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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──
第249話 side.ラグナ・チーム② ──三守護者の実力──
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ルシアは、ほんの一歩だけ前に出た。
右手を静かに差し出す。
その動きはあまりにも小さく、戦場に立つ者の所作とは思えないほどだった。
だが、その指先から垂れる細い糸が、微かに揺れた瞬間──空気が変わる。
「──"傀儡演舞"。」
マフラーに覆われた口元が、ほとんど動かないまま言葉を紡ぐ。
「……"ナイト"。」
次の瞬間、糸に魔力が奔った。
淡い光が脈打ち、糸の先に繋がれていた小さな人形が、不自然なほど急激に膨張する。
木製にも見えた胴体は金属音を立てながら展開し、関節が軋み、装甲が噛み合っていく。
やがてそこに立っていたのは、馬の頭部を模した兜を被った、全身鎧の騎士だった。
眼孔の奥に光はない。
それでも、騎士は確かに“こちらを見ている”。
ナイトは手にした長槍を低く構え、床を削るように一歩踏み出す。獲物を前にした獣のような、研ぎ澄まされた姿勢だった。
「か、彼女は確か……!」
参加者の一人が、引き攣った声を上げる。
「前々回の編入試験……トップ合格者……!」
「"人形使い"……ルシア・グレモルド……!」
ざわめきが恐怖へと変わる。しかし、それでも彼らは踏みとどまった。
「ひ、怯むな!!」
声を張り上げた男が、仲間を鼓舞する。
「人形使いなら本体を狙えばいい!皆で一斉にかかれ!!」
七人が、ほぼ同時に動いた。
剣、槍、斧。床を蹴る音が重なり、殺意が一直線にルシアへと向かう。
その刹那。
ルシアは、ほんの僅かに視線を下げただけだった。
その指先が、楽器を奏でるかの様に空を滑る。
「……"跳躍刺突"。」
呟きと同時に、ナイトが消えた。
否──消えたように“見えた”。
爆発音にも似た踏み込みと共に、鎧の騎士が弾丸のように突進する。槍先は一直線、躊躇も減速もない。
次の瞬間、参加者たちは宙を舞っていた。
「ぐあああああっ!?」
悲鳴が重なり、肉体が壁へ、床へ、天井へと叩きつけられる。六つのネームプレートが、同時に甲高い音を立てて砕け散った。
一瞬で、六人が脱落。
残されたのは、ただ一人。
「く……くっそおおおおっ!!」
男は半ば錯乱したように叫び、手にした槍を力任せに投げ放った。狙いはルシアの胸元──完璧な直撃だった。
ルシアは、自分の胸元を一度だけ見下ろした。
槍は、確かに当たった。
だが。
トン、と乾いた音を立てて、槍は弾かれるように床へ転がった。
刺さっていない。
傷一つ、布のほつれ一つ、ない。
(──は?)
男の思考が止まる。
(何だ、今の……?確実に直撃したはずなのに……)
(スキル?防御魔法?いや、違う……)
(ただ……"効いていない"……?)
