真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第223話 ルセリア中央大学編入試験①

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試験官の淡々とした声が、静まり返った教室に落ちた。



「──それでは、時間になりましたので、問題用紙を開き、解答を始めてください。制限時間は七十分。何かありましたら、挙手にてお知らせください」



その瞬間、周囲の受験者たちが一斉に問題用紙をめくり、ザッ──と紙が擦れる音が波のように広がった。

そしてすぐに、カリカリカリ……ッ! とペンの走る音が始まる。

対して俺は──ただ一人、問題用紙を見て固まっていた。


……え?

え、え?

数学 Ⅰ・A・Ⅱ・B——?


いや文字の形は違うけど、内容が普通に三角関数やら微分やら因数分解やら、それっぽいワードで埋まってる。

なんだこれ。
なんで異世界でセンター試験受けさせられてるの俺。

いや今は共通テストって名前だったっけ?
そんなことはどうでもいい。



「……聞いてねぇよ、こんなの……」



俺は小さく呟きながら、額から流れ落ちる汗をぬぐった。
やべぇ……冷や汗が止まらん。

だって俺、てっきり異世界の入試ってほら……あるじゃん。

『あの的に向かって攻撃魔法を放て!威力を測る!』
みたいな、そういうやつだと思うじゃん。

そんで俺が内心(本気でやっちゃマズイよな……手加減して……)とか考えて弱めの魔法を放つんだけど、それでも強すぎて的が吹き飛んじゃって、唖然とする試験官に向かって俺が『あ、あれ?もしかして……威力、弱すぎました?』とか聞いて、会場の皆が『強すぎるんだよっ!!』とか一斉にツッコんでチャンチャン!みたいなのが異世界試験のお約束なんじゃないの!?

そんな異世界テンプレイベントが来ると思っていた。

違った。

現実はこれだ。

ガチ数学。

しかも七十分。

何そのリアルな数字。

……ヴァレン、お前ほんと信用しすぎだろ俺を。
「相棒なら心配はいらねぇよ」とか言ってたけど、絶対こう思ってたろ?

『伝説の真祖竜だし、人間の入試くらい余裕だろ?』

いや無理だから。
人間の知能の枠組みで考えてくれよ!?
真祖竜は数学の公式とか覚えてないの!!
真祖竜なんて基本的に全員ネグレクト受けて育った様なもんなんだから!!まともな教育受けてないの!!

俺は震える手で問題の一問目を見た。

──三角関数の合成。
sin(θ+π/3)を……

覚えてねぇよ……!

つーか、1問目は計算問題とかにしてよ、せめて…

もう目の前が真っ白になった。
白紙で提出は免れるけど、マークシートだから適当に塗るしかねぇ。

語学と魔法理論はまだいける気がする。
でも数学は……数学だけはノー勉じゃ無理。

近くの席から、勇者パーティーにいそうな魔導士系の青年が、滑るような手つきでマーク欄を埋めていくのが聞こえる。

カッ……カリカリ……スッ……!

ペースが速ぇ……!!

後方の席では、背中に大剣を担いだ褐色の女戦士が、真剣な顔で“角度”とか“係数”とか書き込んでいる。

え、君たち……普段魔物と戦ったりしてるんじゃないの……?
なんでそんなスラスラ解けるの……?

つーか、入り口で武器くらい預けとけよ。
サンシャイン⚪︎崎みたいな大剣背負って数学解いてるのシュールすぎるんだけど。

ふと視線を感じて前を見ると──

例の高身長美女が、時折チラッと振り返ってこちらを見ている。

サングラスの奥の視線、分かる。
絶対に見てる。

やめて。
俺の醜態を見ないで。



「…………」



俺はペンを持ったまま、ついに頭を抱えた。

ダメだ。
本気で分からん。
本気で分からん問題がずらりと並んでる。

その時──

遠くの席でザキさんが、俺の方を見つけてヒラヒラと手を振ってきた。

『どないしたんアルドくーん?』みたいな明るいオーラが漂ってる。

いやあなた絶対余裕ないでしょ。
こっち側の人間でしょ。

でも、気遣ってくれるのはちょっと嬉しい。

俺は試験官の目を盗んで、小さく手を振り返した。

死にそうです。助けて。
という念を込めて。

だが試験は待ってくれない。

教室の中には、ペンの音が淡々と積み重なっていく。

カリカリカリ……
スッ……カリ……ッ

俺は深く息を吐いた。

落ち着け……
落ち着け俺……!

