真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第178話 アルド vs. 三龍仙⑤ ──ベルゼリアの魔の手、アルドの決断──

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紅龍の肩が小刻みに震えていた。

その顔には、かつて "ベルゼリアの紅き応龍" とまで称えられた将の威厳など微塵も残っていない。
濁った目は虚ろに揺れ、口元は痙攣したように引きつっている。



「……何なのだ……貴様は……ッ!?」

「儂がこれまで喰らってきた力も……大罪魔王の魔神器すらも……何一つ、通用せん……!?」



その呟きは、敗北の色を滲ませながら虚空にこだました。
背筋を支える力を失った紅龍は、よろよろと数歩、後ろへと下がっていく。

対するアルドは、ただのんびりとした足取りで彼に近づいていた。肩の力を抜いたまま、何でもない世間話でも切り出すかのように、平然とした声音で告げる。



「ま、そういう事だからさ。大人しくお縄について、鬼塚くん達の魂、返してくれる?」



その飄々とした物言いに、紅龍の喉がヒュッと鳴った。頬が青ざめ、後ずさる動きが止められない。



「く……来るな……ッ!!」



震える声は、かつての威圧感などかけらもなかった。


──その瞬間だった。


ドオオォォォン!!


大地を割るかのような轟音が、魔都スレヴェルド全体を震わせる。渓谷を覆っていた結界の空に、バキバキと巨大なヒビが走った。



「な、なんじゃっ!?」



マイネが驚愕に顔を歪め、上空を見上げる。



「あっ……! あれ!あれを見て、みんなっ!」



ブリジットが指差した先、夜空を覆いつくすように巨大な影が迫ってきていた。

鋼鉄の巨躯。魔導機械で構築された飛空挺艦隊が、整然とした編隊を組みながらスレヴェルド上空に展開していく。
空一面が黒い船影で埋め尽くされ、無数の魔導ランプが星々をかき消すように瞬いていた。



「な、何だありゃ!?」



アルドは目を丸くし、思わず口を開け放った。呆けたようにポカーンと空を仰ぎ見ている。

対照的に、紅龍の顔は蒼白を通り越して土気色になっていた。



「あれは……ベルゼリア第七空挺師団……!?」



その名を呟いた瞬間、飛空挺から拡声器のような音声が響き渡った。冷徹で透き通る、女性の声だった。



『──聞こえてる? 紅龍将軍……いえ、紅龍……!!』



紅龍は顔をひきつらせ、奥歯を噛みしめる。



(……フラム・クレイドルか……!あの女……早速、儂を始末しに動いたか!)



『貴方の反逆行為、見過ごせるものではありません!』

『第七師団、最高魔導官である私、フラム・クレイドルの名の下に──紅龍。貴様を危険分子として、処分するッ!!』



声は冷ややかで、一片の情けも含まれてはいなかった。

紅龍の胸の奥に、怒りと悔恨が渦を巻く。



(勝手な事を……!異世界から召喚し、洗脳の芽を植え付け……散々利用した挙句……洗脳が解ければ始末対象か……!)

(所詮、儂も……大国ベルゼリアから見れば、ただの駒に過ぎん……利用価値が尽きたら、切り捨てる……それだけの存在……ッ!!)