理解が追いつかない。
その間に、ルシアは小さく声を漏らした。
「……あ。しまった」
てってってっ、と軽い足音。
戦場に似つかわしくない、幼い歩幅で彼女は近づく。呆然と立ち尽くす男の前で、人差し指を口元に当てた。
「──今の、皆には内緒」
シーッ、と。
その仕草はあまりにも無邪気で、だからこそ恐ろしかった。
男が言葉を発する前に、ルシアの手が伸びる。ネームプレートを、指先で──握り潰した。
パリン、と乾いた音。
男の姿が、光の粒子となって霧散する。
直後、無機質な声が空間に響いた。
『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×7=70pt獲得』
静寂。
血の匂いも、悲鳴も残らない。ただ、破壊された戦闘の痕跡だけがそこにあった。
ルシアは、少し首を傾げる。
「……ポイント、入った」
感情の揺れはない。
彼女は指を緩め、糸に流していた魔力を遮断する。ナイトの鎧が音を立てて崩れ、元の小さな人形へと戻っていく。
それを、ルシアはただ静かに見下ろしていた。
まるで、最初から“こうなること”を知っていたかのように。
◇◆◇
リゼリアの前に、七人の男女が横一列に並んでいた。
双剣を構える者、戦斧を肩に担ぐ者、後方で魔導銃を構え狙いを定める者。装備も距離もばらばらだが、その視線だけは一様に──“彼女”へと注がれている。
「生徒会執行役員、リゼリア・ノワール……」
誰かが唾を飲み込みながら名を口にした。
「ラグナ殿下のお付きのメイド……!」
「だが、戦ってる姿は見たことねェ……!」
別の男が、確信めいた声で続ける。
「殿下の世話係だろ? 頭数合わせでチームにいるだけだ!」
「狙うなら、彼女からだ……っ!!」
七人分の殺気が、一斉に向けられる。
その只中で、リゼリアは──肩をすくめた。
「そ、そんなぁ~……」
わざとらしく身を縮め、両手を胸元に寄せる。潤んだ瞳で相手を見上げ、震える声を作る。
「リゼリアは、ただのメイドなんですからぁ……」
「お手柔らかに、お願いしますぅ~……」
あまりにも“らしい”仕草に、挑戦者たちの口元が歪んだ。
「はっ……!」
「泣き言を言うのは今のうちだぜ」
「恨むなら……」
先頭の男が、ニヤリと笑う。
「こんな所にまでメイドを連れてきた、"ラグナ殿下"を恨むんだなッ!!」
双剣が振り上げられる。
一歩、踏み込む。
刃が、リゼリアの首元へ──
だが。
「……なぁ~んて♡」
その瞬間、リゼリアは笑った。
甘く、無邪気で、しかし──凍るほど冷たい笑み。
両手に持っていた金属筒を、カシャッと組み合わせる。内部機構が噛み合う乾いた音。先端から、シュッ、と刃が飛び出す。
それは一瞬で"槍"へと姿を変えた。
「“突けば、槍”……」
小さな呟き。
次の瞬間、空気が裂けた。
カン──!
カンカンッ!!
三閃。
目にも止まらぬ神速の突きが、一直線に走る。双剣を構えていた男の両手、そして胸元のネームプレート──ほぼ同時に、三点を貫いた。
「──ッ!?」
男は声も上げられず、後方の壁へと叩きつけられる。鈍い音と共に崩れ落ち、ネームプレートは粉々に砕け散った。
一瞬の沈黙。
「な、何ィッ!?」
「こいつ……強いぞッ!!」
「一斉にかかるわよ!!」
六人が、慌てて距離を詰める。戦斧が唸りを上げ、後方からは魔導銃の閃光が走る。
だが、リゼリアは慌てない。
口元に、ふわりと笑みを浮かべたまま──くるり、と舞った。
踊るようなスピン。戦斧の一撃が空を切り、銃弾が彼女の髪を掠めて壁を穿つ。
「──“振れば、薙刀”」
囁くような声。
カシャカシャ、と金属音が連なり、槍はさらに伸びる。刃先が美しい曲線を描き、薙刀へと変形した。
次の瞬間。
リゼリアは、舞った。
回転。踏み込み。薙刀が描く円弧が、竜巻のように広がる。
「ぎゃああっ!?」
「うわぁっ!?」
五人が、同時に斬り飛ばされる。
