240 / 249
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──
第238話 統覇戦エントリー、火種と絆
しおりを挟む
ルセリア中央大学・五号館。
その一階、ガラス張りの入口をくぐった瞬間、俺は思わず息をのんだ。
学生課──。
並んでいるのは普通の学生……ではない。
巨大な大剣を肩にぶら下げた筋肉質の男。
深い群青色のローブを纏い、尖った耳に古代文字のタトゥーを刻んだ魔術師らしき女性。
革鎧を着ているのに「学生証」を首からぶら下げている冒険者風の青年。
……どう見ても、冒険者ギルドの受付カウンターなんだけど。
「へぇー……この世界の学校って、こういう“学生課”なんてのもあるんスね。」
鬼塚くんが、順番待ちの列をキョロキョロ見ながら言う。
特攻服のような紫のロングコートが、周囲の視線を軽々と引き寄せている。
「あ、いや……学生課って、日本の大学にも普通にあるよ。学業以外の活動の手続きとか、そんな感じの部署でさ。」
つい口から出てしまって、言った瞬間に後悔した。
そういう何気ない発言が、一番ボロを出す。
「へぇー、そうなんスね。俺、大学行くつもり無かったんで、オープンキャンパスとか行った事無くて。」
鬼塚くんは素直な顔で頷く。
その横で、長身美女──ジュラ姉(人間モード)が、艶っぽく俺に視線を寄せた。
「あらッ……アルドきゅんったら。鬼塚きゅんの元いた世界についても、ずいぶん詳しいのね……?」
ジュラ姉、なんでそんな意味深な声色なの。
その仕草、本人は多分自然なんだろうけど……距離が近いよ!
「本当だねぇ。さっすが、アルドくん。他の世界のことにも詳しいだなんて……!」
ブリジットちゃんまで純粋に感心して微笑むものだから、俺の胸がギュッと痛んだ。
「い、いや~!その……一条くんから、彼らの元いたさ世界の話を色々聞いててさ? き、聞いた話なんだよ、あはは……」
ああっ!?また無意味な嘘をついてしまった!
どうして俺は、こういう時にだけ臆病になるんだろう。
自分でも苦しいと言うか、なんなら情けない言い訳だった。
ブリジットちゃんは眉を下げながらも「へぇ~すごいなぁ……」と信じてくれている。
胸がひりつく。ああ、もう……。
その時、鬼塚くんが俺の袖をそっと引いた。
「アルドさん……前世の話、ブリジットさんにまだ話してないんスか?」
「……っ」
鋭い。いや、この子、ほんと鋭い。
俺はバレないように、そっと声を落とす。
「い、いや……分かってはいるんだけどさ……その……なかなか言い出すタイミングが難しくて……」
鬼塚くんは眉を上げて、それから小さく笑った。
「なるほどっス。ま、確かに言いにくいことも多いっスよね。」
「ご、ごめん……鬼塚くん。もうちょっとだけ……俺の前世が日本人だったことは、秘密にしておいてくれる……?」
本当に情けない。
でも、今の俺には、まだ勇気が足りなかった。
鬼塚くんはほんの一瞬、驚いた顔をした。
だがすぐに、フッと優しい笑みを浮かべて、
「了解っス。全然いっスよ。」
小声でそう言った。
本当に良い子だ。
見た目バリバリのヤンキーなのに。
自分の命すら投げ出す勢いで仲間を守ろうとするくせに、こういう“胸の内の弱さ”は、当たり前のように受け入れてくれる。
信頼できるね。
改めて、そう思った。
その瞬間、俺は気づかないふりをしたけれど、周囲──受付の列に並ぶ学生たちの視線がこちらへ集まり始めていた。
「……あれ、“銀の新星”じゃねぇか……?」
「編入試験トップの……ラグナ王子に喧嘩売ったって噂の……?」
「隣のあれ……“悲劇の令嬢”ブリジット・ノエリア……?」
「復学したって噂、本当だったのかよ……」
小声のはずの噂が、なぜか耳に刺さってくる。
そしてその視線の多くは、ブリジットちゃんへ向けられていた。
