真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第128話 タンスの中の竜と、泣き虫幽霊

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 ──目が合った。


窓ガラスの向こう側、ぺたりと張りついた半透明の男子高校生。

その顔は、濡れた犬みたいに髪を額に貼りつけ、目だけがぎょろりとこちらを見開いていた。



「──っっっ!!?」



腰が抜けるって、こういうことか。

俺は情けない音を立てて椅子から滑り落ち、尻餅をついたまま後ずさる。

背中が壁に当たった瞬間、全身がカタカタと震えて止まらなくなった。

呼吸もやけに浅い。喉の奥から出てくるのは、掠れた声だけだ。



「アルドくん!? どうしたの、大丈夫!?」



ブリジットちゃんが椅子を蹴るように立ち上がり、俺の方へ駆け寄ってきた。

両手で俺の肩を支え、その瞳には本気の心配が浮かんでいる。



「ま……窓……窓に、ゆ、幽霊が……!」



震える指で窓を差す。全員がつられるように視線をそちらへ向ける。

──が。



「……何もいないじゃないか。ビックリさせるぜ、相棒」



ヴァレンは片眉を上げ、口元を緩めて笑った。

……は?


「い、いるじゃん!! ホラ!! そこに!!」


思わず声が裏返る。


「えっ!? マジでヴァレンにも見えてないの!? "魂視"スキルあるのに!?」


幽霊なんて、剥き出しの魂そのものみたいなもんなんじゃないの!?知らないけど!!

彼は笑いを引っ込め、逆に心配そうな顔を向けてくる。



「相棒……お前、疲れてるんじゃないか?」



隣でブリジットちゃんまでが眉を下げ、柔らかな声を出した。



「本当、大丈夫? 無理しないで、今日はもう寝てもいいんだよ?」



いやいやいや、そういう方向じゃ解決しないのよ! 寝たら寝たで枕元に立たれるやつでしょこれ!



「……あ、わかった!」



空気を読まない明るめな声が響く。
リュナちゃんだ。



「あれっしょ!? 大声でビビらすタイプの怖い話的なやつ!」



カリカリと菓子をかじりながら、呑気に言ってのけた。違うよ!?何も分かっなかった!!

マイネさんもベルザリオンくんもフレキくんも、ただ首をかしげて窓を見るだけ。

俺は血の気が引くのをはっきり感じた。



(マジか……!? 本気で俺しか見えてないの……!?)



窓の向こうの“それ”が、スッと姿勢を変えた。

張り付いていた顔が離れ、音もなく視界から消える。……玄関の方へ、動いた。



(ああああああっ!?)



俺は咄嗟に立ち上がり、皆に向き直った。



「みんな!! ゆ、幽霊が家に入って来ようとしてるかもしれない!! 一旦!! 一旦、隠れよう!! ね!? ね!?」



全員、同じ表情だった。

……「何言ってんだコイツ」ってやつ。



(だ、ダメだ……! 多分、幽霊の狙いは、自分の姿が見えてる俺のはず!)


(皆には申し訳ないけど……ちょっと一旦俺だけ隠れます!!)



心の中で必死に言い訳しながら、バタバタとリビングの隅へ駆ける。

勢いよくタンスの扉を開け、靴も脱がずに中へ飛び込み、ぴしゃりと扉を閉めた。

胸の鼓動がやたらとうるさい。薄い隙間から、リビングを覗く。

──その俺を、残された全員が呆気にとられた顔で見ていた。

数秒後、ヒソヒソ声が聞こえ始める。



「……あ、アルドくん、ホントに大丈夫かな……? 何か、本気で怯えてたみたいだったけど……」


ブリジットちゃんの声は心底心配そうだ。
相変わらずの天使っぷり!幽霊も浄化しちゃって欲しい!


「お主らがコキ使い過ぎたせいで、頭がおかしくなってしもうたのではないのか?」


マイネさんは口元に手を添えて、半ば本気っぽく言う。俺、あたおか疑惑をかけられてる。


「いや~、兄さん、ちょいちょいイミフなムーブする時もあるし、まあ大丈夫っしょ」


リュナちゃんはまるで他人事。
全然心配してないな!
信頼の裏返しと言えば、そうなんだろうけども!