鎧ごと、武器ごと、まとめて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。ネームプレートが次々と砕け、光となって消えていく。
残ったのは、一人。
両手でバスタードソードを握りしめ、震えながらも叫ぶ。
「う……うおおおおッ!?!?」
雄叫びと共に、渾身の一撃。
だが──
リゼリアは、フッと目を細めた。
「──“持たば、太刀”」
薙刀が、カシャカシャと音を立てて短くなる。刃は研ぎ澄まされ、日本刀のような姿へ。
刹那。
リゼリアは、下から斬り上げた。
キィン、と高い音。
バスタードソードが宙を舞う。
男の喉元に、日本刀型の刃先がぴたりと止まった。
「……ひっ」
汗が、滝のように流れる。男は震える手で剣を落とし、両手を上げた。
「ま、待ってくれ……!」
その耳元で、リゼリアは囁く。
「“メイドはかくにも はずれざりけり”……ですよぉ♡」
ウィンク。
次の瞬間、視界が白く弾けた。
男のネームプレートが、真っ二つに砕け散る。
七人の姿が、次々と光に変わって消えていく。
『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×7=70pt獲得』
無機質なアナウンスが、戦闘の終わりを告げた。
リゼリアは、ふっと力を抜く。
「やったぁ♡」
ぴょん、と小さく跳ねて喜ぶ。その姿は、またしても無邪気なメイドそのものだった。
だが、誰も見ていないと思ったのか。
彼女は、ほんの少しだけ視線を落とし、静かな声で呟く。
「──リゼリアは……」
「ラグナ殿下のお役に立たなきゃ、ならないんです」
それは誓いのようで。
祈りのようで。
「それが……リゼリアが、存在する意味だから……」
微かな震えを含んだその言葉は、迷宮の空気に溶けて、誰にも届くことなく消えていった。
◇◆◇
セドリックは、静かに息を整えていた。
真円形のラウンドシールドを正面に構え、異形の片手剣を脇に添える。視線は目の前の四人──いや、そのさらに奥へと向けられていた。
四人の挑戦者は半円状に散開している。剣士、拳士、後衛の狙撃手と魔導士。即席に組まれたにしては、役割分担は悪くない。
だが──。
(……奥にいる二人)
薄暗い大部屋の壁際、通路の影に紛れるように、フード付きのマントを羽織った二人組が立っている。金属製のドミノマスクで目元を隠し、こちらの様子を冷静に観察していた。
背の高さからして、男女二人組。
(──あれが、この複合チームの首魁か)
セドリックは内心でそう結論づけ、剣の重心をわずかに落とした。
その時だった。
奥の二人のうち、背の低い方が一歩前に出る。白手袋に包まれた手を、扇のように広げた。
「──相手は、若くして"神聖騎士団"の一員にまで上り詰めたセドリック・ノエリア……」
澄んだ、しかし冷ややかな声。
「油断は禁物でしてよ」
一瞬の間。そして──
「……かかりなさい!」
号令が落ちる。
(女……? それに、この声は……)
セドリックの脳裏を、微かな違和感がよぎる。
(……まさか……)
だが、思考はそこで断ち切られた。
前衛の二人が、一斉に動いたのだ。
剣士が鋭く踏み込み、魔力を纏った拳が横から叩き込まれる。後方では、魔導ライフルが照準を合わせ、同時に魔導士が術式を完成させる。
「喰らえッ!!」
火槍が唸りを上げて放たれ、銃口が閃光を吐いた。
──次の瞬間。
ギャギャギャギャギャッ!!
異様な金属音が、床を震わせる。
セドリックのグリーブ、その足裏に組み込まれた車輪が高速回転を始めた。
「……!」
彼の身体が、ふっと浮いたように見えた。
否──滑ったのだ。
ローラースケートのように、床を掴み、弾く。火槍と銃弾の隙間を縫うように、セドリックは高速で横へ流れる。
同時に、剣士の斬撃を、異形の片手剣で受け止める。
拳士の一撃は、真円形のラウンドシールドが正面から受け止めた。ガンッ、と鈍い衝撃。
そして。
キィィィィン──!!