ブリジットちゃんが言ってくれたあの言葉……
「一緒に大学通おうね!」
……あれを思い出せ。俺は誓ったじゃないか。

何としてでも合格するって……!

ッ……!!



その瞬間、俺は気付いた。



……みんなの“書き込み音”が、やけにクリアに聞こえている。

いや、違う。

聞こえるだけじゃない──空間のどこで、どの角度で、誰が何の位置にマークを書き込んでいるかが、“立体的に”分かる。

目を閉じても、会場が見える。
ペンの動きの速度や、紙の擦れ具合から、“どの選択肢か”すら推測できる。

こ、これは……!

漫画とかでよくある“聴覚だけで空間を把握するやつ”……!

視覚奪われてないのにこれが出来るのは、
真祖竜の身体スペックのなせる技なのか……!

俺は思わず鼻で笑いそうになった。

……勝った。

俺はスキルではなく“聴覚”だけを使い、
周囲の“頭良さそうなペン音”を聞き分け、
マーク欄を慎重に塗り始めた。

もちろん、全部は分からない。
特に序盤の簡単な問題は他の人もサッと埋めるから、音だけじゃ区別がつきにくい。

でも、そのへんは自力でなんとか解いた。
簡単な因数分解とか方程式は、まだ記憶に残ってる。

問題は後半だ。

だが。

俺は静かにペンを動かし、
音を頼りに、
カリ……カリ……とマークを埋めていく。

完全犯罪じゃん……!

いやカンニングはよくないんだけど!
スキルは使ってないし!
周囲の音を聞くのは禁止されてないし!
これはもう戦略!

なんか、他の皆がセンター試験を受けてる中、俺だけ『いかに皆に気付かれずにカンニングするか』っていうNAR⚪︎TOの中忍試験みたいな感じになっちゃってるけど、この際仕方ない。

こうして、俺の数学試験は──

ギリギリ、奇跡的に形になった。

長かった……
死ぬかと思った……。



 ◇◆◇



筆記試験会場を出た瞬間、俺は魂が抜けたみたいにその場でガクリと膝に手をついた。
頭の中では、まださっきの三角関数の亡霊が「sin30°……sin30°……」と呪詛のようにこだましている。

