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第6話 怒号の訪問者
ノエルが実家へ戻ったのは、離縁状をエドモンドに渡した翌朝のことだった。
持ち帰った荷物は驚くほど少ない。
衣服を数着と、必要最低限の書類、そして読みかけの本が数冊。
それだけで、ノエルの結婚生活がどれほど空虚だったかが分かる。
馬車が実家の門をくぐると、懐かしい庭の香りが風に乗って届いた。
幼い頃から慣れ親しんだ景色。
今は、その穏やかさが胸に沁みた。
玄関の扉が開き、両親が姿を見せる。
「ノエル……?」
母の声には驚きと心配が入り混じっていた。
ノエルは静かに頭を下げる。
「ただいま戻りました」
その表情を見た瞬間、両親は多くを察したのだろう。
父は眉を寄せ、母はそっとノエルの手を握った。
「……よく頑張ったわ」
その一言に、ノエルの胸がじんと熱くなる。
誰かに「頑張った」と言われたのは、いつ以来だろう。
実家で迎える朝は、驚くほど静かだった。
鳥のさえずり、柔らかな光、温かい朝食。
侯爵家の豪奢な食卓とは違う、家庭の温もりがあった。
スープを口に運びながら、ノエルはふと気づく。
(……呼吸が、楽)
屋敷にいた頃は、胸の奥に重い石が乗っているようだった。
今は、その重さが少しずつ溶けていく。
父は新聞を読みながら、ちらりとノエルを見た。
何も聞かず、ただ見守るだけ。
その沈黙が、ノエルにはありがたかった。
◇
数日後。
その静けさは、突然破られた。
玄関の扉が激しく叩かれ、怒号が響く。
「ノエルを返せ!!」
ノエルは思わず立ち上がった。
その声は、聞き慣れたもの――エドモンドだ。
使用人たちが慌てて玄関へ向かう。
ノエルも後を追った。
玄関ホールに着くと、エドモンドが怒鳴り散らしていた。怒りで顔を赤く染め、目は血走っている。
「どけ! ノエルを出せ!」
「お、おやめ下さい……! まずは旦那様にお取り次ぎいたしますので……!」
「黙れ!!」
使用人が押し返され、よろめく。
そのとき――低く鋭い声が玄関に響いた。
「……ノエルになんの用ですか」
階段の上から、レオンが姿を現した。
レオンは、ノエルの幼なじみであり、今はノエルの実家である伯爵家に仕える騎士だ。
長身で、鍛えられた体躯。軍務で鍛えた男特有の、無駄のない動き。
鋭い眼光は、エドモンドを一瞥しただけで射抜くような迫力があった。
「……貴様、何のつもりだ」
「つもりも何もありません。どのような身分であろうとも、ここで暴れるなら容赦はしませんが」
その声は静かだが、底に怒りが潜んでいた。
エドモンドはその気迫に怯み、後ずさる。
「エドモンド様」
ノエルは二人の間に慌てて割り込んだ。
エドモンドはノエルを見るなり、怒りを再燃させる。
「ノエル! どういうつもりだ! 勝手に家を出て……俺を侮辱する気か!」
「お帰りください」
ノエルの声は静かだった。
その静けさが、エドモンドの怒りを逆撫でする。
「ふざけるな! お前は俺がいないと生きていけないくせに!」
ノエルは表情を変えない。
その無表情が、エドモンドには耐え難いものだった。
ノエルははっきりと言った。
「私は……あなたの妻ではありません」
エドモンドの顔から血の気が引く。
レオンが一歩前に出て、冷たく告げた。
「聞こえただろう。出ていきなさい」
「ノ、ノエル……!」
「帰れと言っている」
レオンの声は低く、静かで、絶対だった。
エドモンドは振り払う力もなく、よろめきながら屋敷を出ていった。
扉が閉まると、ノエルは深く息を吐いた。
胸の奥に残っていた痛みが、少しだけ軽くなる。
(まだ……痛むけれど)
それでも、決意は揺らがない。
その横で、レオンがそっとノエルを見つめていた。
その視線は、幼なじみとしての心配だけではなく――もっと深い、静かな想いを含んでいた。