セドリックの片手剣の内部で、歯車が唸りを上げた。刃が“滑る”ように回転を始める。
「な……ッ!?」
剣士の剣が、悲鳴のような音を立てて砕け散った。
「何ィッ!?」
驚愕の声を上げた瞬間には、もう遅い。
「"回転斬裂・弐式"……!」
低く呟く。
足裏の車輪が、左右で逆方向に回転する。
次の瞬間、セドリックの身体が低い体勢のまま、フィギュアスケーターのように高速回転を始めた。
異形の片手剣が、竜巻の中心となる。
剣士と拳士を、まとめて薙ぎ払う。
「ぐああああああっ!?」
二人は悲鳴を上げながら宙を舞い、壁へ叩きつけられる。砕け散るネームプレート。光となって消える二つの影。
後方でライフルを構えていた男が、目を見開いた。
「こ、これが……!」
「“戦輪の騎士”セドリック・ノエリアの……」
「“回転”を操るスキル……!」
だが、戦慄は一瞬だった。
「撃てッ!!」
男は慌てて照準を戻し、隣の魔導士も強力な術式を完成させる。
──その前に。
「"円輪断舞"……!」
セドリックは、シールドを投げた。
籠手とワイヤーで繋がれた真円形のラウンドシールドが、空中でキィィィンと唸りを上げる。高速回転しながら、弧を描くように飛翔する。
「なっ──!?」
ライフルと杖で受け止めようとした二人だったが、無駄だった。
回転する円輪は、武器を粉砕し、そのまま二人を巻き込んで吹き飛ばす。
壁に叩きつけられ、二人は崩れ落ちる。
砕け散るネームプレート。
四人、全滅。
『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×4=40pt獲得』
無機質なアナウンスに、セドリックはふっと動きを止めた。
ゆっくりと視線を上げ、奥に残った二人組を見る。
背の低い方が、拍手するように小さく手を叩いた。
「──お見事ですわね」
気取った、お嬢様口調。
「流石は“ノエリア公爵家の麒麟児”といったところかしら?」
隣の大柄な人物が、低く喉を鳴らす。
「くっくっく……」
「やるねぇ。そうでなきゃ、面白くねぇわな」
その声を聞いた瞬間。
セドリックの胸中で、確信が形を成した。
「──やはり、貴女でしたか」
低い声で、名を呼ぶ。
「……イライザ・ディーンベルク嬢」
一瞬の沈黙。
そして。
背の低い人物が、ゆっくりとフードを外した。
続いて、ドミノマスクが外される。
現れたのは──金髪縦ロール。鋭く吊り上がった瞳。貴族令嬢のドレスを戦闘装束として改造した、気品と殺気を併せ持つ少女。
イライザ・ディーンベルク。
かつて、ラグナ第六王子の婚約者だった少女。
そして──婚約破棄された、公爵令嬢。
「……お久しぶりですわね、セドリック様。」
その笑みは、美しく、そして歪んでいた。
右手を静かに差し出す。
その動きはあまりにも小さく、戦場に立つ者の所作とは思えないほどだった。
だが、その指先から垂れる細い糸が、微かに揺れた瞬間──空気が変わる。
「──"傀儡演舞"。」
マフラーに覆われた口元が、ほとんど動かないまま言葉を紡ぐ。
「……"ナイト"。」
次の瞬間、糸に魔力が奔った。
淡い光が脈打ち、糸の先に繋がれていた小さな人形が、不自然なほど急激に膨張する。
木製にも見えた胴体は金属音を立てながら展開し、関節が軋み、装甲が噛み合っていく。
やがてそこに立っていたのは、馬の頭部を模した兜を被った、全身鎧の騎士だった。
眼孔の奥に光はない。
それでも、騎士は確かに“こちらを見ている”。
ナイトは手にした長槍を低く構え、床を削るように一歩踏み出す。獲物を前にした獣のような、研ぎ澄まされた姿勢だった。
「か、彼女は確か……!」
参加者の一人が、引き攣った声を上げる。
「前々回の編入試験……トップ合格者……!」
「"人形使い"……ルシア・グレモルド……!」
ざわめきが恐怖へと変わる。しかし、それでも彼らは踏みとどまった。
「ひ、怯むな!!」
声を張り上げた男が、仲間を鼓舞する。
「人形使いなら本体を狙えばいい!皆で一斉にかかれ!!」
七人が、ほぼ同時に動いた。
剣、槍、斧。床を蹴る音が重なり、殺意が一直線にルシアへと向かう。
その刹那。
ルシアは、ほんの僅かに視線を下げただけだった。
その指先が、楽器を奏でるかの様に空を滑る。
「……"跳躍刺突"。」
呟きと同時に、ナイトが消えた。
否──消えたように“見えた”。
爆発音にも似た踏み込みと共に、鎧の騎士が弾丸のように突進する。槍先は一直線、躊躇も減速もない。
次の瞬間、参加者たちは宙を舞っていた。
「ぐあああああっ!?」
悲鳴が重なり、肉体が壁へ、床へ、天井へと叩きつけられる。六つのネームプレートが、同時に甲高い音を立てて砕け散った。
一瞬で、六人が脱落。
残されたのは、ただ一人。
「く……くっそおおおおっ!!」
男は半ば錯乱したように叫び、手にした槍を力任せに投げ放った。狙いはルシアの胸元──完璧な直撃だった。
ルシアは、自分の胸元を一度だけ見下ろした。
槍は、確かに当たった。
だが。
トン、と乾いた音を立てて、槍は弾かれるように床へ転がった。
刺さっていない。
傷一つ、布のほつれ一つ、ない。
(──は?)
