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Quest:奪われた宝石
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「ランディ! 仕事があるぞ。」
そうアレックが話しかけてきたのはいつもの噴水前だった。
朝食のサンドイッチを齧りながら買っておいたもう一つのサンドイッチを渡す。
「おぉ、あんがとさん。 んで、これから依頼人に合うんだ。 お前も来るか? ・・・うめぇなこのサンドイッチ。 どこのだ?」
「すぐそこのだよ。 結構気に入ってるんだ。 で、依頼って?」
「ん、あぁ。 詳しい話はこれからなんだがな。 クランベルという資産家の宝石が盗まれたんだと。」
「宝石?」
「そうだ。 それがただの宝石なら別に放っておいても良いらしいんだがな。 魔晶石でな。」
魔晶石は魔石が一度融け再結晶したものだ。 特殊な環境でない限り鍛冶の炉でも融けない魔石を融かすのは人の手では不可能に近い。 唯一アスタール国にいる大賢者と呼ばれる人間がその膨大な魔力で火の魔法で融かして見せたと風のうわさで聞くのみだ。 魔晶石は見た目が非常に美しくそれだけでも資産価値が高い。
「危険物じゃあないか。」
一度融けて周りの魔力を取り込んで限界まで魔力を溜め込んで再結晶化する魔晶石は爆発すれば領都くらいなら吹き飛ぶほどのエネルギーを含んでいる。
「そういうこと。 まぁ今回は盗んだ奴の目星もついてると言うし簡単だろ。」
「そう上手くいく? 嫌ぁな予感しかしないけど。」
「少しばかりお願いして返してもらえばいいさ。」
◇
「それでクランベルさん。 盗んだ相手の心当たりというのは・・・。」
クランベル邸に着いた二人はそう切りだした。
「あぁ、南のスラムにジェムという破落戸がおってな。 そいつの仕業だということまでは掴んだんじゃ。」
「なるほど? クランベルさんが取り返さないのには理由があるんですか?」
アレックが首を捻りながらそう言った。
資産家というだけあってクランベル邸は大きく警備兵も雇っている。 彼ほどの資産家であるのなら私兵を遣わしてジェムを急襲し奪い返すことだってできるだろう。
「ジェムはスラム一帯のボスじゃ。 スラム奥深くまで引っ込んだジェムを捕らえるのは私兵では無理と判断したのじゃ。 試しに私兵を放ってもみたんじゃがな。 死体になって川に浮いとった。」
クランベルもただ見ていただけではなかった。 盗まれたと判明して直ぐにジェム一味の仕業だと看破し裏取りのために兵を送り込み裏を取った。 そして直ぐに奪還のために私兵を送り込んだ。
「なるほど・・・。 ではすぐにでも始めた方が良さそうですね。」
「うむ・・・頼むぞい。」
クランベル邸を辞してスラムの方へと歩きながらアレックと話す。
「どうやら単純な話じゃなくなりそう。」
「そうだな。 とりあえずスラムに入ってジェムとやらを探そう。」
◇
スラムというのは生き馬の目を抜く様な奴が屯する場所だが、そこで一大勢力をもって支配しているのなら別。 支配されて組織化したスラムは忠誠心が高く厄介だ。
「歓迎されてませんよって感じ。」
「思った以上に組織化しているようだ。」
例えば壁にもたれ掛りながら物乞いをしている老人の目が鋭くこちらを見ていたり、建物の奥の暗がりからこちらを観察する視線を感じたり。 住人たちの目はそこの組織レベルを教えてくれる。
望む結果を出すためにはいくつかの方法があると思うが、時間が無く腕に自信があり手っ取り早くいきたいのなら。
「おっと。 テメェ何すんだよッ!」
喧嘩を売るのが一番早い。
