真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第二章 ヒロイン、そして魔竜編

第13話 約束の始まり

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 静かだった。

 風の音すら、どこか遠慮がちに吹き抜けていく。
 草の海がさらさらと揺れて、三人の間に小さな沈黙を残していた。

 淡い夕日が傾きかけた空を茜に染め、少し冷たい風が頬を撫でていく。

 フォルティア荒野。

 この広大な未開の地の真ん中で、俺たちはぽつんと立っていた。

 

 ブリジットが、一歩前に出た。

 

「……アルドくん。リュナちゃん」

 

 静かな声。けれど、その瞳は強く、まっすぐだった。

 

「あたし、この場所に……皆が安心して笑って暮らせる場所を作りたいの。人も、魔物も、誰でも関係なく……一緒にいられる、そんな領地を」

 

 俺とリュナは自然と彼女に視線を向けた。

 ブリジットは少しだけ胸元に手を添え、続ける。

 

「まだ何もないし、今はただの夢かもしれない。だけど……誰かが始めなきゃ、ずっと夢のままだと思うから」

 

 その顔は、少し震えていた。
 けれど、それでも決して俯かない。

 

「だから……お願い。あたしと一緒に、この場所を変えていくのを、手伝ってくれないかな……?」

 

 その言葉が落ちた瞬間、俺の胸にひとつ、石が落ちた気がした。

 

 重い問いだった。
 いや、願い、か。

 

 ブリジットちゃんが俺たちを頼ってくれたのは嬉しい。

 それに……真祖竜の加護を与えたのは、紛れもなく俺だ。ある意味、人生を大きく変えてしまった責任もある。

 

(そりゃ、手を貸してやりたいよ。だけど……)

 

 心の奥で、もう一つの声が囁く。

 せっかく世界を巡る旅を始めたばかり。
 未知の国々を巡って、色んな人や景色に出会って。
 そういう“冒険”を、俺は夢見てたはずなんだ。

 ……ここに留まるって、そういう自由を手放すってことだ。

 

 正直、悩んだ。

 言葉に詰まったまま、ふと視線をずらすと——

 リュナが、ちらりと俺を見て、にやっと口元を緩めた。

 

「兄さん、もしかして悩んでるっすか?」

 

「……あー……まあ、ちょっとね」

 

「わかるっす、旅の途中でいきなり“定住して手伝って”ってのは、なかなかすごいオファーっすよね。」

 

 言いながら、リュナは足元の草をぽんと踏みつけ、ぱたりとしゃがみこんだ。
 そして、空を見上げて、俺にだけ聞こえる声で、ぽつりと言った。

 

「でも兄さん、あーしら竜にとって“時間”ってのは、無限にあるもんなんすよ」

 

 俺は、自然と彼女の顔を見る。

 

「無限……?」

 

「そっす。百年や二百年くらい、あっという間に過ぎるっすから。だから大事なのは、“時間”じゃないっすよ」

 

 リュナは、褐色の指で自分の胸をぽんと叩いて、目を細めた。

 

「無駄にしちゃいけないのは、"時間"じゃなくて——"機会”っすよ。」

 

 風が吹いた。

 その言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。

 機会。

 たしかに、旅はいつでもできる。
 でも——この“誰かの人生を変える機会”は、今この瞬間しかない。

 俺の中の何かが、すっと整理されていくのを感じた。

 

「……そうだね。ありがと、リュナちゃん」

 

 リュナは目を細めて、にっこりと笑った。

 

「どういたしましてっす、兄さん」




 再び、ブリジットのもとへと足を運んだ。

 彼女は、まだ同じ場所に立っていた。
 俺たちの返事を、じっと待ち続けてくれていた。

 

 その健気さに、少しだけ胸が痛む。

 

「……ブリジットちゃん」

 

 呼びかけると、彼女が振り向く。

 

 俺は、一歩前に出た。
 そして——迷いなく、手を差し出した。

 

「分かった。俺で良ければ、手伝うよ」

 

 その瞬間。

 

 彼女の目に、涙が滲んだ。

 

「……ほんとに……?」

 

「本気だよ。君の夢を、一緒に叶えたいって思ったから」

 

 小さな手が、震えながら俺の手を取った。
 そのぬくもりが、俺の掌に、まっすぐに届く。

 

「……ありがとう、アルドくん……!」

 

 はにかんだように笑って、ぽろりと涙をこぼすブリジットに、
 俺は静かに頷いた。

 

「さ~て。じゃ、あーしは兄さんの決定に従うっす!」

 

 リュナが元気よく手を挙げて、言葉を繋いだ。

 

「……ただ、ひとつだけお願いあるっす」

 

「ん?」

 

「できれば、あーしのくつろぎ空間は作ってほしいっす。こう……マイ・洞窟みたいな?」

 

「今から共に開拓するのに、洞窟暮らし前提なの!?」

 

 突っ込まずにはいられなかった。
 もっと快適な空間作ってあげるからね!ギャルに洞窟は似合わないよ!

 

 だけどそのやりとりのあと、ブリジットちゃんの笑い声がふわっと漏れて、
 空気は少しだけ、あたたかくなった気がした。

 

 ——こうして、俺たちの新しい旅が始まった。

 このフォルティア荒野という、何もない世界の隅っこで。

 けれどその先に、きっと誰かが羨むような“何か”がある気がして。

 

 俺はそっと空を仰いだ。

 茜色の雲の向こうに、新しい未来が、確かに見えた気がした。



 ◇◆◇



 陽が沈みきり、あたりに夜の帳が下りる頃。
 俺たちは、ブリジットが使っていた仮設のテントに戻っていた。

 

 内部は思ったより整っていた。
 旅人用の頑丈なキャンバス生地に、毛布と道具が無駄なく収められている。
 簡素なランタンが、薄ぼんやりとした光を照らしていた。

 

 俺とリュナは簡易チェアに腰を下ろし、
 ブリジットちゃんが淹れてくれた熱いハーブティーを、ゆっくりと口に含んだ。

 

 香ばしくて、少しだけ甘い香りが鼻に抜ける。

 

 しばしの沈黙のあと、ブリジットが口を開いた。

 

「……あのね、ふたりにちゃんと話しておきたいことがあるの」

 

 その声は、ほんの少しだけ震えていた。

 

「……あたし、エルディナ王国って国の貴族の家に生まれたんだ」

 

 俺はハーブティーの湯気越しに、彼女の横顔を見つめる。

 

 ブリジットの表情は、どこか遠くを見つめているようだった。

 

「15歳になった年、女神様の祝福で“スキル”を授かったの。“毒無効”っていう、ただそれだけの……地味なスキル」

 

 声の中に、少し笑いが混じっていた。
 でもその笑いは、少しだけ痛かった。

 

「でも、うちの家は……貴族として、ずっと戦いや功績を重んじる家系だったから」

 

「“そんなスキルで、何ができる?”って……家族に言われた」

 

 ぽつり、ぽつりと語られる言葉。

 俺もリュナも、息をのむように聞いていた。

 

「……それでね。あたし、フォルティア荒野の開拓任務を任されたの」

 

 「名誉ある任務」だって、家の人たちは言った。

 でも、わかっていた。
 それが“追い出すため”の建前だってことくらい——

 

 ブリジットは小さく息を吐いて、それでも笑ってみせた。

 

「……でも、あたし、家族を恨んではいないんだ」

 

 それは、少し驚きだった。

 

「だって、家族はあたしに“可能性”をくれたんだと思うから」

 

「ここで結果を出して、皆が羨むような領地にして……もう一度、ちゃんと胸を張って帰れるようになりたい。そう思ってるの」

 

 まっすぐだった。

 彼女の言葉には、偽りがひとつもなかった。

 

 それが、どれだけ……すごいことか。

 

(……なんて、健気で、強い子なんだ)

 

 “弱さを見せられる強さ”って、こういうことなんだろう。

 

 誰かを責めるでもなく、自分の無力さに嘆くでもなく。
 そのうえで、未来を見つめて、手を伸ばしている。

 
 そんな彼女の姿は、"真祖竜"である俺なんかよりも、ずっと強く見えた。


 俺は……ただ、静かに心の中で思った。

 

(この子のために、何ができる?)

 

 ブリジットちゃんの手を取ったとき、たしかに決めたはずだった。

 でも、今、改めて確信する。

 

(——やるなら、本気でやるか)

 

 俺はこの荒野を変える。
 ただの荒地を、人が、魔物が、誰もが安心して生きていける“楽園”にする。

 

 そしてこの子の夢を、叶えるために。

 

 (最終的には、国家間の流通が集中する、巨大な交易都市を築いてやるさ!ブリジットちゃんのためにな!)

 

 俺の中に、ひとつのビジョンが灯った。

 

 その火は、小さいけれど、誰にも消せない——

 そんな強い炎だった。

 

 それから少しして。

 テントの外に出ると、夜風がひんやりと肌を撫でた。

 空には、満天の星。

 ブリジットが少し遅れて出てきて、リュナも後ろからひょこっと顔を覗かせる。

 

「ふふ、夜風が気持ちいいね」

 

 そう言って微笑むブリジットちゃんの顔は、どこか晴れやかだった。

 

 リュナは肩を回しながら、言った。

 

「兄さん、こうなったら、このフォルティア荒野を最強にイケてる街にしちゃいましょ。あ、あーしは風呂さえあれば文句ないっすよ?」

 

「キミの基準そこなのね……」

 

「くつろぎこそが竜の活力っす」

 

 俺が額を押さえると、リュナがフフッと笑った。

 その笑いにつられるように、ブリジットもくすくすと笑い出す。

 

 ……なんだかんだで、悪くない夜だった。

 

 けれどそのとき。

 

 ふと、風向きが変わった。

 

 遠く、荒野の地平の向こう。

 どこかで、焚き火の煙のような匂いが、風に乗って流れてきた。

 

 俺は、少しだけ顔をしかめた。

 

「……ん?」

 

「どしたっすか、兄さん?」

 

「いや……なんでもない」

 

 それは、まだ始まりに過ぎなかった。

 

 新たな命が集まり始めるこの荒野に——
 遠くから、静かに、鋭く、別の“視線”が向けられようとしていた。

 

 その視線が何を意味するのかを、俺たちはまだ知らなかったけれど。

 

 でも、ここから物語は大きく動き出す。

 

 きっとそれだけは、どこかで分かっていた。
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