86 / 257
第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第84話 竜とパグとポメラニアン、未知なる遺跡に挑む
しおりを挟む
……森の空気が、なんとなく土っぽい。
いや、土臭いというか、明らかに“工事中の匂い”がしていた。
「……おぉ、やってるやってる……」
木立の間を抜けて現場に到着した俺の目にまず飛び込んできたのは──
黄色いヘルメットを被った巨大な犬たちが、真剣な眼差しで重機(らしき道具)を扱う姿だった。
──いや、“犬たち”って表現も語弊があるな。
見た目はポメラニアンとか柴犬に近いが、サイズが全長5メートル級だ。
手押しカートにも入りきらないくらいの巨体が、みんなして、これまた巨大なスコップやトンカチを手に(前足に)して、地面を囲むように働いていた。
「……まるで、どっかの公共工事の現場だな。」
俺が小声でそうつぶやくと、隣を歩いていたポルメレフがにっこりと尻尾を振った。
この子も全長5メートル級のフェンリル……ただし、見た目は完全にクソデカポメラニアンで、毛並みはやたらもふもふしてる。
例によって、彼女は今日も白い軍手と黄色いヘルメットという、なんだか妙に似合う作業スタイルだった。
「竪穴、まだ崩落の危険はないみたいですね~。でも、内部に仕掛けがありそうで、隊長も警戒してましたよ~」
「ふぅん……隊長ってグェルくん?」
俺がそう聞き返した、そのときだった。
「──あっ!」
元気な、そして少し鼻にかかったような声が飛んできた。
振り返ると、現場の中央。
作業指示をしていたらしい一匹の“パグ型フェンリル”が、こちらを見て目をまん丸に見開いていた。
「アルド坊ちゃん!! いらしたんですねッ!!」
その顔に、心からの喜びがあふれていた。
舌を出して「ハッハッハッ」と音を立てながら、どすどすと駆け寄ってくるその姿は──愛嬌の塊だった。
「よくぞ、ようこそお越しくださいましたっ!! 我が、『わんわん開拓団』へ!!」
ぴたっと目の前で立ち止まると、前足でガシャンとヘルメットのひさしを持ち上げ、キリッと敬礼。
でも顔はぜんぜんキリッとしてない。ぜえぜえ言ってる。
あと顔が……ほぼ笑ってる。
「はは、どうも。グェルくん、お疲れ様。……ここで見つかったっていう、例の竪穴の調査に来てたんだね?」
俺がそう言うと、グェルは「もちろんでございますともっ!」と全力でうなずいた。
パグ顔がぶるぶる揺れて、ちょっとかわいい。
「この地に開いた“謎の空間”。これを放っておくなど、我々『わんわん開拓団』の名折れ! ボクが先陣を切らねばと思い、すぐさま駆けつけた次第でありますッ!」
……うん。偉いのは分かったけど、息を整えてから喋ってくれ。
すると、すかさずポルメレフが横から補足するように言った。
「グェル隊長は、我々『わんわん開拓団』のリーダーですからね~」
いや、さっきからちょいちょい会話の端々に出てくるその『わんわん開拓団』って何なの?
グェルくんが率いてたフェンリル部隊の名前って、確か『百の牙』みたいなカッコいい名前だった気がするんだけど、
いつのまにそんなファンシーな名前に改名されたの?
ドラ◯もんの映画のタイトルかな?