わざと歩いているスラムの人間にぶつかりそいつを殴り倒す。 殺気が辺りを包むがアレックはそれを気にした様子も無く追撃する。
「ハッ! なんだ雑魚じゃねぇか! ちんたら歩いてんじゃねぇぞ! 端にどいて蹲ってなッ!」
死なない様に絶妙に手加減されたその蹴りは壁際までスラムの男を蹴り飛ばした。
「所詮はスラムか! 雑魚ばかりだな!」
一から組織を立ち上げた人間にとって面子とは何よりも重要視するモノだ。 その頭目の実力に自負があるのなら、スラムに流れ着いたヤンチャな跳ね返りを支配してやろうと姿を現す。
「面白れぇことしてくれるじゃねぇか・・・」
スラムにある比較的マシな建物の二階に大男が姿を現す。
「雑魚に雑魚と言って何が悪い! 身の程をわきまえて大人しく泥でも啜ってろ!」
「フンッ身の程を弁えろよ小僧・・・。」
相手のことを貶したいのなら、相手が何を言いたいのか相手の気持ちになって考える必要がある。 思いやりとはかけ離れた行為ではあるが、相手を思いやることが重要。 人とのつながりの大切さと語彙力の大切さを知ることができる貴重な機会だ。
「威勢だけは良いようだな! 弱い犬程よく吼えるというが、貴様がソレか!」
「小僧ッ・・・・。」
相手の言葉が尽き呻くだけになったら、あとは乱闘だ。 ただ首尾よく制圧しても夕日をバックに仲直りの握手とはいかない。 ただ恨みを買うだけだ。
二人で破落戸達を制圧しジェムらしき人間をマシな家の中へと押し込む。
ランディウスが男を片手で吊るし上げると頭目の顔の色が青く変わった。
「どうした。 静かじゃあないか。 さっきまで威勢良かったのに。」
だが、その力が圧倒的であるのなら話は別。 恨みは恐怖に変わる。
アレックが微笑みながら言う。
「ぬ・・・・っく・・・。」
「お前が・・・ジェムか?」
「ち、違うッ俺はジェムじゃねぇ!」
恐怖は口を軽くしてくれる。 殺されるかもしれないという恐怖は相手が特殊な訓練を受けていないのであれば非常に有効だ。 もともとスラムは生き馬の目を抜く人間が屯する場所。 忠誠があると言っても、その限界値は非常に低い。
「ほう? じゃあジェムはどこに行った?」
「ジェムさ・・・ジェムの野郎は手に入れた宝石売るって出かけて行ったんだ!」
「なんだと? どこだ! どこに売るつもりだ!」
「し、知らねぇよ!」
そう破落戸が言うとアレックが目でランディウスに合図する。
ランディウスはためらわずに破落戸の膝を砕いた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「言えよ。 もう一つ膝を失いたくないのならな。」
「ほ、本当に知らねぇんだ! 助けてくれよ・・・。」
破落戸の顔が涙や体液でべとべとになる。
ランディウスは破落戸を気絶させ体を離した。
「どう思う?」
「誰に売るつもりなのか調べる必要があるな・・・。 ランディ。 ジェムの顔調べられるか?」
「やってみるよ。」
亜空間から洋紙皮を取り出し破落戸の頭に貼り付ける。
≪読取≫
≪映写≫
「”ジェムの姿を写せ”」
貼り付けた洋紙皮に手を置き変性魔法と幻惑魔法を使いジェムの顔を浮かび上がらせ焼き付けた。
「こいつか。 結構ゴツい奴だな。 目立ちそう。」
「聞き取りでもするか。 時間はあまりなさそうだが、やるしかないだろう。」
「あー、ちょっと待って。 押しかけて聞き出したんだ情報料くらいは渡しておこう。」
≪治癒≫
回復魔法で破落戸の膝を治す。
「大盤振る舞いじゃないか。 そんな使って大丈夫なのか?」
「回復魔法は得意でね。 魔力もそんなに使わないんだ。」
「魔法って凄い。」
魔法は適正が無ければ使えず、適正があったとしても独特のセンスが必要になる。 ランディウスは魔法の適性が特級品で、且つセンスが飛びぬけている。 二つを高レベルで備えているからこそ簡単に魔法を行使できる。
