真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第152話 神が与えし器

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蒼龍の喉から、悲鳴とも咆哮ともつかない絶叫がほとばしった。



「──ああああああああああああッッ!!!」



その声と同時に、両腕の五火七風扇が青白い光を帯びる。

込められた魔力が空気を震わせ、観覧車のライトが一瞬ちらついた。

次の瞬間、地面が大きく揺れ、タイルを突き破って現れたのは──

鱗を纏った巨体、鋭い牙を剥き出しにした岩蛇だった。



『ギャアアアアアッ!!』



耳を裂くような咆哮。大地を軋ませ、巨体がブリジットめがけて一直線に突進する。

しかし、ブリジットは恐れるどころか、一歩前へ。



「──えいやぁああーーっ!!!」



振り抜かれたのは彼女の小さな拳。
だが、その拳には竜の加護を受け継いだ膂力が込められていた。

拳が岩蛇の額に直撃した瞬間、轟音と共に巨体が粉砕。
無数の瓦礫と粉塵が弾け飛び、夜の遊園地が土煙に包まれる。

その土埃を切り裂くように、蒼龍の影が飛び出してきた。
扇には鋭い氷の刃が生え、月光を反射して蒼白に輝いている。

蒼龍は舞うように身体を回転させ、空を切り裂く軌跡を描きながら落下してきた。



「なんなのよ……アンタはあああああッッ!!!」



その斬撃は暴風と氷刃を纏い、獲物を切り裂く死の舞。

標的は、正面に立つブリジット。

だが、その刹那。



「──『動くな』!!」



リュナの咆哮が響き渡った。
黒マスクの奥から放たれた声は、命令そのもの。

蒼龍の身体が空中でビクリと硬直し、刃を振り下ろす寸前で動きを止める。



「しまっ……!?」



蒼龍の瞳に焦りが走る。

リュナはにやりと笑った。



「姉さんにイシキ向けすぎなんすよ、バーカ」



そのまま跳躍し、空中の蒼龍に回し蹴りを叩き込む。



「──ハァッ!!」



踵が蒼龍の側頭部を直撃。
硬直していた身体が大きく弾かれ、制御を失ったまま地上へと落下していく。



「姉さん! 行ったっすよ!!」



リュナが叫ぶのに応じ、ブリジットは迷わず駆け出した。



「……わかった! ごめんね、蒼龍さんっ!!」



落下してくる胴体めがけ、両脚を沈み込ませて構える。
そして──高速で突き出した掌底が、蒼龍の腹を撃ち抜いた。


──ドゴォォッッ!!



「ガ……はァ……ッ!」



息を詰まらせる蒼龍。

そのまま凄まじい勢いで吹き飛ばされ、後方に聳える観覧車の支点に──


ガシャアアアアアアアンッ!!!


轟音と共に叩きつけられた。

衝撃で観覧車全体が揺れ、吊るされたゴンドラが一斉にガタガタと軋みを上げながら揺れる。

夜空に映えるネオンの灯りも、今は脅威の影となって揺らめいていた。



「わ、わわわっ!? て、手加減……間違っちゃったかな!?」



ブリジットは両手を振り慌てふためく。

その横でリュナは呆然と観覧車にめり込んだ蒼龍を見やり、背筋に冷たい汗を流す。



(……アレで手加減してんすね、姉さん……)

(マジで……ゾッとするっすわ……。真祖竜の加護、パねぇー……)



粉塵が収まり、沈黙した遊園地に二人の鼓動だけが響いていた。



 ◇◆◇



観覧車の鉄骨に叩きつけられた衝撃で、蒼龍の口から赤黒い飛沫が迸った。



「ガハッ……!」



苦悶の声を上げながらも、その瞳はなお燃える炎を失わない。

次の瞬間、彼女は大きく跳ね、揺れるゴンドラの一つに音もなく着地した。

乱れた息を整え、扇を握る指先に力を込めながら、眼下のブリジットとリュナを鋭く睨み据える。



(しまった……っ。頭に血が上って、トカゲちゃんの咆哮に対する警戒を忘れるなんて……)

(それより……な、何なの、あの子……!? さっきの膂力は異常すぎる……!)