握り締めた拳から血が滴る。
それは絶望の証であると同時に、燃え盛る憎悪の色でもあった。

一方、下でそのやり取りを聞いていたアルドは、まだ呑気に空を仰ぎ見ていた。
「すげー……」と、ただ感心したように息を漏らし、口を半開きにして見惚れている。

紅龍の絶望とアルドの呑気さ。
二つの対比は、場の緊張をより一層際立たせていた。



 ◇◆◇



紅龍は、顔を覆うように手を押し当てると、肩を震わせた。


──そして。



「……くっ、くっ、く……ハハハハハ!!! ハァーーハッハッハッハァァ!!!」



その高笑いは狂気の色を帯び、砕けた石壁に反響して渓谷全体を揺るがす。
不気味な笑い声に、思わずアルドはビクッと身を震わせた。



「うわっ……なんなのよ、急に……」



紅龍は天へと顔を仰ぎ、血走った双眸で空を睨む。



「利用するだけしておいて、制御出来なくなれば即座に処分する……これがベルゼリアのやり方かッ!! フラム・クレイドルゥゥ!!!」



その叫びに応えるように、上空の飛空挺団から澄んだ女の声が降りてきた。
しかしその声音は氷のように冷たく、紅龍の叫びを一蹴する。



『あら……貴方もいつも仰っていたでしょう? 紅龍……「この世は弱肉強食」って……』

『所詮、貴方も“喰われる側”の存在だった。それだけのことよッ!!』



その瞬間、轟音が空を裂いた。
飛空挺団の腹部に並んだ魔導砲が一斉に火を噴き、魔力弾とミサイルが雨のように降り注ぐ。



「えっ!? 俺達も攻撃対象な感じ!?」



アルドは目を剥き、慌ててスタタタッと走り出す。
縛られたままのブリジットやリュナたちのもとへ駆け寄ると、迫る魔導弾を掌から放った"竜泡"で包み込み、爆炎ごと弾き返した。
爆音と閃光の中、仲間たちを庇うように腕を広げる姿は、どこか頼りなくも確固とした存在感を放つ。

一方、紅龍は砲撃の雨を浴びながらも、その場に立ち尽くしていた。
額を伝う血を拭おうともせず、狂気に濁った目で空を睨み上げる。



「──そうとも。この世は弱肉強食……!」

「なれば……貴様らは……!! 儂が、骨の髄まで喰らい尽くしてくれるわッッ!!」



血走った双眸がギラリと光る。紅龍は全身から禍々しい魔力を迸らせ、叫びを上げた。



「──たった今、“咀嚼”が終わったこの力……! これをもって、儂は……“絶対的捕食者”へと至るのだッ!!!」



その瞬間だった。
紅龍の腰に、赤黒い魔力が集束し、歯車のパーツを備えた禍々しいベルトバックルが現れる。



《……!? あれは……!》



地上。ジュラ姐の巨大な影に守られながら、影山が蒼白な顔でその姿を見上げる。
そして、アルドにしか聞こえない声で絶叫した。



《あ……あれは……!? 鬼塚の……ッ……!?》



紅龍は震える指先で、その歯車をギュインと回す。
金属音とともに、空気が張り詰める。



「──変身ッッ!!!」



次の瞬間、紅龍の身体が膨張し始めた。
今まで蓄積してきた無数の魂が一斉に溢れ出し、炎と影の奔流となって彼を包み込む。
断末魔のような悲鳴と共鳴するかのように、紅龍の肉体は軋み、ねじれ、膨れ上がっていく。


──そして。


爆風と魔力の渦が晴れた時、そこに立っていたのは人の姿ではなかった。

全長四十メートルを超える、蛇のように長大な体躯。

赤黒い鱗が光を呑み込み、背に連なる棘が都市のビル群を突き崩す。
日本や中国の伝承に語られる竜を思わせる姿──だが、その眼は血に濡れ、牙は魂を喰らう魔獣そのもの。

その姿は、かつて紅龍が敬い、そして憎悪した師──“喰竜”を思わせる、悍ましい魔竜の化身だった。



「……おいおい……マジかよ……」



鎖に縛られたままのヴァレンが、引き攣った笑みを浮かべて呟く。

頭上を覆い尽くすその存在感は、もはや都市すら小さく見える。
紅龍はついに、完全なる“捕食者”の姿へと至ったのだった。



 ◇◆◇



巨大な竜へと姿を変えた紅龍は、血のように赤い瞳をギラつかせながら、低く笑った。



「──あの童……鬼塚玲司の力、想像以上だ……」

「己が魂を魔装と化し、本来なら不可能な出力を可能とするスキル……」

「数多の魂を食らった儂が使えば……くくく……こうなる訳か……!!」



その声は大気を震わせ、まるで雷鳴のように街へと響き渡る。
巨躯は雲間を裂き、鱗が擦れ合う音だけでコンクリートが軋んだ。ビル群の谷間にウネウネと身をくねらせながら漂うその姿に、飛空挺団の影が覆われていく。