ブリジットちゃんは、一瞬だけ、小さく肩を震わせた。
すぐに笑顔を作ったが、表情の奥にわずかな陰りが見えた。
あの子は、強い。でも、心が強いほど、傷つきやすかったりする。
俺は思わず一歩、彼女のそばに寄った。
“守りたい”と思った。
この世界に来てからずっと、そう思ってたけど……今はもっと、強く。
鬼塚くんも、ジュラ姉も、隣で軽口を叩くふりをしながら、周囲からの視線からブリジットちゃんを包むように立ち位置を寄せていた。
その瞬間、俺は気づいた。
──ああ。
この四人で、“統覇戦”を戦うんだ。
この世界のどんな貴族の噂も、どんな王族の陰謀も、どんな理不尽な視線も。
全部まとめて、俺たち四人でぶっ潰す。
そんな確信が、胸の奥に一つ灯った。
◇◆◇
順番が来て、俺たちは窓口の前に立つ。
受付のお姉さんがにこやかな顔で、「統覇戦参加のエントリーですね」と書類を広げた。
俺は「はい」と返事し、ペンを取った。
アルド・ラクシズ
ブリジット・ノエリア
ジュラシエル・バーキン
鬼塚 玲司
4人で、ひとつのパーティ。
こうして名前を並べるだけで、なんだか一気に「チーム」になった実感が湧く。
ってか、ジュラ姉の本名『ジュラシエル・バーキン』って言うんだ。苗字あるんだね。
良家のティラノサウルスなのかな?
ブリジットちゃんは、控えめに、でも嬉しさを隠しきれない表情で自分の名前を書き込んでいた。
受付のお姉さんが書類を確認しながら言う。
「登録が完了しました。
来月行われる“ルセリア統覇戦予選会”では、この四名で出場していただきますね。」
「……予選会?」
俺が思わず問い返すと、
「ええ。参加希望者がとても多いので、予選があります。本戦に進めるのは、上位八パーティのみとなっています。」
なるほど。
今、大学中が統覇戦に沸いているという話は聞いていたけど……
まさか、ここまでとは。
「おおー……予選とかあるんだな……」
鬼塚くんが素直に感心している横で、
俺はふと、周囲の気配が変わったことに気づいた。
ざわ……ざわ……
さっきより、刺すような視線が増えている。
「ブリジット・ノエリア……」
「あの“銀の新星”を、誘惑してパーティに引き込んだって噂、マジだったのか……」
「見た目が良いからって……強い男を誑かすなんてさ……卑怯だろ……」
「“銀の新星”も“銀の新星”だぜ。噂じゃ二人の女に同時に入れ込んでるって話だからな。」
「なんだそれ、だらしねぇな。ラグナ王子と互角にやり合ったって話も怪しいもんだ。」
低い声での囁き。
だけど、しっかりと俺たちの耳に届く。
……胸がズキッと軋んだ。
馬鹿なこと言いやがって。
俺の事はいい。まあ、事実だし。
でも。
誰が誰を誘惑したって?
ブリジットちゃんはそんな子じゃない。
俺が反論しようと──息を吸った瞬間だった。
「あはは……あたし達、言われちゃってるねぇ……」
ブリジットちゃんが、笑った。
ほんの少しだけ、寂しげに目を伏せて。
「でも、統覇戦で頑張ってる姿見せれば……皆も分かってくれるよ!」
そう言って、俺たちに笑顔を向けた。
その笑顔──
強くて、優しくて、でもちょっとだけ無理してる笑顔。
胸が締め付けられた。
この子は、こんな風に笑って……自分の心を守ってるんだ。
「アナタ……本当に良い女だわッ、ブリジットちゃん。」
ジュラ姉が、周りを鋭い視線で睨みつけながら言う。低く、冷たく、相手を弾き飛ばすような声で。
「見る目の無い、言わせたいヤツには言わせておけばいいのよッ!」
ジュラ姉らしい、派手なフォロー。
その言葉にブリジットちゃんはふっと笑うけど──
やはり心は傷ついているのが分かる。
俺がまた何か言おうとした、その瞬間だった。
鬼塚くんが──
静かに、一歩前に出た。
その背中から放たれる空気が、ガラリと変わった。
怒気。
でも、ただ怒ってるんじゃない。