男の思考が止まる。
(何だ、今の……?確実に直撃したはずなのに……)
(スキル?防御魔法?いや、違う……)
(ただ……"効いていない"……?)
理解が追いつかない。
その間に、ルシアは小さく声を漏らした。
「……あ。しまった」
てってってっ、と軽い足音。
戦場に似つかわしくない、幼い歩幅で彼女は近づく。呆然と立ち尽くす男の前で、人差し指を口元に当てた。
「──今の、皆には内緒」
シーッ、と。
その仕草はあまりにも無邪気で、だからこそ恐ろしかった。
男が言葉を発する前に、ルシアの手が伸びる。ネームプレートを、指先で──握り潰した。
パリン、と乾いた音。
男の姿が、光の粒子となって霧散する。
直後、無機質な声が空間に響いた。
『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×7=70pt獲得』
静寂。
血の匂いも、悲鳴も残らない。ただ、破壊された戦闘の痕跡だけがそこにあった。
ルシアは、少し首を傾げる。
「……ポイント、入った」
感情の揺れはない。
彼女は指を緩め、糸に流していた魔力を遮断する。ナイトの鎧が音を立てて崩れ、元の小さな人形へと戻っていく。
それを、ルシアはただ静かに見下ろしていた。
まるで、最初から“こうなること”を知っていたかのように。
◇◆◇
リゼリアの前に、七人の男女が横一列に並んでいた。
双剣を構える者、戦斧を肩に担ぐ者、後方で魔導銃を構え狙いを定める者。装備も距離もばらばらだが、その視線だけは一様に──“彼女”へと注がれている。
「生徒会執行役員、リゼリア・ノワール……」
誰かが唾を飲み込みながら名を口にした。
「ラグナ殿下のお付きのメイド……!」
「だが、戦ってる姿は見たことねェ……!」
別の男が、確信めいた声で続ける。
「殿下の世話係だろ? 頭数合わせでチームにいるだけだ!」
「狙うなら、彼女からだ……っ!!」
七人分の殺気が、一斉に向けられる。
その只中で、リゼリアは──肩をすくめた。
「そ、そんなぁ~……」
わざとらしく身を縮め、両手を胸元に寄せる。潤んだ瞳で相手を見上げ、震える声を作る。
「リゼリアは、ただのメイドなんですからぁ……」
「お手柔らかに、お願いしますぅ~……」
あまりにも“らしい”仕草に、挑戦者たちの口元が歪んだ。
「はっ……!」
「泣き言を言うのは今のうちだぜ」
「恨むなら……」
先頭の男が、ニヤリと笑う。
「こんな所にまでメイドを連れてきた、"ラグナ殿下"を恨むんだなッ!!」
双剣が振り上げられる。
一歩、踏み込む。
刃が、リゼリアの首元へ──
だが。
「……なぁ~んて♡」
その瞬間、リゼリアは笑った。
甘く、無邪気で、しかし──凍るほど冷たい笑み。
両手に持っていた金属筒を、カシャッと組み合わせる。内部機構が噛み合う乾いた音。先端から、シュッ、と刃が飛び出す。
それは一瞬で"槍"へと姿を変えた。
「“突けば、槍”……」
小さな呟き。
次の瞬間、空気が裂けた。
カン──!
カンカンッ!!
