真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第101話 カクカクシティの夕暮れ

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 夕陽が、地平線にとろりと溶け込んでいく。

 フォルティア荒野に吹く風は少しだけ乾いていて、そして穏やかだった。

 空の端から端まで、茜色がやわらかに染まり広がり、その真下には、建設途中の“街”が広がっている。


 ……街といっても、そこには丸みのある建物は一つとしてなかった。

 角張ったブロックで積み上げられた、まるでゲームの中に迷い込んだような、独特の街並み——

 けれどその無骨な直線たちは、むしろ温かみを持って、夕陽の中に立ち並んでいた。

 

 「……妾のスレヴェルドには、一歩劣るがのう」

 

 ふいに、"強欲の魔王"マイネ・アグリッパが口を開く。緑と紫の混じる髪が、夕陽に照らされ、怪しくも美しく揺れる。


 その声音は、どこか機嫌が良さそうだった。

 

 「だが、この独創性——嫌いではない。むしろ、よくぞここまでやったものよ。良き街並みじゃ」

 

 ブーツでカクカクの石畳をコツン、と軽く蹴りながら、マイネがクルリと一回転するようにして振り返る。その顔には、ほんのりと微笑みが浮かんでいた。

 

 「えへへ……気に入ってもらえたみたいで、あたしも嬉しいよ!」

 

 そう返したブリジットは、金髪を三つ編みにまとめ、まっすぐな笑顔でマイネを見る。

 いつもはポニーテールだったが、今日は少し気分を変えていた。それは、特別な来客を迎える“今日”という日の、ささやかな気合の現れにも見えた。

 

 「フェンリルの皆も、カクカクシティの建設にすっかりハマっちゃったみたいですよ!」

 

 そう言って笑ったのは、ミニチュアダックスサイズに縮小した、フレキ王子。

 ちょこんと立った姿勢のまま、口元を開けて、ハッハッハッと舌を揺らしながら笑っている。

 

 「みな、楽しんで作業してるって……グェルも言ってました!」

 

 その言葉通り、街のあちこちでは、まだ“工事用の安全ヘルメット”をかぶったフェンリル族の姿が見える。

 5メートル近い巨体を持つ、ボルゾイ型とチワワ型のフェンリルが、今日の作業を終えて帰り支度をしている最中だった。

 

 「お疲れ様でーす、ブリジット様ー!」

 「自分達、そろそろ上がりますねー!」

 

 元気な声で手、というか前足を振るフェンリル達に、ブリジットも笑顔で手を振り返す。

 

 「うん!みんな、お疲れ様ー!また明日ね!」

 

 その様子を見ていたマイネは、しばし何かを考えるようにブリジットを見つめ——ふと、ぽつりと呟いた。

 

 「……お主は、つくづく変わった娘じゃのう」

 

 ブリジットは「えっ?」ときょとんと顔を上げる。

 マイネは夕陽を背に、腕を組みながら言葉を続けた。

 

 「人の身でありながら、人の居らぬ未開の地で、人ならざる者たちと共に街を築く……並の者には真似できぬことじゃ」

 

 その言葉には、皮肉も驚きもなく、ただ“観察者”としての静かな感嘆があった。

 ブリジットは、少し照れくさそうに頭をポリポリかきながら笑った。

 

 「あはは……そう言われると、けっこう変なことしてるのかもね、あたし」

 

 けれどその顔には、迷いもためらいもなかった。

 

 「でもね……いずれは、この街にも、他所から来た人たちがたくさん来てくれて……フェンリルの皆とも仲良く暮らしていけて……そんな場所に、できたらいいなって思ってるんだ」

 

 その言葉とともに、彼女は視線を巡らせた。

 まだ未完成のカクカクの家々。むき出しのレンガ。作業中の足場。未舗装の街道——

 どれも完成にはほど遠い。でも、それでも。

 そのすべてが、希望の形に見えた。

 

 「だから、あたし、今とっても楽しくて……とっても、幸せ!」

 

 そう言って、夕陽を浴びながら、ブリジットは満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔は、夕焼けよりもあたたかく、荒野に芽吹く未来の芽のように、まっすぐだった。