胸の奥で、何かが燃えてる……そんな空気。
鬼塚くんは、前髪をかき上げるように額を上げ、
ギロリと周囲を睨みつけて言った。
「……オイ」
その声は低く、重く。
学生課の空気が一瞬で凍りつく。
鬼塚くんはギャラリーに向かって鋭く顎を上げ、
ギロリ、と獣じみた眼光を向けた。
その声は低い。
低いのに、空気を裂くように通る。
「──今、二人のことバカにしたヤツ。
誰だ……? 出てこい、コラ。」
静かな怒り、というやつだ。
怒鳴り散らすわけでもなく、拳を振り上げるわけでもない。
ただ、圧倒的な“気迫”だけが、その場を支配していく。
俺は焦って肩を掴む。
「お、鬼塚くん!?ちょ、ちょっと落ち着──」
ブリジットちゃんも慌てて口を開く。
「お、鬼塚くん!あ、あたしは気にしてないから……!」
しかし鬼塚くんは、俺たちの手も声もやんわり押し戻し、そのまま前を向いたまま、低く、腹の底から搾り出すように言った。
「……すんません、アルドさん。ブリジットさん。」
その背中は、まっすぐで、揺るがなかった。
「俺にとって……いや、俺らにとって、お二人は 恩人 なんスよ。」
胸が跳ねる。
「お二人にナメた口きくヤツぁ……
──たとえ、お二人が許しても。
俺が、許せねッス。」
ブリジットちゃんが、思わず目を見開いた。
その横顔は驚きと、ほんの少しの……嬉しさが混ざる表情。
俺の胸にも、じんわり熱がこみ上げた。
ああ……
今の鬼塚くんは、本当に筋が通っている。
適当にキレてるわけじゃなく、
自分の中のルールに従って怒れる男だ。
そんな鬼塚くんを、俺は誇らしく思った。
◇◆◇
沈黙の中──
べりべり、とした足音を響かせて、
筋骨隆々の戦士風の男が前へ出た。
短く刈り上げた髪、無駄のない筋肉、
粗野な雰囲気だが……身につけている装飾品は、どれも妙に高級品っぽい。
その背後からも、同じく武骨な男が三人。
彼らの靴やベルト、指輪には、微妙に同じ紋章が入っている。
……あれは、エルディナ貴族の家紋の一つか?
つまり──噂を流した“あちら側”か。
ラグナ王子のシンパってやつだ。
男は鼻で笑い、
「──俺だよ。」
と、嫌味ったらしい声で答えた。
「本当のことを言っただけだろ?
何か文句あんのか……兄ちゃんよォ?」
仲間の男たちも肩を揺らしながら、
「やれやれ……」と言わんばかりに鬼塚くんを見下ろす。
だが鬼塚くんは、一歩も引かない。
むしろ……笑った。
強気でも虚勢でもない。
ただ、ケンカ慣れした男が見せる、落ち着き払った笑み。
「文句?あるに決まってんだろ。」
ギャラリー全体の空気が、ビリッとしびれる。
「テメェらなんざ……
アルドさんとブリジットさんの足元にも及ばねぇんだよ。口だけの、ザコスケ共が。」
ひゅぅぅぅ……という、誰かの息を呑む音がした。
男たちの眉が跳ね上がり、怒りで歯ぎしりする音まで聞こえる。
「テメェ……調子乗ってんじゃねぇぞッ!!」
「ぶっ飛ばしてやるよ、小僧が!!」
4人が一斉に鬼塚くんへ殴りかかる。
その瞬間──
鬼塚くんは、コートのポケットに手を突っ込んだまま、ぽつりと呟いた。
「──"魔装戦士"。」
紫の魔力が一気に噴き上がる。
彼の足元から稲妻のように奔った魔力の線が、
空中でねじれ、絡まり──鎖の形を取った。
「な──っ!?」
紫の鎖は生き物のようにうねり、
殴りかかってきた男たちの四肢を絡め取り、
ぐるぐると巻きつき──
「ぐぇぇぇッ……!!?」
次の瞬間、四人まとめて床に沈めた。
学生課中に、悲鳴とどよめきが広がる。
鎖はただ巻きついているだけじゃない。
締め付けている。
魔力の圧が、男たちの筋肉を悲鳴まで震わせていた。
顔を真っ赤にしながら呻く男の一人が、
ふと鬼塚くんの顔を見て、ハッと目を見開いた。
「お……思い出した……ッ!!」
声が裏返る。
「こ、こいつ……!
