真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第238話 統覇戦エントリー、火種と絆

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ルセリア中央大学・五号館。
その一階、ガラス張りの入口をくぐった瞬間、俺は思わず息をのんだ。

学生課──。

並んでいるのは普通の学生……ではない。

巨大な大剣を肩にぶら下げた筋肉質の男。
深い群青色のローブを纏い、尖った耳に古代文字のタトゥーを刻んだ魔術師らしき女性。
革鎧を着ているのに「学生証」を首からぶら下げている冒険者風の青年。

……どう見ても、冒険者ギルドの受付カウンターなんだけど。



「へぇー……この世界の学校って、こういう“学生課”なんてのもあるんスね。」



鬼塚くんが、順番待ちの列をキョロキョロ見ながら言う。
特攻服のような紫のロングコートが、周囲の視線を軽々と引き寄せている。



「あ、いや……学生課って、日本の大学にも普通にあるよ。学業以外の活動の手続きとか、そんな感じの部署でさ。」



つい口から出てしまって、言った瞬間に後悔した。
そういう何気ない発言が、一番ボロを出す。



「へぇー、そうなんスね。俺、大学行くつもり無かったんで、オープンキャンパスとか行った事無くて。」



鬼塚くんは素直な顔で頷く。
その横で、長身美女──ジュラ姉(人間モード)が、艶っぽく俺に視線を寄せた。



「あらッ……アルドきゅんったら。鬼塚きゅんの元いた世界についても、ずいぶん詳しいのね……?」



ジュラ姉、なんでそんな意味深な声色なの。
その仕草、本人は多分自然なんだろうけど……距離が近いよ!



「本当だねぇ。さっすが、アルドくん。他の世界のことにも詳しいだなんて……!」



ブリジットちゃんまで純粋に感心して微笑むものだから、俺の胸がギュッと痛んだ。



「い、いや~!その……一条くんから、彼らの元いたさ世界の話を色々聞いててさ? き、聞いた話なんだよ、あはは……」



ああっ!?また無意味な嘘をついてしまった!
どうして俺は、こういう時にだけ臆病になるんだろう。

自分でも苦しいと言うか、なんなら情けない言い訳だった。
ブリジットちゃんは眉を下げながらも「へぇ~すごいなぁ……」と信じてくれている。
胸がひりつく。ああ、もう……。

その時、鬼塚くんが俺の袖をそっと引いた。



「アルドさん……前世の話、ブリジットさんにまだ話してないんスか?」


「……っ」



鋭い。いや、この子、ほんと鋭い。
俺はバレないように、そっと声を落とす。



「い、いや……分かってはいるんだけどさ……その……なかなか言い出すタイミングが難しくて……」



鬼塚くんは眉を上げて、それから小さく笑った。



「なるほどっス。ま、確かに言いにくいことも多いっスよね。」


「ご、ごめん……鬼塚くん。もうちょっとだけ……俺の前世が日本人だったことは、秘密にしておいてくれる……?」



本当に情けない。
でも、今の俺には、まだ勇気が足りなかった。

鬼塚くんはほんの一瞬、驚いた顔をした。
だがすぐに、フッと優しい笑みを浮かべて、



「了解っス。全然いっスよ。」



小声でそう言った。
本当に良い子だ。
見た目バリバリのヤンキーなのに。

自分の命すら投げ出す勢いで仲間を守ろうとするくせに、こういう“胸の内の弱さ”は、当たり前のように受け入れてくれる。

信頼できるね。
改めて、そう思った。

その瞬間、俺は気づかないふりをしたけれど、周囲──受付の列に並ぶ学生たちの視線がこちらへ集まり始めていた。



「……あれ、“銀の新星シルバー・ノヴァ”じゃねぇか……?」

「編入試験トップの……ラグナ王子に喧嘩売ったって噂の……?」

「隣のあれ……“悲劇の令嬢”ブリジット・ノエリア……?」

「復学したって噂、本当だったのかよ……」



小声のはずの噂が、なぜか耳に刺さってくる。
そしてその視線の多くは、ブリジットちゃんへ向けられていた。

ブリジットちゃんは、一瞬だけ、小さく肩を震わせた。

すぐに笑顔を作ったが、表情の奥にわずかな陰りが見えた。
あの子は、強い。でも、心が強いほど、傷つきやすかったりする。

俺は思わず一歩、彼女のそばに寄った。

“守りたい”と思った。

この世界に来てからずっと、そう思ってたけど……今はもっと、強く。

鬼塚くんも、ジュラ姉も、隣で軽口を叩くふりをしながら、周囲からの視線からブリジットちゃんを包むように立ち位置を寄せていた。

その瞬間、俺は気づいた。

──ああ。
この四人で、“統覇戦”を戦うんだ。

この世界のどんな貴族の噂も、どんな王族の陰謀も、どんな理不尽な視線も。

全部まとめて、俺たち四人でぶっ潰す。

そんな確信が、胸の奥に一つ灯った。



 ◇◆◇



順番が来て、俺たちは窓口の前に立つ。

受付のお姉さんがにこやかな顔で、「統覇戦参加のエントリーですね」と書類を広げた。

俺は「はい」と返事し、ペンを取った。

アルド・ラクシズ
ブリジット・ノエリア
ジュラシエル・バーキン
鬼塚 玲司

4人で、ひとつのパーティ。
こうして名前を並べるだけで、なんだか一気に「チーム」になった実感が湧く。

ってか、ジュラ姉の本名『ジュラシエル・バーキン』って言うんだ。苗字あるんだね。
良家のティラノサウルスなのかな?

