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第4章 "色欲の魔王"編
第47話 竜と魔王、追跡の夕べ
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──逃がすもんか。
街灯の上で俺を挑発してきた“色欲の魔王”ヴァレン・グランツは、肩にかけたロングコートをふわりとはためかせたかと思うと、
まるで風の流れに乗るように、ふわっと跳び上がった。
その身は、まるで重力が存在しないかのように軽やかで、次の瞬間には、道沿いに建つ屋台の骨組みの上──
いや、今度は二階建ての商店の看板へと、ぴょん、ぴょん、と跳ねるように移動していく。
完全に、“逃走”の動きだった。
(……なるほど。まずは逃げに徹する気か?)
俺は小さく鼻を鳴らすと、ぐっと地面を踏み込む。
「……逃がさねーよ」
そのまま人混みを縫うように、一気に加速する。
通行人たちの肩と肩の隙間を、滑るように、流れるように駆け抜ける。
速さは控えめだ。俺の本来の走力を出せば、人々を吹き飛ばしかねない。
でも、これでも十分、ヴァレンに追いつくための“戦速”だ。
ヴァレンは、看板の上で片手をひらひらと振っている。
「ほらほら、そんな控えめな態度じゃ、俺には届かないぜ?」
(腹立つわ……!口元まで軽やかかよ…!)
上空を舞うヴァレンの姿を見ながら、俺は考える。
さっきも蹴りの応酬で分かったけど──こいつ、逃げ足に関しちゃ本気だ。
だったら……足止めが要るな。
と、走る先。
ちょうどいい看板が目に入った。
──風鶏(ふうけい)の炭火串焼きの屋台。
湯気が立ち上る鉄板、香ばしい匂い、じゅうじゅう焼ける皮付きの焼き鳥。
その上で、絶妙な焦げ目をつけられた串が8本ほど。
──よし、決めた。
俺は走りながら懐に手を入れて、金貨を数枚──いや、ちょっと多めに取り出す。
そして、店主の驚く顔をよそに、串焼きに一直線。
「おっちゃん!これもらうね!!」
「お、おい!お金、多すぎるよ兄ちゃん!?」
「釣りは取っといて!!」
言い終わる前に、串をがさっと掴んで再加速。
両手の指の間に4本ずつ、焼きたての串を握り込みながら、また人混みをすり抜けていく。
──ちなみに、俺は早食い得意だ。
口を開けて、片手に握った4本の串を、前歯で4本同時にガッとかじり取る。
焼きたての皮が、パリッとしてて、中からはジューシーな肉汁がぶわっと溢れる。
うまい。……うまいけど、今それどころじゃない。
「んぐ、もがっ……ごっくん。……よし」
走りながら4本平らげ、もう片方の手の4本も、同じ要領でかじっていく。
口の中の肉を噛み砕きながら、俺は串だけを残して──握った拳の指の間に、竹串を4本ずつ挟み込んだ。
(当たっても死にはしないだろ。魔王なら……!)
空を跳んでいるヴァレンの足元に狙いを定めて──
「おらあああああッ!!」
───ビュビュビュンッッ!!
右手の4本、左手の4本。
一気に、全ての串を投擲する!
竹串の弾丸が、空中を駆ける魔王をめがけて、まっすぐ飛んでいく。
ヴァレンは空中で一瞬目を見開いたが、すぐに口角を上げて──
「こりゃ、当たれば穴だらけだな。」
右手の二本指を立て、空中に円を描くように動かした。
ヴァレンの前に、赤く光る"力場"が発生する。
その瞬間。
串の軌道が、わずかに逸れる。
8本の串が、ヴァレンの身体をかすめながら、火花を散らして通過していく。
そのまま夜空に吸い込まれるように放物線を描き
──まるで流れ星のように、尾を引いて光を放ちながら消えていった。
通行人たちの間から、また歓声が上がる。
「すごーい! 光のショーだ!」
「なにあれ、ロケット花火!?」
「演出じゃない? すごーい!」
(くっそ……いちいち絵になる奴だな……!)