冒険者登録から一ヶ月でAランクまで駆け上がった、神器使いの大型新人……ッ!!三人パーティ『S.A.O』の“鬼塚玲司”だ……ッ!!」
残る三人も、青ざめて震えだす。
「あ、あの鬼塚……!?嘘だろ……!?
なんでルセ大の学生課なんかに……ッ」
鬼塚くんは鎖を操ったまま、静かに男たちを見下ろした。
その表情は、怒りというよりも──
侮蔑でも、憎しみでもなく。
ただ、俺とブリジットちゃんの名誉を守るために立った男の顔だ。
「言っとくがな。」
鬼塚くんは静かに言う。
「このお二人は……
俺なんかより、ずっと、ずっと強ぇぞ。」
男たちの顔が歪む。
「それでも……まだ何か文句あるか?」
「ひ……ひいぃっ!!
あ、ありませんッ!!
す、すみませんでしたぁぁッ!!」
完全に怯えきった声だった。
「鬼塚きゅん、やるじゃないッ!」
ジュラ姉がウィンクする。
その声に、周囲のざわめきが一斉に緩む。
「鬼塚くん……ありがとうね!」
ブリジットちゃんが、そっと微笑む。
その笑顔には、さっきの寂しさがもうない。
彼女の心がほんの少し救われたのが、俺にも分かった。
鬼塚くんはというと、
「い、いや……その……」
と後頭部をかきながら、気まずそうに目を逸らしている。
だが次の瞬間──
「ちょ、ちょっとあなた達!!
学生課での戦闘行為は禁止ですっ!!」
受付のお姉さんの怒声が飛んできた。
鬼塚くんはビクッと背筋を伸ばし、
「ッス!すみませんっしたァ!!」
と土下座しそうな勢いで頭を下げる。
そのギャップに、思わず笑いそうになった。
鬼塚くんと目が合う。
彼は照れくさそうに笑い返してきた。
……ありがとう。
本当に、頼りになる仲間だよ、鬼塚くん。
俺の胸には、彼に対する確かな信頼と感謝が芽生えていた。
その一階、ガラス張りの入口をくぐった瞬間、俺は思わず息をのんだ。
学生課──。
並んでいるのは普通の学生……ではない。
巨大な大剣を肩にぶら下げた筋肉質の男。
深い群青色のローブを纏い、尖った耳に古代文字のタトゥーを刻んだ魔術師らしき女性。
革鎧を着ているのに「学生証」を首からぶら下げている冒険者風の青年。
……どう見ても、冒険者ギルドの受付カウンターなんだけど。
「へぇー……この世界の学校って、こういう“学生課”なんてのもあるんスね。」
鬼塚くんが、順番待ちの列をキョロキョロ見ながら言う。
特攻服のような紫のロングコートが、周囲の視線を軽々と引き寄せている。
「あ、いや……学生課って、日本の大学にも普通にあるよ。学業以外の活動の手続きとか、そんな感じの部署でさ。」
つい口から出てしまって、言った瞬間に後悔した。
そういう何気ない発言が、一番ボロを出す。
「へぇー、そうなんスね。俺、大学行くつもり無かったんで、オープンキャンパスとか行った事無くて。」
鬼塚くんは素直な顔で頷く。
その横で、長身美女──ジュラ姉(人間モード)が、艶っぽく俺に視線を寄せた。
「あらッ……アルドきゅんったら。鬼塚きゅんの元いた世界についても、ずいぶん詳しいのね……?」
ジュラ姉、なんでそんな意味深な声色なの。
その仕草、本人は多分自然なんだろうけど……距離が近いよ!
「本当だねぇ。さっすが、アルドくん。他の世界のことにも詳しいだなんて……!」
ブリジットちゃんまで純粋に感心して微笑むものだから、俺の胸がギュッと痛んだ。
「い、いや~!その……一条くんから、彼らの元いたさ世界の話を色々聞いててさ? き、聞いた話なんだよ、あはは……」
ああっ!?また無意味な嘘をついてしまった!