「しかし、どうやって調べようか。」
噴水前まで戻り相談する。
「魔法で追えないか?」
「流石に人は追えない。 失せ物探しの魔法もあるが、あれは実物にピン止めして無ければ使えない。 見たこともない魔晶石じゃあ無理だ。」
魔法は万能だとよく誤解されるが実はそうでもない。 できることとできないことの線引きはキッチリしている。 人を追うような概念を解説した魔法書があり、それを理解できれば魔法を使うこともできるだろうがそんな魔法書はない。
「今から本屋で魔法書を探すって訳にもいかないしな。 地道に聞き込むか。 幸い顔は解ってるからな。」
◇
「当然と言えば当然だがそう簡単には見つからんわな。」
一息付けようと目についたカフェに入りコーヒーを啜る。
人を追う時に闇雲に探しても時間の無駄。 探すべき範囲は広大で探すのは人ひとり。 そう簡単に見つかるものじゃない。 効率よく見つけたいのなら相手の身になって考えてみることが重要。
「ジェムなら・・・。 追手が放たれてるんだ。 宝石を手早く手放したい・・・か?」
その時に気を付けなくてはいけないのは、相手の身になって考えているはずが自分の考えを辿ってしまっていないかだ。 相手の立場や経験を最大限考慮してどのように考えるのか予測しなくてはならない。
「いや、それはないだろう。 大資産家から奪ったんだ。 高く買い取ってくれるところに売るんじゃないか?」
そういったときに仲間の存在がありがたい。 自分よりによってしまう考えを正してくれる。
「魔晶石・・・高エネルギー体を高値で買う奴・・・。 イスマ?」
イスマは国力に置いて大きくアコートに劣っている。 その差を埋めるために魔晶石は最適だ。 そのまま暴走させて爆薬にしても場所を選べば甚大な被害を与えられるだろうし、魔導具を作れればその恩恵は計り知れないものになる。 どちらにしてもイスマがアコートと争うつもりなら喉から手が出るほど欲しいだろう。
「あり得るかもな。 そもそも頭目とは言えスラムの人間が魔晶石がクランベルさんの所にあるのを知っていること自体がおかしい。 ジェムがイスマの何某かに接触を受けて依頼を受けたと考えるべきだろう。」
「イスマの工作員。」
「だな。 あいつらは目立つ。 先回りしてとっちめてやろうぜ。」
少し昔ならイスマの工作員は手ごわい存在だった。 ジワリと気付かないうちに浸透し、隣に住んでる十年来の友人が工作員だった。 なんてこともざらにあった。
しかし近年の工作員はそうでもない。 騒ぎは起こすし犯罪も犯す。 ”私は工作員です”と幟を立てて歩いているようなものだ。 当然かなりの数の工作員が捕らわれ処刑されている。
◇
「で、あそこが工作員が居る家か。」
普通の民家に黒い旗がなぜかたなびいている。
「わかりやすいだろ? で、どうだここから見て何かわかるか?」
アレックが呆れるように笑っている。
生えている草をちぎり蛇視の草を作る。 違うところは付与する魔法で魔力をみえるようにする。
「まだ魔晶石は来てないみたいだな。 反応がない。」
「何かの箱に隠されている可能性は?」
「魔晶石の魔力は箱に入れた程度じゃ隠せるものじゃないよ。 全く見えないんだ。 残滓すら見えないから、家の中には無いよ。」
「ならこれから持ってくるのか。」
「かもね。 ・・・ん? 噂をすれば・・・だ。」
ランディウスが顎で家の前の道を差す。
「ん? ジェムか・・・!」
道の先からジェムが歩いてくる。 あたりを警戒しているようで、落ち着かない様子でキョロキョロと見まわしながら歩いている。
「あー・・・。 あれは間違いない。 持ってるな。」