でも、手応えはあった。
魔王相手でも、完全に“避ける”必要がある程度には、ちゃんと威力も精度も通じる。
魔力を込めなくても、真祖竜の攻撃は、魔王にも通じる訳だ。
だったら、次はもっと近づいて、撃ち込むだけだ。
ヴァレンは再び、ひらりと身を翻して別の看板の上に飛び移っていった。
……よし。
ここからが、本番だ。
──このまま逃すつもりは、これっぽっちもない。
◇◆◇
逃げるヴァレンの後を追って、俺は舗道から店先へ飛び乗る。
(本気でジャンプすれば、建物の屋上まで余裕で届くけど……)
さすがにこの街中で真祖竜パワーを全開にしたら、何より目立ちすぎる。
それに、周囲には一般人も多い。無用な混乱を招くわけにはいかない。
(……じゃあ、こういう時は──)
俺はすぐ先に突き出ていた金属製のポールに飛びついた。垂れ幕を吊るすための店の装飾だ。
グッと両手でそれを掴んで、そのまま勢いを殺さずに一回転。
大車輪みたいにくるくる回って、タイミングを見計らい──
「──よっ!」
手を放し、空中に跳ぶ。
建物の壁に片足をぶつけて三角跳び。
角度を変え、そのまま隣の家の屋根に指先を引っ掛けて、ぐるりと回転しながら着地。
異常な脚力でひとっ飛び!じゃなく、パルクール的な跳躍なら目立たないでしょ!
「……っと、成功!」
と、思った瞬間──
「うおおお!」「見た!?」「今の!?」
通りの人たちが、わあっと拍手を送ってきた。
(……しまった!逆に目立ったかも!?)
しまったなぁ……いや、違う、これは花火祭のパフォーマンス演出だと思ってくれてる……と思いたい!
もう恥ずかしさは忘れろ!追うことが最優先!
ふと視線を上げると、いつのまにか通りを挟んだ向かいの屋上に、例のチャラ男──
……いや、“色欲の魔王”ヴァレン・グランツが立っていた。
ヴァレンは左手で黒革の本のページをパラパラとめくりながら、右手の指で宙に──五芒星の印を描いている。
何となく、あの"本"がヤツの力の源っぽいな。
(また何かやる気か!?)
ヴァレンは星形の光に触れながら、どこか楽しそうに囁いた。
「──"心花顕現"」
パァァァ……。
描かれた星が、夜空の星のように淡く瞬き始める。
(な……なんだあれ)
ヴァレンが軽やかに、俺のいる方向を二本指で指し示す。
「──"流星群"」
その瞬間。
チッッッ!!
星々が――弾丸のように、こちらに向かって飛んできた!
「うおぉっ!?ちょ、速い!!」
金属質なヒュンヒュンという空気の唸りを切り裂く音。
多分、当たっても平気な様な気もするけど、
さっきフレキくんが犬達に連れ去られた謎攻撃の件もある。
正体の分からない攻撃に直接触れるのは、何か嫌だ。
(これは……どうするかね……!)
周囲をぐるりと見渡し、目に入ったのは、建物の屋上に立つ金属製のポール。
旗を掲げるための、細身のやつ。
(……仕方ない!)
「……お店の人、ごめん!後で直すから!」
俺は一気にそのポールの根本を蹴り折った!
金属がきぃんと高く鳴いて、棒が斜めに倒れる。
それをすかさず蹴り上げて、片手でキャッチ。
カンフー映画のようにヒュンヒュンとポールを振り回し ──
「……来いよ、星撃ち魔王!!」
びしっ構える。
流星群の光弾が、次々に飛んでくる。
俺はその全てを、棒で──
「はあぁぁ────ッッッ!!!」
パァン!パパパパパパパァンッッ!!
全て打ち払う!
如意棒を振るう孫悟空かの如く!