『な……ッ!? 何なの、その姿……!? そんなの……知らない……ッ……!!』



上空から響くフラム・クレイドルの声は、冷静を装いながらも震えていた。

地上では、鎖に縛られたブリジットが青ざめて呟く。



「な……何……あれ……!?」



フレキは耳を伏せ、尻尾を丸めながら吠える。



「な……なんですかっ!? あの姿!? ボクの神獣化より大きいですっ!!」



都市の景観を呑み込むかのように、紅龍は口をガパァッと開いた。
その奥、喉奥にキィィィィン……と甲高い音が集まり、赤い魔力が渦巻き始める。



『ぜ、全軍……攻撃ッッ!!!』



フラムの悲鳴に近い指示が響くと同時に、飛空挺団が一斉に魔導弾とミサイルを撃ち放った。
夜空を裂く閃光と轟音。弾幕が竜を覆い尽くす。


──だが次の瞬間。


紅龍の口から放たれたのは、赤い一条の光。
それは直線ではなく、横薙ぎに空を裂き、光刃のごとく飛空挺団を薙ぎ払った。



『きゃあああああッッ!!!」 』



フラムの絶叫が拡声器越しに響く。

光に呑まれた飛空挺の半数が爆炎に包まれ、空中で四散した。逃れた一部も、衝撃波に煽られて制御を失い、ビルに激突して火花を散らす。
爆発の炎が夜空を紅く染め、瓦礫と鉄屑が流星のように落ちていった。

地上にいたヴァレンは、鎖に縛られたまま呆然とその光景を見上げ、口の端を引き攣らせる。



「おいおい……こりゃもう、戦争じゃあないか……」



その声に重なるように、影山の必死の声がアルドにだけ届いた。



《こ、こんな戦いが続いたら……アグリッパ・スパイラルにも被害が及んじまう……!!》

《あそこには……石像になった皆がいるんだ……!》



ブリジットも縛られたまま、必死に叫ぶ。



「──遊園地の方には、この街の人達が寝かされてる……! このままじゃ、被害が広がって、あの人達も……!!」



だが──その喧騒のただ中で、アルドの表情だけは一切変わらなかった。

燃え盛る炎に照らされる横顔は、静かで、揺るがない。
その眼差しの奥では、冷徹な計算と、揺るぎない決意だけが研ぎ澄まされていた。


──ただやっつけるだけなら簡単だ。
だが、それは出来ない。紅龍を殺せば、鬼塚たちの魂まで巻き添えになる。
ましてや飛空挺。乗組員がいるかもしれない。
無差別に撃ち落とすなんて、論外だ。

耳に届く仲間たちの悲鳴を振り払い、アルドはゆっくりと目を閉じた。
爆炎が唸りをあげ、魔導弾が大気を裂いて飛び交う。

なのに、彼の中には奇妙なまでの静寂が訪れていた。


──まるで時間が凍りついたかのように。


鼓動の音さえ遠ざかり、世界の色が一瞬、褪せていく。
そこに残ったのは、己の選択だけ。

アルドは長く息を吸い込み、静かにフーッと吐き出す。
その吐息は、まるで火薬の匂いを洗い流すように夜気へと溶けていった。


やがて、彼の口が音もなく開かれる。
瞼の奥に宿る光は、もはや人のそれではなかった。



「……久々に、戻るか……」



低く、誰にも届かぬ声。
仲間たちの耳には届かない。けれど、それは確かに宣言だった。



「本当の姿に──」



その一言は、轟音に掻き消されながらも、戦火の渦を切り裂いて響いた。
まるで決意の鐘が、アルド自身の胸奥で鳴り渡ったかのように。
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