ブリジットちゃんは、控えめに、でも嬉しさを隠しきれない表情で自分の名前を書き込んでいた。

受付のお姉さんが書類を確認しながら言う。



「登録が完了しました。
来月行われる“ルセリア統覇戦予選会”では、この四名で出場していただきますね。」


「……予選会?」



俺が思わず問い返すと、



「ええ。参加希望者がとても多いので、予選があります。本戦に進めるのは、上位八パーティのみとなっています。」



なるほど。
今、大学中が統覇戦に沸いているという話は聞いていたけど……
まさか、ここまでとは。



「おおー……予選とかあるんだな……」



鬼塚くんが素直に感心している横で、
俺はふと、周囲の気配が変わったことに気づいた。

ざわ……ざわ……

さっきより、刺すような視線が増えている。



「ブリジット・ノエリア……」

「あの“銀の新星シルバー・ノヴァ”を、誘惑してパーティに引き込んだって噂、マジだったのか……」

「見た目が良いからって……強い男を誑かすなんてさ……卑怯だろ……」

「“銀の新星シルバー・ノヴァ”も“銀の新星シルバー・ノヴァ”だぜ。噂じゃ二人の女に同時に入れ込んでるって話だからな。」

「なんだそれ、だらしねぇな。ラグナ王子と互角にやり合ったって話も怪しいもんだ。」




低い声での囁き。
だけど、しっかりと俺たちの耳に届く。

……胸がズキッと軋んだ。

馬鹿なこと言いやがって。
俺の事はいい。まあ、事実だし。

でも。

誰が誰を誘惑したって?
ブリジットちゃんはそんな子じゃない。

俺が反論しようと──息を吸った瞬間だった。



「あはは……あたし達、言われちゃってるねぇ……」



ブリジットちゃんが、笑った。
ほんの少しだけ、寂しげに目を伏せて。



「でも、統覇戦で頑張ってる姿見せれば……皆も分かってくれるよ!」



そう言って、俺たちに笑顔を向けた。

その笑顔──
強くて、優しくて、でもちょっとだけ無理してる笑顔。

胸が締め付けられた。

この子は、こんな風に笑って……自分の心を守ってるんだ。



「アナタ……本当に良い女だわッ、ブリジットちゃん。」



ジュラ姉が、周りを鋭い視線で睨みつけながら言う。低く、冷たく、相手を弾き飛ばすような声で。



「見る目の無い、言わせたいヤツには言わせておけばいいのよッ!」



ジュラ姉らしい、派手なフォロー。
その言葉にブリジットちゃんはふっと笑うけど──
やはり心は傷ついているのが分かる。

俺がまた何か言おうとした、その瞬間だった。

鬼塚くんが──
静かに、一歩前に出た。
その背中から放たれる空気が、ガラリと変わった。

怒気。

でも、ただ怒ってるんじゃない。
胸の奥で、何かが燃えてる……そんな空気。

鬼塚くんは、前髪をかき上げるように額を上げ、
ギロリと周囲を睨みつけて言った。



「……オイ」



その声は低く、重く。
学生課の空気が一瞬で凍りつく。

鬼塚くんはギャラリーに向かって鋭く顎を上げ、
ギロリ、と獣じみた眼光を向けた。

その声は低い。
低いのに、空気を裂くように通る。



「──今、二人のことバカにしたヤツ。
誰だ……? 出てこい、コラ。」



静かな怒り、というやつだ。

怒鳴り散らすわけでもなく、拳を振り上げるわけでもない。
ただ、圧倒的な“気迫”だけが、その場を支配していく。

俺は焦って肩を掴む。



「お、鬼塚くん!?ちょ、ちょっと落ち着──」



ブリジットちゃんも慌てて口を開く。



「お、鬼塚くん!あ、あたしは気にしてないから……!」



しかし鬼塚くんは、俺たちの手も声もやんわり押し戻し、そのまま前を向いたまま、低く、腹の底から搾り出すように言った。



「……すんません、アルドさん。ブリジットさん。」



その背中は、まっすぐで、揺るがなかった。



「俺にとって……いや、俺らにとって、お二人は 恩人 なんスよ。」



胸が跳ねる。



「お二人にナメた口きくヤツぁ……
──たとえ、お二人が許しても。
俺が、許せねッス。」



ブリジットちゃんが、思わず目を見開いた。
その横顔は驚きと、ほんの少しの……嬉しさが混ざる表情。

俺の胸にも、じんわり熱がこみ上げた。

ああ……
今の鬼塚くんは、本当に筋が通っている。

適当にキレてるわけじゃなく、
自分の中のルールに従って怒れる男だ。

そんな鬼塚くんを、俺は誇らしく思った。



