真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第106話 ブリジットの秘密兵器

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 整地されかけた地面には、四角く削り取られた地層の断面が剥き出しになっている。

 人工的なブロックの隙間からは、まだ崩しきれない自然の岩が顔を覗かせている。

 未完成の公園には、滑り台らしき構造物が一つ。登る部分も滑る部分も階段状で、結局どこからも滑れないという、意味不明なモノリスと化している。

 空は茜色に染まり、木々の影を長く伸ばしている。

 カクカクシティ中央広場から少し離れたその空間に、二つの人影が向かい合っていた。

 

 榊タケルは、頭上でバレーボールほどの鎖付き鉄球をぐるんぐるんと振り回していた。

 肩幅に足を開き、ゆるく体を揺らしながら。

 黒いロン毛が風にふわりと靡くたび、その目に浮かぶ笑みはどこか、ヒトのそれとは違っていた。

 目つきが……おかしい。笑っているはずなのに、目の奥が、全く笑っていなかった。

 

「ブリちゃんさー、邪魔しないでくんない?」



 軽い口調。だが、鉄球の回転は本気だ。風切り音がビュンビュンと空気を裂いている。



「俺らのターゲットは、あの魔王のマイネちゃんだけなんだからさー。キミのことは傷つけたくないんだよねー、オレ!」



 その“オレ”という響きも、どこか空っぽだった。

 向かい合う少女──ブリジット・ノエリアは、手を腰に置いたまま、真っ直ぐにタケルを睨んでいた。

 ふわりとした三つ編みの金髪に、陽光を反射する紅い石と銀の髪飾り。上品さと気の強さを併せ持つ彼女の瞳が、微かに揺れる。



「……ごめんねっ。でも、あたしはマイネさんのこと、守ってあげるって約束したから!」



 まっすぐな声。少し震えてはいたが、その芯は揺らいでいなかった。

 タケルは「そっかー」と軽く肩を竦め、にやりと口元を吊り上げた。



「……それじゃー、残念だけど」



 振り回す鉄球の軌道が、突然グネッと不自然に歪んだ。

 そのまま、巨大な鎖鉄球が唸りを上げて振り下ろされる。



「ブリちゃんには──ちょっと寝ててもらおっか……なっ!!」

 

 重々しい一撃。空気ごと叩き潰すような殺意が、ブリジットを飲み込もうとしていた。

 だが彼女は、その瞬間、深く息を吸い込み──静かに吐いた。


 スキル、"真祖竜の加護" 発動。


 彼女の額から、二本の銀のツノがちょびっとだけ生える。ツヤツヤとしていて、どこか愛らしさすら感じるそのツノには、けれど確かな“力”が宿っていた。



「──っ!」



 ブリジットは地を蹴り、鋭く横へ跳ぶ。

 直後──

 ズドォォォンッ!!!

 鉄球が地面に着弾し、爆音とともに大きなクレーターを刻む。

 

 「”衝撃増幅インパクト・スパイク”!!」



 タケルの声が炸裂し、そのスキル名とともに、地面の破壊がさらに拡大する。

 飛び散る土、跳ね上がる岩塊。ブリジットは巻き上がる砂塵の中で、小さく目を見開いた。

 

「な、何なの、この威力っ!?」

 

 タケルはふわりとジャンプした。

 黒髪のロン毛がふわりと浮かび、影が陽光に映る。

 そして──



「驚くのはまだ早いぜ~?」

 

 地面に刺さっていた鉄球が、不自然なバウンドを見せる。

 まるでゴムの塊のように、明らかに物理法則を逸脱した挙動で、タケルの真上へと跳ね上がった。

 

「”衝撃跳弾リバウンド・スパイク“ッ!!」

 

 タケルが腕を振り抜く。

 まるでバレーボールのアタックのようなフォームで、跳ね返ってきた鉄球を──スパイク。

 ──バシィッッ!!

 再び、ブリジットの方角へ一直線に飛んでいく。

 

(跳ね返った鉄球が、正確に手元に戻って……!?)



 ブリジットは驚愕するも、咄嗟に地を蹴った。

 

「……でも、見えてるよっ!!」

 

 彼女はくるりと身を沈め──



「えいやぁーーっ!!」


ドゴォォッ!!



 跳び込むように右手を地面につき、回転レシーブのような体勢で鉄球をはたき上げた!

