どうぞお引き取りください旦那様。私は私の人生を歩みます。

Ame

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第12話 離縁成立と決別の言葉

 冬の気配が近づく朝、ノエルのもとに王宮からの使者が訪れた。
 封蝋の押された書状を受け取った瞬間、胸の奥が静かに震える。

「……離縁が、正式に下りたのね」

 書状を開くと、そこには王宮の印と、離縁の成立を告げる文言が整然と並んでいた。
 その文字を目で追うたび、胸の奥に絡みついていた重い鎖が、ひとつずつ外れていくようだった。

 ノエルは深く息を吸い、そっと目を閉じた。

(これで……本当に終わったのね)

 長い長い暗闇のような日々。
 自分を責め、耐え、押し殺してきた時間。
 そのすべてが、ようやく過去になった。

 そのとき、背後から静かな声がした。

「……おめでとう、ノエル」

 振り返ると、レオンが立っていた。
 いつもの騎士服のまま、しかしその瞳はどこか柔らかい。

「レオン……」

「やっと……自由になれたな」

 その言葉に、ノエルの胸がじんと熱くなる。
 涙がこぼれそうになり、慌てて瞬きをした。

「ありがとう……本当に」

 レオンは小さく首を振った。

「礼なんていらない。お前が前に進めるなら、それでいい」

 その優しさが、胸に深く沁みた。

 ◇

 その日の午後。
 ノエルが庭を歩いていると、玄関の方から騒がしい声が聞こえた。

「ノエル……ノエル……!」

 聞き慣れた声。
 しかし、以前とはまるで違う、弱々しく掠れた声だった。

 ノエルが玄関ホールに向かうと、そこには憔悴しきったエドモンドが立っていた。

 髪は乱れ、頬はこけ、目の下には深い隈。
 かつての威厳はどこにもない。

「ノエル……戻ってきてくれ……頼む……」

 その姿は、哀れで、痛々しく、そして――ノエルの心を揺らすには、あまりにも遅すぎた。

「エドモンド様……」

 ノエルは静かに首を振った。

「私は、もう戻りません」

 エドモンドの顔が歪む。

「なぜだ……! 俺には……お前しかいないんだ……!」

 その叫びは、愛ではなく執着だった。
 ノエルは静かに目を伏せる。

「それは……あなたの問題です」

 そのとき、背後からレオンが歩み出た。
 ノエルの少し後ろに立ち、エドモンドを鋭く見据える。

「ノエルに近づくなとなんども言っているでしょう」

 その声は低く、静かで、絶対だった。
 エドモンドは怯えたように後ずさる。

「邪魔をするな……これは夫婦の問題だ……!」

「夫婦ではない。王宮が正式に離縁を認めた。あなたが指図する権利は、もうどこにもない」

 レオンの言葉は冷たく、しかし正確だった。

 エドモンドは震える声でノエルに縋る。

「ノエル……頼む……俺を捨てないでくれ……!」

 その姿を見ても、ノエルの心は揺れなかった。
 かつての自分なら、同情し、手を差し伸べていたかもしれない。
 だが今は違う。

(私は……もう戻らない)

 ノエルは静かに顔を上げた。

     ◇

「エドモンド様」

 その声は、驚くほど落ち着いていた。

「私は私の人生を歩みます。今後、私たちの道が交わることはないでしょう。どうぞ、お引き取りください」

 その言葉は、ノエル自身の過去への決別でもあった。

 エドモンドはその場に崩れ落ちた。
 肩を震わせ、何かを呟いているが、もうノエルには届かない。


「行くぞ」

 レオンがエドモンドの腕を掴み、外へ導く。
 エドモンドは抵抗する力もなく、引きずられるようにして屋敷を出ていった。

 扉が閉まる音が、屋敷に静かに響く。

 ノエルはしばらくその場に立ち尽くしていた。
 胸の奥に、痛みはない。
 ただ、静かな風が吹き抜けるような感覚だけが残っていた。

(これで……本当に終わった)

 そう思った瞬間、背後からそっと声がした。

「ノエル」

 振り返ると、レオンが心配そうに見つめていた。

「……大丈夫か?」

 その声は、優しくて、温かくて、
 ノエルの心をそっと包み込んだ。

「ええ……大丈夫よ」

 ノエルは微笑んだ。
 その微笑みは、涙を含んでいたが、悲しみの涙ではなかった。

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