真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第249話 side.ラグナ・チーム② ──三守護者の実力──

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ルシアは、ほんの一歩だけ前に出た。

右手を静かに差し出す。
その動きはあまりにも小さく、戦場に立つ者の所作とは思えないほどだった。
だが、その指先から垂れる細い糸が、微かに揺れた瞬間──空気が変わる。



「──"傀儡演舞ククロセアトロ"。」



マフラーに覆われた口元が、ほとんど動かないまま言葉を紡ぐ。



「……"ナイト"。」



次の瞬間、糸に魔力が奔った。

淡い光が脈打ち、糸の先に繋がれていた小さな人形が、不自然なほど急激に膨張する。
木製にも見えた胴体は金属音を立てながら展開し、関節が軋み、装甲が噛み合っていく。

やがてそこに立っていたのは、馬の頭部を模した兜を被った、全身鎧の騎士だった。

眼孔の奥に光はない。
それでも、騎士は確かに“こちらを見ている”。

ナイトは手にした長槍を低く構え、床を削るように一歩踏み出す。獲物を前にした獣のような、研ぎ澄まされた姿勢だった。



「か、彼女は確か……!」



参加者の一人が、引き攣った声を上げる。



「前々回の編入試験……トップ合格者……!」

「"人形使いパペット・マスター"……ルシア・グレモルド……!」



ざわめきが恐怖へと変わる。しかし、それでも彼らは踏みとどまった。



「ひ、怯むな!!」



声を張り上げた男が、仲間を鼓舞する。



「人形使いなら本体を狙えばいい!皆で一斉にかかれ!!」



七人が、ほぼ同時に動いた。
剣、槍、斧。床を蹴る音が重なり、殺意が一直線にルシアへと向かう。

その刹那。
ルシアは、ほんの僅かに視線を下げただけだった。
その指先が、楽器を奏でるかの様に空を滑る。



「……"跳躍刺突スプリンガー"。」



呟きと同時に、ナイトが消えた。

否──消えたように“見えた”。

爆発音にも似た踏み込みと共に、鎧の騎士が弾丸のように突進する。槍先は一直線、躊躇も減速もない。

次の瞬間、参加者たちは宙を舞っていた。



「ぐあああああっ!?」



悲鳴が重なり、肉体が壁へ、床へ、天井へと叩きつけられる。六つのネームプレートが、同時に甲高い音を立てて砕け散った。

一瞬で、六人が脱落。
残されたのは、ただ一人。



「く……くっそおおおおっ!!」



男は半ば錯乱したように叫び、手にした槍を力任せに投げ放った。狙いはルシアの胸元──完璧な直撃だった。

ルシアは、自分の胸元を一度だけ見下ろした。
槍は、確かに当たった。

だが。

トン、と乾いた音を立てて、槍は弾かれるように床へ転がった。
刺さっていない。
傷一つ、布のほつれ一つ、ない。



(──は?)



男の思考が止まる。



(何だ、今の……?確実に直撃したはずなのに……)

(スキル?防御魔法?いや、違う……)

(ただ……"効いていない"……?)