流石、真祖竜ボディ。
棒術なんてやった事も無いのに、
イメージ通りに身体が動く……!!
ポールが星弾を弾くたび、花火のように煌めく光が周囲に霧散する。
空から降る星の雨。それを棒術で打ち落とす俺。
完全に幻想バトル演出だ。
通行人たちはさらに盛り上がり、「すごい!」「もう始まってる!?」と花火の開始と勘違いしている。
── だが、その時。
ヴァレンの前に、サッカーボールくらいの大きさの光の塊が現れた。
彼はくるりと回転し、ボレーシュートの動きでそれを蹴り――
「“星蹴撃”!」
赤く輝く光の塊が、俺に向かって一直線に飛んできた!
「ったく、次から次へと……ッ!?」
迫ってくる光球。
(人も建物も射線上にいない……!なら!)
「──クリアァァァァ!!」
サッカースピリットを全開に、俺もサッカーボールキックで光球を蹴り返す!
ドゴォン!
俺の蹴りで弾かれた星は、そのまま夜空に向かって真上に飛んでいく。
夜空の遥か彼方へ。
消えていった。
「……よし、ノーリスク!」
周囲からは再び歓声と拍手。
でも、まだ終わらない。
「さあ、魔王さん。お返しだ……!」
ポールをぐるりと回して、後ろに引く。
そのまま──
「オラァッ!!」
投げつけた!
槍投げの要領で一直線にヴァレンを狙って──
空を裂いて飛ぶ鉄槍!
だが、ヴァレンはニヤリと笑みを浮かべると、
それをヒラリとかわし――
「えっ」
──跳んだ。
俺が投げた、高速で飛ぶ、ポールの上に。
トンッ……と、バランスをとって乗って、そのまま遠ざかっていく!!
慣性の法則どうなってんの、それ!?
「桃◯白かよ!?」
思わずツッコむ。
さっき俺が悟空的なアクションしたから!?
そっちの"悟空"のつもりじゃなかったんだけど!?
──でも、逃がさない!
俺もジャンプして、ヴァレンがいた建物の屋上に飛び移る。
お前の姿、見えてるぞ!
ヴァレンは身軽に宙を舞いながら、展望塔へと続く丘を登る参道の方へと移動している。
(展望塔か……そこが、目的地か?)
俺は走る。逃げる魔王を追いかけて!
◇◆◇
「チッ……!逃げ足の速い魔王様だな!」
王都ルセリアの中心を抜け、俺とヴァレンは祭りのど真ん中を横断していた。
人ごみを縫うように跳ね、舞い、滑るように逃げるあのチャラ男。
参道沿いには、屋台がぎっしり並び、屋台芸人たちがあちこちでパフォーマンスを披露している。
視線の先、火吹き芸をやってるリザードマン風の大道芸人が、赤く燃える松明を高く掲げていた。
「よし……!」
俺はダッシュの勢いそのままに、腰の小袋から金貨をひとすくい。
──チャリンッ!
「おっちゃん、ちょっと借りる!」
「あっ……! お、おい!?」
芸人の前に金貨をばら撒き、火のついた松明を片手で奪取!
「お、おい!? なんだ、何が始まったんだ!?」
「王都の余興!?それとも花火の前座!?」
通行人たちの声が飛び交う中、俺は芸人の腰に吊るされてた、瓶に入った強い酒をひったくる。
「拝借!!」
瓶の口を親指で弾き飛ばす。ポンという音と共に、鼻を刺すアルコールの香り。
ゴクリ。
口いっぱいに酒を含むと、俺はすかさず松明を口元に構え──
──ボオォォオオオッ!!
真祖竜の肺活量で、口から炎の奔流を吐き出した!
酒と火の混合技、
即席、魔力レス“ドラゴンブレス”!
「ブゥウゥゥゥ────ッ!!」
空中を舞っていたヴァレンに、一直線に炎のビームが走る!