そこに──



「おっ、アルドくん。どやった?」



あの気楽すぎる関西ボイスが背後から飛んできた。

顔を上げると、予想どおりザキさんがいた。
いつも通りニコニコしてるけど、その顔にもどこか疲労が滲んでいるのが分かる。
たぶん、数学と戦ってきた戦友の顔だ。

俺は力ない笑みで答える。



「いやー、どうだろ……語学と魔法理論は簡単だったけどさー……数学がね。」


「数学?ああ、あの訳わからん記号のヤツやろ?
俺もアカンかったわ。いやー参ったなぁ。」



ザキさんはあっけらかんと笑い、頭をポリポリかいた。



「この後の実技で巻き返さなヤバいな、これは。」


「……え、実技?実技もあるの?」


「あるに決まっとるやん?知らんかったん?」



うん。知らなかった。
完全に知らなかった。

ヴァレン……お前……。
試験システムの説明、ゼロにも程があるんじゃない?せめて何やるかくらいは教えといてよ。



「……聞いてないんだけど……」



俺が死にそうな声で呟くと、ザキさんは「マジかいな」と目を細めて笑い、



「まあええわ。行こか、実技。」



と肩を叩いてくれる。
いいやつだな、このチャラ男。


案内されるままに校舎の外へ出ると、広大なグラウンドに受験生がずらりと並ばされていた。

砂の匂い。
天気のいい空。
そして、遠くに置かれた──巨大な的。

丸い木製の板に、魔導刻印がびっしり刻まれている。
どう見てもただの的じゃない。
魔力を反射・吸収しうる、多層構造の魔導装甲。

試験官の人が前に立ってアナウンスを始める。



「次は、実技試験になります。」



受験生たちに緊張が走る。



「皆様には、あちらに設置してある──
"魔力耐衝標識《マナ・レジリアンス・ターゲット》 "に向けて攻撃していただきます。」



“それっぽい名前”過ぎる。



「スキルでも魔法でも、使えるもので構いません。
皆様の力を存分に見せていただきます。」



あぁ……やっぱこういうパターンくるのね。
俺は思わず頬を緩める。

──数学と比べたら、千倍ありがたい。

壊せばいいんだよね?
むしろ壊さずに済むかどうかの方が問題だよ。

隣でザキさんが、顎に手を当ててニヤリ。



「ええやん。こういうの待っとったわ。」



どうやら、攻撃に関しては自信があるらしい。
腰に下がった日本刀めいた武器がキラリと光る。

本当に何者なんだろ、この人……。



「さらに今回のテストでは、特別にデモンストレーションを行ってくださる方がおられます!」



試験官が声を張り上げる。
受験者がザワッと騒ぎ出す。



「紹介しましょう!
我が校の生徒会会長にして執行役員、
ラグナ・ゼタ・エルディナス殿下 と、そのパーティの皆様です!」



……え?
あのバカ王子?来るの?ここに?
そんな俺の戸惑いをよそに、試験官のすぐ横──

眩しいスポットライトが突如として照射された。
どこから用意してたのそんなもの。

そして──

地面がパカッッ!!
と開いた。

そこからウィーン……という機械音を響かせながら、
まるで異世界アイドルのライブ登場みたいな巨大リフトがせり上がってきて──

ラグナ王子、登場。

ド派手な荘厳BGMまで流れている。

なんだこれ。
マジでなんだこれ。



「ハハハ!皆、今日は僕のために集まってくれてありがとう!」



いや、受験だよ!?
誰もお前のために来てねぇよ!!

俺は完全に呆れた。
でも、女性受験生たちはというと──



「キャアアーーッ!!」

「ラグナ様ぁぁぁ!!」

「こっち向いてぇぇぇ!!」



歓声が飛び交う。

モテすぎだろ王子。
というか、演出が完全に“アイドルコンサート”なんだけど。

左前方にいた例の高身長美女はというと──
サングラス越しにチラッチラとラグナ王子を見ている。

でも俺と視線が合うと、



「あ、アタシは別に王子に興味などありませんけど?」



と言いたげに、不自然なほどプイッとそっぽを向く。

……いや、絶対あるだろ興味。
どっちなの、あの人。
何か、この人ほんと変だ。

俺は変に胸騒ぎを覚えながら、ラグナ王子の方を見る。

王子は相変わらず、キラッキラの笑顔で手を振りながら、



「皆!今日は僕の華麗な一撃、しっかり見ていくといいよ!」



とか言ってポーズを決めている。
……いや、試験会場で言うセリフじゃねぇんだよそれ。

そんなラグナ王子の登場に、俺もつい揺さぶられる。

いや、揺さぶられるっていうか、なんていうか──

コイツ……ブリジットちゃんの服を無理矢理捲り上げて、背中を見たって言ってたよな……

と思い出し、胸の奥がムカムカした。

俺は拳を握る。

──絶対に負けられない。

ここでビビってたら、ブリジットちゃんの隣に立つ資格なんてない。

そんな風に、心の奥底で静かに闘志が燃え上がるのだった。
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