅっと握りしめた。
白い布地に施された花の刺繍。
カトリーナが好んで使う糸の色。
そのすべてが、ノエルの心に小さな痛みを刻む。
(まだ……信じたいのに)
ノエルはそっと目を閉じた。
胸の奥に芽生えた疑念は、もう消えない。
それは、静かに根を張り始めていた。
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