観覧車にめり込むほどの衝撃を与えた少女の掌底を思い出し、背筋に冷たいものが走る。



(こんなもの、何発も食らってたら……命がいくつあっても足りない……っ!)



だが蒼龍は、すぐに瞼を閉じて深く息を吐いた。
激情を飲み込み、冷徹な戦士の顔を取り戻す。



(……だからって、負けられない。アタシは……絶対に。)



ゆっくりと瞳を開けると、月光を背にしたシルエットが夜の闇を切り裂いた。

血を吐いたとは思えぬほど、凛として華麗な立ち姿。



「……アナタ達の力を、見誤ってたことを認めるわ」



低く響く声が、夜風を震わせる。



「ここからは──手札の出し惜しみは無しよ」



ブリジットは息を飲み、リュナは背中合わせに構えを取り直す。
二人の気配が緊張に包まれ、遊園地の広場に張り詰めた空気が漂う。

蒼龍はゆっくりと両腕を広げ、二枚の五火七風扇を舞うように交差させた。



「……"紅砂こうさの舞"」



囁くように告げた瞬間──

扇から赤い光の粒子がザザザァァッと溢れ出し、空中に舞い上がった。

それは砂でも霧でもない。
細かい赤い珠のようなものが無数に散り、やがて夜風に乗って渦を巻き始める。

意思を持った嵐のように、遊園地の地面に降り注ぎ、二人の周囲を取り囲んでいった。



「な、なに……これ……?」



ブリジットは驚きに目を丸くし、舞い降りる赤い粒を見上げる。

光を反射してきらめくその姿は、綺麗なイルミネーションのようでもあり、不気味な圧迫感を放ってもいた。

リュナは目を細め、集中して粒の一つを捉える。



「……姉さん、気をつけて!」



鋭い声が響く。



「これ……ただの砂じゃねぇっす! 一粒一粒が、魔導具的な小っせー玉……! なんかヤバい匂いがするっすよ!」



二人を見下ろす蒼龍の口元が、愉悦に歪んだ。



「その紅砂の一つ一つは……“檻”なのよ」



ゴンドラの上で、彼女は楽しげに足を組み、言葉を続ける。



「元のスキルの名前は、確か"召喚獣ファミリア・マスター"……だったかしらね」

「従えた魔物を小さな球に封印し、魔力を消費することで任意に呼び出す。なかなか面白い能力だと思わない?」



蒼龍の目が、獲物を弄ぶ蛇のように光る。



「ま、まさか……!」



ブリジットは周囲に漂う数えきれない赤い粒を見渡し、顔色を変える。

リュナは唇を噛み、鋭い目で敵を睨んだ。



「……ってことは、この空に浮いてるチッせーアメ玉みてぇなの全部に……魔物が封じられてるってコトっすか……?」



ブリジットの心臓が高鳴る音が、自分でも聞こえるようだった。

夜空に降り注ぐ紅砂は、まるで嵐の前触れのように不吉な光を放ち、二人を包囲していく。