どうして俺は、こういう時にだけ臆病になるんだろう。
自分でも苦しいと言うか、なんなら情けない言い訳だった。
ブリジットちゃんは眉を下げながらも「へぇ~すごいなぁ……」と信じてくれている。
胸がひりつく。ああ、もう……。
その時、鬼塚くんが俺の袖をそっと引いた。
「アルドさん……前世の話、ブリジットさんにまだ話してないんスか?」
「……っ」
鋭い。いや、この子、ほんと鋭い。
俺はバレないように、そっと声を落とす。
「い、いや……分かってはいるんだけどさ……その……なかなか言い出すタイミングが難しくて……」
鬼塚くんは眉を上げて、それから小さく笑った。
「なるほどっス。ま、確かに言いにくいことも多いっスよね。」
「ご、ごめん……鬼塚くん。もうちょっとだけ……俺の前世が日本人だったことは、秘密にしておいてくれる……?」
本当に情けない。
でも、今の俺には、まだ勇気が足りなかった。
鬼塚くんはほんの一瞬、驚いた顔をした。
だがすぐに、フッと優しい笑みを浮かべて、
「了解っス。全然いっスよ。」
小声でそう言った。
本当に良い子だ。
見た目バリバリのヤンキーなのに。
自分の命すら投げ出す勢いで仲間を守ろうとするくせに、こういう“胸の内の弱さ”は、当たり前のように受け入れてくれる。
信頼できるね。
改めて、そう思った。
その瞬間、俺は気づかないふりをしたけれど、周囲──受付の列に並ぶ学生たちの視線がこちらへ集まり始めていた。
「……あれ、“銀の新星”じゃねぇか……?」
「編入試験トップの……ラグナ王子に喧嘩売ったって噂の……?」
「隣のあれ……“悲劇の令嬢”ブリジット・ノエリア……?」
「復学したって噂、本当だったのかよ……」
小声のはずの噂が、なぜか耳に刺さってくる。
そしてその視線の多くは、ブリジットちゃんへ向けられていた。
ブリジットちゃんは、一瞬だけ、小さく肩を震わせた。
すぐに笑顔を作ったが、表情の奥にわずかな陰りが見えた。
あの子は、強い。でも、心が強いほど、傷つきやすかったりする。
俺は思わず一歩、彼女のそばに寄った。
“守りたい”と思った。
この世界に来てからずっと、そう思ってたけど……今はもっと、強く。
鬼塚くんも、ジュラ姉も、隣で軽口を叩くふりをしながら、周囲からの視線からブリジットちゃんを包むように立ち位置を寄せていた。
その瞬間、俺は気づいた。
──ああ。
この四人で、“統覇戦”を戦うんだ。
この世界のどんな貴族の噂も、どんな王族の陰謀も、どんな理不尽な視線も。
全部まとめて、俺たち四人でぶっ潰す。
そんな確信が、胸の奥に一つ灯った。
◇◆◇
順番が来て、俺たちは窓口の前に立つ。
受付のお姉さんがにこやかな顔で、「統覇戦参加のエントリーですね」と書類を広げた。
俺は「はい」と返事し、ペンを取った。
アルド・ラクシズ
ブリジット・ノエリア
ジュラシエル・バーキン
鬼塚 玲司
4人で、ひとつのパーティ。
こうして名前を並べるだけで、なんだか一気に「チーム」になった実感が湧く。
ってか、ジュラ姉の本名『ジュラシエル・バーキン』って言うんだ。苗字あるんだね。
良家のティラノサウルスなのかな?
ブリジットちゃんは、控えめに、でも嬉しさを隠しきれない表情で自分の名前を書き込んでいた。
受付のお姉さんが書類を確認しながら言う。
「登録が完了しました。
来月行われる“ルセリア統覇戦予選会”では、この四名で出場していただきますね。」
「……予選会?」
俺が思わず問い返すと、
「ええ。参加希望者がとても多いので、予選があります。本戦に進めるのは、上位八パーティのみとなっています。」
なるほど。
今、大学中が統覇戦に沸いているという話は聞いていたけど……
まさか、ここまでとは。
「おおー……予選とかあるんだな……」
鬼塚くんが素直に感心している横で、
俺はふと、周囲の気配が変わったことに気づいた。
ざわ……ざわ……
さっきより、刺すような視線が増えている。
「ブリジット・ノエリア……」
「あの“銀の新星”を、誘惑してパーティに引き込んだって噂、マジだったのか……」
「見た目が良いからって……強い男を誑かすなんてさ……卑怯だろ……」
「“銀の新星”も“銀の新星”だぜ。噂じゃ二人の女に同時に入れ込んでるって話だからな。」
「なんだそれ、だらしねぇな。ラグナ王子と互角にやり合ったって話も怪しいもんだ。」
低い声での囁き。
だけど、しっかりと俺たちの耳に届く。
……胸がズキッと軋んだ。
馬鹿なこと言いやがって。
俺の事はいい。まあ、事実だし。
でも。
誰が誰を誘惑したって?