道行く人々が、どよめきと歓声を上げる。
「すごい!とんでもない勢いで火を吹いた!」
「え、あれも演出!?どこまでが本物!?」
──だが。
ヴァレンは、焦るでもなく。
ただ、サングラスの奥から静かに俺を見据えていた。
その口角が、釣り上がる。
「──そういうのを待っていたんだ!」
風が舞う。ページがめくられる。
ヴァレンの左手の“魔本”が、静かに光を帯び始めた。
そして。
「──“幻愛変相”。」
右手を、天へと掲げる。
空へと昇った炎が──歪んだ。
風が渦を巻くように、赤々と燃え上がっていた火が、二つの渦へと変化していく。
「……なんだ?」
視界が妙に揺れる。
俺が吐いた炎が、まるで意思を持ったかのように螺旋を描き、分裂し──
「……っ!?」
そのまま、それぞれの渦が、人の形になっていった。
光と炎の残滓の中で、輪郭が、影が、色が、現実味を帯びてくる。
──まるで、魂を得たかの様に。
一人目は──
金髪のポニーテール。赤い瞳。ふわりと舞う天使のような少女。
今朝まで俺の隣にいた、“ブリジットちゃん”の姿。
二人目は──
夜のような黒いマスク。猫のように艶めいた瞳と、軽やかに揺れる金茶のロングヘアー。
カクカクハウスで、俺達の帰りを待っててくれるはずの“リュナちゃん”の姿。
「ブリジット……ちゃん……? リュナ……ちゃん……?」
口が、勝手に声を漏らしていた。
有り得ない。こんな魔法、こんな現象──
でも。
二人とも、こちらを見て、微笑んでいた。
まるで夢の中のような、あたたかく、優しい笑みで。
「……なっ……なんだ、これ……!? どんな魔法だ……!?」
困惑している俺をよそに、ヴァレンはサングラスの奥でゆっくりと瞳を細めた。
口元には、静かな、けれどどこか熱のこもった、
「──ククク……ククク、ハハハハッ!!」
───狂気にも似た、笑い。
そして魔王は、ぽつりと呟いた。
「──最高だ。」
街灯の上で俺を挑発してきた“色欲の魔王”ヴァレン・グランツは、肩にかけたロングコートをふわりとはためかせたかと思うと、
まるで風の流れに乗るように、ふわっと跳び上がった。
その身は、まるで重力が存在しないかのように軽やかで、次の瞬間には、道沿いに建つ屋台の骨組みの上──
いや、今度は二階建ての商店の看板へと、ぴょん、ぴょん、と跳ねるように移動していく。
完全に、“逃走”の動きだった。
(……なるほど。まずは逃げに徹する気か?)
俺は小さく鼻を鳴らすと、ぐっと地面を踏み込む。
「……逃がさねーよ」
そのまま人混みを縫うように、一気に加速する。
通行人たちの肩と肩の隙間を、滑るように、流れるように駆け抜ける。
速さは控えめだ。俺の本来の走力を出せば、人々を吹き飛ばしかねない。
でも、これでも十分、ヴァレンに追いつくための“戦速”だ。
ヴァレンは、看板の上で片手をひらひらと振っている。
「ほらほら、そんな控えめな態度じゃ、俺には届かないぜ?」
(腹立つわ……!口元まで軽やかかよ…!)