まぁ、見た目的には『百の牙』よりは『わんわん開拓団』の方がしっくりくるけども。
──頭の中でそんなツッコミが渦を巻くけど、もちろん口には出さない。
どうやら、彼らは大真面目にその名前を名乗っているようだから。微笑ましいね。
「まあ……リーダーとして頼りにされてるのは、いいことだね」
俺がそう返すと、グェルは口角をさらにゆるめ、舌を出したまま嬉しそうに尻尾を振った。
「へへっ。恐縮ですっ。ボクなんか、まだまだですけど……皆の安全と土地の整備のために、今日も頑張っておりますっ!」
「うんうん。……それは、すごく偉いと思うよ」
思わず素直に褒めたくなるほど、グェルくんの笑顔はまぶしかった。
グェルくんはグェルくんで、フレキくんとは違った可愛さというか、憎めない愛嬌みたいなものがあるんだよなぁ。デカいけど。
その横でポルメレフが、ちょっとだけ得意げに言葉を続ける。
「なんだかんだ、隊長は統率力があるんですよ~。見かけによらず、段取りも上手くて」
「……うん、たしかにそんな感じだね」
ふと、現場の全体を見渡すと、ヘルメットを被った他の巨大犬(フェンリル)たちも、隊長の背中を見ながら黙々と作業を進めていた。
散水係、記録係、図面を広げて地面に赤線を引いてる子までいる。おりこうワンちゃんズだね。
(マジで組織力があるな、“わんわん開拓団”……)
思わず内心で脱帽しつつ、俺は目の前のグェルくんにもう一度視線を戻した。
「じゃあ、そろそろ例の“穴”を見せてもらおうかな。まだ中は誰も入ってない?」
「はっ! その件、ただいま全力で封鎖しておりますっ!」
グェルがきりりと敬礼。
ちょっとよろけて、こっそり足元を整えるのが、なんとも愛嬌たっぷりだった。
◇◆◇
実際に目の当たりにした竪穴は、想像以上に“異様”だった。
俺たち三人(というか、一人と二匹)は、現場の中心に設置された仮設柵をまたいで、そろってその縦穴を覗き込んでいた。
「……深いな、これ」
ぽつりと漏れた俺の声が、地の奥から跳ね返ってくるような気がした。
いや、実際には反響なんて返ってこなかった。あまりに深くて、音が届かないだけだ。
ぐるりと円を描くように穿たれたその竪穴は、まるで巨大な杭を地面に突き刺して引き抜いたかのような、不自然な真円だった。
表面には金属製の整った縁取りがなされていて、内側には一筋の鉄梯子が、ひたすら下へ下へと続いていた。
「……梯子、付いてるし。これ、明らかに人工物だよね? 自然の陥没じゃない」
俺は無意識に口を開いたまま、その鉄梯子の先を目で追い続けていたが……底は、見えなかった。
どれだけ目を凝らしても、そこにはただ黒い闇しかない。
「グェルくん、ポメちゃん。この遺跡っぽいやつ、何か心当たりとかある?」
視線を穴から戻し、ふたりの犬……もとい、フェンリルたちに尋ねる。
「う~ん……」
隣でおすわりの姿勢を取っていたポルメレフ──通称ポメちゃんが、もふもふの胸毛に手を当てて小首を傾げる。
「ウチも知らないです~。ここら辺って、昔から魔物すら寄り付かない場所でしたし。竪穴なんて、見たことも聞いたことも……」
「……そうですねぇ」
グェルくんも真剣な顔で頷くが、相変わらず「ハッハッハッ」と舌を出して息をしている。
彼にとっては、これは“冷静な顔”なのだ。
「フェンリル王家に伝わる伝承や地誌にも、このような遺構がフォルティア荒野にあるという話は、一切記録されておりません。……少なくとも、ボクが知る限りでは、ですが」
そう言って、グェルくんは肩(前足?)をすくめて苦笑いを浮かべた。
……つまり、この竪穴は“誰も知らない何か”だってことか。
(ますます怪しいな)
俺は眉をひそめたまま、もう一度だけ竪穴を見下ろす。
あらゆる角度から眺めても、その内部は規則的に彫り込まれ、どこまでも“人為的”だった。
ただの落とし穴じゃない。
この形状、この構造、そして底の見えなさ──。
まるで、地下へと続くマンホールの様な竪穴。
どう考えても、これは“何かを隠すための構造”だ。
