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領都1

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「やっと着いた・・・。」

 馬車を降り固まった筋肉をほぐすように伸ばす。 辺境伯爵領都へは着いたが着いてから門を潜るまでが長かった。

「検問待ち結構いたからなぁ。 正確にはまだついてないけどな。 門を潜るのはこれからだ。 これから検問。」

 検問や審査は田舎でも領都でもやる事は変わらない。 簡単な質問と魔導具で犯罪歴を調べられるだけ。 休憩や止まるためだけに立ち寄ったのなら適当なことを言えばいいが、そうでないのなら正直に言ってしまった方が良い。 勿論、それが法に触れるようなことでなければだが。 勿論利点もある。

「旅人か・・・。 目的地は領都か? 領都へは何をしに?」

「ナルケレ修道院に遺灰を納めるために来たんです。 その後は領都で冒険者をやろうかと。」

「ナルケレ修道院・・・? あぁ東にあるあそこか。 しかし、廃院になってるぞ?」

 勿論望んだ形でない新たな情報を得ることもある。

 誰にも気付かれずに密談をしたいとき宿をとっておらず個室が準備できないのであれば、よくある光景に溶け込むことが重要。 例えば屋台で飲み物を買って立ち話をしても良い。 噴水の前にある広場なら警戒しやすいし、噴水に近いベンチを確保できれば噴水の音が多少の声なら消してくれる。 

「で、どうする? 廃院だってよ。 兎も角行ってみるか?」

「遺言だし、そうしてみよう。」

 北にある城へと進む目抜き通りを正面に左右に道が伸びている。 大雑把に領都には十字の道が走っていて、東に向かい門を潜れば領都が管理する森がありその先に修道院がある。

「ついでだ。 とりあえずギルドに登録してから行くか。 ウォーリアギルドだから・・・あぁ、丁度いい。 通り道だ。」

「時間かかるかな? でも廃院じゃ門限なんて無いか。」

「そういうこと。」

 アレックの方を見ると東へ延びる路を見ていた。 同じようにして見ると確かに『ウォーリア』と書かれた看板が見える。 アレがギルドなのだろうか。

「ん? アレがギルド?」

「そうだ。 解りやすいだろ? ウォーカーだとわかり難い場所にあるんだけどな。 それ以外は大体わかりやすい場所にあるのさ。 あぁ、アサシンギルドはそもそも町の中に無いがな。 そもそも祝福されてないしな。 あそこは砂漠の・・・っとそれは良いか。」

 真直ぐと東に延びた道は見通しが良く東門まで綺麗に見える。 人通りは多くなくメインストリートでないことを思わせるが道沿いに並ぶ商店は景気が良さそうだ。

「栄えてるねぇ。」

 領都へ来る前に寄った町を思い出しながら口にする。 店員の制服の生地が良いものを使っていて縫製も良い。 間違いなく儲かっている。 そんな店が多く軒を連ねている。

「あぁ、ギルドがあるからな。 ギルドに人が集まればこの辺りの店も売り上げが上がるんだろうよ。」

 路面にゴミが落ちておらず、よく見ればそこかしこに掃除をしている人がいる。

「人の目が増えれば万引きもスリもし難くなる。 この辺りはスラムから遠いが、こういった栄えた商店街に"遠征"してくるのもいるだろうしな。 前言撤回だ。 こうした対応をしているから商店街が栄えるんだろうな。」

 そんなことを話しているとギルドの前に着く。
 ドアを開けなかを覗くとカウンターがあり、その中に男が座っているのが見える。

「覗いてないでとっとと登録しようぜ。」

 アレックが急かす。

「見ねぇ顔だな。 新顔か。」

「あぁ。 今日領都に着いてね。 ギルドに登録したいんだ。」 

 そうランディウスが答えるとカウンターの下からオーブを取り出し、それを顎でしゃくる。 犯罪歴を調べるための魔導具に似ているそれに手を載せた。

「ん・・・。 あぁ、良いだろう。 今日からお前はウォリアーだ。 難しいことは言わねぇ。 迷惑を掛けず腕を磨け。 んで、魔物や賊を倒して人に貢献しろ。 階級が上がれば仕事を頼むこともあるだろう。 就職か? 冒険者か?」

「冒険者に成ろうと思ってる。」

「そうか。 就職なら用心棒の職でも用意してやろうと思ったがな。 まぁ良いだろう。 何にせよ8級のウォーリアだ。 昇級には賊の討伐証か魔物の討伐証が必要だ。 下位のうちはそれに見合った級に昇級する。 中位・上位になったらそれに加えて手合わせになるがな。 それと、ここは夜には酒場にもなる。 必要があれば来ると良い。 ギルドはギルド員にいつも解放している。」

 そこまで言うと話は終わりだとでもいうようにグラスを磨き始める。

「じゃあ行こうぜ。 これでランディもウォーリアか。 これから忙しくなるぜぇ。」

8級最下級じゃそれほど忙しくならないんじゃない?」

「そんなことないさ。 そりゃ級が高いに越したことはないが、ギルドに所属しているのとそうでないのとでは信用が違う。 依頼も取ってこれるしな。 8級のウォーカーだと後ろ暗い依頼しか取れないからな。 ランディがギルドに所属してくれて助かるぜ。」

