真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第4章 "色欲の魔王"編

第63話 カクカク・シティへようこそ

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 それはまるで、夢の国だった。


 いや、違うな。


 夢を見た結果、悪ノリが暴走した国……と言った方が近い。

 

 「……なんで、こうなったんだ……」

 

 俺は思わず、顔を覆った。

 目の前に広がっているのは、荒野のただ中に出現した“新都市”。


 否──“カクカクシティ”。

 

 どこを見渡しても、建物の輪郭は直線と直角だけ。

 道沿いに建てられた三階建てのビル風建物も、

 スライドドアのあるコンビニ風の建物も、

 さらには生鮮食品コーナーまで完備したスーパー風の建物も、

 なぜか全部が全部、積み木細工みたいなブロック造り風だった。

 

 レンガも、木材も、ガラスも、全部、完璧なキューブ型。

 しかも、絶妙に色合いまで“あのゲーム”っぽい。

 

 いや、確かに「自由な発想で街を作ってくれて構わない」とは言ったけどさ……!

 

 (なんで現実に"マ◯クラで作った街"を再現してんだよヴァレン……!)

 

 頭を抱えながら歩いていると、建設途中の建物の足場から、ひょこっと丸っこい耳がのぞいた。

 

 「アルドさーん! お疲れ様でーすっ!」

 

 耳の主は、ヘルメットを被ったポメラニアン風のフェンリル族、ポルメレフだ。

 ブロック材の上で器用にトンカチを使いながら、フリフリと小さなしっぽを振っている。

 あいかわらず可愛い見た目に似合わず、パワフルな仕事ぶりだ。

 

 「お疲れ様~、ポメちゃんも無理せず休みながら作業してねー」

 

 笑顔で返しながら、俺の内心はめちゃくちゃに渦巻いていた。

 

 (……なんでフェンリル達までノリノリでブロック建築してんの!?)

 

 つい先週まで、彼らは「木組みの家」「石積みの倉庫」みたいな、わりと普通の建築スタイルだったのに。

 それが今じゃ、階段ブロックで傾斜を再現する技術まで習得して、完璧にマイクラ建築を再現してる。

 

 これ、完全にあいつの仕業だろ。あの、ツーブロックサングラス魔王の。

 

 (絶対にあとで問い詰める……!)

 

 俺は固く心に誓いながら、再び“ブロック世界”の中を歩き出した。

 

 だがこのときの俺は、まだ知らなかった。

 このカクカクな都市計画が──まさか国中で話題になるほどの注目を集めることになるとは。

 

 そしてその中心に、なぜか「建築の神」として崇められることになる男が現れることを。



────────────────────



 ──俺たちが、王都ルセリアから帰った日の事。


 「はい、みんなー!ちょっと注目してくださーい!」


 集まっておすわりの姿勢で待つ100を超えるフェンリル達の前に立つブリジットちゃんが、一生懸命声を張り上げる。


 「この度、あたし達フォルティア開拓団に、新たなメンバーが加わる事になりましたー!」

 「どうも!ヴァレン・グランツです!世間では、"色欲の魔王"なんて呼ばれてます!趣味は恋愛観察と漫画を描く事です!」


 ヴァレンはウィンクをすると、キャルン⭐︎と可愛いポーズを決める。ふざけてんの?


 色欲の魔王、ヴァレン・グランツが正式にフォルティア開拓団に加わる――そうブリジットちゃんが宣言したとき、俺がまず注目したのは、建物の進捗でも物資の調達でもない。


 “あの巨大なワンコたち”の反応だった。

 

 「う~ん……あいつら、全員ヴァレンに眠らされたんすよね……」

 

 隣でリュナちゃんが、口元を引きつらせながらぼそりと呟いた。

 俺も思わず、遠くに佇むフェンリル族たちの方に目を向ける。

 ごろりとした巨躯、愛玩動物のような姿に似合わぬ牙、嵐のような息遣い。

 どれもこれも一撃で城を崩せそうな存在感だ。


 だが、あのときは──


 ヴァレンの魔法で全員が一瞬にして昏倒したらしい。

 見事なまでに舌をだら~んと垂らし、地面に沈み込んだ姿が、まるで『超大型モフモフ絨毯』みたいになってたってリュナちゃんが言ってた。

 ちょっと見てみたかったな、それ。


 正直、歓迎されるとは思ってなかった。
 

 (むしろ……本能的に警戒されるんじゃ……?)
 