「しかし……あの無敵に思えた道三郎殿にも、お化けを怖がる様な可愛らしい一面もあるのですね……流石は道三郎殿!」


ベルザリオンくんは何やら感動している。
何でもかんでも肯定的に捉えすぎじゃない!?



(……いやいやいや!! 違うから!! これマジだから!!)



タンスの中で、俺は声にならないツッコミを繰り返すしかなかった。



 ◇◆◇



 ──ギィィィィ……。



聞き慣れたカクカクハウスの玄関の音が、妙に長く軋んだ。

俺の背筋が、タンスの中でゾワッと波打つ。



(……今、開いたよな!? 絶対、今、玄関開いたよな!?)



 息を潜めたまま、視線だけでリビングの様子を確認する。

 しかし、ヴァレンもブリジットちゃんも、リュナちゃんもフレキくんも、マイネさんもベルザリオンくんも──全員、玄関の音には完全に無反応。



(ええええええ!? 今、ドアの音鳴ったじゃん!!? なんで誰も気づかないの!!?)



次の瞬間、視界の隙間に“それ”が入ってきた。

半透明の男子高校生。やっぱり窓のやつだ。

靴も履いたまま、きょろきょろと首を振って周囲を伺いながら、ずかずかとリビングに入ってくる。



(やっぱり!! 俺を探してるぅぅ!!)



喉がカラカラに乾く音が、自分でも聞こえる。

タンスの扉の隙間から、その一挙手一投足をガン見しながら、膝を抱えて震えた。

男子はゆっくりとテーブルへ近づく。

その視線の先には──ヴァレンとブリジットちゃんの間に置かれた皿。


黄金色のキャラメルが輝くフロランタンだ。


奴は皿の前で立ち止まり、しばらくジッとそれを見つめ……ごくりと喉を鳴らした。

そしてヒョイと手を伸ばし、一枚つまみ上げると──パクッ。



(ゆ、幽霊が……お菓子を盗み食いしてるぅぅ!?)

(しかも、誰も気付いてねぇ!!?)



 ブリジットちゃんもヴァレンも、目の前でお菓子を失敬されてるのに、全くのノーリアクション。普通に会話を続けている。


……これは、マジで怖い。

……というか、意味が分からない。

……なにこの現象!?


 だがその幽霊、食べ終わるや否やヴァレンの後頭部に手を伸ばし、掛けていたサングラスをカクカクと上下させ始めた。

本人はお構いなしに話を続けているが、そのシュールさに俺は思わず鼻を押さえる。

続けてフレキくん(ミニチュアダックスモード)の頭を、わしゃわしゃと撫でる。

フレキくんは目を細め、気持ちよさそうに尻尾を振っているが──絶対、誰が撫でてるか分かってない。

さらにベルザリオンくんに近づくと、その執事服のシャツの胸元のボタンを一つ、二つと外し……やたらセクシーな開き具合に整えてから、満足そうにうなずく。

そして「はぁ~……」と溜め息をついて、肩を落とした。


落ち込んでる……? 気づいてもらえなくて……?


……いやいや、同情するな俺。


だが、半透明男子の視線がブリジットちゃん、リュナちゃん、マイネさんの方へ移った瞬間──俺の全神経が総立ちになる。

美少女三人組をじっと見つめたかと思うと……ゴクリ、と唾を飲み込んだような仕草。



(まさか……来るか!? 女性陣に手を出す気か……!?それは流石に……!!)



恐怖をねじ伏せ、今すぐ飛び出す準備をする。

が──

幽霊は、突如グーで自分の頬をボゴォ!!と殴った。

そのまま頭をブンブンと振り、まるで「女性にイタズラするなんて、ダメだ!」と自分に言い聞かせているかのようだ。



(……あの幽霊、自制心強いな……)



素直に、ちょっと感心してしまった。



 ◇◆◇



(……いや、待てよ。これ、本当に幽霊か……?)