「うーん……何なんだろ、これ。……遺跡か、それとも地下施設の入り口?」
つぶやくと同時に、ふと地面に落ちた枯れ葉が、すぅっと風に吸い込まれるように穴の中へ舞い落ちた。
俺はその様子を見てから、グェルとポメちゃんへと目を向ける。
「……とりあえず、一回降りて調べてみようか」
言い終えると同時に、ポメちゃんがぴょこんと立ち上がって尻尾を振る。
グェルくんは目をまんまるにして、俺の顔と竪穴を交互に見比べたあと、びしっと敬礼した。
◇◆◇
「……あれ?」
降下準備は万全。
が、いざ俺が先に身を滑り込ませ、梯子を握ったまま振り返ると、違和感が襲ってきた。
グェルくん達が……入れてない。
「う……ん、うおっ……ぐっ……!」
グェルくんは前足を穴に突っ込みながら、胴体をねじって押し込もうとしていたが、肩──というか、犬の肩甲骨にあたる部分で引っかかって、ズリュズリュと滑って戻ってきてしまう。
「ちょ、ちょっと狭いですねこれっ! 想像以上に通路がきつく……! わ、わわッ!」
交代したポメちゃんも、丸い体をむぎゅうと突っ込もうとしていたが、まるでパイプを掃除する毛玉ブラシみたいに、入口で完全に停止していた。
「……ふぅ~~~、ウチも入りませんねぇ~」
「うん、それ、見ればわかる……」
俺は額を指で押さえつつ、現実を受け止める。
まあ、デカいからね。この子達。
この遺跡っぽい竪穴、人間が出入りするには余裕がある広さに作られてるけど、流石に5m級の巨大犬が入る事は想定されていなかったらしい。
当たり前っちゃ当たり前だけど。
フェンリルサイズだと、入口でギリギリアウト。
ポメちゃんが横目でちらりとこちらを見た。
「……壊して、広げます?」
やや真面目な顔で、ほんのりと炎の気配をにじませながら言ってくる。
グェルくんも、
「そうですね! 入口を少し削って広げれば、ボクたちでも問題なく通れるかと! アルドさん、どうしましょう!」
と目をきらきらさせて、穴の縁に前足をかける。
ファンシーな見た目だけど、そう言えばこの子達もフェンリルだもんね。
「いや、ダメでしょそれは。」
俺は即答した。
「これ、明らかに人工物だし、構造の強度がわかんない。下手に崩したら、遺跡ごと崩落するかもしれないよ」
そう、この子ら忘れてるかもしれないが、この遺跡“地下”に通じたものだからね。
天井に当たる部分を壊したら、天井ごと落ちてくるって発想はなかったらしい。
二匹は同時に「うっ」と言って顔を見合わせた。
俺はその姿を見て、ふっと笑ってから言った。
「──あ、そうだ。二人とも、ちょっといい?」
そう言って、俺は右手の人差し指を軽く掲げる。
その先端から、ふわりと淡い光が広がった。
「"竜泡"」
光がきらめくと同時に、指先からシャボン玉のような、薄く虹色に輝く小さな球体が二つ、ぽん、ぽんと生まれる。
その不思議な浮遊体は、ゆっくりと風に乗って、グェルくんとポメちゃんの目の前で止まった。
「……な、何ですか? これ?」
グェルくんが鼻先をクンクンさせながら問いかける。
「ウチ、この泡……見たことないです~」
ポメちゃんも興味津々に手(前足)を伸ばし──
──ツン、と触れた。
次の瞬間。
「「うわぁぁぁぁっ!?」」
グェルくんもポメちゃんも、その泡に包まれたかと思うと、シュルルルッ!と音を立てて一気に小さくなった。
シャボン玉のような膜が彼らを丸ごと包み込んだまま、野球ボールほどのサイズに縮んでしまったのだ。
ふよふよと浮いた泡の中で、縮んだ姿のグェルが必死に叫ぶ。
「ええええ!? ぼ、ボク、ボク縮んでるぅうう!?!?!?!?」
「な、なんか狭くなったと思ったら、泡の中ぁあ!? アルドさぁああんっ!!」
ポメちゃんの泡の中では、もふもふが圧縮されてみちみちになっていた(※体感ではそう見えるが、実際には圧迫感も何もない)。
「ごめんごめん、驚かせて!」
俺は泡の二つをひょいと両手で持ち上げながら笑う。
「これ、俺のスキルだから大丈夫だよー。中は普通の感覚のまま、体も問題なし。あとで戻せば元に戻るから安心して」