ブリジットちゃんはそんな子じゃない。
俺が反論しようと──息を吸った瞬間だった。
「あはは……あたし達、言われちゃってるねぇ……」
ブリジットちゃんが、笑った。
ほんの少しだけ、寂しげに目を伏せて。
「でも、統覇戦で頑張ってる姿見せれば……皆も分かってくれるよ!」
そう言って、俺たちに笑顔を向けた。
その笑顔──
強くて、優しくて、でもちょっとだけ無理してる笑顔。
胸が締め付けられた。
この子は、こんな風に笑って……自分の心を守ってるんだ。
「アナタ……本当に良い女だわッ、ブリジットちゃん。」
ジュラ姉が、周りを鋭い視線で睨みつけながら言う。低く、冷たく、相手を弾き飛ばすような声で。
「見る目の無い、言わせたいヤツには言わせておけばいいのよッ!」
ジュラ姉らしい、派手なフォロー。
その言葉にブリジットちゃんはふっと笑うけど──
やはり心は傷ついているのが分かる。
俺がまた何か言おうとした、その瞬間だった。
鬼塚くんが──
静かに、一歩前に出た。
その背中から放たれる空気が、ガラリと変わった。
怒気。
でも、ただ怒ってるんじゃない。
胸の奥で、何かが燃えてる……そんな空気。
鬼塚くんは、前髪をかき上げるように額を上げ、
ギロリと周囲を睨みつけて言った。
「……オイ」
その声は低く、重く。
学生課の空気が一瞬で凍りつく。
鬼塚くんはギャラリーに向かって鋭く顎を上げ、
ギロリ、と獣じみた眼光を向けた。
その声は低い。
低いのに、空気を裂くように通る。
「──今、二人のことバカにしたヤツ。
誰だ……? 出てこい、コラ。」
静かな怒り、というやつだ。
怒鳴り散らすわけでもなく、拳を振り上げるわけでもない。
ただ、圧倒的な“気迫”だけが、その場を支配していく。
俺は焦って肩を掴む。
「お、鬼塚くん!?ちょ、ちょっと落ち着──」
ブリジットちゃんも慌てて口を開く。
「お、鬼塚くん!あ、あたしは気にしてないから……!」
しかし鬼塚くんは、俺たちの手も声もやんわり押し戻し、そのまま前を向いたまま、低く、腹の底から搾り出すように言った。
「……すんません、アルドさん。ブリジットさん。」
その背中は、まっすぐで、揺るがなかった。
「俺にとって……いや、俺らにとって、お二人は 恩人 なんスよ。」
胸が跳ねる。
「お二人にナメた口きくヤツぁ……
──たとえ、お二人が許しても。
俺が、許せねッス。」
ブリジットちゃんが、思わず目を見開いた。
その横顔は驚きと、ほんの少しの……嬉しさが混ざる表情。
俺の胸にも、じんわり熱がこみ上げた。
ああ……
今の鬼塚くんは、本当に筋が通っている。
適当にキレてるわけじゃなく、
自分の中のルールに従って怒れる男だ。
そんな鬼塚くんを、俺は誇らしく思った。
◇◆◇
沈黙の中──
べりべり、とした足音を響かせて、
筋骨隆々の戦士風の男が前へ出た。
短く刈り上げた髪、無駄のない筋肉、
粗野な雰囲気だが……身につけている装飾品は、どれも妙に高級品っぽい。
その背後からも、同じく武骨な男が三人。
彼らの靴やベルト、指輪には、微妙に同じ紋章が入っている。
……あれは、エルディナ貴族の家紋の一つか?