上空を舞うヴァレンの姿を見ながら、俺は考える。
さっきも蹴りの応酬で分かったけど──こいつ、逃げ足に関しちゃ本気だ。
だったら……足止めが要るな。
と、走る先。
ちょうどいい看板が目に入った。
──風鶏(ふうけい)の炭火串焼きの屋台。
湯気が立ち上る鉄板、香ばしい匂い、じゅうじゅう焼ける皮付きの焼き鳥。
その上で、絶妙な焦げ目をつけられた串が8本ほど。
──よし、決めた。
俺は走りながら懐に手を入れて、金貨を数枚──いや、ちょっと多めに取り出す。
そして、店主の驚く顔をよそに、串焼きに一直線。
「おっちゃん!これもらうね!!」
「お、おい!お金、多すぎるよ兄ちゃん!?」
「釣りは取っといて!!」
言い終わる前に、串をがさっと掴んで再加速。
両手の指の間に4本ずつ、焼きたての串を握り込みながら、また人混みをすり抜けていく。
──ちなみに、俺は早食い得意だ。
口を開けて、片手に握った4本の串を、前歯で4本同時にガッとかじり取る。
焼きたての皮が、パリッとしてて、中からはジューシーな肉汁がぶわっと溢れる。
うまい。……うまいけど、今それどころじゃない。
「んぐ、もがっ……ごっくん。……よし」
走りながら4本平らげ、もう片方の手の4本も、同じ要領でかじっていく。
口の中の肉を噛み砕きながら、俺は串だけを残して──握った拳の指の間に、竹串を4本ずつ挟み込んだ。
(当たっても死にはしないだろ。魔王なら……!)
空を跳んでいるヴァレンの足元に狙いを定めて──
「おらあああああッ!!」
───ビュビュビュンッッ!!
右手の4本、左手の4本。
一気に、全ての串を投擲する!
竹串の弾丸が、空中を駆ける魔王をめがけて、まっすぐ飛んでいく。
ヴァレンは空中で一瞬目を見開いたが、すぐに口角を上げて──
「こりゃ、当たれば穴だらけだな。」
右手の二本指を立て、空中に円を描くように動かした。
ヴァレンの前に、赤く光る"力場"が発生する。
その瞬間。
串の軌道が、わずかに逸れる。
8本の串が、ヴァレンの身体をかすめながら、火花を散らして通過していく。
そのまま夜空に吸い込まれるように放物線を描き
──まるで流れ星のように、尾を引いて光を放ちながら消えていった。
通行人たちの間から、また歓声が上がる。
「すごーい! 光のショーだ!」
「なにあれ、ロケット花火!?」
「演出じゃない? すごーい!」
(くっそ……いちいち絵になる奴だな……!)
でも、手応えはあった。
魔王相手でも、完全に“避ける”必要がある程度には、ちゃんと威力も精度も通じる。
魔力を込めなくても、真祖竜の攻撃は、魔王にも通じる訳だ。
だったら、次はもっと近づいて、撃ち込むだけだ。
ヴァレンは再び、ひらりと身を翻して別の看板の上に飛び移っていった。
……よし。
ここからが、本番だ。
──このまま逃すつもりは、これっぽっちもない。
◇◆◇
逃げるヴァレンの後を追って、俺は舗道から店先へ飛び乗る。
(本気でジャンプすれば、建物の屋上まで余裕で届くけど……)
さすがにこの街中で真祖竜パワーを全開にしたら、何より目立ちすぎる。
それに、周囲には一般人も多い。無用な混乱を招くわけにはいかない。
(……じゃあ、こういう時は──)
俺はすぐ先に突き出ていた金属製のポールに飛びついた。垂れ幕を吊るすための店の装飾だ。
グッと両手でそれを掴んで、そのまま勢いを殺さずに一回転。
大車輪みたいにくるくる回って、タイミングを見計らい──
「──よっ!」
手を放し、空中に跳ぶ。
建物の壁に片足をぶつけて三角跳び。
角度を変え、そのまま隣の家の屋根に指先を引っ掛けて、ぐるりと回転しながら着地。
異常な脚力でひとっ飛び!じゃなく、パルクール的な跳躍なら目立たないでしょ!
「……っと、成功!」
と、思った瞬間──
「うおおお!」「見た!?」「今の!?」
通りの人たちが、わあっと拍手を送ってきた。
(……しまった!逆に目立ったかも!?)
しまったなぁ……いや、違う、これは花火祭のパフォーマンス演出だと思ってくれてる……と思いたい!
もう恥ずかしさは忘れろ!追うことが最優先!
