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第三話 自由を知る日々と、心の揺らぎ
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実家に戻ってから数日が経った。
私は、ようやく自分の呼吸を取り戻しつつあった。
朝、目を覚ますと、窓から差し込む光が優しく部屋を満たす。
アランの屋敷では、朝の光すら冷たく感じられたのに、ここでは胸の奥が温かくなる。
――私は、こんなにも疲れていたのだろうか。
そう思うと、胸の奥がじんわりと痛んだ。
◆
その日、私は庭のベンチに腰掛け、久しぶりに本を開いた。
ページをめくる指先が震える。
アランの屋敷では、読書すら“怠惰”に思われる気がして、ほとんど手に取れなかった。
けれど、ここでは違う。
誰も私を責めない。
誰も私を監視しない。
――自由とは、こんなにも静かで、優しいものなのだろうか。
胸の奥に、ゆっくりと温かいものが広がっていく。
「リディア様」
声に顔を上げると、ユリウスが立っていた。
彼はいつものように控えめな距離を保ち、丁寧に頭を下げる。
「読書のお邪魔をしてしまいましたか」
「いえ。……ユリウス様は、いつも静かにしてくださるので」
そう言うと、ユリウスはわずかに微笑んだ。
「それは良かった。私は、あなたの時間を乱したくありません」
その言葉に、胸がふっと軽くなる。
アランは、私の時間に興味を持たなかった。
けれどユリウスは、私の時間を“尊重”してくれる。
その違いが、胸に深く染みた。
◆
「……ユリウス様は、いつもここに?」
「はい。護衛任務ですので」
「でも、そんなに近くにいなくても……」
「いえ。あなたが安心して過ごせる距離を保つのも、護衛の務めです」
その言葉は、押しつけがましくなく、ただ誠実だった。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。あなたが安心して過ごせているなら、それが何よりです」
ユリウスの声は穏やかで、胸の奥に静かに響いた。
◆
その日の午後、私は庭の奥にある小さな温室へ向かった。
子どもの頃、母と一緒に花を育てた思い出の場所だ。
扉を開けると、湿った空気と花の香りがふわりと広がる。
私は思わず目を閉じた。
「……懐かしい」
その声に、ユリウスが静かに近づいてくる。
「ここは、よく来られていたのですか?」
「はい。母と一緒に……。アラン様の屋敷では、花を育てる場所もありませんでしたから」
「そうでしたか」
ユリウスは温室の中を見渡し、柔らかく微笑んだ。
「リディア様は、花がお好きなのですね」
「はい。……花は、誰かのためではなく、自分のために咲くでしょう? それが、羨ましくて」
その言葉を口にした瞬間、胸が少しだけ痛んだ。
私はずっと誰かのために生きてきた。
自分のために咲くことなど、許されないと思っていた。
ユリウスは静かに言った。
「あなたも、咲いていいのですよ」
「……え?」
「誰かのためではなく、あなた自身のために。あなたは、そうしていい人です」
胸の奥が熱くなる。
涙がこぼれそうになり、私は慌てて視線を逸らした。
「……そんなふうに言われたのは、初めてです」
「そうでしょうか。あなたは、誰かにそう言われるべき人です」
ユリウスの声は優しく、私の心を包み込むようだった。
◆
その夜、私は自室の窓辺に座り、静かに息を吐いた。
胸の奥が、少しだけざわついている。
――私は、ユリウス様に救われている。
そう気づいた瞬間、胸が温かくなると同時に、少しだけ怖くなった。
私はまだ離縁が成立していない。
アランとの関係は、完全には終わっていない。
それなのに、私はユリウスの言葉に心を揺らしている。
――これは、いけないことなのだろうか。
けれど、胸の奥で小さな声が囁く。
――あなたは、自由になっていい。
その声に、私はそっと目を閉じた。
自由とは、こんなにも甘く、そして苦いものなのだろうか。
私は、ようやく自分の呼吸を取り戻しつつあった。
朝、目を覚ますと、窓から差し込む光が優しく部屋を満たす。
アランの屋敷では、朝の光すら冷たく感じられたのに、ここでは胸の奥が温かくなる。
――私は、こんなにも疲れていたのだろうか。
そう思うと、胸の奥がじんわりと痛んだ。
◆
その日、私は庭のベンチに腰掛け、久しぶりに本を開いた。
ページをめくる指先が震える。
アランの屋敷では、読書すら“怠惰”に思われる気がして、ほとんど手に取れなかった。
けれど、ここでは違う。
誰も私を責めない。
誰も私を監視しない。
――自由とは、こんなにも静かで、優しいものなのだろうか。
胸の奥に、ゆっくりと温かいものが広がっていく。
「リディア様」
声に顔を上げると、ユリウスが立っていた。
彼はいつものように控えめな距離を保ち、丁寧に頭を下げる。
「読書のお邪魔をしてしまいましたか」
「いえ。……ユリウス様は、いつも静かにしてくださるので」
そう言うと、ユリウスはわずかに微笑んだ。
「それは良かった。私は、あなたの時間を乱したくありません」
その言葉に、胸がふっと軽くなる。
アランは、私の時間に興味を持たなかった。
けれどユリウスは、私の時間を“尊重”してくれる。
その違いが、胸に深く染みた。
◆
「……ユリウス様は、いつもここに?」
「はい。護衛任務ですので」
「でも、そんなに近くにいなくても……」
「いえ。あなたが安心して過ごせる距離を保つのも、護衛の務めです」
その言葉は、押しつけがましくなく、ただ誠実だった。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。あなたが安心して過ごせているなら、それが何よりです」
ユリウスの声は穏やかで、胸の奥に静かに響いた。
◆
その日の午後、私は庭の奥にある小さな温室へ向かった。
子どもの頃、母と一緒に花を育てた思い出の場所だ。
扉を開けると、湿った空気と花の香りがふわりと広がる。
私は思わず目を閉じた。
「……懐かしい」
その声に、ユリウスが静かに近づいてくる。
「ここは、よく来られていたのですか?」
「はい。母と一緒に……。アラン様の屋敷では、花を育てる場所もありませんでしたから」
「そうでしたか」
ユリウスは温室の中を見渡し、柔らかく微笑んだ。
「リディア様は、花がお好きなのですね」
「はい。……花は、誰かのためではなく、自分のために咲くでしょう? それが、羨ましくて」
その言葉を口にした瞬間、胸が少しだけ痛んだ。
私はずっと誰かのために生きてきた。
自分のために咲くことなど、許されないと思っていた。
ユリウスは静かに言った。
「あなたも、咲いていいのですよ」
「……え?」
「誰かのためではなく、あなた自身のために。あなたは、そうしていい人です」
胸の奥が熱くなる。
涙がこぼれそうになり、私は慌てて視線を逸らした。
「……そんなふうに言われたのは、初めてです」
「そうでしょうか。あなたは、誰かにそう言われるべき人です」
ユリウスの声は優しく、私の心を包み込むようだった。
◆
その夜、私は自室の窓辺に座り、静かに息を吐いた。
胸の奥が、少しだけざわついている。
――私は、ユリウス様に救われている。
そう気づいた瞬間、胸が温かくなると同時に、少しだけ怖くなった。
私はまだ離縁が成立していない。
アランとの関係は、完全には終わっていない。
それなのに、私はユリウスの言葉に心を揺らしている。
――これは、いけないことなのだろうか。
けれど、胸の奥で小さな声が囁く。
――あなたは、自由になっていい。
その声に、私はそっと目を閉じた。
自由とは、こんなにも甘く、そして苦いものなのだろうか。
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