三閃。
目にも止まらぬ神速の突きが、一直線に走る。双剣を構えていた男の両手、そして胸元のネームプレート──ほぼ同時に、三点を貫いた。
「──ッ!?」
男は声も上げられず、後方の壁へと叩きつけられる。鈍い音と共に崩れ落ち、ネームプレートは粉々に砕け散った。
一瞬の沈黙。
「な、何ィッ!?」
「こいつ……強いぞッ!!」
「一斉にかかるわよ!!」
六人が、慌てて距離を詰める。戦斧が唸りを上げ、後方からは魔導銃の閃光が走る。
だが、リゼリアは慌てない。
口元に、ふわりと笑みを浮かべたまま──くるり、と舞った。
踊るようなスピン。戦斧の一撃が空を切り、銃弾が彼女の髪を掠めて壁を穿つ。
「──“振れば、薙刀”」
囁くような声。
カシャカシャ、と金属音が連なり、槍はさらに伸びる。刃先が美しい曲線を描き、薙刀へと変形した。
次の瞬間。
リゼリアは、舞った。
回転。踏み込み。薙刀が描く円弧が、竜巻のように広がる。
「ぎゃああっ!?」
「うわぁっ!?」
五人が、同時に斬り飛ばされる。
鎧ごと、武器ごと、まとめて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。ネームプレートが次々と砕け、光となって消えていく。
残ったのは、一人。
両手でバスタードソードを握りしめ、震えながらも叫ぶ。
「う……うおおおおッ!?!?」
雄叫びと共に、渾身の一撃。
だが──
リゼリアは、フッと目を細めた。
「──“持たば、太刀”」
薙刀が、カシャカシャと音を立てて短くなる。刃は研ぎ澄まされ、日本刀のような姿へ。
刹那。
リゼリアは、下から斬り上げた。
キィン、と高い音。
バスタードソードが宙を舞う。
男の喉元に、日本刀型の刃先がぴたりと止まった。
「……ひっ」
汗が、滝のように流れる。男は震える手で剣を落とし、両手を上げた。
「ま、待ってくれ……!」
その耳元で、リゼリアは囁く。
「“メイドはかくにも はずれざりけり”……ですよぉ♡」
ウィンク。
次の瞬間、視界が白く弾けた。
男のネームプレートが、真っ二つに砕け散る。
七人の姿が、次々と光に変わって消えていく。
『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×7=70pt獲得』
無機質なアナウンスが、戦闘の終わりを告げた。
リゼリアは、ふっと力を抜く。
「やったぁ♡」
ぴょん、と小さく跳ねて喜ぶ。その姿は、またしても無邪気なメイドそのものだった。
だが、誰も見ていないと思ったのか。
彼女は、ほんの少しだけ視線を落とし、静かな声で呟く。
「──リゼリアは……」
「ラグナ殿下のお役に立たなきゃ、ならないんです」
それは誓いのようで。
祈りのようで。
「それが……リゼリアが、存在する意味だから……」
微かな震えを含んだその言葉は、迷宮の空気に溶けて、誰にも届くことなく消えていった。
◇◆◇
セドリックは、静かに息を整えていた。
真円形のラウンドシールドを正面に構え、異形の片手剣を脇に添える。視線は目の前の四人──いや、そのさらに奥へと向けられていた。
四人の挑戦者は半円状に散開している。剣士、拳士、後衛の狙撃手と魔導士。即席に組まれたにしては、役割分担は悪くない。
だが──。
(……奥にいる二人)
薄暗い大部屋の壁際、通路の影に紛れるように、フード付きのマントを羽織った二人組が立っている。金属製のドミノマスクで目元を隠し、こちらの様子を冷静に観察していた。
背の高さからして、男女二人組。
(──あれが、この複合チームの首魁か)
セドリックは内心でそう結論づけ、剣の重心をわずかに落とした。
その時だった。
奥の二人のうち、背の低い方が一歩前に出る。白手袋に包まれた手を、扇のように広げた。
「──相手は、若くして"神聖騎士団"の一員にまで上り詰めたセドリック・ノエリア……」
澄んだ、しかし冷ややかな声。
「油断は禁物でしてよ」
一瞬の間。そして──
「……かかりなさい!」
号令が落ちる。
(女……? それに、この声は……)
セドリックの脳裏を、微かな違和感がよぎる。
(……まさか……)
だが、思考はそこで断ち切られた。
前衛の二人が、一斉に動いたのだ。
剣士が鋭く踏み込み、魔力を纏った拳が横から叩き込まれる。後方では、魔導ライフルが照準を合わせ、同時に魔導士が術式を完成させる。
「喰らえッ!!」
火槍が唸りを上げて放たれ、銃口が閃光を吐いた。
──次の瞬間。
ギャギャギャギャギャッ!!