 ぐん、と空高く跳ね上がる鉄球。

 

「うおおっ!? ブリちゃん、パワーと反応、ハンパ無いね!」



 タケルは驚愕しつつも、にやりと唇を歪めた。



「ウチの部のリベロに欲しいわ~!」

 

 ひゅん、と鎖を引く。

 鉄球は再びタケルの手元へと戻っていった。

 金属のきしむ音が、乾いた風に交じって、響いていた。



 ◇◆◇



 鉄球が、唸る。

 鎖を引き戻しながら、タケルは軽く肩を回すと、ぶん、と鉄球を再び頭上で回転させた。

 その姿はまるで──鉄球付きハリケーン。

 

「俺のスキル、"衝撃増幅インパクト・スパイク"はさぁ~」



 タケルは楽しげに言った。



「衝撃の大きさも、向きも、ぜーんぶコントロールできちゃうんだよね~。つまり!」



 カッと目を見開き、鉄球を再び地面に叩きつける。



「どんな方向からでも、攻撃が自由に跳ね返ってくるってワケっ!」

 

 ドンッ! ガオンッ! グシャッ!

 地面が、何度も何度もえぐられる。

 跳ね返る鉄球。飛び散る瓦礫。舞い上がる砂塵。

 マイクラ風の四角い土ブロックが、現実的な爆風とともに吹き飛んでいく。

 地面に跳ねた鉄球が,不自然な軌道でブリジットへ目掛けて襲いくる。

 その破壊の中心に、華奢な体躯の少女がいた。

 

 ──けれど、倒れない。

 ──怯まない。

 

 ブリジットは、身を沈め、地を蹴り、舞い、回避し、あるいは鉄球の直撃を──真正面から受け止めていた。

 

 ドゴォンッ!!



「うわっ……!」



 不規則に跳ねた鉄球が、少女の背中に当たる。だが、彼女は膝もつかず、ただ僅かに眉をしかめるだけ。



「……っつ……」



 軽く息をつき、土煙を払いながら立ち上がる。

 

(……やっぱり。今のでも──“痛い”だけで済んでる……)

 

 ブリジットは己の体に宿る、銀の加護の力を実感する。



(ゴムボールをぶつけられるような……鈍い衝撃。けど、ダメージってほどじゃない)

 

 タケルの方は──


(……ん?)


 首を傾げていた。


(え? 今の、当たってたよね?)


 次の瞬間、彼の目に映ったのは──

 クレーターの真ん中に、ほこりまみれで仁王立ちしているブリジットの姿。

 無傷。

 

(……ブリちゃん、なんか……全然効いてなくね……?)

 

 笑顔の裏で、じわじわと汗が滲んでくる。

 

「……さ、さーて、まだまだいくよ~!」



 タケルは強がるように叫ぶと、再び鉄球を回し、振り下ろし、そしてスパイク。

 

 何発もの鉄球が、空間を切り裂く。

 だが──

 

(……これなら、掻い潜れる!)

 

 ブリジットは見切った。

 高く跳ね、鋭く伏せ、そして回り込む。

 流れるような動きで、飛び回る鉄球の軌道を読み切り──

 一気に駆けた。

 ──榊タケルの懐へ。


「えいやっ!!」


 拳を突き出す。

 速度はタケルの反応速度を超えていた。

 

「うおっ!? 速っ!? マジかよ!?」



 タケルが慌てて後ずさろうとした、その刹那──

 ブリジットの脳裏に、過去の光景がフラッシュバックする。

 ──"色欲の魔王"ヴァレン・グランツとの修行。

 照れ隠しに、つい引っ叩いてしまったあの時。

 ──打ち込まれた釘のように地面にめり込み、ほこりまみれで震えていた魔王の言葉。

 

 『──俺とリュナと相棒以外にやったら……たぶんその人、死ぬから……気をつけて、マジで……』

 

(……ダメッ!!)

 

 ブリジットは、寸前で拳を止めた。

 ほんの数センチ。鼻先すれすれで止まる拳。

 風圧だけがタケルの顔を撫でた。

 

「……へぇ?」

 

 タケルはその拳を、まじまじと見つめた。

 そして──

 

「優しいねぇ~、ブリちゃん」



 にやりと笑う。



「でもさ~。戦いの中で、その優しさは──マズいんじゃねーの?」

 

 その瞬間だった。

 

 ──ガンッ!!

 

 音が鳴ったのは、ブリジットの後頭部。

 回避しきれず、背後でバウンドしていた鉄球が──不規則な軌道で飛び上がり、彼女の頭に直撃した。

 

「いたあっ!!?」

 

 鈍い音とともに、ブリジットの頭が小さく跳ねる。

 そのまま、しゃがみこんで後頭部を両手でさすさす。

 

「うぅ……びっくりしたぁ……」

 

 しばらく固まるタケル。

 そして──額に汗をにじませながら、ぽつりと漏らした。

 

「……いや、ブリちゃん、頑丈過ぎっしょ……」

 