 ◇◆◇



蒼龍が両扇を静かに交差させ、血のように赤い唇で一言吐き出す。



「──解放」



ボワンッ。
乾いた音と共に、紅砂の粒が一斉に膨れ上がった。

夜の広場に、無数の影が次々と姿を成す。

二本角を生やしたオーガ、牙を剥くコボルト、短躯ながら凶悪なゴブリン──いや、それらの上位種までもが、まるで湧き水のように現れていく。

だが彼らは野生の魔物とは違った。

中にはスーツを身に纏う者、耳飾りや首飾りをつけた者、小さな子どもの姿を持つ者まで混じっていた。

皆、虚ろな目。

魂を抜かれたように立ち尽くし、命令を待つ人形の群れだった。



「ハッ!」



リュナは鼻で笑い、翼をひらりと広げる。



「今さらこんなザコモンスターの百匹や二百匹呼んだって……あーしと姉さんのハイパーつよつよコンビの前には、何の意味もねーっしょ!」



言葉とは裏腹に、彼女の声にはわずかな苛立ちが混じる。
だがその言葉を、ブリジットが慌てて制した。



「待って、リュナちゃん!」



彼女は瞳を揺らし、周囲を見渡す。



「……ひょっとして、"この人たち"……」



オーガの大きな手には、使い込まれた斧。
ゴブリンの腰には、小さな革袋。
そして子どもらしき影が、かつて大事にしていたのだろうぬいぐるみを胸に抱きしめていた。

ブリジットの心臓がひときわ強く鳴る。

これは──野生の怪物ではない。

その気配を楽しむように、蒼龍が高笑いを漏らした。



「ブリジットちゃんは気付いたみたいねぇ……」

「──そう。この妖魔達は、“この街の住人達”よぉ」



「っ……!」



ブリジットの血の気が一気に引く。



「心優しいアナタに……操られてるだけの哀れな妖魔達を、倒せるのかしらぁ?」



蒼龍が両扇を大きく振るう。

そこに刻まれた魔法陣が妖しく光り、"傾世幻嬢チャーム・クイーン"──かつて、高崎ミサキという少女が宿していたスキルの力が広場を満たした。

紅のオーラが魔物たちにまとわりつき、次の瞬間──虚ろな瞳が一斉にぎらりと光を帯びる。



「行きなさいッ!!」



怒号と共に、群衆が動き出した。

オーガが地を揺るがし、ゴブリンが鋭い槍を掲げ、コボルトが牙を剥いて突進してくる。

数えきれぬ足音が、遊園地の広場を埋め尽くした。



「うえっ!?」



ブリジットは思わず悲鳴を漏らし、群れをかいくぐるように走る。



「わ、わわっ……!」



彼女は手を伸ばされるたびに、ひょいひょいと飛び退き、手加減した動きでかわし続ける。



(マイネさんの街の住人……! この人たちを傷つけるわけには……っ!)



