真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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幕間 ──大賢者王子──

第208話 side ???③──悲劇の令嬢と堕竜の血──

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アラクネルラの顔が蒼白に歪む。
蜘蛛脚の断面からは、まだ黒い体液が滴っていた。

彼女は地面を這いながら、震える唇を噛み締める。



(こ……これは何かの間違いだ……このアタシが……! こんなガキどもに……手も足も出ないなんて……)

(そんな……そんな馬鹿げた話……ッ!!)



彼女の爪が床を引っ掻く。
怒りと絶望が混ざった声が、塔の内部に響き渡る。



「そんな馬鹿な話が──あってたまるかッ!!」

次の瞬間、下半身の腹部が大きく膨れ上がった。
内部で何かが蠢く。



「喰らいなッッ!!」



咆哮と共に、蜘蛛腹の無数の孔から光が走った。

──放たれるのは、暴風の如き棘の雨。
ニードルガンのように発射された鋭い針が、光の矢の群れとなって一直線に飛び出した。
それはまるで弾幕。紫の軌跡が空を覆い、フロア全体を貫かんとする。

だが、ラグナは一歩も動かない。
その横顔には、まるで退屈そうな笑み。



「……さあ、セディ。見せてやれ。」



その声を受けて、青年はわずかに頷く。



「無駄だ。」



セドリック・ノエリア。
彼の声は静かで、凍るように冷たい。



「殿下には──指一本、棘一本とも触れさせはしない。」



盾が構えられた瞬間、

──キィィィィィィン……!

再び、あの音が鳴った。
何かが回転・・するような、高周波の金属音。

棘の群れが襲い掛かる。
しかし、彼のラウンドシールドが光を放ち、次々と弾き飛ばす。
まるで目に見えない壁があるかのように、棘が進入することなく軌道を歪め、弾かれ、砕けていく。
火花が散り、棘の破片が雨のように床を打つ。



「ば……バカな……ッ!!」



アラクネルラは息を荒げながら棘を吐き出し続けた。
だが、次第にその勢いは衰え、やがて糸のように細くなっていく。



「ハァ……ハァ……ハァ……!」



床に膝をつき、呼吸を乱す蜘蛛の女王。
セディは盾を下ろし、無言でラグナの方を見た。

ラグナは片眉を上げて、「よし、頃合いだな。」と呟く。



「アラクネルラは“ニードルブラスト”を撃ち終えると、クールタイムに突入して守備力が一時的に大幅に減るんだよね~。」



その言葉に、アラクネルラはびくりと肩を震わせる。



「な……何でそんな事まで……!? お前は……一体……何者なんだい……!?」



ラグナは楽しげに、しかしどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべた。
 


「言ったろ? 君のことは……もう何十回も倒してる、って。」



その瞬間、空気が変わる。
彼の右手がゆっくりと上がり、指先がアラクネルラを指した。
銃の形。
人差し指が引き金を引くように、軽く動いた。



「──"核撃魔光砲ニュークリア・ブラスター"。」



轟光。
フロア全体が白く塗り潰された。
閃光の奔流がラグナの指先から放たれ、空間を貫く。

アラクネルラの胸に、ひとつの光穴が開いた。
音はなかった。ただ、光の残滓だけが残る。



「な……ん……だっ……てんだい……?」



かすれた声で呟き、アラクネルラは自らの胸に空いた穴を見下ろす。
次の瞬間、光が霧散した。

バシュウウウウン………!

紫の粒子が宙を漂う。
それは煙のように薄れていき──やがて、彼女の姿は完全に消えた。

静寂。

ラグナは指を鳴らしながら、小さく息を吐く。



「ちょいとオーバーキルだったかな? ま、二十階層ならこんなもんかな。」



辺りを見回すと、フロアの中央に一つの宝箱が姿を現していた。
古代の文様が刻まれ、淡く赤い光を放っている。



「お、来た来た。ご褒美タイム。」

 

ラグナは手を払うようにして魔力を解き、軽装へと戻る。
セディも盾を下げ、リゼリアは手を合わせて「お疲れ様でしたぁ~!」と笑った。
ルシアは、というと──眠そうな顔のまま、どこかを見ている。

ラグナは宝箱の前にしゃがみこみ、軽く手をかざした。

カチリ。

箱の蓋が開くと、そこには一つの小瓶があった。
中に満たされているのは、濃厚な赤。
光を受けて、液体がゆらゆらと輝いている。



「よっしゃ! “堕竜の血”!! 狙いのドロップ、一発ゲット!!」



ラグナは嬉々としてガッツポーズを取った。
セディはその様子を見ながら、苦い顔をする。



「──本気で、それをお使いになるおつもりなのですね。殿下。」



ラグナはくるりと立ち上がり、片目を細めて笑う。



「当然! セディももっと喜びなよ。これで、君の可愛い妹さん・・・を助けてあげられるんだからさぁ!」


「……ブリジットのことは、殿下が気にかける様な事では……」



セディの言葉が、途中で止まる。
ラグナが一歩、近づいていた。
その金色の瞳が、どこか陶酔したように光っていた。



「──いいや、関係あるさ。僕にとっての“メインヒロイン”でもあるからね。美しき悲劇の令嬢──ブリジット・ノエリアは、ね。」

 