理解が追いつかない。
その間に、ルシアは小さく声を漏らした。



「……あ。しまった」



てってってっ、と軽い足音。
戦場に似つかわしくない、幼い歩幅で彼女は近づく。呆然と立ち尽くす男の前で、人差し指を口元に当てた。



「──今の、皆には内緒」



シーッ、と。
その仕草はあまりにも無邪気で、だからこそ恐ろしかった。

男が言葉を発する前に、ルシアの手が伸びる。ネームプレートを、指先で──握り潰した。

パリン、と乾いた音。

男の姿が、光の粒子となって霧散する。
直後、無機質な声が空間に響いた。



『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×7=70pt獲得』



静寂。
血の匂いも、悲鳴も残らない。ただ、破壊された戦闘の痕跡だけがそこにあった。
ルシアは、少し首を傾げる。



「……ポイント、入った」



感情の揺れはない。
彼女は指を緩め、糸に流していた魔力を遮断する。ナイトの鎧が音を立てて崩れ、元の小さな人形へと戻っていく。

それを、ルシアはただ静かに見下ろしていた。
まるで、最初から“こうなること”を知っていたかのように。



 ◇◆◇



リゼリアの前に、七人の男女が横一列に並んでいた。

双剣を構える者、戦斧を肩に担ぐ者、後方で魔導銃を構え狙いを定める者。装備も距離もばらばらだが、その視線だけは一様に──“彼女”へと注がれている。



「生徒会執行役員、リゼリア・ノワール……」



誰かが唾を飲み込みながら名を口にした。



「ラグナ殿下のお付きのメイド……!」

「だが、戦ってる姿は見たことねェ……!」



別の男が、確信めいた声で続ける。



「殿下の世話係だろ? 頭数合わせでチームにいるだけだ!」

「狙うなら、彼女からだ……っ!!」



七人分の殺気が、一斉に向けられる。
その只中で、リゼリアは──肩をすくめた。



「そ、そんなぁ~……」



わざとらしく身を縮め、両手を胸元に寄せる。潤んだ瞳で相手を見上げ、震える声を作る。



「リゼリアは、ただのメイドなんですからぁ……」

「お手柔らかに、お願いしますぅ~……」



あまりにも“らしい”仕草に、挑戦者たちの口元が歪んだ。



「はっ……!」

「泣き言を言うのは今のうちだぜ」

「恨むなら……」



先頭の男が、ニヤリと笑う。



「こんな所にまでメイドを連れてきた、"ラグナ殿下ごしゅじんさま"を恨むんだなッ!!」



双剣が振り上げられる。
一歩、踏み込む。
刃が、リゼリアの首元へ──

だが。



「……なぁ~んて♡」



その瞬間、リゼリアは笑った。
甘く、無邪気で、しかし──凍るほど冷たい笑み。

両手に持っていた金属筒を、カシャッと組み合わせる。内部機構が噛み合う乾いた音。先端から、シュッ、と刃が飛び出す。

それは一瞬で"槍"へと姿を変えた。



「“突けば、やり”……」



小さな呟き。
次の瞬間、空気が裂けた。

カン──!
カンカンッ!!

三閃。

目にも止まらぬ神速の突きが、一直線に走る。双剣を構えていた男の両手、そして胸元のネームプレート──ほぼ同時に、三点を貫いた。



「──ッ!?」



男は声も上げられず、後方の壁へと叩きつけられる。鈍い音と共に崩れ落ち、ネームプレートは粉々に砕け散った。

一瞬の沈黙。



「な、何ィッ!?」

「こいつ……強いぞッ!!」

「一斉にかかるわよ!!」



六人が、慌てて距離を詰める。戦斧が唸りを上げ、後方からは魔導銃の閃光が走る。

だが、リゼリアは慌てない。

口元に、ふわりと笑みを浮かべたまま──くるり、と舞った。

踊るようなスピン。戦斧の一撃が空を切り、銃弾が彼女の髪を掠めて壁を穿つ。



「──“振れば、薙刀なぎなた”」



囁くような声。

カシャカシャ、と金属音が連なり、槍はさらに伸びる。刃先が美しい曲線を描き、薙刀へと変形した。

次の瞬間。

リゼリアは、舞った。

回転。踏み込み。薙刀が描く円弧が、竜巻のように広がる。



「ぎゃああっ!?」

「うわぁっ!?」



五人が、同時に斬り飛ばされる。

鎧ごと、武器ごと、まとめて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。ネームプレートが次々と砕け、光となって消えていく。

残ったのは、一人。

両手でバスタードソードを握りしめ、震えながらも叫ぶ。



「う……うおおおおッ!?!?」



雄叫びと共に、渾身の一撃。

だが──

リゼリアは、フッと目を細めた。



「──“持たば、太刀たち”」



薙刀が、カシャカシャと音を立てて短くなる。刃は研ぎ澄まされ、日本刀のような姿へ。

刹那。

リゼリアは、下から斬り上げた。
キィン、と高い音。
バスタードソードが宙を舞う。

男の喉元に、日本刀型の刃先がぴたりと止まった。



「……ひっ」



汗が、滝のように流れる。男は震える手で剣を落とし、両手を上げた。



「ま、待ってくれ……!」



その耳元で、リゼリアは囁く。



「“メイドはかくにも はずれざりけり”……ですよぉ♡」



ウィンク。

次の瞬間、視界が白く弾けた。
男のネームプレートが、真っ二つに砕け散る。
七人の姿が、次々と光に変わって消えていく。



『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×7=70pt獲得』



無機質なアナウンスが、戦闘の終わりを告げた。
リゼリアは、ふっと力を抜く。



「やったぁ♡」



ぴょん、と小さく跳ねて喜ぶ。その姿は、またしても無邪気なメイドそのものだった。

だが、誰も見ていないと思ったのか。
彼女は、ほんの少しだけ視線を落とし、静かな声で呟く。



「──リゼリアは……」

「ラグナ殿下のお役に立たなきゃ、ならないんです」



それは誓いのようで。
祈りのようで。



「それが……リゼリアが、存在する意味だから……」



微かな震えを含んだその言葉は、迷宮の空気に溶けて、誰にも届くことなく消えていった。



 ◇◆◇



セドリックは、静かに息を整えていた。

真円形のラウンドシールドを正面に構え、異形の片手剣を脇に添える。視線は目の前の四人──いや、そのさらに奥へと向けられていた。

四人の挑戦者は半円状に散開している。剣士、拳士、後衛の狙撃手と魔導士。即席に組まれたにしては、役割分担は悪くない。

だが──。



(……奥にいる二人)