 そんな俺の不安を打ち砕いたのは、次の瞬間だった。

 

 「ハッハッハッハッハッ!」

 

 甲高い笑い声。唸るような息遣い。

 真っ先に駆け寄ってきたのは、銀色の毛並みをたなびかせた、シベリアンハスキー風のフェンリル族のおじいちゃんだった。

 体長六メートルはくだらない。

 その背後からも、ぞろぞろと大型のフェンリルたちが続き、まるで忠誠を誓う兵のようにヴァレンの周囲を取り囲んでいく。

 

 「グランツ殿! 見事な力であったぞ!」

 「我らは認めた! 強き者には従う、それが我らが誇り!」

 「主の力、あっぱれである!」

 

 尾を振る音、舌を出す音、毛並みが風を受けてざわつく音が、次々と混ざり合い――

 あっという間に、場は祝福の空気に包まれていた。

 

 俺とリュナちゃんは、ぽかんと互いを見た。

 

 「……大丈夫みたいね」

 「……逆に、すごいっすね……」

 

 拍子抜けと安堵が混ざったような声をもらしながら、俺は思った。

 ──やっぱりフェンリル族って、根っこは“戦士”なんだな。

 彼らにとっては、過去の恨みも恐れも、力の前には意味を成さない。

 ただ真に強き者へ敬意を捧ぐ。それだけだ。

 見た目はただのデカい犬なのにね。

 

 そして、その中で――

 一際巨大で、威厳を纏った銀狼が、一歩、また一歩と静かに進み出た。

 

 マナガルムさん。

 フレキくんの父にして、先代のフェンリル王。
 唯一の"フェンリルらしいフェンリル"。

 そのすぐ傍らには、5m級のパグ、フレキくんの弟であるグェルくんの姿もあった。

 

 マナガルムさんの瞳が、まっすぐヴァレンを射抜く。

 口を開いたその声は、地の奥底から響いてくるような重みがあった。

 

 「……ヴァレン殿」

 

 一呼吸の間があり、続けられる言葉は震えていた。

 

 「幻や夢の中とはいえ……亡き妻と、再び会わせていただいたこと……心より感謝申し上げます」

 

 その言葉に、空気が静まった。

 風が止み、荒野のざわめきが消える。

 誰もが、その一言に込められた想いの深さを察していた。

 

 「それに……我らは、勘違いから貴殿を攻撃しようとした。誠に……誠に非礼の極み」

 

 マナガルムさんは、その巨躯をゆっくりと沈め、頭を垂れた。

 地面に落ちる銀色のたてがみが、光を受けて静かに揺れる。

 それは──威厳ある戦士が、自らの誤ちを心から詫びる姿だった。

 

 だが、そんな厳粛な空気を切り裂いたのは、いつもの調子のあいつだった。

 

 「やめてくれよ、フレキくんのパパさん!」

 

 ヴァレンがひょいと手を挙げ、朗らかに笑った。

 その表情はふざけているように見えて、どこか誠実で、心からの想いが込められていた。

 

 「俺の"幻愛変相ミラージュ・ファンタズマ"って技はね、攻撃されたときの“心”を映して幻を作るんだ」

 

 ヴァレンの声は、優しく、穏やかだった。

 

 「そのとき、現れたのが……貴方の奥さんだった。つまり、それは──」

 

 マナガルムさんの瞳が揺れる。

 

 「そう。貴方が、今もなお、心の奥で一番に想ってる人は……奥さんなんだ」

 

 そう言って、ヴァレンはマナガルムさんの胸元をぽん、と軽く叩いた。

 巨大な胸板に触れたその手は、驚くほど小さく、しかし確かに“温かさ”を伝えていた。

 

 「……俺は、そんな貴方を尊敬する。いいものを見せてもらった。……最高だ」

 

 マナガルムさんは、深く伏せていた頭を上げる。

 その瞳には静かな誇りと、淡い涙光のようなものが浮かんでいた。

 

 「……かたじけない」

 

 その一言には、戦士としての礼節と、父としての誇りが込められていた。

 

 俺は、そのやり取りを黙って見つめていた。

 隣のブリジットが、そっと小さく頷いて微笑んでいる。

 リュナちゃんは腕を組みながら、「……まあ、丸く収まってよかったっすね。」とぶっきらぼうに呟いていた。

 

 そして──

 ブリジットちゃんに抱っこされたミニチュアダックス姿のフレキくんが、ぽつりと小さく呟いた。

 