静寂が満ちる。
ラグナは赤い小瓶を掲げ、その液体をうっとりと見つめた。

セディの胸の奥に、僅かな苛立ちと不安が混ざる。
だが、言葉にはしない。ただ、拳を強く握りしめた。

リゼリアは「殿下~、そのポーズ、ちょっとかっこよすぎますぅ~♡」と呑気に言い、
ルシアは無表情のまま、小瓶を見つめて「……ふーん。」と呟いた。

ラグナは気づかず、笑みを深める。



「さて──そろそろ帰ろうか。“イベント”の続きは、次の章で、ってね。」



フロアの灯りが揺らめく中、
大賢者王子の金髪が光を受けて煌めいた。

そしてその手の中──“堕竜の血”が、不穏な赤を宿していた。



────────────────────



──静寂。

戦いの残滓が薄れた空間で、崩れた壁の隙間から一つの影が覗いていた。

それは、球体に蝙蝠の翼を持つ奇妙な存在だった。
一つの巨大な眼だけが中心にあり、光を吸い込むように瞬きもせず輝いている。

“傲慢の魔王”の使い魔──覇空塔の監視装置であり、情報を上位主へ転送する無数の「眼」の一つ。

その瞳が、未だ燻る戦場を映していた。
魔力の流れ、肉体の動き、残留する波動。
全てを記録し、解析していた。



(俺は、初めからこの闘いを見ていた……)

(あの少年王子の指揮、金髪の騎士の盾捌き、あの二人の女……それぞれの魔力の流れ、動きの癖、全てを──見逃さずにな……)

 

黒い液体の残滓が床に煙のように漂う。
アラクネルラの死──それすらも記録の一部。
だが、記録を続ければ続けるほど、胸の奥に寒気のような恐怖が込み上げてきた。



(……だからこそ分かる。あの四人は……化け物だ……!)



光学的に正確な映像のはずなのに、なぜか輪郭が揺らいで見える。
魔力が常軌を逸している。
どれも規格外だ。

だが──その中でも。

1人の人物・・・・・

その人物の魔力は、底が見えなかった。



(特に……アイツ・・・だ……!)

アイツ・・・は、ひとりだけ桁が違う……!)

(まるで、“世界”そのものが……アイツの存在を中心に動いているような──)

(ひょっとしたら……“傲慢の魔王”様よりも……!)



震えるように瞳が焦点を合わせた、その瞬間──。



「“傲慢の魔王”とも、いずれは戦うことになるからね。」



聞こえた声。
その声は、あまりにも軽く、あまりにも冷静で──それでいて底知れぬ確信に満ちていた。

ラグナ・ゼタ・エルディナス。

大賢者王子ウィザード・プリンスが、こちらに指先を向けていた。



(ま、まさか――!?)



「不必要な情報は与えないに越したことは、ないよね。」



指先が光を帯びる。
わずかな時間差で、閃光が放たれた。

バチィィィッ――!!



「ギャァァァァァッ!!」



視界が反転し、全身を灼くような熱が走る。
使い魔の身体が一瞬で崩壊し、粒子となって消えた。
残ったのは、灰のような欠片と、塔の静寂だけ。

……すべての記録が、途絶えた。



ラグナは軽く指を払うようにして、空中に残る灰を散らした。



「さて、それじゃあ帰るとしようか。」



そして、右手の中にある小瓶を見つめた。
赤い液体が、揺らめく魔光に照らされて輝く。
その光を、ラグナはうっとりとした表情で見つめていた。



「──待っててね、僕のヒロイン。
僕が必ず、君を救い出してあげるよ。」

 

囁きは、静かに空間に溶けていった。
それは祈りのようでもあり、狂信のようでもあった。

リゼリアが小首を傾げて、ぽかんとラグナを見つめる。



「え……ヒロイン? 誰のことですかぁ~? リゼリアのこと……じゃ、ないですよねぇ?」

「ははっ、残念。君は“サブヒロイン”だから。」

「えぇ~!? ひどいですぅ~! せめて準メインにしてくださいよ~!」



ラグナは笑いながら肩をすくめる。
その隣で、ルシアは無言のまま立ち尽くしていた。
ぼんやりとラグナの持つ小瓶を見つめ、
かすかに眉をひそめる。



「……その血、匂いが……よくない。」



その言葉に、ラグナは一瞬だけ目を細めた。
だが、次の瞬間にはまた笑顔を作り、軽い調子で返した。



「そう? これが“物語のキーアイテム”ってやつだよ。」

 

ルシアは何も言わず、ただ瞳の奥で光を宿した。

セディはそんな二人を見つめ、眉をわずかに寄せた。
ラグナには悟られないよう、低く息を吐く。



(……ブリジット……)



妹の名を胸の中で呼ぶ。
そこにあるのは希望ではない。
不安でもない。
──ただ、静かな決意だった。

ラグナが微笑む。
その横顔には、神々しさと危うさが共存していた。



「行こう。僕たちの物語は、まだ始まったばかりだからね。」



四人の背中が、崩れた覇空塔の光の中へ消えていく。
そして残されたのは、誰もいない空間と──
静かに消滅した使い魔の灰が、風に流れる音だけだった。
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