異様な金属音が、床を震わせる。
セドリックのグリーブ、その足裏に組み込まれた車輪が高速回転を始めた。
「……!」
彼の身体が、ふっと浮いたように見えた。
否──滑ったのだ。
ローラースケートのように、床を掴み、弾く。火槍と銃弾の隙間を縫うように、セドリックは高速で横へ流れる。
同時に、剣士の斬撃を、異形の片手剣で受け止める。
拳士の一撃は、真円形のラウンドシールドが正面から受け止めた。ガンッ、と鈍い衝撃。
そして。
キィィィィン──!!
セドリックの片手剣の内部で、歯車が唸りを上げた。刃が“滑る”ように回転を始める。
「な……ッ!?」
剣士の剣が、悲鳴のような音を立てて砕け散った。
「何ィッ!?」
驚愕の声を上げた瞬間には、もう遅い。
「"回転斬裂・弐式"……!」
低く呟く。
足裏の車輪が、左右で逆方向に回転する。
次の瞬間、セドリックの身体が低い体勢のまま、フィギュアスケーターのように高速回転を始めた。
異形の片手剣が、竜巻の中心となる。
剣士と拳士を、まとめて薙ぎ払う。
「ぐああああああっ!?」
二人は悲鳴を上げながら宙を舞い、壁へ叩きつけられる。砕け散るネームプレート。光となって消える二つの影。
後方でライフルを構えていた男が、目を見開いた。
「こ、これが……!」
「“戦輪の騎士”セドリック・ノエリアの……」
「“回転”を操るスキル……!」
だが、戦慄は一瞬だった。
「撃てッ!!」
男は慌てて照準を戻し、隣の魔導士も強力な術式を完成させる。
──その前に。
「"円輪断舞"……!」
セドリックは、シールドを投げた。
籠手とワイヤーで繋がれた真円形のラウンドシールドが、空中でキィィィンと唸りを上げる。高速回転しながら、弧を描くように飛翔する。
「なっ──!?」
ライフルと杖で受け止めようとした二人だったが、無駄だった。
回転する円輪は、武器を粉砕し、そのまま二人を巻き込んで吹き飛ばす。
壁に叩きつけられ、二人は崩れ落ちる。
砕け散るネームプレート。
四人、全滅。
『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×4=40pt獲得』
無機質なアナウンスに、セドリックはふっと動きを止めた。
ゆっくりと視線を上げ、奥に残った二人組を見る。
背の低い方が、拍手するように小さく手を叩いた。
「──お見事ですわね」
気取った、お嬢様口調。
「流石は“ノエリア公爵家の麒麟児”といったところかしら?」
隣の大柄な人物が、低く喉を鳴らす。
「くっくっく……」
「やるねぇ。そうでなきゃ、面白くねぇわな」
その声を聞いた瞬間。
セドリックの胸中で、確信が形を成した。
「──やはり、貴女でしたか」
低い声で、名を呼ぶ。
「……イライザ・ディーンベルク嬢」
一瞬の沈黙。
そして。
背の低い人物が、ゆっくりとフードを外した。
続いて、ドミノマスクが外される。
現れたのは──金髪縦ロール。鋭く吊り上がった瞳。貴族令嬢のドレスを戦闘装束として改造した、気品と殺気を併せ持つ少女。
イライザ・ディーンベルク。
かつて、ラグナ第六王子の婚約者だった少女。
そして──婚約破棄された、公爵令嬢。
「……お久しぶりですわね、セドリック様。」
その笑みは、美しく、そして歪んでいた。
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優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。
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打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
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婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
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家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
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三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
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ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
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ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
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「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
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【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
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田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
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「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
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この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
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ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
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落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
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