言いながら、ぷにぷにと軽く泡をつつく。手触りはなかなか楽しい。
「さ、これでグェルくんもポメちゃんも一緒に竪穴に入れるね。行こっか」
「……アルドさん、こんなことも出来るんですね~!!」
ポメちゃんの泡の中で、もふ毛がわたわたと揺れていた。
彼は目をきらきらさせながら、まるで新しいおもちゃを与えられた子犬のようにはしゃぐ。
「ウチ、びっくりしました~! すごいです~! うひゃあ~、浮いてるぅ~!」
一方、グェルの方は完全に静まり返っていた。
泡の中、両目を見開いたまま、じっとこちらを見ている。
そして、ごくり、と小さく喉を鳴らした。
(……あ)
その目に宿るのは、驚愕と、畏れと──そして、尊敬。
さっきまでは“頼れる先輩”くらいのテンションだったが、今はもう違う。
竜の力を自在に操り、泡一つで仲間を安全に変化させる俺に、彼の認識は更に一段深く塗り替えられたようだった。
「よ、よ……よろしくお願いしますっ、アルド坊ちゃん!」
やけに背筋の伸びた挨拶をされて、俺は少しだけバツが悪そうに頭をかいた。
「……そんなに改まらなくていいよ、グェルくん」
と内心で苦笑しつつも、まあ頼られるのは悪い気はしない。
俺は両手の泡をそっと胸元に抱えながら、再び縦穴の入り口に足をかけた。
「よし、じゃあ行こっか。未知の遺跡──探索開始、ってね」
いや、土臭いというか、明らかに“工事中の匂い”がしていた。
「……おぉ、やってるやってる……」
木立の間を抜けて現場に到着した俺の目にまず飛び込んできたのは──
黄色いヘルメットを被った巨大な犬たちが、真剣な眼差しで重機(らしき道具)を扱う姿だった。
──いや、“犬たち”って表現も語弊があるな。
見た目はポメラニアンとか柴犬に近いが、サイズが全長5メートル級だ。
手押しカートにも入りきらないくらいの巨体が、みんなして、これまた巨大なスコップやトンカチを手に(前足に)して、地面を囲むように働いていた。
「……まるで、どっかの公共工事の現場だな。」
俺が小声でそうつぶやくと、隣を歩いていたポルメレフがにっこりと尻尾を振った。
この子も全長5メートル級のフェンリル……ただし、見た目は完全にクソデカポメラニアンで、毛並みはやたらもふもふしてる。
例によって、彼女は今日も白い軍手と黄色いヘルメットという、なんだか妙に似合う作業スタイルだった。
「竪穴、まだ崩落の危険はないみたいですね~。でも、内部に仕掛けがありそうで、隊長も警戒してましたよ~」
「ふぅん……隊長ってグェルくん?」
俺がそう聞き返した、そのときだった。
「──あっ!」
元気な、そして少し鼻にかかったような声が飛んできた。
振り返ると、現場の中央。
作業指示をしていたらしい一匹の“パグ型フェンリル”が、こちらを見て目をまん丸に見開いていた。
「アルド坊ちゃん!! いらしたんですねッ!!」
その顔に、心からの喜びがあふれていた。
舌を出して「ハッハッハッ」と音を立てながら、どすどすと駆け寄ってくるその姿は──愛嬌の塊だった。
「よくぞ、ようこそお越しくださいましたっ!! 我が、『わんわん開拓団』へ!!」
ぴたっと目の前で立ち止まると、前足でガシャンとヘルメットのひさしを持ち上げ、キリッと敬礼。
でも顔はぜんぜんキリッとしてない。ぜえぜえ言ってる。
あと顔が……ほぼ笑ってる。
「はは、どうも。グェルくん、お疲れ様。……ここで見つかったっていう、例の竪穴の調査に来てたんだね?」
俺がそう言うと、グェルは「もちろんでございますともっ!」と全力でうなずいた。
パグ顔がぶるぶる揺れて、ちょっとかわいい。
「この地に開いた“謎の空間”。これを放っておくなど、我々『わんわん開拓団』の名折れ! ボクが先陣を切らねばと思い、すぐさま駆けつけた次第でありますッ!」
……うん。偉いのは分かったけど、息を整えてから喋ってくれ。
すると、すかさずポルメレフが横から補足するように言った。
「グェル隊長は、我々『わんわん開拓団』のリーダーですからね~」
いや、さっきからちょいちょい会話の端々に出てくるその『わんわん開拓団』って何なの?