つまり──噂を流した“あちら側”か。
ラグナ王子のシンパってやつだ。
男は鼻で笑い、
「──俺だよ。」
と、嫌味ったらしい声で答えた。
「本当のことを言っただけだろ?
何か文句あんのか……兄ちゃんよォ?」
仲間の男たちも肩を揺らしながら、
「やれやれ……」と言わんばかりに鬼塚くんを見下ろす。
だが鬼塚くんは、一歩も引かない。
むしろ……笑った。
強気でも虚勢でもない。
ただ、ケンカ慣れした男が見せる、落ち着き払った笑み。
「文句?あるに決まってんだろ。」
ギャラリー全体の空気が、ビリッとしびれる。
「テメェらなんざ……
アルドさんとブリジットさんの足元にも及ばねぇんだよ。口だけの、ザコスケ共が。」
ひゅぅぅぅ……という、誰かの息を呑む音がした。
男たちの眉が跳ね上がり、怒りで歯ぎしりする音まで聞こえる。
「テメェ……調子乗ってんじゃねぇぞッ!!」
「ぶっ飛ばしてやるよ、小僧が!!」
4人が一斉に鬼塚くんへ殴りかかる。
その瞬間──
鬼塚くんは、コートのポケットに手を突っ込んだまま、ぽつりと呟いた。
「──"魔装戦士"。」
紫の魔力が一気に噴き上がる。
彼の足元から稲妻のように奔った魔力の線が、
空中でねじれ、絡まり──鎖の形を取った。
「な──っ!?」
紫の鎖は生き物のようにうねり、
殴りかかってきた男たちの四肢を絡め取り、
ぐるぐると巻きつき──
「ぐぇぇぇッ……!!?」
次の瞬間、四人まとめて床に沈めた。
学生課中に、悲鳴とどよめきが広がる。
鎖はただ巻きついているだけじゃない。
締め付けている。
魔力の圧が、男たちの筋肉を悲鳴まで震わせていた。
顔を真っ赤にしながら呻く男の一人が、
ふと鬼塚くんの顔を見て、ハッと目を見開いた。
「お……思い出した……ッ!!」
声が裏返る。
「こ、こいつ……!
冒険者登録から一ヶ月でAランクまで駆け上がった、神器使いの大型新人……ッ!!三人パーティ『S.A.O』の“鬼塚玲司”だ……ッ!!」
残る三人も、青ざめて震えだす。
「あ、あの鬼塚……!?嘘だろ……!?
なんでルセ大の学生課なんかに……ッ」
鬼塚くんは鎖を操ったまま、静かに男たちを見下ろした。
その表情は、怒りというよりも──
侮蔑でも、憎しみでもなく。
ただ、俺とブリジットちゃんの名誉を守るために立った男の顔だ。
「言っとくがな。」
鬼塚くんは静かに言う。
「このお二人は……
俺なんかより、ずっと、ずっと強ぇぞ。」
男たちの顔が歪む。
「それでも……まだ何か文句あるか?」
「ひ……ひいぃっ!!
あ、ありませんッ!!
す、すみませんでしたぁぁッ!!」
完全に怯えきった声だった。
「鬼塚きゅん、やるじゃないッ!」
ジュラ姉がウィンクする。
その声に、周囲のざわめきが一斉に緩む。
「鬼塚くん……ありがとうね!」
ブリジットちゃんが、そっと微笑む。
その笑顔には、さっきの寂しさがもうない。
彼女の心がほんの少し救われたのが、俺にも分かった。
鬼塚くんはというと、
「い、いや……その……」
と後頭部をかきながら、気まずそうに目を逸らしている。
だが次の瞬間──
「ちょ、ちょっとあなた達!!
学生課での戦闘行為は禁止ですっ!!」
受付のお姉さんの怒声が飛んできた。
鬼塚くんはビクッと背筋を伸ばし、
「ッス!すみませんっしたァ!!」
と土下座しそうな勢いで頭を下げる。
そのギャップに、思わず笑いそうになった。
鬼塚くんと目が合う。
彼は照れくさそうに笑い返してきた。
……ありがとう。
本当に、頼りになる仲間だよ、鬼塚くん。
俺の胸には、彼に対する確かな信頼と感謝が芽生えていた。
63
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる