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領都3

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「ふぅむ。 すると、そのサンドロという輩が鉱石を奪っているという訳じゃな? よしぶっ殺してやる!」

 ドゥーム氏に報告すると鍛冶場に置いてあった大振りの金槌を持ち上げ外に出ようとした。

「まぁまぁまぁまぁ・・・お気持ちはわかりますが、任せていただくという約束です。 大丈夫。 悪いようにはしませんから。」

「ふんっ。 鍛冶師から鉱石を取り上げるとは不愉快極まる! 俺は酒と鍛冶コレしか楽しみがないんじゃ! ふざけおって!」

 アレックが宥めるとドゥーム氏はそう言いながら机の下から一抱えは有ろうかという酒樽と軽々と取りだし杯に注ぐ。

「ぐっふぃぃぃぃぃぃ。 アレック。 依頼したときにもいったが報酬は1000タランと鉱石を取り戻したらそれで武器を打つ。 それは良い。 だが何を作る? 武器と言っても儂が作れるのは結構あるぞ?」

「えぇ。 それで結構です。 ランディ。 ドゥーム氏は評判の高い鍛冶師だ。 過去には御用鍛冶師として王宮に納めていたこともある。 そんな人が俺とお前に武器を一本ずつ作ってくれるそうだ。」

「鉱石を手に入れたらだぞー! 本気で作ってやるからな。 楽しみにしてろ。」

「俺はロックバスターを作ってもらおうと思っている。 御者の持っていた巨大ボウガンだな。 冒険者としてやっていくなら短剣だけってわけにはいかないからな。 お前はどうする?」

 腰だめにして使うロックバスターは超強力だ。 その名が示す通り岩を砕けて一丁前。 強力な威力を持つ分作るのは難しく繊細な技術がいる。

「なら金砕棒を作ってもらおうかな。 長さは身長位で。」

「珍しい武器を欲しがるのぅ。」

 ロックバスターは兎も角、金砕棒使いというのは珍しい。 どうしても剣や槍といった見目の良い武器を求めがちだからだ。

「ん? 剣か弓じゃなくて良いのか?」

「剣より得意なんだよなぁ。」

「あの剣よりもか・・・。」

「うん。 母さんが得意だったみたいでね。 剣はそれほどだったから父さんに仕込まれたんだ。」

「はは・・・それほど・・・それほどね・・・。」

 アレックの脳裏に鮮やかに賊の首を刎ね飛ばした手腕が蘇る。 あの剣技より得意だということが想像つかないほどだ。

「屋内でも無ければ剣は基本不利だからね。 屋外用に長物が欲しいんだよ。 弓は接近されたときにやっぱり不利になるからね。 接射術もあるし弓格闘術も覚えてるけど流石にね。」

 戦闘で一番気を付けなければいけないことは間合いだ。 基本的に間合いの広い・長い得物が有利になる。 考えてみれば当然のことで、届かない所から一方的に攻撃されれば負ける公算は高くなる。 なら走っても攻撃される前に辿り着くことができないほど離れてる弓が一番有利なのかというとそうでもない。 では弓が一番いいのかというとそうでもない。 一般的には動き回る相手に当てることは難しいし、何よりも奇襲などで接近を許してしまえば弓を引くよりも早く切り捨てられてしまうだろう。 中には剣一本で何とかしてしまう様な輩もいるがそれは特殊な例だ。

「まぁえぇわい。 鉱石を持ってきたら作ってやろう。」

「こりゃぁ気合入れて鉱石探し出さんとな。 よし、じゃあランディ行こうぜ!」

 鍛冶場を出て噴水近くまで移動する。 お互いの顔は困り顔だ。

「しかし、どうやってサンドロの奴を探す? 情報が全くないぞ。」

「偽名の可能性もあるしねぇ。」

「門番が手引きしてるなら・・・まぁあるだろうなぁ。 俺は俺で情報を探してみるからランディはランディで探してみてくれるか? ついでに今日の宿も探しちまおうぜ。 結構部屋埋まってるし、別々の宿でも仕方ないだろ。 落ち合った時に明日の集合時間を決めよう。」

「そうだね。 じゃぁ・・・夕方の鐘が鳴ったら噴水で落ち合おう。」



 情報収集にもやり方がある。 例えば、人を訪ねるときその人が非合法の人であれば直接聞くのはダメ。 もし聞いた奴が関係者だったら自分が追われることになるし、関係者でなくてもその人から関係者にもれればやっぱり自分が狙われる。 良くある話を選んで聞いていくしかない。
 
