さようなら、白い結婚。私は自由になります。

Ame

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第三話 自由を知る日々と、心の揺らぎ

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 実家に戻ってから数日が経った。
 私は、ようやく自分の呼吸を取り戻しつつあった。

 朝、目を覚ますと、窓から差し込む光が優しく部屋を満たす。
 アランの屋敷では、朝の光すら冷たく感じられたのに、ここでは胸の奥が温かくなる。

 ――私は、こんなにも疲れていたのだろうか。

 そう思うと、胸の奥がじんわりと痛んだ。



 その日、私は庭のベンチに腰掛け、久しぶりに本を開いた。
 ページをめくる指先が震える。
 アランの屋敷では、読書すら“怠惰”に思われる気がして、ほとんど手に取れなかった。

 けれど、ここでは違う。
 誰も私を責めない。
 誰も私を監視しない。

 ――自由とは、こんなにも静かで、優しいものなのだろうか。

 胸の奥に、ゆっくりと温かいものが広がっていく。

「リディア様」

 声に顔を上げると、ユリウスが立っていた。
 彼はいつものように控えめな距離を保ち、丁寧に頭を下げる。

「読書のお邪魔をしてしまいましたか」

「いえ。……ユリウス様は、いつも静かにしてくださるので」

 そう言うと、ユリウスはわずかに微笑んだ。

「それは良かった。私は、あなたの時間を乱したくありません」

 その言葉に、胸がふっと軽くなる。

 アランは、私の時間に興味を持たなかった。
 けれどユリウスは、私の時間を“尊重”してくれる。

 その違いが、胸に深く染みた。



「……ユリウス様は、いつもここに?」

「はい。護衛任務ですので」

「でも、そんなに近くにいなくても……」

「いえ。あなたが安心して過ごせる距離を保つのも、護衛の務めです」

 その言葉は、押しつけがましくなく、ただ誠実だった。

「……ありがとうございます」

「こちらこそ。あなたが安心して過ごせているなら、それが何よりです」

 ユリウスの声は穏やかで、胸の奥に静かに響いた。



 その日の午後、私は庭の奥にある小さな温室へ向かった。
 子どもの頃、母と一緒に花を育てた思い出の場所だ。

 扉を開けると、湿った空気と花の香りがふわりと広がる。
 私は思わず目を閉じた。

「……懐かしい」

 その声に、ユリウスが静かに近づいてくる。

「ここは、よく来られていたのですか?」

「はい。母と一緒に……。アラン様の屋敷では、花を育てる場所もありませんでしたから」

「そうでしたか」

 ユリウスは温室の中を見渡し、柔らかく微笑んだ。

「リディア様は、花がお好きなのですね」

「はい。……花は、誰かのためではなく、自分のために咲くでしょう? それが、羨ましくて」

 その言葉を口にした瞬間、胸が少しだけ痛んだ。
 私はずっと誰かのために生きてきた。
 自分のために咲くことなど、許されないと思っていた。

 ユリウスは静かに言った。

「あなたも、咲いていいのですよ」

「……え?」

「誰かのためではなく、あなた自身のために。あなたは、そうしていい人です」

 胸の奥が熱くなる。
 涙がこぼれそうになり、私は慌てて視線を逸らした。

「……そんなふうに言われたのは、初めてです」

「そうでしょうか。あなたは、誰かにそう言われるべき人です」

 ユリウスの声は優しく、私の心を包み込むようだった。



 その夜、私は自室の窓辺に座り、静かに息を吐いた。
 胸の奥が、少しだけざわついている。

 ――私は、ユリウス様に救われている。

 そう気づいた瞬間、胸が温かくなると同時に、少しだけ怖くなった。

 私はまだ離縁が成立していない。
 アランとの関係は、完全には終わっていない。

 それなのに、私はユリウスの言葉に心を揺らしている。

 ――これは、いけないことなのだろうか。

 けれど、胸の奥で小さな声が囁く。

 ――あなたは、自由になっていい。

 その声に、私はそっと目を閉じた。

 自由とは、こんなにも甘く、そして苦いものなのだろうか。
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