 ブリジットの言葉が、風に乗って宙へと溶けていく。



 まだ工事中の、未完成な街並み。

 けれど彼女の目には、それがきっと、いつか笑顔に溢れる未来の都市として映っているのだろう。

 夕陽が差し込む三つ編みに光が宿り、金の髪がふわりと揺れる。


 その横顔を見ていたマイネの表情が、ふと真剣なものへと変わった。



「……本当か?」



 唐突な問いに、ブリジットはきょとんとした。



「……え?」


「本当に、お主の“欲”はそれだけなのか? と聞いておる。」



 その声音はどこか静かで、けれど射抜くような強さを秘めていた。

 マイネ・アグリッパ。

 強欲を司る魔王。

 その名が指し示す通り、あらゆる“欲”に精通し、嗅ぎ取り、暴き立てる力を持つ存在——



「──妾には分かるのじゃ。……お主は、優しい。
妾の数百年の生においても、他に類を見ぬほどにな。」



 彼女の口調は淡々としていたが、そこに込められた温度は、氷のような冷淡ではなかった。



「じゃが……お主の瞳の奥には、深い悲しみに彩られた“欲”が隠れておるように、見える。」



 言葉が、胸の奥に触れたような気がした。

 ブリジットは、息を呑んだ。

 視線を落とし、何も言えずに立ち尽くす。

 夕陽がその横顔を照らしているのに、その影はどこか寂しげだった。



(あたしの、欲……)



 無意識に胸元へと手が伸びる。そこには何もないのに——それでも、確かに存在する想いがあった。



(家族に……認めてもらいたい……)



 その気持ちは、ずっと胸の奥に押し込めていた。

 けれど今、マイネの言葉に引き出される形で、輪郭を持って浮かび上がってくる。



「ブリジットさん……?」



 フレキが、心配そうに足元から見上げる。

 小さな前足で脚をポンポンと叩き、何か言葉を探すようにきょろきょろと瞳を動かしている。

 その仕草に、ブリジットは少しだけ笑った。



「……お嬢様。」



 ベルザリオンの低く落ち着いた声が、マイネの背後から届く。

まるで、それ以上は踏み込むなという忠告のように。

 マイネは小さく肩をすくめた。



「分かっておる、分かっておる。現在の妾は“食客”の立場。出過ぎた発言、悪かったな。ブリジットよ。」



 バツの悪そうに顔を背け、紫と緑の髪が微かに揺れる。

 だが、ブリジットは首を横に振った。



「ううん、いいんだ。」



 小さな、けれど確かな声だった。



「マイネさんの、言う通りだと思うから。」



 その微笑みには、どこか寂しさがあった。けれど、同時にそれを受け入れた強さも滲んでいた。

 マイネは黙ったまま、ブリジットを見つめた。自身の内側で、何かを反芻するように。


(妾とした事が……一銭の得にもならんと言うのに、余計な世話を焼こうとしてしまうとは……失態じゃな)


 そう思いながらも、口元にはかすかな苦笑が浮かんでいた。


(じゃが、この娘には……周囲にそうさせる“何か”がある)


 彼女の周囲には、自然と心を寄せる者たちが集まってくる。あの気難しいヴァレン・グランツも、咆哮竜ザグリュナも、この地に止まることを選んだ——


(……妾とて、例外ではないという事かのう)