ふと視線を上げると、いつのまにか通りを挟んだ向かいの屋上に、例のチャラ男──
……いや、“色欲の魔王”ヴァレン・グランツが立っていた。
ヴァレンは左手で黒革の本のページをパラパラとめくりながら、右手の指で宙に──五芒星の印を描いている。
何となく、あの"本"がヤツの力の源っぽいな。
(また何かやる気か!?)
ヴァレンは星形の光に触れながら、どこか楽しそうに囁いた。
「──"心花顕現"」
パァァァ……。
描かれた星が、夜空の星のように淡く瞬き始める。
(な……なんだあれ)
ヴァレンが軽やかに、俺のいる方向を二本指で指し示す。
「──"流星群"」
その瞬間。
チッッッ!!
星々が――弾丸のように、こちらに向かって飛んできた!
「うおぉっ!?ちょ、速い!!」
金属質なヒュンヒュンという空気の唸りを切り裂く音。
多分、当たっても平気な様な気もするけど、
さっきフレキくんが犬達に連れ去られた謎攻撃の件もある。
正体の分からない攻撃に直接触れるのは、何か嫌だ。
(これは……どうするかね……!)
周囲をぐるりと見渡し、目に入ったのは、建物の屋上に立つ金属製のポール。
旗を掲げるための、細身のやつ。
(……仕方ない!)
「……お店の人、ごめん!後で直すから!」
俺は一気にそのポールの根本を蹴り折った!
金属がきぃんと高く鳴いて、棒が斜めに倒れる。
それをすかさず蹴り上げて、片手でキャッチ。
カンフー映画のようにヒュンヒュンとポールを振り回し ──
「……来いよ、星撃ち魔王!!」
びしっ構える。
流星群の光弾が、次々に飛んでくる。
俺はその全てを、棒で──
「はあぁぁ────ッッッ!!!」
パァン!パパパパパパパァンッッ!!
全て打ち払う!
如意棒を振るう孫悟空かの如く!
流石、真祖竜ボディ。
棒術なんてやった事も無いのに、
イメージ通りに身体が動く……!!
ポールが星弾を弾くたび、花火のように煌めく光が周囲に霧散する。
空から降る星の雨。それを棒術で打ち落とす俺。
完全に幻想バトル演出だ。
通行人たちはさらに盛り上がり、「すごい!」「もう始まってる!?」と花火の開始と勘違いしている。
── だが、その時。
ヴァレンの前に、サッカーボールくらいの大きさの光の塊が現れた。
彼はくるりと回転し、ボレーシュートの動きでそれを蹴り――
「“星蹴撃”!」
赤く輝く光の塊が、俺に向かって一直線に飛んできた!
「ったく、次から次へと……ッ!?」
迫ってくる光球。
(人も建物も射線上にいない……!なら!)
「──クリアァァァァ!!」
サッカースピリットを全開に、俺もサッカーボールキックで光球を蹴り返す!
ドゴォン!
俺の蹴りで弾かれた星は、そのまま夜空に向かって真上に飛んでいく。
夜空の遥か彼方へ。
消えていった。
「……よし、ノーリスク!」
周囲からは再び歓声と拍手。
でも、まだ終わらない。
「さあ、魔王さん。お返しだ……!」
ポールをぐるりと回して、後ろに引く。
そのまま──
「オラァッ!!」
投げつけた!
槍投げの要領で一直線にヴァレンを狙って──
空を裂いて飛ぶ鉄槍!
だが、ヴァレンはニヤリと笑みを浮かべると、
それをヒラリとかわし――
「えっ」
──跳んだ。
俺が投げた、高速で飛ぶ、ポールの上に。
トンッ……と、バランスをとって乗って、そのまま遠ざかっていく!!
慣性の法則どうなってんの、それ!?
「桃◯白かよ!?」
思わずツッコむ。
さっき俺が悟空的なアクションしたから!?
そっちの"悟空"のつもりじゃなかったんだけど!?
──でも、逃がさない!
俺もジャンプして、ヴァレンがいた建物の屋上に飛び移る。
お前の姿、見えてるぞ!