 二人の間に、なんとも言えない空気が流れた。

 荒れ果てた公園の中心で。

 クレーターだらけの大地と、マ◯クラ滑り台が虚しく見下ろす中で──

 戦いは、まだ続いていた。



 ◇◆◇



 爆風の中で、ブリジットの金髪が舞う。

 ひゅん、と鉄球がかすめる。地を砕き、岩を弾き、木っ端微塵にするはずのそれを──彼女は、ひらりとかわした。

 別の鉄球が背後から襲いかかる。振り返ることなく、ブリジットは腰を落とし、肩でそれを受け流すようにいなす。

 

 けれど、その目には……迷いがあった。

 

(……たぶん。あたしの“真祖竜の加護”なら、この人──榊タケルくんを倒すことは、難しくない)


 ──事実、そうだった。

 打たれても痛みだけで済み、致命傷は受けない。戦い続けられる。

 力も速度も、今の自分ならタケルより上。

 

(でも……)



 ブリジットの眉が曇る。



(今のあたしのコントロールじゃ……力加減を間違えて、死なせちゃうかもしれない……)

 

 跳弾をかわしながら、彼女はぐっと歯を食いしばった。

 

(マイネさんが言ってた……この人たちは、“操られてるだけ”かもしれないって)


(……もしそうなら、本当は……話が通じる人たちかもしれない……)

 

 鉄球が迫る。彼女は低く身を沈め、それを地面ギリギリで滑らせて回避する。

 

(殺すわけには……いかない!)

 

 そう心に決めたとき。

──ふと、胸の奥が、締めつけられた。

 

(……毒無効のスキルしか授からなかったあたしは、ずっと──)

(“強力なスキル”に、憧れてた)

 

 憧れだった。誰にも負けない力。特別な存在になれる力。きっと、家族にも認めてもらえる力。

 真祖竜の加護を授かった今なら、それを手に入れたはずだった。

 

 でも──

 

(強大なスキルを振るうのに、こんなに……“覚悟”が要るだなんて……)

 

 その重みに、今さら気づかされる。

 

(……あたしは、誰かを傷つける覚悟が、できてなかった……)

(こんなことで……フォルティア荒野を治める“領主”なんて……)

 

 苦い風が、彼女の頬を撫でていった。

 体は動ける。けれど、心は足踏みをしている。

 

(本当に……務まるのかな……)

 

 その瞬間だった。

 

──アルドの顔が、ふっと脳裏に浮かんだ。

 優しく笑い、どこか不思議そうに自分を見つめる少年。

 そうだ。あのときの、あの言葉。
 
 確かに彼は、言ってくれた。

 

 ブリジットが心の中に作っていた“枷”のようなものが──

 記憶ひとつで、すうっと消えていく。

 

 目を開く。

 迷いは、もう──なかった。

 

「……ふふっ」

 

 微笑んだブリジットの目が、タケルを見据える。

 そして、そっと手を上げた。

 耳の上──金髪の中に埋もれるように着けられた髪飾りに、指が触れる。

 赤い宝石をあしらった、銀の細工。

 それは、アルドからの贈り物。

 彼の想いがこもった、たったひとつの“装備”。

 

 ブリジットはそこに、魔力を流し込む。

 キィン……と、空気が震えるような音が走った。

 

「……あなたのスキル、本当に強力だね」

 

 唐突なブリジットの言葉に、鉄球を振っていたタケルが一瞬だけ手を止める。

 

「正直、あたし……びっくりしちゃったよ」



 風に髪をなびかせながら、彼女はやわらかく笑った。

 

「……だから」

 

 その声には、もう迷いがない。

 

「あたしも、“武器”を使わせてもらうね!」

 

 ピクッと、タケルの手元が強張る。


「……ふうん? 武器?」


 警戒心を隠さず、ぐるんと鉄球を回し直す。

 その瞬間。

 ブリジットの髪飾りが──眩い赤の光を放った。

 光は渦を巻き、空間がひずむ。

 ピシッ、ピシピシピシ……と、まるで空気にヒビが入ったかのような音。

 

 次の瞬間。

 

 「──ボウン!」

 

 間抜けな効果音とともに、空中に現れたのは──

 

 ド派手な赤と黄色の巨大ハンマー。

 全長、二メートル。

 頭頂部には「POW!」と書かれた吹き出し模様。




 どこからどう見ても『巨大ピコピコハンマー』だった。




 だが、その存在感は圧倒的だった。

 空中でくるくると回転し、ブリジットの頭上に向かって落ちてくる。

 彼女は、それを自然な動きでパシッとキャッチした。

 振り下ろしたその構えに、タケルの目が釘付けになる。

 

 ……いや、違う。

 

 武器に、ではなく。

 その武器を手にしてもなお、あくまでまっすぐな瞳でこちらを見据える──

 ブリジットという“人間”に、だった。

 

「……じゃあ」

 

 ハンマーを肩に担ぎ、ブリジットは笑った。

 

「ちょっとだけ──反撃、しちゃうからねっ!」
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