薄暗い大部屋の壁際、通路の影に紛れるように、フード付きのマントを羽織った二人組が立っている。金属製のドミノマスクで目元を隠し、こちらの様子を冷静に観察していた。

背の高さからして、男女二人組。



(──あれが、この複合チームの首魁か)



セドリックは内心でそう結論づけ、剣の重心をわずかに落とした。

その時だった。

奥の二人のうち、背の低い方が一歩前に出る。白手袋に包まれた手を、扇のように広げた。



「──相手は、若くして"神聖騎士団セイクリッド・ナイト"の一員にまで上り詰めたセドリック・ノエリア……」



澄んだ、しかし冷ややかな声。



「油断は禁物でしてよ」



一瞬の間。そして──



「……かかりなさい!」



号令が落ちる。



(女……? それに、この声は……)



セドリックの脳裏を、微かな違和感がよぎる。



(……まさか……)



だが、思考はそこで断ち切られた。
前衛の二人が、一斉に動いたのだ。

剣士が鋭く踏み込み、魔力を纏った拳が横から叩き込まれる。後方では、魔導ライフルが照準を合わせ、同時に魔導士が術式を完成させる。



「喰らえッ!!」



火槍が唸りを上げて放たれ、銃口が閃光を吐いた。

──次の瞬間。

ギャギャギャギャギャッ!!

異様な金属音が、床を震わせる。
セドリックのグリーブ、その足裏に組み込まれた車輪が高速回転を始めた。



「……!」



彼の身体が、ふっと浮いたように見えた。
否──滑ったのだ。
ローラースケートのように、床を掴み、弾く。火槍と銃弾の隙間を縫うように、セドリックは高速で横へ流れる。

同時に、剣士の斬撃を、異形の片手剣で受け止める。

拳士の一撃は、真円形のラウンドシールドが正面から受け止めた。ガンッ、と鈍い衝撃。

そして。

キィィィィン──!!

セドリックの片手剣の内部で、歯車が唸りを上げた。刃が“滑る”ように回転を始める。



「な……ッ!?」



剣士の剣が、悲鳴のような音を立てて砕け散った。



「何ィッ!?」



驚愕の声を上げた瞬間には、もう遅い。



「"回転斬裂・弐式ギアエッジ・スピンドライブ"……!」



低く呟く。
足裏の車輪が、左右で逆方向に回転する。
次の瞬間、セドリックの身体が低い体勢のまま、フィギュアスケーターのように高速回転を始めた。

異形の片手剣が、竜巻の中心となる。
剣士と拳士を、まとめて薙ぎ払う。



「ぐああああああっ!?」



二人は悲鳴を上げながら宙を舞い、壁へ叩きつけられる。砕け散るネームプレート。光となって消える二つの影。

後方でライフルを構えていた男が、目を見開いた。



「こ、これが……!」

「“戦輪の騎士”セドリック・ノエリアの……」

「“回転”を操るスキル……!」



だが、戦慄は一瞬だった。



「撃てッ!!」



男は慌てて照準を戻し、隣の魔導士も強力な術式を完成させる。

──その前に。



「"円輪断舞サークル・リーパー"……!」



セドリックは、シールドを投げた。
籠手とワイヤーで繋がれた真円形のラウンドシールドが、空中でキィィィンと唸りを上げる。高速回転しながら、弧を描くように飛翔する。



「なっ──!?」



ライフルと杖で受け止めようとした二人だったが、無駄だった。

回転する円輪は、武器を粉砕し、そのまま二人を巻き込んで吹き飛ばす。

壁に叩きつけられ、二人は崩れ落ちる。
砕け散るネームプレート。

四人、全滅。



『ネームプレート破壊、クリア。ラグナ・チーム、10×4=40pt獲得』



無機質なアナウンスに、セドリックはふっと動きを止めた。
ゆっくりと視線を上げ、奥に残った二人組を見る。

背の低い方が、拍手するように小さく手を叩いた。



「──お見事ですわね」



気取った、お嬢様口調。



「流石は“ノエリア公爵家の麒麟児”といったところかしら?」



隣の大柄な人物が、低く喉を鳴らす。



「くっくっく……」

「やるねぇ。そうでなきゃ、面白くねぇわな」



その声を聞いた瞬間。
セドリックの胸中で、確信が形を成した。



「──やはり、貴女でしたか」



低い声で、名を呼ぶ。



「……イライザ・ディーンベルク嬢」



一瞬の沈黙。
そして。

背の低い人物が、ゆっくりとフードを外した。
続いて、ドミノマスクが外される。

現れたのは──金髪縦ロール。鋭く吊り上がった瞳。貴族令嬢のドレスを戦闘装束として改造した、気品と殺気を併せ持つ少女。

イライザ・ディーンベルク。

かつて、ラグナ第六王子の婚約者だった少女。

そして──婚約破棄された、公爵令嬢。



「……お久しぶりですわね、セドリック様。」



その笑みは、美しく、そして歪んでいた。
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