「あー。 なんか儲け話ない? 簡単で稼げるなら尚良しなんだけど。」

「そんな話あるわけねーだろ! ぶぅわはははははは!」

 酒場というのは情報集めに最適だ。 情報が集まる場所という意味では決してない。 アルコールとウェイトレスの際どい服装が彼らの口を軽くする。 1杯5タランの安酒でも数杯飲ませれば口が軽くなる。 ダーティな相手の情報を探すなら見た目がダーティな奴に聞くに限る。 服装がボロボロなのに酒場で高めの酒を飲んでいる奴なんて格好の的だ。

「体力と力なら自信があるんだけどなぁ。」

「へぇ~・・・。 兄ちゃん顔良いんだから男娼にでもなったらどうなんだ? 楽じゃないだろうが、兄ちゃんの顔なら稼げんだろ?」

「ウェイトレスさーん! こっちの兄さんにワイン頂戴!」

「なんだ奢ってくれるのか悪いなぁ。」

「はははっ 褒めてもらったのは嬉しいけど体を動かす仕事を探してるんだ。 どうもこう・・・人と話すというかおべっかを使うのは苦手でさ。」

 飲ませた酒で顔が赤くなる。 酒は判断力を鈍らせる。 酔い過ぎれば気が大きくなり何が起きても問題ないと思うようになってしまうものだ。

「ふぅむ・・・兄ちゃんに紹介できる仕事がぁ・・・ある! ちょいとモノを運んでもらうだけの仕事だ。」

「おっいいねぇ! そんな仕事を探してたんだよ。 うだうだ考えなくていいような仕事!」

「なら兄ちゃんにぴっ・・・たりな仕事だぁ! いいかぁ・・・南地区の東通り六番の建物を訪ねろぉ。 ダリオからの紹介だっていやぁ使ってくれるさぁ・・・。」

「南地区の東六番だな。 わかった必ず行くよ。」

 赤い顔をした男は気持ちよさそうに頭を揺らしている。 呂律が回っておらず言動も怪しい。 こんな所だろう。
 お題を払い店を出る。 辺りは日が落ち始め薄暗くなっていた。

(そろそろ集合時間か。) 

 酒を飲んで酔った様を見せたいのなら肩で風を斬って歩くこと。 いかにも自信満々でふてぶてしい態度がにじみ出ていればまず酔っているのを疑う奴はない。 酒場からつけてきている奴もそれで騙せたりする。 アレック仕込みのソレは堂に入っていて誰が見ても酔っ払いだ。 素性を知るために後を付けてきた奴を諦めさせることにも役に立つ。

(いなくなったか。 念のためにアレックと合流するまで続けるか。)

 千鳥足である必要はない。 ズボンのポケットに手を突っ込み上半身の力を抜きダルそうに肩から歩くようにする。 それだけで酔っ払いの出来上がり。
 噴水前に着くとすでにアレックが待っていた。

「ランディ朗報だ。 南地区の東通りにサンドロらしき奴がいるらしい。」

「そいつは良かった。 僕も似た様な情報を手に入れたよ。 南地区の東通り六番に棲むヤツから仕事をもらうことになってる。」

「押し入るしかないと思っていたが、よくやったな。 ならお前の役割は使い捨て前提の駒、トカゲのしっぽと言う奴か。 色々できて良い立場だな。 ・・・んじゃあ明日かな。 宿の代わりにミレディちゃんをひっかけてな。 これからデートの約束なんだ。」

「ミレディちゃんってあのミレディちゃんか。 手が早いというかどうやってんの・・・。」

「そりゃあ俺くらいに顔が良ければな。 あとは危険な香りを漂わせればセクシーに感じるらしいぜ?」

「真似できそうにないよ。」

「お前も顔良いしイケると思うんだけどな。 まぁ良い。 明日昼頃にまた噴水でな。」



 宿には知らない人と纏められて雑魚寝する大部屋と個室がある。 大部屋の欠点は盗難が必ずと言って良いほど起ること。 たとえ自分が被害にあわなくとも他人が被害にあい必ずと言って良いほど巻き込まれる。 それが嫌なら個室を使うべきだ。
 30タランの部屋で個室とは言うが、ウナギの寝床のような場所だ。 ドアを開けたら即寝台。 寝台に合わせて部屋を作ったかのような場所で足を下す場所もない。 窮屈極まる部屋だが寝るだけなら問題ない。 荷物を置くような場所もないから亜空間を持っていないなら自分の荷物に埋もれて寝るしかない。