グェルくんが率いてたフェンリル部隊の名前って、確か『百の牙』みたいなカッコいい名前だった気がするんだけど、
いつのまにそんなファンシーな名前に改名されたの?
ドラ◯もんの映画のタイトルかな?
まぁ、見た目的には『百の牙』よりは『わんわん開拓団』の方がしっくりくるけども。
──頭の中でそんなツッコミが渦を巻くけど、もちろん口には出さない。
どうやら、彼らは大真面目にその名前を名乗っているようだから。微笑ましいね。
「まあ……リーダーとして頼りにされてるのは、いいことだね」
俺がそう返すと、グェルは口角をさらにゆるめ、舌を出したまま嬉しそうに尻尾を振った。
「へへっ。恐縮ですっ。ボクなんか、まだまだですけど……皆の安全と土地の整備のために、今日も頑張っておりますっ!」
「うんうん。……それは、すごく偉いと思うよ」
思わず素直に褒めたくなるほど、グェルくんの笑顔はまぶしかった。
グェルくんはグェルくんで、フレキくんとは違った可愛さというか、憎めない愛嬌みたいなものがあるんだよなぁ。デカいけど。
その横でポルメレフが、ちょっとだけ得意げに言葉を続ける。
「なんだかんだ、隊長は統率力があるんですよ~。見かけによらず、段取りも上手くて」
「……うん、たしかにそんな感じだね」
ふと、現場の全体を見渡すと、ヘルメットを被った他の巨大犬(フェンリル)たちも、隊長の背中を見ながら黙々と作業を進めていた。
散水係、記録係、図面を広げて地面に赤線を引いてる子までいる。おりこうワンちゃんズだね。
(マジで組織力があるな、“わんわん開拓団”……)
思わず内心で脱帽しつつ、俺は目の前のグェルくんにもう一度視線を戻した。
「じゃあ、そろそろ例の“穴”を見せてもらおうかな。まだ中は誰も入ってない?」
「はっ! その件、ただいま全力で封鎖しておりますっ!」
グェルがきりりと敬礼。
ちょっとよろけて、こっそり足元を整えるのが、なんとも愛嬌たっぷりだった。
◇◆◇
実際に目の当たりにした竪穴は、想像以上に“異様”だった。
俺たち三人(というか、一人と二匹)は、現場の中心に設置された仮設柵をまたいで、そろってその縦穴を覗き込んでいた。
「……深いな、これ」
ぽつりと漏れた俺の声が、地の奥から跳ね返ってくるような気がした。
いや、実際には反響なんて返ってこなかった。あまりに深くて、音が届かないだけだ。
ぐるりと円を描くように穿たれたその竪穴は、まるで巨大な杭を地面に突き刺して引き抜いたかのような、不自然な真円だった。
表面には金属製の整った縁取りがなされていて、内側には一筋の鉄梯子が、ひたすら下へ下へと続いていた。
「……梯子、付いてるし。これ、明らかに人工物だよね? 自然の陥没じゃない」
俺は無意識に口を開いたまま、その鉄梯子の先を目で追い続けていたが……底は、見えなかった。
どれだけ目を凝らしても、そこにはただ黒い闇しかない。
「グェルくん、ポメちゃん。この遺跡っぽいやつ、何か心当たりとかある?」
視線を穴から戻し、ふたりの犬……もとい、フェンリルたちに尋ねる。
「う~ん……」
隣でおすわりの姿勢を取っていたポルメレフ──通称ポメちゃんが、もふもふの胸毛に手を当てて小首を傾げる。
「ウチも知らないです~。ここら辺って、昔から魔物すら寄り付かない場所でしたし。竪穴なんて、見たことも聞いたことも……」
「……そうですねぇ」
グェルくんも真剣な顔で頷くが、相変わらず「ハッハッハッ」と舌を出して息をしている。