彼女の心は戦いよりも「守る」ことに傾いていた。

一方リュナは、黒マスクを下げ、低く呟いた。



「……『動くな』!」



咆哮のスキルを発動させた瞬間──
何も起こらなかった。



「っ……!?またかよ……っ!」



リュナの瞳が大きく揺れる。
喉は震えているのに、あの特有の重圧が周囲に走らない。



「マジうぜーっすね、あのスキル……!」



歯噛みしながら観覧車の頂に立つ蒼龍を睨み上げる。

その視線を受け、蒼龍は悠然と笑った。



「無駄よ、トカゲちゃん。アナタの咆哮は──このアタシが封じてるんだからぁ」



夜風が遊園地のネオンを揺らし、絶望の色を帯びていく。

紅い群れはなおも膨れ上がり、少女たちに迫っていた。



 ◇◆◇



「はわわわ……! ど、どうしようっ!?」



ブリジットの悲鳴が夜の遊園地に響いた。

彼女はジェットコースターのレールの上を、ほとんど四つん這いに近い姿勢でスタタタタッと駆け抜けていく。

その後ろでは──。

オーガが咆哮しながらレールを叩き、ゴブリンが群れを作って蟻のように折り重なり、コボルトたちが犬の遠吠えを響かせながら殺到する。

まるで巨大な黒い津波が押し寄せるように、操られた魔物たちがブリジット一人を呑み込もうとしていた。

──ギギギ……ッ。

レールがきしみ、鉄骨が悲鳴を上げる。
ブリジットの足元がぐにゃりと歪み、視界が一瞬揺れる。



「ひゃああっ!? お、折れちゃうぅっ!!」



必死に跳ねるようにステップを刻み、飛ぶように駆け抜けるブリジット。
背後を振り返る余裕など一片もない。ただ前だけを見て、転げ落ちぬよう必死にしがみついていた。



「チッ……!」



リュナは低く舌打ちすると、翼を大きく広げた。

その一振りで巻き起こった突風が、後方から迫る魔物の群れをまとめて薙ぎ払う。

オーガの巨体ですら風圧に煽られよろめき、ゴブリンの群れは紙吹雪のように宙へと弾き飛ばされた。

だが──。

わざと致命傷を与えぬように抑えたせいで、奴らはすぐに立ち上がり、何度でも襲いかかってくる。
まるで尽きることのない波濤。



(こりゃー……ちとメンディーな状況っすね……!)



額に汗が滲み、息が白く夜気に散った。
考えることをやめたら一瞬で呑まれる。
それだけは分かっていた。



(元の姿に戻れば……青バカ女の封印も破って、“咆哮”で一気に鎮圧できるカモっすけど……)



視線が、自然と上空へ吸い寄せられる。
観覧車の頂。

そこに舞うように立ち、悠然と扇を翻す蒼龍の姿があった。

彼女はまるで観客のように、リュナを見下ろしている。



(……違う。あの女、あーしが“人の姿”を諦めて竜に戻るように仕向けてやがる……!)

(確かに、竜に戻って暴れりゃ話は早いかもっすけど……それじゃアイツの思い通りっすよ……! そんなの……なんか、ヤダ!)



奥歯をギリッと噛みしめ、リュナは翼を振り抜いた。

吹き飛ばされる魔物の群れ、その向こうに見えるのは──笑みを浮かべる蒼龍。

リュナの胸の奥に、怒りと焦燥が同時に込み上げていた。



(クソッ……! この小っせー身体で……もっと魔力の出力さえ上げられれば……!)



奥歯を噛み砕きそうなほど噛み締めながら、リュナは襲い来る群れを翼で薙ぎ払った。

しかし胸の奥では、焦燥が渦を巻いていた。


──その刹那。


稲妻のような思考が閃き、脳裏を駆け抜けた。



(……待てよ。兄さんは規格外すぎて参考にならねーとして……)

(でも、姉さんも……ヴァレンのアホも……なんで“人間サイズ”のまま、あんな出力で戦えんだ?)



記憶が一気に千年を逆行する。

フォルティア荒野を支配していた頃。
竜の咆哮を浴びながら、それでも立ち上がり、自分に挑んできた“人間たち”の姿。

本来なら、あの咆哮を前にすれば人は動けないはずだった。
それなのに、何度も挑みかかってきた連中が確かにいた。



(……あいつらに共通してたのは……)



リュナの瞳が鋭く細められる。

脳裏に鮮やかに浮かんだのは、剣。盾。宝玉。
彼らが掲げていた、ただの武器や装飾とは異なる、特別な“器”だった。



「……"神器"……っすか……!」



黒マスクの下で、小さく声が漏れる。

スキルを極めた者にだけ宿る、“外付けのスキル”とも言える存在。

人の枠に収まりきらなくなった力を──神がもう一つの器を与えることで扱わせる仕組み。

大罪魔王が生まれながらにして持つ“魔神器セブン・コード”と同じ理。



(……そっか。人の身を超えた力を、外部にもう一つ魂の器を作る事で……落とさず出力してんのか……!)



視線は仲間へと向かう。

額から二本の銀のツノを覗かせ、必死にジェットコースターのレールを駆け抜けるブリジット。

そのツノこそ、彼女が得た“神器”。



(なら……あーしがこの場ですべき事はただ一つ!)



その瞬間、リュナの双眸が爛々と輝いた。
追い詰められているはずの今、心臓が昂ぶる。
口元が黒マスクの下で吊り上がり、笑みに歪む。



「……やっべ。あーし、天才かも」



呟きは風にかき消えた。
だがその瞳に宿った光は、確かに新たな突破口を掴んでいた。



「作ってやんよ……あーしだけの"神器"ってヤツを、今ここで!」
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