真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第3章 巨大な犬編

第18話 フェンリル族の秘宝と、静かなる来訪

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 食後のティータイム。


 鍋を片付けていると、リビングにみっちりとハマったままのフレキが、再び重々しい声を出した。

 

「……実は、もうひとつ……皆さんにお伝えしなければならないことがあります」

 

 その声音には、先ほどまでの穏やかさとは別の、張りつめた緊張がにじんでいた。

 

 ふと、つぶらな瞳が真剣な光を宿す。

 

「魔王軍の狙いは、ボクたちフェンリルと手を組むことだけではありません」

 

 その言葉に、リュナがぱちりと瞬きをし、ブリジットが背筋を伸ばす。

 

「おそらく、奴らの本当の目的は——」

 

 フレキは一瞬、言葉を切った。

 

「……フェンリル族に代々伝わる、“秘宝の力”を我が物にすることなのです」

 

 凛とした声音。子犬のような見た目(巨大)を一瞬忘れるような、王族としての威厳がそこにはあった。

 

「その秘宝は、かつて我が一族が、幾多の脅威と戦い抜くために用いたもの……強き者がそれを手にすれば、さらに強くなる。ですが——」

 

 彼はわずかに目を伏せて、息を整える。

 

「……その力を、“奪うため”に使おうとする者の手に渡ってしまえば、取り返しのつかない災いを招く。だから、ボクは……それを守らなければならないのです」

 

 言い終えると、彼は前足をそっと、もふもふの胸毛の中へと差し入れた。

 ずずいっと掻き分けるような仕草ののち、そっと引き出されたのは——

 

「我がフェンリルの里に古くから伝わる“秘宝”……それが、これです」

 

 そう言って、フレキは慎重に、その“何か”をリビングの床へと置いた。

 

 ぴょこっ、と取り出されたのは——

 

 骨だった。



 どう見ても、骨だった。



 白くて、ちょっとつやつやしてて、棒の様なフォルムの両端がぽこんと膨らんでいる。真ん中に小さな紋章が刻まれてはいるけど……

 

 これ、あれだ。──"ローハイド(犬用ガム)"。

 

 俺の脳裏には、前世のペットショップで見た“犬用ガム”の光景がよみがえる。ワンちゃんが喜んでガジガジしてるやつ。

 

 フレキは真剣な顔で、それを俺たちの前に差し出す。

 

「これは……代々の族長しか知らぬ方法で封印されていたもの。とある条件を満たせば、真の姿を取り戻し……持ち主に、フェンリルの“限界を超える力”を与えると言われています」



……この犬用ガムが?

 

「えっ……そ、そんな大事なものを、よく持ち出せたね……?」
 

 ブリジットの問いに、フレキは苦々しげにうつむいた。

 

「……それほどに、今の状況は危機的なのです。魔王の軍勢があの里に迫る前に、この秘宝だけは……誰にも渡してはならないと思いました」


 フレキくんがラブリーなダックスフェイスをキリッと引き締めて言葉を紡ぐ。


「──しかし、里から離れる途中、魔王の使いに気付かれてしまい、追撃を受け……手傷を負ってしまったのです……!」


 肉球を握りしめ、悔しそうに語る。
 

「ボクは必死の思いで力を振り絞り、何とか逃げ切る事ができました……フェンリル族の秘宝を、魔王の群勢なんかに渡す訳にはいかない……そう思ったから……!」

「うん……うん、それは、すごく……立派だよ……!」

 

 ブリジットが目に涙を浮かべそうな勢いで頷く。

 

「フレキくん、ほんとに勇気あるんだね……!」


「……ありがたいお言葉です。」

 

 伏せたまま、そっと頭を下げるフレキの姿に、確かに気品があった。間違いなく血統書付きだ。
 

 だが、ローハイド(秘宝)を前に、ブリジットちゃんに頭を撫でられるフレキくんのその姿は──

 

 (ご主人様にガムをもらって喜んでるワンちゃんにしか見えないんだけど……)

 

 という心の声が、どうしても止まらなかった。

 

 その可愛さと、真剣さと、見た目のギャップに、戸惑いながら。

 

 俺は、差し出された骨……じゃなかった、“フェンリルの秘宝”に、視線を送るのだった。



───────────────────



 フォルティア荒野、北方の密林奥深く。

 神々しいほどの静寂が支配するその地に、一頭の銀の獣が座していた。

 

 全身を滑らかな銀毛に包まれ、双眸は蒼く鋭い。

 その威容は、ただそこに佇むだけで周囲の魔物すら遠ざける。

 ——フェンリル族の王、"王狼・マナガルム"。

 

 彼の前には、一人の“魔族”の姿があった。

 黒衣に身を包み、無骨な剣を背に背負う細身の男。

 その肌はやや青白く、頬はこけ、目は深い琥珀色。

 だが、最大の異質は——“静かすぎる”こと。

 気配を完璧に殺したその存在は、まるで死神のようでさえあった。

 

 男の名は、"至高剣・ベルザリオン"。

 その実、“とある魔王”直属の四天王であるが——

 この場にその主人の名を知る者は、まだいない。

 

 

「……我が愚息、フレキが秘宝を持ち出した」

 

 先に口を開いたのは、マナガルムだった。

 その声音には怒気も焦りもなかった。ただ、乾いた事実の列挙である。

 

「未熟ゆえの愚行だ。我が血を引く者でありながら、他種との共存などという夢物語に囚われている。……まったく、王たる資質に欠ける」

 

 目を伏せ、蒼の瞳がわずかに濁る。

 

「だが……あれもまた、フェンリル族に連なる者。“秘宝”を扱える資格は、あるのだ」

 

 その言葉に、ベルザリオンが口角をわずかに吊り上げた。

 

「……故にこそ、回収が急がれますね」

 

「そうだ」

 

 マナガルムは静かに頷き、森の奥を見やった。

 

「秘宝が発動する前に、フレキを捕らえねばなるまい。そして、秘宝を貴殿らに預けることで……
ザグリュナ無きこのフォルティア荒野でのフェンリルの未来を、この爪牙で掴み取る」

 

 その声音に、わずかに熱が滲む。

 

「我らフェンリルが、再びこの大地の頂点に立つのだ。かつて咆哮竜ザグリュナの影に隠れていた日々は、もう終わった」

 

 その言葉に対し、ベルザリオンは無表情のまま、僅かに頭を垂れた。

 

「賢明なるご決断です、王狼マナガルム様。我ら魔王様の御意も、必ずやこの地に繁栄をもたらすでしょう」

 

 その言葉は、どこまでも丁寧で、どこまでも毒々しかった。

 その目の奥に宿るものを、マナガルムは知る由もない。

 

「では、私が行きましょう。“秘宝”を、その牙から取り戻しに」

 

「……頼んだぞ、ベルザリオン」

 

 マナガルムの蒼の瞳に、再び獣王の炎が灯る。

 

「我が爪が届かぬならば、貴殿の刃で貫け。フレキは——あれはもはや、王家を裏切った“反逆者”だ」

 

 黙って一礼し、背を向けるベルザリオン。

 

 その歩みは無音で、地に影すら落とさないようだった。

 

 ただ——その口元に、ほのかに吊り上がった笑みだけが。

 誰にも気づかれぬまま、森の奥へと溶けていった。

 

 そして、風が吹いた。

 古き誇りと、燃え上がる野望とを抱えた狼たちの王国に。

 冷たく、鋭く。

 

 静かな戦の幕が、今、音もなく上がろうとしていた。
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