ヴァレンは身軽に宙を舞いながら、展望塔へと続く丘を登る参道の方へと移動している。
(展望塔か……そこが、目的地か?)
俺は走る。逃げる魔王を追いかけて!
◇◆◇
「チッ……!逃げ足の速い魔王様だな!」
王都ルセリアの中心を抜け、俺とヴァレンは祭りのど真ん中を横断していた。
人ごみを縫うように跳ね、舞い、滑るように逃げるあのチャラ男。
参道沿いには、屋台がぎっしり並び、屋台芸人たちがあちこちでパフォーマンスを披露している。
視線の先、火吹き芸をやってるリザードマン風の大道芸人が、赤く燃える松明を高く掲げていた。
「よし……!」
俺はダッシュの勢いそのままに、腰の小袋から金貨をひとすくい。
──チャリンッ!
「おっちゃん、ちょっと借りる!」
「あっ……! お、おい!?」
芸人の前に金貨をばら撒き、火のついた松明を片手で奪取!
「お、おい!? なんだ、何が始まったんだ!?」
「王都の余興!?それとも花火の前座!?」
通行人たちの声が飛び交う中、俺は芸人の腰に吊るされてた、瓶に入った強い酒をひったくる。
「拝借!!」
瓶の口を親指で弾き飛ばす。ポンという音と共に、鼻を刺すアルコールの香り。
ゴクリ。
口いっぱいに酒を含むと、俺はすかさず松明を口元に構え──
──ボオォォオオオッ!!
真祖竜の肺活量で、口から炎の奔流を吐き出した!
酒と火の混合技、
即席、魔力レス“ドラゴンブレス”!
「ブゥウゥゥゥ────ッ!!」
空中を舞っていたヴァレンに、一直線に炎のビームが走る!
道行く人々が、どよめきと歓声を上げる。
「すごい!とんでもない勢いで火を吹いた!」
「え、あれも演出!?どこまでが本物!?」
──だが。
ヴァレンは、焦るでもなく。
ただ、サングラスの奥から静かに俺を見据えていた。
その口角が、釣り上がる。
「──そういうのを待っていたんだ!」
風が舞う。ページがめくられる。
ヴァレンの左手の“魔本”が、静かに光を帯び始めた。
そして。
「──“幻愛変相”。」
右手を、天へと掲げる。
空へと昇った炎が──歪んだ。
風が渦を巻くように、赤々と燃え上がっていた火が、二つの渦へと変化していく。
「……なんだ?」
視界が妙に揺れる。
俺が吐いた炎が、まるで意思を持ったかのように螺旋を描き、分裂し──
「……っ!?」
そのまま、それぞれの渦が、人の形になっていった。
光と炎の残滓の中で、輪郭が、影が、色が、現実味を帯びてくる。
──まるで、魂を得たかの様に。
一人目は──
金髪のポニーテール。赤い瞳。ふわりと舞う天使のような少女。
今朝まで俺の隣にいた、“ブリジットちゃん”の姿。
二人目は──
夜のような黒いマスク。猫のように艶めいた瞳と、軽やかに揺れる金茶のロングヘアー。
カクカクハウスで、俺達の帰りを待っててくれるはずの“リュナちゃん”の姿。
「ブリジット……ちゃん……? リュナ……ちゃん……?」
口が、勝手に声を漏らしていた。
有り得ない。こんな魔法、こんな現象──
でも。
二人とも、こちらを見て、微笑んでいた。
まるで夢の中のような、あたたかく、優しい笑みで。
「……なっ……なんだ、これ……!? どんな魔法だ……!?」
困惑している俺をよそに、ヴァレンはサングラスの奥でゆっくりと瞳を細めた。
口元には、静かな、けれどどこか熱のこもった、
「──ククク……ククク、ハハハハッ!!」
───狂気にも似た、笑い。
そして魔王は、ぽつりと呟いた。
「──最高だ。」
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そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。
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