 タンスの中で膝を抱えたまま、俺は眉をひそめる。

 いくら異世界だからって、幽霊が物理的にモノ触ったり、人間にイタズラ出来て、しかも全員が気づかないなんて……そんな都合のいいホラー、あり得るのか?

と、その半透明男子がぴたりと動きを止め、鼻をひくひくさせた。

次の瞬間、パタパタと音もなく(俺には聞こえるけど)キッチンの方へ走っていく。



(……匂いの元を嗅ぎつけた?)



 恐る恐る隙間から覗くと──鍋の中のカレーを見つけた瞬間、奴の顔がパァァっと輝いた。

そして迷いなくご飯をよそい、カレーをたっぷりかけて、両手で抱えるように持ち上げるとリビングへ戻ってくる。

ヴァレンの隣の空席に腰を下ろし、小さな声で呟いた。



《……ごめんなさい。勝手にですけど、いただきます……!》



ぺこりと頭を下げ、両手を合わせてからスプーンを動かし始める。

一口食べた途端──ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

肩を震わせ、夢中で頬張るその表情は……幽霊っていうより、ただの腹ペコ男子高校生だ。

……が、その勢いでルーが跳ね、ヴァレンの頬にベチャッと派手にルーがついた。



《あっ……す、すいません!》



小声で謝ってるけど、当のヴァレンは顔面カレーまみれのまま、ブリジットちゃんとマイネさんに話しかけている。全く気づいてない。

いや、そんな事ある!?

我慢できず、俺はバターンッ!!とタンスの扉を開けた。



「いや、流石にそれに気付かないのはおかしいだろ!!?」



「「!?」」



ヴァレンもブリジットちゃんもマイネさんも、何のことか分からない顔で俺を見て固まる。

完全に頭がおかしくなったと思われた気もするけど、今はそれどころじゃない。

そのとき──半透明男子が椅子をがたんと引き、驚いたように立ち上がった。

ゆらり、とこちらに歩み寄ってくる。



(し、しまった~~っ!? やっべぇ、目ぇ合わせちまった!!)



……でも、違った。

彼の瞳が俺の視線を捉えた瞬間、そこから涙が溢れ出したのだ。



《やっぱり……俺のこと……見えてるんですね……》

《よ……よかった……ホントに……お、俺、このまま……この世界で、ずっと1人なんじゃないかって……不安で……》



膝から力が抜けるように、彼は床に崩れ落ちた。

俺は反射的に駆け寄って、肩を支える。



「ちょ、ちょっと幽霊くん!? 大丈夫!?」



すると、その身体の輪郭から、淡い銀色の光がじわじわと漏れ始めた。



(……この光……ベルザリオンくんが、カレー食べて若返った時と同じ……?)



その時、背後からリュナちゃんの声。


「ん……? ヒカル先生、顔面えらい事になってるっすよ?」


「え? 本当!? ヴァレンさん、お顔どうしたの!」


とブリジットちゃん。


「おわっ!? な、何だこりゃあ!?」


ヴァレンが自分の顔とサングラスがカレーまみれになっていることに気づき、慌てて布巾で拭く。

さらにマイネさんの声が跳ねる。


「べ、ベル!? な、何じゃ、その破廉恥な装いは!? ま、まさか妾を誘惑しようという目論見か!?」

「はぁぁっ!? い、いつの間に!? し、失礼しました!!」


 ベルザリオンは真っ赤になって胸元を押さえた。



(……幽霊くんのイタズラ、ついに皆が気付き始めた!? でも、まだ幽霊くん自身は俺以外には見えてないっぽい……)



 涙をこぼしながら、半透明男子が俺に縋りつく。



《……お願いです。どうか……どうか、僕のクラスメイト達を……》

《僕の友達を、助けてください……!》



その声の震えに、俺は真剣な顔になる。



「……詳しく聞かせて、幽霊くん」



そっと半透明な肩を抱き寄せ、その涙を受け止めた。

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