どうぞお引き取りください旦那様。私は私の人生を歩みます。

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第10話 光の中のノエル

 社交界に復帰したノエルは、久しぶりに貴族の集まりの場へ足を踏み入れていた。
 招待されたのは、王妃殿下主催の茶会だ。

 王城の庭園には花々が咲き誇り、風が甘い香りを運んでくる。

 その中で、ノエルは静かに立っていた。
 以前よりも落ち着きと気品をまとい、まるで別人のように見える。

「……あれがノエル様?」

「なんて綺麗に……いや、もともと綺麗だったけれど」

 周囲の囁きが耳に届く。
 ノエルは丁寧に微笑み、会釈を返した。

 その姿は、かつての控えめな侯爵夫人ではない。
 自分の足で立ち、自分の人生を歩き始めた女性の姿だった。

    
「ノエル様、お久しぶりですわ」

 貴婦人たちが次々と声をかけてくる。
 ノエルは落ち着いた態度で応じ、自然な笑みを浮かべた。

 その様子を見ていた王妃が、ふと近づいてくる。

「あなたは……強い方ね」

 その言葉に、ノエルは一瞬だけ驚いた。
 だが、すぐに静かに微笑む。

「ありがとうございます、陛下」

「苦しみを越えた人は、光を纏うものよ。
 あなたは今、その光の中にいるわ」

 王妃の言葉は、ノエルの胸に深く響いた。

 ◇

 夕刻になり茶会がおわる。
 馬車へ向かうと、入口付近でレオンが馬を引きながら待っていた。

 騎士として社交の場に入ることはない。
 だが、護衛としてノエルを迎えに来るのは自然な役目だった。

「ノエル、お疲れさま」

 レオンは馬車の扉を開けながら、ノエルの表情をそっと覗き込む。

「……大丈夫だったか?」

「ええ。思っていたよりも、ずっと」

 ノエルが微笑むと、レオンの表情がわずかに緩んだ。

「よかった」

 その一言は短い。
 けれど、ノエルの胸に温かく染み込んだ。

 馬車が走り出すと、レオンは馬上からノエルの馬車を見守りながら並走した。
 夜に揺れる外套。
 鮮やかな夕日に照らされた横顔は、どこか静かで、強くて、優しい。

 ノエルは気づかれないように、そっと視線を落とした。

(レオン……)

 胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなる。
 それが何なのか、まだ言葉にはできない。
 けれど――彼の存在が、自分の歩む道をそっと支えてくれていることだけは、確かだった。

 馬車の中で、茶会で聞いた噂をふと思い出す。

「ラングフォード侯爵、屋敷が荒れ果てているらしい」
「酒浸りで、仕事も手につかないとか」
「カトリーナ嬢にも見放されたそうよ」

 それを聞いた時、ノエルは静かに聞き流した。
 同情はしない。
 しかし、哀れみはあった。

(可哀想だけれど、これはあの人が撒いた種だわ)

 その思いは、ノエルの心を静かに落ち着かせた。

 レオンはその横顔を見て、そっと声をかける。

「……辛くはないか?」

「大丈夫よ。もう、過去に引き戻されることはないわ」

 ノエルの言葉に、レオンは小さく頷いた。
 その瞳には、ノエルへの深い敬意と、言葉にならない想いが宿っていた。

(レオン……あなたがいてくれて、よかった)

 その想いは、まだ言葉にはならない。
 けれど確かに、ノエルの中で芽吹き始めていた。

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