「そんなもん?」

「そうだとも。」

「ふぅん。」

 亜空間から果物を出し齧る。 領都に入った後、門の傍に並んでいる露店で買った物だ。 3個で1ソル。 金の出どころは賊の武器庫だ。

「お、モルンの実か。 美味そうだな。」

「ん? 食べる?」

 もう一つ取り出しアレックに手渡す。

「おぉ、すまんな。 良い感じに熟れてるよな。」

 アレックがそのまま齧ると果汁が口からあふれ出し、それを感じて慌てて果汁を啜る。

「なるほどな。 こりゃ果実水が露店に並んでないわけだ。 搾るまでもない。 穴を開ければ直接吸えそうだ。」

 露店といえば果実水と言われる程に露店と果実水というのは結びついている。 何と言っても果実を絞るだけだし、量を増やしたければ加水しても良い。 都の水は大抵不味いから加水してても飛ぶように売れるし忙しいから愛想も気にならない。 裏社会の人間にも人気の商売だ。 売れなくなる原因は二つ。 水が常飲できる程美味しいか、果実が水代わりに売れるほど豊作か。

「しかし、これだと確かに仕事は有りそうだね。」

「だろ? まぁ、任せとけって。 選り好みはしないが良い感じのを選んでくるぞ。」



「この先にあるのは廃棄された修道院だ。 用がないなら・・・。」

 役目なのだろう。 面倒くさそうにしながらも門番が声をかけてくる。 面倒くさそうにしながらも警戒を怠らず何時でも剣を抜けるようにしているあたりかなりの錬度を感じる。

「あぁ、遺灰を納めに来ました。 廃院になったと領都に入る際に聞いたのですが、遺言な物でどうしたものかと。」

「あぁ、遺灰か。 ナルケレ修道院は確かにそう言ったこともしていたな。 修道院は廃院になったが、司祭はまだ役目があると仰りいらっしゃる。 司祭を頼ると良いだろう。」

 礼を言い門を潜ると獣道の様な道が伸びる森だった。

「明媚な場所だって町で聞いたんだけどね。」

「明媚な場所だった・・・だな。 廃院になったからな。 金をかけられないんだろう。」

 森を抜けると石造りの建物が見えた。 アレが修道院だろう。
 塀の内側に入ると微妙に手入れされた庭がある。

「ほっぽり出した・・・というより単純に手が足りてない感じだな。 司祭が居ると言ってたが、司祭1人しかいないのかもしれないな。」

「そんなことあるの? 司祭って偉いんでしょ?」

「偉いか偉くないかと言われれば偉い。 けど廃棄された修道院に助祭とか連れてこれないだろ。」

 そう話しながら修道院の中に入る。 修道院の中は埃一つ落ちておらず、採光窓とステンドグラスから入る光が修道院内を照らす。

「お待ちしておりました。 ランディウス殿。」

 奥から一人の司祭が姿を現した。
 その言葉に反応しアレックが亜空間からスローイングナイフを取り出し後ろ手に隠す。

「気を付けろよ。 名前を知ってるってのはなんか変だぞ。」

 小声で僕に注意を促す。 確かに変だ。 名前も知らず見たこともない司祭が名前を知っているというのは違和感しかない。

「僕の名前を? それに待っていたって?」

「えぇ、そろそろ来られるはずだと。」

「誰から聞いた?」

 アレックの緊張が高まる。 自分たちを捕らえてた盗賊の仲間の可能性だってある。 いつでも投げれるようにナイフの握りが変わる。

「啓示がありまして。 ここが廃院になる前に一度、そして先ほどにもう一度。 あなたが来られるはずだと。 そして遺灰を捧げよと。」

「「啓示。」」

「はい。 お亡くなりになられたシュウヤ様を女神さまはお待ちなので御座います。」

「シュウヤ?」

「父さんの名前。」

 聞かない名前にアレックが首を捻るが、その名前が父の名前だと教えると納得した様に頷いた。

「僕は遺言でここに来たんだけど。」

「そうでございましょうとも。 さ、遺灰をこちらに。」

 司祭がその両手を捧げるようにこちらへと差し出す。

「おいどうする。 予想外に過ぎるぞ。」

「わかんないけど、渡すのが良い気がする。 渡すよ。」

「女神様の啓示か・・・。 良く解らんが、とんでもない事態に遭遇しているようだな。」

 亜空間に仕舞わず肌身離さず身に着けていたネックレスの蓋を開け遺灰を取り出し、司祭の手へ載せる。

「有難うございます。 神よ。 女神よ。 約束の時でございます。」

 そう司祭が呟くと司祭の体から魔力に似た別の力が溢れる。

「あれは・・・。」

「神力と言うヤツだな。 神官が使う神の奇跡と言うヤツだ。 そう謳ってるだけのペテンだと今まで思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。」
 
 天上から溢れるように降りた光が遺灰を納めた壺に降り注ぐ。

 その瞬間、その荘厳な空気に包まれた礼拝堂に声が響いた。

『オイコラ糞女神ィ! テメェ問題ねぇっつったろうが! 何だ魔素中毒って! その辺調整してから送り出せや!』

『ひぃぃぃん! ごめんなさいぃぃぃぃぃ! ソ、ソフィアちゃん! たすけてぇぇぇ!』

『さ、流石にフォローしようも無いかと・・・。』

 微妙な空気が司祭と僕たちを包む。 司祭の顔はこんなはずじゃなかった。 という顔だ。
 こんな空気の時するべき行動は一つだ。

「よ、よし! 用事も済んだしな! そろそろ行くとするか! なぁランディ!」

「あ、あぁ。 そうだね。 勤労に励まなきゃね!」

 こういう時は逃げるに限る。
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