 マイネは、空を見上げる。夕陽が、すでに地平線へと沈みかけていた。

 その茜色の空の下、誰も言葉を発さぬまま、四人と一匹はしばし街の静寂の中に佇んでいた。



 ◇◆◇



 ひときわ赤く染まった空が、未完成の街並みを斜めに照らしていた。

 金の三つ編みを揺らしながら、ブリジットがわざとらしく笑って声を上げた。


「……あ、あはは。そう言えばさ、アルドくんたち、ちょっと遅いね? もうすっかり夕方になっちゃったよ?」


 その言葉に、マイネは軽く目を細めた。


「アルド……道三郎の事じゃな。あの芸術とすら言えるカレーの作り手……どのような面構えか、妾も見てみたいと思っておったのじゃ」


 フフン、とどこか誇らしげに笑いながら、肩にかけた緑の上着の裾を払うように歩を進める。

 そのすぐ背後で、いつも落ち着いた銀眼の執事が、突然パァッと花が咲くような笑顔を浮かべた。


「おお……ついに……! ついに、あのお方と……道三郎殿と再会できるのですね!」


 ベルザリオンの声には、抑えきれない熱があった。

 完璧主義の執事らしからぬ感情の高ぶりに、マイネはすかさずピクリと眉を吊り上げる。



「むぅぅ……!」



 小さな唸り声は嫉妬そのものだったが、当のベルザリオンは全く気づかず、喜びに満ちた表情のまま手袋越しの手を組んで天を仰いでいる。



「再びお会いできるとは……私、感動で打ち震えております……道三郎殿……」


「ねぇ、マイネさん……ちょっと、目つきが怖いよ?」



 横目でブリジットが苦笑まじりに小声を漏らすと、フレキが小さな体でくるりと西の空へ跳ねながら言った。



「……ん? あれ……あそこに誰か来てますよ?」



 ブリジットが目を凝らす。街の中央広場から、西の地平線。

 赤く沈みゆく太陽を背にして、歩いてくる影が四つ。

 最初はゆらぎのような残像だったが、次第にシルエットがはっきりしてくる。人影だ。

 しかも、街道の整備も満足に終わっていないこの場所へ、ずかずかと歩いてくるその姿は、どこか堂々としていた。



「本当だ……旅の冒険者さん……かな……?」



 ブリジットがそう呟く横で、マイネも瞳に鋭さを宿して彼らを見据える。


 風が吹いた。カクカクとした建物の角をすり抜ける風は乾いていて、草の匂いに夕日の色を混ぜて鼻をくすぐった。


 やがて、その四人組の姿がはっきりと見える距離に入ってきた。

 一人目は、オールバック気味の茶髪を流した、スポーツ系の男。少し日焼けした顔に、陽気な声を乗せて叫んでいた。



「何この街、マジでマイ◯ラじゃん! 異世界マジでパネェな!!」



 その隣を歩く男は、やたらと髪を撫でつけながらニヤついていた。



「ところでさぁ……フラムさんって、マジでイケてね? 俺、超タイプなんだけど」


「わかる! あの余裕ある感じ、マジで“大人の女”って感じするわ!」



 三人目の短髪の男がそう返し、陽キャ男子三人は肩を揺らして笑い合う。



「お前ら、女子いる前でそういう話やめとけって。……あ、俺はフラムさんより与田ちゃんの方が可愛いと思うよ! マジで!」



 と、先頭の男がそう言って、ちらりと後ろの女子へ視線を向ける。

 その女子は、女性用の軍服に身を包み、くすんだ茶髪を肩口で括っていた。

 洗練されてはいない、しかしダイヤの原石と言える程の美しさを秘めた大きな瞳が、わずかに揺れている。


「……はぁ……そうですか。」


 困ったようにため息をついたが、完全に無視するでもなく、どこか慣れているような相槌だった。

 そのやりとりを、ポカンと見つめていたブリジットが、ぽつりと漏らす。


「……あはは、陽気な人たちだね。あれって……旅のパーティ?」


「──いや、違います!」


と、誰より先に応じたのはベルザリオンだった。

 視線は鋭く、表情からは先程の道三郎殿への歓喜は跡形もなかった。


「……お嬢様!あれは、まさか──!?」


 マイネの瞳に、僅かに焦りの色が浮かぶ。ゆっくりと、胸元のクロスベルトを正してから、呟くように言った。



「……こんなにも早く、妾の居場所を突き止めてくるとはの。流石に想定外じゃな、これは。」

「……すまぬな、ブリジット。これは少々、迷惑をかける事になるやも知れぬ。」