 「……父上……」

 

 その声は、誰にも届かないほど小さく、でも確かに、夕陽の差し込む荒野に、そっと染み込んでいった。

 

 世界はまだ未完成だ。

 不安も混沌も、理不尽さも満ちている。

 けれど。

 こういう一瞬があるからこそ──俺は、ここに希望を見出せる。

 この地を、信じることができる。

 

 ──それが、俺にとっての「理由」だった。



 ◇◆◇



 そのとき、一歩前に出た影があった。

 体高は五メートルに迫る大柄な体格だが、どこか丸っこく、気弱そうな空気を纏っている。

くりくりとした目、短い鼻、つぶれ気味のマズル。

 見た目は、まるで巨大なパグ。

 それが、フレキくんの弟──グェルくんだった。

 

 「……あ、あの……ヴァレン様……」

 

 彼はおずおずと前足を揃え、耳をぺたんと寝かせたまま言葉を紡いだ。

 

 「こ、こないだは……す、すみませんでしたッ!」

 

 ぺこぉん!と、まるで落ち武者のように頭を下げるグェルくん。

 

 「ボ、ボク……リュナ様を守らなきゃって、思って……つい……」

 

 しょんぼりと伏せ目がちに言うその様子は、でかい体に似合わずあまりにも素直すぎて――俺は思わず口元が緩んだ。

 

 「……ったく」

 

 すぐ隣で、リュナが腕を組んで呆れたように言う。

 

 「アンタ、あんま強くないんだから、あーしを守るとか、ちょっと無茶すぎっしょ」

 

 その言葉にグェルは更にしゅんとする……が。

 俺とブリジットちゃんは、思わず顔を見合わせて、小さく笑った。

 リュナちゃんの声に、ほんの少しだけ嬉しさが滲んでいたからだ。

 

 そしてヴァレンが、フッ…と笑った。

 

 「……俺はね、グェルくん」

 

 ヴァレンは手を腰に当てて、真剣な眼差しで語る。

 

 「普段ヘタレなキャラが、好きな相手のためにここぞって時に腹を括る!……そういう展開が大好きなんだ。」

 

 俺以外の全員が、「は?」という顔をした。

 

 ……が、俺は心の中で──

 

 (……分かる……)

 

 と静かにうなずいた。

 ヘタレキャラがここぞという時に出す根性……

 熱いよね!!俺も、そういうの好きよ!

 

 「いいガッツだったぜ!グェルくん!」

 

 ヴァレンはそう言って、グェルの前足に軽く拳を当てた。

 グェルは嬉しそうに尻尾をフリフリしながら、ハッハッと息を弾ませ、

 

 「あ、ありがとうございますッ!!」

 

 と声を張った。

 

 だが、その後──ヴァレンはふとグェルに顔を近づけ、小声で囁く。

 

 「……そういえばさ。俺、君に"夢想抱擁ドリーム・エンブレイス"で、“理想的な恋愛の夢”を見せたじゃん?」

 

 "夢想抱擁ドリーム・エンブレイス"というのは、ヴァレンの"ときめきグリモワル"を使った技の一つで、相手に“理想的な恋愛の夢”を見せて眠らせるものらしい。

 何その素晴らしい過ぎる技。

 俺もかけて欲しいと、思わなくもなくもなくもないよね。(※思う。)

 

 「……あの時、やっぱキミ、リュナとの……なんかイイ感じの夢、見ちゃったりした?」

 

 ヴァレンの顔はいたずらっぽく歪んでいる。

 グェルくんは一瞬で真っ赤になった。

 

 「そっ……そそそそんなことありませんよ!? まったくもって!?」

 

 「えぇ~? 本当にぃ~?」

 

 更に顔を寄せるヴァレン。

 

 「何なら、もう一回"夢想抱擁ドリーム・エンブレイス"かけてあげようか?」

 

 「い、いえっ!? け、結構ですっ!!」

 

 そう言いつつも、グェルはもじもじと前足を合わせ、ほんの少しだけ、声を落として呟いた。

 

 「……ただ……」

 

 「……もし、ヴァレンさんが……どうしても……どうしてもって言うのなら……」

 

 「ボクとしては……辞さない構えではあります」

 

 その言葉に、俺は思わずブリジットちゃんの腕に抱かれているミニチュアダックスモードのフレキくんへと視線を向ける。


 (……似てない兄弟だと思ってたけど、やっぱり、似てるとこもあるんだな)
 

 俺の視線に気づいたフレキくんは、サッと顔をそらす。

 居酒屋の打ち上げて一言一句違わず同じ事言ってたもんね、フレキくん。

 

 そして次の瞬間──

 

 「てめーら丸聞こえなんすよ、バカどもが!!」

 

 リュナちゃんのボディコンスーツの背中から、漆黒の巨大な竜の腕が二本、ブンッと勢いよく伸び──

 

 ヴァレンとグェルに、豪快なゲンコツが炸裂した。

 

 「ぐえっ!」

 「ありがとうございますッ!!」

 

 グェルくんは何故かお礼を言いながら、そのままピーンと足を伸ばして白目を剥いて気絶した。

 ヴァレンは地面に頭までめり込み、モゴモゴと地中から声を漏らす。

 

 「やだなぁ……か、軽い冗談だったのに……」

 

 その光景に、ブリジットちゃんは口元を抑えて笑い、俺はその横で小さく息を吐いた。

 

 (……これからまた、楽しくなりそうだな)

 

 新たな仲間、新たな風――

 このフォルティア荒野には、今日もまた笑い声が響いていた。



───────────────────


 ……俺は頭を抱えていた。


 目の前に広がるのは、整然と積み上げられた四角い建物たち。

 壁も、屋根も、ドアも、窓も……すべて直線と直角で構成された、やたらカクカクとした街並み。

 石、木材、ガラス、葉っぱ……素材は本物なのに、なぜか全部ブロック状に組み上げられている。

 いや、なんだこれ。

 

 (……完全に……完全にマ◯クラで作った街じゃねーか……!!)

 

 心の中で絶叫しながら、引き攣った笑みが頬に貼りつくのを自覚する。

 

 ──そもそもの発端は、あの男のひとことだった。

 

 『カクカクハウスの直線美は個性的でトキメキを感じる!』

 

 あの時のヴァレン・グランツの目は本気だった。

 眩しすぎる笑顔で、街づくり会議(と言いつつ、俺とブリジットちゃんとリュナちゃんとフェンリルたちが輪になって座ってるだけ)の場で堂々とこう続けたのだ。

 

 『どうせなら、他の建物も同じコンセプトで揃えようぜ!』

 

 おい待て。

 “カクカク”ってのは、たまたま俺が魔法で家を作る時、マ◯クラっぽいイメージが湧いちゃったからこうなっただけなんだけど!

 

 だがその時のヴァレンは、異常なまでに熱を帯びていた。

 

 『この無骨な線! 丸みという概念を削ぎ落とした無骨なフォルム! いっそ神々しさすら感じる……このデザイン性は未来志向なんだよ!!』

 

 どこが未来志向なのかはまったく分からないが、ヴァレンの押しは異様に強く、何より──

 

 「いや、でもあれだろ。どうせ全部建てるなら、統一感あった方が効率いいかも?」

 「ヴァレンさん、やたら建築図面描くの上手いですし……」

 

 と、いつの間にか周囲の作業員フェンリル達も乗せられていた。

 仕方なく俺も腹を括り、土魔法で基礎を固め、植物魔法でウッドブロックを量産し、岩石魔法でブロックストーンを生成して……。

 

 そしてできあがったのが、コレだった。

 

 ──マ◯クラタウン、ならぬ『カクカクタウン』。

 

 まるでドット絵のような街並みの中を、安全第一と書かれた黄色いヘルメットをかぶった巨大な犬……

 もとい、五メートル級のフェンリルたちが、当たり前のようにスタスタと行き交っている。

 

 現場監督らしきサモエド風フェンリルが図面を広げて

『はい次、ここに石材200ブロックねー!』

『鉄骨ブロック忘れずに!』

などと叫び、それを聞いたチワワ風の作業員たちが、

『はーい!了解でーす!』

と元気に返事しながら、ブロックを抱えて走っていく。

 

 ……なんだこの領地。

 

 俺は額に手を当て、空を見上げた。

 

 高く青い空の下。今日もまた、この荒野に新たな“直線”が増えていく──。

 

 (……いや、これ絶対、何か間違ってるだろ……)

 

 そう思いながらも、ヴァレンが「次は地下にも秘密基地を!」と意気込んでいるのを聞いてしまい、再び俺は天を仰いだ。



 こうしてフォルティア荒野は、新・ノエリア領──カクカク・シティとしての第一歩目を踏み出したのだった。
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