 ◇◆◇



沈黙の中──

べりべり、とした足音を響かせて、
筋骨隆々の戦士風の男が前へ出た。

短く刈り上げた髪、無駄のない筋肉、
粗野な雰囲気だが……身につけている装飾品は、どれも妙に高級品っぽい。

その背後からも、同じく武骨な男が三人。
彼らの靴やベルト、指輪には、微妙に同じ紋章が入っている。

……あれは、エルディナ貴族の家紋の一つか?
つまり──噂を流した“あちら側”か。
ラグナ王子のシンパってやつだ。

男は鼻で笑い、



「──俺だよ。」



と、嫌味ったらしい声で答えた。



「本当のことを言っただけだろ?
何か文句あんのか……兄ちゃんよォ?」



仲間の男たちも肩を揺らしながら、
「やれやれ……」と言わんばかりに鬼塚くんを見下ろす。

だが鬼塚くんは、一歩も引かない。

むしろ……笑った。

強気でも虚勢でもない。
ただ、ケンカ慣れした男が見せる、落ち着き払った笑み。



「文句?あるに決まってんだろ。」



ギャラリー全体の空気が、ビリッとしびれる。



「テメェらなんざ……
アルドさんとブリジットさんの足元にも及ばねぇんだよ。口だけの、ザコスケ共が。」



ひゅぅぅぅ……という、誰かの息を呑む音がした。

男たちの眉が跳ね上がり、怒りで歯ぎしりする音まで聞こえる。



「テメェ……調子乗ってんじゃねぇぞッ!!」

「ぶっ飛ばしてやるよ、小僧が!!」



4人が一斉に鬼塚くんへ殴りかかる。

その瞬間──

鬼塚くんは、コートのポケットに手を突っ込んだまま、ぽつりと呟いた。



「──"魔装戦士ストラディアボラス"。」



紫の魔力が一気に噴き上がる。

彼の足元から稲妻のように奔った魔力の線が、
空中でねじれ、絡まり──鎖の形を取った。



「な──っ!?」



紫の鎖は生き物のようにうねり、
殴りかかってきた男たちの四肢を絡め取り、
ぐるぐると巻きつき──



「ぐぇぇぇッ……!!?」



次の瞬間、四人まとめて床に沈めた。
学生課中に、悲鳴とどよめきが広がる。

鎖はただ巻きついているだけじゃない。
締め付けている。
魔力の圧が、男たちの筋肉を悲鳴まで震わせていた。

顔を真っ赤にしながら呻く男の一人が、
ふと鬼塚くんの顔を見て、ハッと目を見開いた。



「お……思い出した……ッ!!」



声が裏返る。



「こ、こいつ……!
冒険者登録から一ヶ月でAランクまで駆け上がった、神器使いの大型新人……ッ!!三人パーティ『S.A.O』の“鬼塚玲司”だ……ッ!!」



残る三人も、青ざめて震えだす。



「あ、あの鬼塚……!?嘘だろ……!?
なんでルセ大の学生課なんかに……ッ」



鬼塚くんは鎖を操ったまま、静かに男たちを見下ろした。

その表情は、怒りというよりも──
侮蔑でも、憎しみでもなく。

ただ、俺とブリジットちゃんの名誉を守るために立った男の顔だ。



「言っとくがな。」



鬼塚くんは静かに言う。



「このお二人は……
俺なんかより、ずっと、ずっと強ぇぞ。」



男たちの顔が歪む。



「それでも……まだ何か文句あるか?」


「ひ……ひいぃっ!!
あ、ありませんッ!!
す、すみませんでしたぁぁッ!!」



完全に怯えきった声だった。



「鬼塚きゅん、やるじゃないッ!」



ジュラ姉がウィンクする。
その声に、周囲のざわめきが一斉に緩む。



「鬼塚くん……ありがとうね!」



ブリジットちゃんが、そっと微笑む。

その笑顔には、さっきの寂しさがもうない。
彼女の心がほんの少し救われたのが、俺にも分かった。

鬼塚くんはというと、



「い、いや……その……」



と後頭部をかきながら、気まずそうに目を逸らしている。

だが次の瞬間──



「ちょ、ちょっとあなた達!!
学生課での戦闘行為は禁止ですっ!!」



受付のお姉さんの怒声が飛んできた。
鬼塚くんはビクッと背筋を伸ばし、



「ッス!すみませんっしたァ!!」



と土下座しそうな勢いで頭を下げる。
そのギャップに、思わず笑いそうになった。

鬼塚くんと目が合う。
彼は照れくさそうに笑い返してきた。

……ありがとう。
本当に、頼りになる仲間だよ、鬼塚くん。

俺の胸には、彼に対する確かな信頼と感謝が芽生えていた。
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