彼にとっては、これは“冷静な顔”なのだ。
「フェンリル王家に伝わる伝承や地誌にも、このような遺構がフォルティア荒野にあるという話は、一切記録されておりません。……少なくとも、ボクが知る限りでは、ですが」
そう言って、グェルくんは肩(前足?)をすくめて苦笑いを浮かべた。
……つまり、この竪穴は“誰も知らない何か”だってことか。
(ますます怪しいな)
俺は眉をひそめたまま、もう一度だけ竪穴を見下ろす。
あらゆる角度から眺めても、その内部は規則的に彫り込まれ、どこまでも“人為的”だった。
ただの落とし穴じゃない。
この形状、この構造、そして底の見えなさ──。
まるで、地下へと続くマンホールの様な竪穴。
どう考えても、これは“何かを隠すための構造”だ。
「うーん……何なんだろ、これ。……遺跡か、それとも地下施設の入り口?」
つぶやくと同時に、ふと地面に落ちた枯れ葉が、すぅっと風に吸い込まれるように穴の中へ舞い落ちた。
俺はその様子を見てから、グェルとポメちゃんへと目を向ける。
「……とりあえず、一回降りて調べてみようか」
言い終えると同時に、ポメちゃんがぴょこんと立ち上がって尻尾を振る。
グェルくんは目をまんまるにして、俺の顔と竪穴を交互に見比べたあと、びしっと敬礼した。
◇◆◇
「……あれ?」
降下準備は万全。
が、いざ俺が先に身を滑り込ませ、梯子を握ったまま振り返ると、違和感が襲ってきた。
グェルくん達が……入れてない。
「う……ん、うおっ……ぐっ……!」
グェルくんは前足を穴に突っ込みながら、胴体をねじって押し込もうとしていたが、肩──というか、犬の肩甲骨にあたる部分で引っかかって、ズリュズリュと滑って戻ってきてしまう。
「ちょ、ちょっと狭いですねこれっ! 想像以上に通路がきつく……! わ、わわッ!」
交代したポメちゃんも、丸い体をむぎゅうと突っ込もうとしていたが、まるでパイプを掃除する毛玉ブラシみたいに、入口で完全に停止していた。
「……ふぅ~~~、ウチも入りませんねぇ~」
「うん、それ、見ればわかる……」
俺は額を指で押さえつつ、現実を受け止める。
まあ、デカいからね。この子達。
この遺跡っぽい竪穴、人間が出入りするには余裕がある広さに作られてるけど、流石に5m級の巨大犬が入る事は想定されていなかったらしい。
当たり前っちゃ当たり前だけど。
フェンリルサイズだと、入口でギリギリアウト。
ポメちゃんが横目でちらりとこちらを見た。
「……壊して、広げます?」
やや真面目な顔で、ほんのりと炎の気配をにじませながら言ってくる。
グェルくんも、
「そうですね! 入口を少し削って広げれば、ボクたちでも問題なく通れるかと! アルドさん、どうしましょう!」
と目をきらきらさせて、穴の縁に前足をかける。
ファンシーな見た目だけど、そう言えばこの子達もフェンリルだもんね。
「いや、ダメでしょそれは。」
俺は即答した。
「これ、明らかに人工物だし、構造の強度がわかんない。下手に崩したら、遺跡ごと崩落するかもしれないよ」
そう、この子ら忘れてるかもしれないが、この遺跡“地下”に通じたものだからね。
天井に当たる部分を壊したら、天井ごと落ちてくるって発想はなかったらしい。
二匹は同時に「うっ」と言って顔を見合わせた。
俺はその姿を見て、ふっと笑ってから言った。
「──あ、そうだ。二人とも、ちょっといい?」