だが、ノエルはまだ気づかない。
持ち帰った荷物は驚くほど少ない。
衣服を数着と、必要最低限の書類、そして読みかけの本が数冊。
それだけで、ノエルの結婚生活がどれほど空虚だったかが分かる。
馬車が実家の門をくぐると、懐かしい庭の香りが風に乗って届いた。
幼い頃から慣れ親しんだ景色。
今は、その穏やかさが胸に沁みた。
玄関の扉が開き、両親が姿を見せる。
「ノエル……?」
母の声には驚きと心配が入り混じっていた。
ノエルは静かに頭を下げる。
「ただいま戻りました」
その表情を見た瞬間、両親は多くを察したのだろう。
父は眉を寄せ、母はそっとノエルの手を握った。
「……よく頑張ったわ」
その一言に、ノエルの胸がじんと熱くなる。
誰かに「頑張った」と言われたのは、いつ以来だろう。
実家で迎える朝は、驚くほど静かだった。
鳥のさえずり、柔らかな光、温かい朝食。
侯爵家の豪奢な食卓とは違う、家庭の温もりがあった。
スープを口に運びながら、ノエルはふと気づく。
(……呼吸が、楽)
屋敷にいた頃は、胸の奥に重い石が乗っているようだった。
今は、その重さが少しずつ溶けていく。
父は新聞を読みながら、ちらりとノエルを見た。
何も聞かず、ただ見守るだけ。
その沈黙が、ノエルにはありがたかった。
◇
数日後。
その静けさは、突然破られた。
玄関の扉が激しく叩かれ、怒号が響く。
「ノエルを返せ!!」
ノエルは思わず立ち上がった。
その声は、聞き慣れたもの――エドモンドだ。
使用人たちが慌てて玄関へ向かう。
ノエルも後を追った。
玄関ホールに着くと、エドモンドが怒鳴り散らしていた。怒りで顔を赤く染め、目は血走っている。
「どけ! ノエルを出せ!」
「お、おやめ下さい……! まずは旦那様にお取り次ぎいたしますので……!」
「黙れ!!」
使用人が押し返され、よろめく。
そのとき――低く鋭い声が玄関に響いた。
「……ノエルになんの用ですか」
階段の上から、レオンが姿を現した。
レオンは、ノエルの幼なじみであり、今はノエルの実家である伯爵家に仕える騎士だ。
長身で、鍛えられた体躯。軍務で鍛えた男特有の、無駄のない動き。
鋭い眼光は、エドモンドを一瞥しただけで射抜くような迫力があった。
「……貴様、何のつもりだ」
「つもりも何もありません。どのような身分であろうとも、ここで暴れるなら容赦はしませんが」
その声は静かだが、底に怒りが潜んでいた。
エドモンドはその気迫に怯み、後ずさる。
「エドモンド様」
ノエルは二人の間に慌てて割り込んだ。
エドモンドはノエルを見るなり、怒りを再燃させる。
「ノエル! どういうつもりだ! 勝手に家を出て……俺を侮辱する気か!」
「お帰りください」
ノエルの声は静かだった。
その静けさが、エドモンドの怒りを逆撫でする。
「ふざけるな! お前は俺がいないと生きていけないくせに!」
ノエルは表情を変えない。
その無表情が、エドモンドには耐え難いものだった。
ノエルははっきりと言った。
「私は……あなたの妻ではありません」
エドモンドの顔から血の気が引く。
レオンが一歩前に出て、冷たく告げた。
「聞こえただろう。出ていきなさい」
「ノ、ノエル……!」
「帰れと言っている」
レオンの声は低く、静かで、絶対だった。
エドモンドは振り払う力もなく、よろめきながら屋敷を出ていった。
扉が閉まると、ノエルは深く息を吐いた。
胸の奥に残っていた痛みが、少しだけ軽くなる。
(まだ……痛むけれど)
それでも、決意は揺らがない。
その横で、レオンがそっとノエルを見つめていた。
その視線は、幼なじみとしての心配だけではなく――もっと深い、静かな想いを含んでいた。
だが、ノエルはまだ気づかない。
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