「広いところに泊まれれば良かったんだけどね。」

 宿を探し始めたのが遅い時間だったこともあり、中堅の宿から高級な宿まで全室埋まってしまっていた。 これが王都でなければ空いているところもあったろうが

「さすが王都。 人の集まる場所かぁ・・・。 アレックが羨ましいねぇ。」

 ゴロリと寝台に横になる。 亜空間を持っているから狭い寝床だが広々と使える。

「さて、サンドロの仲間に入れてもらえそうだけど・・・。」

 ドゥーム氏によれば新しく鉱石を発注してそろそろ届く時期だ。 恐らく今回の仕事というのはその功績を横取りすることなのだろうが、そう簡単には鉱石のありかまで教えてくれないだろう。 だから後をつけるしかないが、僕自身の顔は割れている。 そのあたりはアレックにお任せだ。
 つらつらとそんなことを考えているうちに眠りについた。

 翌日昼の鐘が鳴る前に噴水の前でアレックと落ち合った。

「よぅランディ! 今日は潜入日和だな!」

 そんなことを言いながらアレックがこちらへと近づいてくる。 不穏な言葉を発しているがそれらはランディウスに届くのみであとは噴水の音が消してくれる。

「日和かどうかは解らないけど、まぁ良い天気だね。」

 雲一つない天気は顔を見やすくしてくれるが、その分顔の印象は残りにくい。 顔ではなく服装や髪の色などの特徴をとらえて覚えがちだ。 だから派手な色の帽子や記憶に残りやすい服があればその分顔を忘れてくれる。 使い捨て前提の駒なら尚更だ。

「ドレスコード的にこの服どう?」

「バッチリ。 どこの高級テイラーかと思ったぜ。」

 赤く染められた派手な帽子をかぶれば、相手の視線と印象は帽子が集めてくれる。 
 名前を知られたくないのなら偽名を考えることも重要だ。 あまりにも適当な名前だと偽名じゃないかって疑われることになるし、何より自分で偽名を忘れてしまう。 自分の子供に名前を付ける心持ちでつけろ。

「名前はー・・・ディランにしておくか。 カッコいいでしょ?」

「あぁ、良いんじゃないか? 凝り過ぎてないし先ずバレないだろ。 それじゃ、俺は見つからない様なところに伏せてるからな。 幸運を祈る。」

◇ 

 どこの国だってスラムというのは存在している。 一見裕福に見える国でも、裕福に見えるからこそ貧富の差というのは存在し、その差は大きいものになる物だ。 それはこの辺境伯領都でも同じ。 南地区の東通りは城壁沿いにあり、城の反対側にあって最も距離が離れている場所だ。 致命的な失敗をした商人や貧民、そして犯罪者が屯するのに都合がいい場所だ。
 当然そんなところを目立たずに通るなんてことは出来ない。 特に赤い帽子なんて目立つ者を身に着けていれば人参をもって馬房に入るより視線を受けることになる。

「よぉ~兄ちゃん。 かっちょいい帽子じゃんかよぉ~。」

「そう? これお気に入りなんだ。 買ったばかりだけどね。」

 絡まれても落ち着いて受け答えすること。 驚いて逃げても追いかけられて追いつかれるだけ。

「へぇ~。 じゃあよぉ暇だろぉ? ちょっと面貸してくれよぉ。」

 話の脈絡が通じないとかそんなことを気にしてはいけない。 彼らには彼らの目的があって話しかけている。 優雅にお茶を楽しみながら話すのならば自身に興味があるのかもしれないが、そうでないならこちらの金を狙っている。

「あぁ、ごめんね? これから用事あってさ──。」

 懐から抜いた短剣をこちらに突き出してくる。 
 半身になってそれを避け、体の勢いを殺さずに肘で相手の顎をかち上げた。

「あぁ゛!? うっせー・・・なブッ!」

 数センチほど浮かび上がり、そのまま崩れるようにして倒れる。 顎と歯が砕けたのだろうか口から出血していた。
 倒れた男をそのままに道を進む。 男を通り過ぎるとワラワラと人が集り身包みを剥がされ裸になった男も運ばれていく。 彼はもう戻ってくることもないだろう。 盗れるものは命まで盗られる。 それがスラムだ。

「六番・・・六番・・・あそこか。」

 スラムには似つかわしくないほどしっかりとした建物を視界に納め呟いた。
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