「──えっ?マイネさん、それってどういう……?」



 マイネの言葉に、ブリジットが聞き返す。


 カクカクの石畳に、やがて足音が近づいてくる。

 まだ、夕日は沈みきってはいなかった。

 オレンジ色の陽光が、地平線の向こうから彼らの背を照らし、長く影を伸ばしていた。



 ◇◆◇



 まだ日が落ちきらぬ西の空に、オレンジの光が薄く残る頃。

 建設途中のフォルティア中央広場。仮設の足場と木材が積まれたその場に、不釣り合いなほど整然とした足音が響いた。

 そこには、夕日に照らされながら、まっすぐこちらに歩いてくる人影が四つ。


 少しずつ近づいてくるそれらは、見るからに"不自然"な若者たち——

 軍服のような装いだが、立ち居振る舞いには軽薄な馴染みやすさが漂っていた。



「……誰なんでしょう、あの人達……?」



 フレキが警戒しつつ呟いた。

 そして——



「おっ!! マジでいんじゃん!ターゲット!!」



 立ち止まった青年のひとり、茶髪をオールバック気味に流した少年が、前のめり気味に叫んだ。

 その目が真っ直ぐに向いていたのは、他でもないマイネ・アグリッパだった。



「さっすが与田ちゃん、“占いスキル”半端ないね!」



 別の少年が、隣の女子に茶化すように声をかける。


「……まあ。戦闘には役立ちませんけど……」


 “与田ちゃん”と呼ばれた地味めな少女は、ほんのり頬を赤らめ、目線をそらした。
 整った顔立ちが隠し切れず、無意識に色気が滲む。


「よし、それじゃ、さっさと終わらせて帰んべ」


 三人目の少年が、手首を回しながら息を吐いた。


「タケル! イガマサ! 合わせろよ!」


 先頭の茶髪の少年——乾流星いぬいりゅうせいが、そう声をかけると、勢いよく足を引いた。

 その姿は、どこか野球の投球フォームを思わせた。



「……な、何してるの?」



 ブリジットが戸惑いの声を漏らした、その瞬間。



「——いかん!!」



 マイネの叫びが、夕空に突き刺さった。



「お嬢様! お下がりください!」



 ベルザリオンが素早く前に出て、ブリジットとマイネの前に立ちはだかる。


「──!?みなさん気をつけて!!何か仕掛けて来ますっ!!」


 同時に、フレキも爪を広げて飛び出した。



「必殺……炎の分身魔球!!」



 先頭の男──乾流星いぬいりゅうせいの口から発せられたその技名は、どこか軽薄でふざけた響きを持っていた。


 だが——


 次の瞬間、彼の右腕から放たれた炎の弾は、まるで魔導砲の一撃のような熱を孕み、地を焼く勢いで放たれた。



「マイネさん!!」



 ブリジットがとっさに飛び出し、マイネに覆い被さる。
 だが——熱も、衝撃も、何も感じない。



 「……え?」



 ザシュッッッ!!



 恐る恐る後ろを振り返ると、そこには、全ての炎弾を切り裂いたベルザリオンの愛剣の軌跡と、空を駆けるフレキの残像が残っていた。

 無数に分裂した炎の弾丸は、二人の連携によって、まるで最初からそこになかったかのように、広場の空気へと霧散していた。



「……あれー、仕留め損なったんだけど。魔王」



 乾流星が、肩をすくめながら呟いた。

 その声に込められた“魔王”という単語が、ブリジットたちの空気を凍らせる。



「……あの執事服のイケメン、確かスレヴェルドでも見たよな?"四天王"だっけ?」


「ってか、あの美少女ちゃんとミニチュアダックスフンドは何なの?かわいーけど、あれも魔物って認識でOK?」



 残りの二人も、のんきに会話を続ける。




「……まさか、この様な場所まで追って来ようとはのう。」




 マイネが、静かに目を細めた。

 その声に、ほんの少しの怒りと、そして焦燥が滲んでいた。



「スレヴェルドを落とした、憎きベルゼリアの犬どもが……!」



 マイネの手が震えていた。
 その手は、怒りだけではなく、覚悟を握っていた。

 ブリジットはその横顔を見つめながら、小さく息を飲む。



 その日、カクカクシティに初めて、明確な“敵”が現れた。
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