そう言って、俺は右手の人差し指を軽く掲げる。
その先端から、ふわりと淡い光が広がった。
「"竜泡"」
光がきらめくと同時に、指先からシャボン玉のような、薄く虹色に輝く小さな球体が二つ、ぽん、ぽんと生まれる。
その不思議な浮遊体は、ゆっくりと風に乗って、グェルくんとポメちゃんの目の前で止まった。
「……な、何ですか? これ?」
グェルくんが鼻先をクンクンさせながら問いかける。
「ウチ、この泡……見たことないです~」
ポメちゃんも興味津々に手(前足)を伸ばし──
──ツン、と触れた。
次の瞬間。
「「うわぁぁぁぁっ!?」」
グェルくんもポメちゃんも、その泡に包まれたかと思うと、シュルルルッ!と音を立てて一気に小さくなった。
シャボン玉のような膜が彼らを丸ごと包み込んだまま、野球ボールほどのサイズに縮んでしまったのだ。
ふよふよと浮いた泡の中で、縮んだ姿のグェルが必死に叫ぶ。
「ええええ!? ぼ、ボク、ボク縮んでるぅうう!?!?!?!?」
「な、なんか狭くなったと思ったら、泡の中ぁあ!? アルドさぁああんっ!!」
ポメちゃんの泡の中では、もふもふが圧縮されてみちみちになっていた(※体感ではそう見えるが、実際には圧迫感も何もない)。
「ごめんごめん、驚かせて!」
俺は泡の二つをひょいと両手で持ち上げながら笑う。
「これ、俺のスキルだから大丈夫だよー。中は普通の感覚のまま、体も問題なし。あとで戻せば元に戻るから安心して」
言いながら、ぷにぷにと軽く泡をつつく。手触りはなかなか楽しい。
「さ、これでグェルくんもポメちゃんも一緒に竪穴に入れるね。行こっか」
「……アルドさん、こんなことも出来るんですね~!!」
ポメちゃんの泡の中で、もふ毛がわたわたと揺れていた。
彼は目をきらきらさせながら、まるで新しいおもちゃを与えられた子犬のようにはしゃぐ。
「ウチ、びっくりしました~! すごいです~! うひゃあ~、浮いてるぅ~!」
一方、グェルの方は完全に静まり返っていた。
泡の中、両目を見開いたまま、じっとこちらを見ている。
そして、ごくり、と小さく喉を鳴らした。
(……あ)
その目に宿るのは、驚愕と、畏れと──そして、尊敬。
さっきまでは“頼れる先輩”くらいのテンションだったが、今はもう違う。
竜の力を自在に操り、泡一つで仲間を安全に変化させる俺に、彼の認識は更に一段深く塗り替えられたようだった。
「よ、よ……よろしくお願いしますっ、アルド坊ちゃん!」
やけに背筋の伸びた挨拶をされて、俺は少しだけバツが悪そうに頭をかいた。
「……そんなに改まらなくていいよ、グェルくん」
と内心で苦笑しつつも、まあ頼られるのは悪い気はしない。
俺は両手の泡をそっと胸元に抱えながら、再び縦穴の入り口に足をかけた。
「よし、じゃあ行こっか。未知の遺跡──探索開始、ってね」
89
あなたにおすすめの小説
足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました
ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」
優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。
――僕には才能がなかった。
打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる