真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第289話 慰労会の夜に

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夕方のルセリア中央大学の構内は、まるで別世界みたいだった。

昼間に見慣れているはずの石畳の道や校舎の外壁は、柔らかな魔導灯の光に照らされ、輪郭を溶かしたみたいに優しく浮かび上がっている。
木々には星屑みたいなイルミネーションが絡められ、風に揺れるたび、きらきらと光が流れた。
通りの両脇には綺麗に整えられた出店が並び、焼き菓子の甘い香りや、香辛料の効いた肉料理の匂いが入り混じって漂ってくる。

人、人、人。

学生だけじゃない。落ち着いた装いの貴族らしき大人たち、煌びやかなドレスに身を包んだ婦人、胸を張って歩く父親たち。
予選会に参加した学生の家族なんだろう。
あちこちから楽しげな笑い声や、久しぶりに会った親子の会話が聞こえてきて、胸の奥がじんわり温かくなる。



「……すげぇな」



思わず、そんな声が零れた。



「これが予選会の慰労会かぁ~。テンション上がるなぁ~」



自分でも少し浮かれてるのが分かる。
だって、どう見ても学園祭だ。それも、魔法技術まで全力で盛り込んだ、やたら豪華なやつ。
正直、元の世界の大学祭より何倍も綺麗なんじゃないかな。流石は異世界って感じだね!



「うふふ、そうだよね」



隣を歩くブリジットちゃんが、くすっと笑う。灯りに照らされた彼女の金髪は、まるで光そのものみたいで、歩くたびにふわりと揺れた。可愛い。
その腕には、いつものようにフレキくんが抱えられている。可愛い。
反対側には、いつものギャルスタイルのリュナちゃんが、金茶のロングヘアーを揺らしながら、構内に並ぶ露店に目を輝かせてる。可愛い。

今日のメンバーは、俺とブリジットちゃん、リュナちゃん、そしてミニチュアダックスモードのフレキくん。初期メン四人組だ。

ヴァレンは朝から姿を見ていない。何か仕事があるらしい。
召喚高校生の皆も、それぞれ友達同士で大学内を見て回っているみたいだし、鬼塚くんは佐川くんや天野さん、影山くん達と一緒らしい。
グェルくんに至っては、蒼龍さんの荷物持ちとして借り出されているとか聞いた。
蒼龍さん、意外とグェルくんの事気に入ってるのよね。変なコンビ!

だから今は、久しぶりにのんびりとした四人だけの時間だ。



「ねえ、ブリジットちゃん」



俺は歩きながら、ふと思い出したことを口にした。



「俺たち本戦出場者って、後で迎賓館ってとこに集まらなきゃならないんだよね?」


「うんうん!」



ブリジットちゃんは元気よく頷く。



「夕食の時間帯に合わせて、ちゃんとしたパーティが開かれるんだって。集合時間は……」



彼女は少し立ち止まって、指を折りながら考える。



「うん、まだ二時間くらいは余裕あるね!」



その笑顔はいつも通り柔らかくて、見ているだけで安心する。

二時間か。

迎賓館、王族や貴族も集まる正式な場。そう聞くと、自然とブリジットちゃんの家族のことが頭をよぎった。ひょっとしたら、彼女のご両親も来たりするんだろうか。

……いや、まだだ。

ブリジットちゃんとご両親は、完全には仲直りできていない。今は、踏み込まない方がいい。俺は胸の内でそう結論づけて、その考えをそっと仕舞い込んだ。

その空気を破るように、明るい声が飛んでくる。



「じゃあ、まだまだ遊んでられるっすね~!」



リュナちゃんが、両手をぐっと伸ばして背伸びをする。露店の明かりを映した瞳が、やけにきらきらしていた。



「あーし、色々買い食いしたいっす!あれもこれも美味そうっすよ!」



ブリジットちゃんの腕の中で、フレキくんが楽しそうにハッハッハッと息を弾ませる。



「まるでお祭りですねっ!いやぁ、こういう賑やかな場は久しぶりです!」



その声につられて、俺も思わず笑ってしまった。
イルミネーションに包まれた大学、行き交う人々の笑顔、仲間たちの楽しそうな表情。

──ああ。

今は、ただこの時間を味わえばいい。
この先に何が待っていようと、少なくとも今この瞬間は、確かに平和で、確かに幸せだった。



 ◇◆◇



しばらく、四人で露店を冷やかしながら歩いていた、その時だった。

人混みの向こうから、やたら目立つシルエットがこっちに向かってくる。

──いや、目立つっていうか、情報量が多い。

豹耳のカチューシャ。
ぴょこんと揺れるそれに合わせて、腰まで届きそうな巨大な二つの三つ編みがぶんぶん振られている。
身体にぴったり張り付いた豹柄のレオタードアーマーは、露出も多くて視線の置き場に困るタイプだし、何より──口が、ほんのり開いている。

ぽやっとした顔立ちの美少女。
でも、キャラが濃い。濃すぎる。
渋滞していると言ってもいい。

その少女は、こちらを見つけるなり、ぱぁっと表情を輝かせた。



「ブリジット!やっと見つけたのねぇー!!」



大声で叫びながら、ぶんぶん手を振って一直線。
迷いがない。完全にブリジットちゃんロックオンだ。



「えっ?」



ブリジットちゃんが驚いたように目を瞬かせた次の瞬間──

少女は俺たちの目の前まで来て、急ブレーキをかける。
そして、俺の顔を見るなり──



「ハーーー!!」



耳がキンとするほどの叫び声。



「し、”銀の新星シルバー・ノヴァ”!!かっこよ!!」



ぴょーん!と、身体がバネ仕掛けみたいに伸びる。
なんで跳ねたの!?



「えっ、なに!?なにこの子!?」



完全に俺の心の声が漏れた気がする。
そんな俺をよそに、ブリジットちゃんは一瞬で理解したらしく、ぱっと笑顔になった。



「ビビアーナさん!お疲れ様っ!」



そう言って、両手でその子の手を取る。
ああ、なるほど。
この子が──ビビアーナさん。
予選会でブリジットちゃんと激しいバトルを繰り広げたって噂の相手で、その後、友達になったって話を聞いていた。
うん、確かに強そうだけど、それ以上に、なんというか……元気だ。



「ふふふ!無事で何よりなのねぇ!」



ビビアーナさんはブリジットちゃんの手をぎゅっと握り返し、嬉しそうに尻尾……は無いけど、尻尾が見えそうなくらい全身で喜びを表現している。

その様子を見て、俺は内心ほっとした。
少しアホっぽいけど、悪い子じゃなさそうだ。

……そんなことを考えていると。



「おー!」



横から、やたら軽い声が割り込んでくる。



「アンタ、姉さんと友達になりたいって言ってた魔獣っ子じゃないっすか~!なかなか見る目あるっすね~」



リュナちゃんだ。
もう、距離感ゼロでビビアーナさんに近づいている。



「あーし、リュナ!よろ~」



軽いノリで、握手の手を差し出す。



「えっ、えっ?」



ビビアーナさんは目をぱちぱちさせながら、リュナちゃんを上から下まで見て──



「な、何なのねぇ……この……エロかっこいいお姉さんは……?」



それ、初対面で開口一番言うこと?
失礼だけど、だいたい合ってる。

おずおずと、差し出された手に自分の手を重ねた、その瞬間──

ピキュリーン!

ビビアーナさんの全身が、まるで雷に打たれたみたいに硬直した。



「ひっ……!?」



そのまま、ギギギ……と、ぎこちない動きで首だけを回し、ブリジットちゃんの方を見る。



「こ……このおねえさま……」



声が震えている。



「ひょっとして……人間の姿をした、最上位竜とか……そんな感じの存在じゃないかねぇ……?」



引きつった笑顔。
完全に、何かに気づいてしまった顔だ。



「えっ」



今度は、リュナちゃんが目を丸くした。



「マ?気付いちゃった系っすか?」



あ、認めちゃった。
俺が口を挟むより早く、ブリジットちゃんが感動したように声を上げる。



「すごーい!さっすが、ビビアーナさん!」



きらきらした笑顔で、



「“魔獣姫ドマドルビア”のスキルって、そんなことも分かっちゃうんだねっ!」



そして、少しだけ声を落として、



「あ、でも……リュナちゃんの正体は、他の皆には内緒にしてね!」


「……」



ビビアーナさんは、もはや声も出せず、コクコクと首を縦に振るしかなかった。
リュナちゃんは、その肩にぐいっと腕を回し、顔を近づける。



「そゆことー」



黒マスクを下げてニッと、いたずらっぽく笑って、



「あーしの正体はオフレコでよろっす!」



目を見開いたまま、黙って頷くビビアーナさん。
……まあ、伝説の魔竜に肩組まれて囁かれたら、こうなるよね。
というか、一発で正体見抜いたビビアーナさん、普通にすごくない?



「ちょ、ちょっと、リュナちゃん……」



俺は慌ててリュナちゃんに声をかける。



「そんなアッサリ認めちゃっていいの?自分が竜だってこと。ビビアーナさん、悪い子じゃなさそうだけどさ……」


「大丈夫っすよ」



即答だった。



「コイツ、いいヤツっすから」



自信満々。迷いゼロ。



「え?でも……初対面なのに、なんでそんなこと分かるの?」



俺がそう聞くと、リュナちゃんはドヤ顔で、



「だって、姉さんと友達になりたい!なんて言うヤツ、絶対いいヤツっしょ」



ギャルピース。



「しかも、バトって負けた直後なのにっすよ?見る目ありまくり」



……なるほど。
確かに、それは一理ある。
俺は思わず、ふっと笑ってしまった。

その後、少し話をして分かったんだけど──
以前、学生課でブリジットちゃんに絡んできた生徒達、どうやらビビアーナさんの友達……いや、“こぶん”だったらしい。



「アイツら、反省してるのねぇ」



ビビアーナさんは腕を組んで、うんうん頷く。



「ちゃんと謝らせたいのねぇ!」



その話があるらしく、慰労会パーティが始まるまでの間、ブリジットちゃんはビビアーナさんと一緒に行くことになった。



「ごめんね、アルドくん!また後でね!」



申し訳なさそうに言うブリジットちゃんに、俺は首を振る。



「いいよいいよ」



笑って、そう言った。



「せっかくの新しいお友達なんだから、大事にしなきゃだからね」



一拍置いて、少し照れくさくなりながら続ける。



「……それに、ホラ。俺は、いつもブリジットちゃんと一緒にいれるからさ」



一瞬、ブリジットちゃんの目が丸くなって。
次の瞬間、ぱぁっと花が咲いたみたいに笑った。



「うんっ!」



そうして彼女は手を振りながら、ビビアーナさんと──ついでにリュナちゃんと一緒に、大学構内の明るい道を歩いていった。
残されたのは、俺ひとり。

……さて。



「パーティまで、どうすっかな~」



人混みの中で、俺は一人、あてもなく歩き出した。
胸の奥に、ほんのりとした温かさを残したまま。



 ◇◆◇



出店をひとつ、またひとつと冷やかしながら歩く。

串焼きの香り、甘い菓子の匂い、魔法灯の淡い光。
人々の笑い声が重なり合って、大学構内は完全に“お祭り”の顔をしていた。



「いやぁ……平和だなぁ」



俺は紙皿に盛られた何かよく分からない肉をもぐもぐしながら、呑気にそんなことを考えていた。
その瞬間だった。

──ドンッ!!

耳の奥に、空気を叩き割るような音が走る。

……いや、違う。

音、というより“怒り”だ。
ざわめきの奥、笑い声のさらに向こう。
普通の人間なら、絶対に気づかない距離。
でも、俺の耳は──真祖竜のそれは、逃がさなかった。



『ザイード……この……恥晒しがッ!!』



低く、重く、腹の底から吐き出されるような怒声。
俺は思わず足を止めた。



「……ん?」



気のせい、じゃない。
あの声は、確実に“叱責”だ。それも、尋常じゃない。

周囲の喧騒から外れ、俺は無意識のうちに足の向きを変えていた。
大きな校舎──2号館。その裏手に回り込む。
人の流れが一気に薄くなる。
灯りも少なく、影が濃い。

そして──そこに、いた。

豪奢なローブに身を包んだ中東系の中年男。
宝石のついた杖を手にし、周囲には屈強そうな護衛がずらりと控えている。

絵に描いたような富裕層。
どう見ても、王族っぽい。

そして、その前に膝をつかされているのは──
同じく中東系の、黒髪ウェーブの褐色の美青年。
どっかで見たことあるような……気のせいかな?

顔立ちは整っている。けれど、今は俯き、肩を震わせていた。



「ジュナザールの皇子ともあろう者が……」



中年男が、杖を振り上げる。

ガツンッ!!

鈍い音が響き、青年の身体がぐらりと揺れた。



「優勝を逃すどころか、予選敗退だと!?貴様のせいで、我がジュナザール皇国の悲願は遠のいたのだッ!!」

「このままでは、皇位継承権も、弟であるベルムドに継がせる事になるぞ!!愚か者がッ!」



……うわぁ。

俺は思わず物陰に身を隠しながら、心の中で呟く。



(お父さん……怖ぁ……)



どうやら、殴っているのが父親で、殴られているのが息子らしい。
それも、ただの親子喧嘩じゃない。国家とか血統とか、そういった類の話だ。

青年──ザイードと呼ばれた男が、かすれた声で言い返す。



「ち、父上……あれは……不測の事態が……」



だが、その言葉は最後まで届かない。



「言い訳なぞ聞きたくないわッ!!」



杖が再び振り下ろされる。



「誇り高き砂漠の民、ジュナサーンの血に求められるは強者の証明!敗者の弁など、誰も耳を傾けぬ!!」



吐き捨てるように言い放ち、中年男はザイードを見下ろした。



「愚息よ……貴様は、己の今後の身の振り方でも考えておれッ!!」



そう言い残し、護衛を引き連れて、ズカズカとその場を去っていく。
足音が遠ざかり、残ったのは──
暗がりに、ひとり取り残された青年だけだった。
俺は少し躊躇ためらった後、そっと近づいた。
あんなの見ちゃったら、流石に放ってはおけない。



「だ、大丈夫だった?」



出来るだけ刺激しないように、声をかける。



「……お父さん、ずいぶん厳しい人なんだねぇ」



ザイードは、ゆっくりと顔を上げた。
……その目を見た瞬間、背筋が冷えた。

憎悪。怒り。
そして、明確な“敵意”。



「……貴様……」



声が低く、震えている。



「貴様はァッ!?」


「えっ!?」



俺は完全に面食らった。



「え、ええっと……?」



ザイードは立ち上がり、ふらつきながら俺に詰め寄ってくる。



「貴様の……貴様のせいで……余は……余はァァッ!!」


「えっ!?俺!?ど、どっかで会った事ありましたっけ!?」



いや、顔っわ。
目がキマり過ぎている。

あまりの形相に、必死の弁明を繰り出す俺。
……が、どうやらそれが逆効果だったらしい。
ザイードの全身から、ぞわり、と黒い魔力が噴き上がった。空気が歪む。影が、蠢く。



「貴様……貴様ァァァァ!!」



えぇ……!?急にそんなキレる事ある!?
完全に理性が飛んでるっぽい。



「ギャアア!!」



俺は思わず叫んだ。



「顔怖っ!!」



反射的に、走る。
ぶん殴って大人しくさせるのは簡単だけど、流石にさっきまでお父さんにシバかれまくって錯乱してる若者に、更なる追撃を喰らわすのは気が引ける。
何より人目が多すぎる。犯行を目撃されてしまうからね!

シュバババッ、と地面を蹴るが──
ここは大学構内。人が多い。全力は出せない。
にも関わらず。
背後から、異様な速度で迫ってくる気配。
振り返ると、ザイードは黒いモヤを纏い、常軌を逸した速さで追ってきていた。



(なになに!?あの人ヤバくない!?クスリとかやってる感じ!?)



完全にパニックだ。
異常者に突如追いかけられる恐怖って、真祖竜に生まれ変わっても同じなんだね!
俺は2号館の裏手へと飛び込む。
その瞬間──

足元が、ぐにゃり、と歪んだ。



「……えっ?」



視線を落とすと、そこには──
闇色の渦。

底知れず、螺旋を描く黒。
次の瞬間、重力が反転した。



「うわっ!?」



身体が、足元から引きずり込まれる。
圧倒的な引力。



(この感覚……)



意識が急速に引き延ばされる中で、確信が走る。



(俺は……これを知ってる……!!)



真祖竜・・・としての本能が、警鐘を鳴らす。



(これは……)



渦に沈みながら、俺は理解した。



(“竜渦ドラグ・ボルテックス”──!?)



次の瞬間。
世界が、完全に反転した。

俺の全身は、闇の渦の中へと──
音もなく、飲み込まれていった。
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