どうぞお引き取りください旦那様。私は私の人生を歩みます。

Ame

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第8話 崩れゆく心

 ノエルが実家で穏やかな日々を取り戻しつつある頃――。
 エドモンドの世界は、静かに、しかし確実に崩れ始めていた。

 カトリーナの態度が変わったのは、ノエルが家を出て数日後のことだった。

「最近、忙しいの。あなたに構っている暇はないわ」

 その言葉は、以前の甘えた声音とはまるで違う。
 エドモンドは違和感を覚えた。

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味よ」

 カトリーナは軽く笑い、エドモンドの手を振り払った。
 その指には、見覚えのない宝飾品が光っている。

「それは……俺が贈ったものではないな」

「ええ。あなたのじゃないわ」

 あっさりと告げられた言葉に、エドモンドの胸がざわつく。

 その日から、カトリーナはエドモンドを避けるようになった。
 呼び出しても「忙しい」と言って会わない。
 屋敷に来ることも減り、来てもすぐに帰ってしまう。

 エドモンドは苛立ちを募らせた。

(なぜだ……ノエルがいなくなったのに、なぜ満たされない)

 ノエルの不在が、急に重く感じられる。
 屋敷は広く、静かで、冷たい。

(ノエル……なぜ戻らない)

 その問いが、日に日に胸を締め付けていった。

 ある日、エドモンドは噂を耳にした。

「カトリーナ嬢、最近はアーネスト卿と親しいらしいぞ」

「二人で馬車に乗っているのを見た」

「婚約するのでは、という話も……」

 エドモンドは血の気が引いた。

(嘘だ……そんなはずはない)

 確かめずにはいられなかった。

 カトリーナの家を訪ねると、彼女は飾り気のない笑みを浮かべていた。

「アーネスト卿と……婚約するつもりなのか?」

「ええ。そうなると思うわ」

 あまりにもあっさりとした返答。

「なぜだ! 俺は……!」

「あなた、重いのよ」

 その一言は、刃のように鋭くエドモンドの胸を刺した。

「ノエル姉様を追い詰めた時から思っていたの。あなたって、愛されたいだけの子供みたい」

 カトリーナは微笑み、エドモンドの肩に軽く触れた。

「でも、私はあなたを支えるつもりなんてないの。あなたの奥方様じゃないもの」

 手は、すぐに離れていった。



 その夜、エドモンドは酒に溺れた。
 グラスを何杯も空にし、机に突っ伏す。

(ノエル……ノエル……)

 脳裏に浮かぶのは、いつも静かに寄り添っていた妻の姿。
 自分が冷たく扱い、傷つけ、追い詰めた相手。

(なぜ……戻ってこない)

 その問いは、もはや願望に近かった。

 屋敷の管理は崩れ始めた。
 使用人たちは次々と辞めていき、庭は荒れ放題。
 帳簿には赤字が増え続ける。

「ノエル様がいらした頃は……」

 残った使用人が漏らした言葉が、エドモンドの胸を刺した。

(ノエル……)

 彼女の存在が、頭から離れない。

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