あまりに不審すぎるその姿は、アレックでなくともそう断じるだろう。
「ジェムだな。」
アレックとランディウスでジェムを挟むようにして立ちふさがる。
「チッ! ここまで来て捕まってたまるかよッ!」
地面へ勢いよく煙玉をたたきつけ逃走を図る。
煙玉は視界が一気に塞がれるのが厄介だが、例えば毒粉などを混ぜられていると厄介さは増す。 通常の毒なら無理をして追いかけることもできるが、麻痺毒なら動きを止められてしまう。
≪解毒≫
回復魔法で完全にマヒしてしまう前に回復させる。 アレックの毒抜きも忘れない。
「チッスラム出身だってのに良いの持ってんなぁ。」
「追おう。 ここまで来て逃がすわけにはいかない。」
「だなッ!」
ジェムが逃げた方向へと走り始める。
「何が考えられるッ?」
走りながらランディウスが問う。
「工作員に売れないなら・・・あー、見えたぞ。 直接売りに行く気だな。」
ランディウスに並走しながらアレックが答えた。
アレックの視線を追うと、西門の外の遠くに今まさに馬車に乗り込んだジェムの姿があった。
ランディウスはあたりを見回し。
「すいません。 その馬車、貸してもらえませんか。」
通りすがりの商人に馬車を貸してもらうよう頼んだ。
「何言ってんだ! できるわけないだろう。 積み荷は今ないがな、これは大事な商売道具だぞ!」
「そこを曲げて何とか。 ここにクランベルが発行した手形があります。 これで何とかなりませんか?」
経費として預かっていた手形を商人へ見せる。
大資産家の手形はその額面以上の価値がある。 清算するときに大資産家と顔を合わせることができるからだ。 今回の場合、自身の馬車を請われて売ったという土産話までついている。
「わ、解かった! 売る! 売ろう! 馬ごと好きにしてくれ!」
勿論喰らいついてくる。
「ありがとう! アレック!」
「よっしゃ! よくやった!」
先行する馬車を止めるのに必要なのはより大きな馬車だ。 行商人が使うような補強された馬車なら尚良い。 補強されたぶん頑丈でぶつけてもダメにならないからだ。 重くなった車体も相手の馬車を止めるのに役に立つ。 欠点は重くてスピードが出ず、馬のスタミナも早く尽きてしまうこと。 全速力での運用なんてそう長い間出来ない。
「それを解決するのが魔導文字ってね。」
”軽量化”の魔導文字を刻み粗挽きの魔石粉が入った竹筒をセットする。 グンと軽くなったようで馬が嬉しそうに嘶き軽快に走り始めた。
「よし、よし良いぞ!」
西門を抜け本格的に走り始めた馬車はグングンとジェムの乗った馬車に近づいていく。
アレックは御者台に立ち亜空間からフックのついた鎖を取り出した。
ボルトに取り付けロックバスターにセットする。
「逃がさん!」
気合とともにボルトを放つとジェムの乗った馬車を貫いた。
「ランディ!」
その声とともに竹筒を抜く。 重さを取り戻した馬車とつながれた馬車が面白いように速度を落とす。
「くそッ! もう追いついてきたのかよ! しつこいぞッ! 頼んます!」
悪態をつきながらジェムとイスマの兵士らしき人が下りてくる。
「フン。 かかわらずにおとなしく見逃していればいいものを。」
兵士はスラリと腰から剣を抜いた。
瞬間。
ランディウスは一足飛びに兵士に近づき亜空間から金砕棒を引き抜いた。
思い切り振られたその金砕棒は抜いた剣を圧し折り兵士を大木へ叩きつけた。 兵士はそのまま崩れ落ち動かなくなった。
「ヒィッ!」
ジェムにとってそれは異様な光景であった。 鍛え上げた自身の腕より太い金属の棒を片手で振り回す男も理解できなかったが、一流の兵士だった護衛の兵が一撃で倒されたことも理解できなかった。
ジェムは恐怖した。 ガタガタと震え力の入らない様子で地面へとへたり込んだ。
「イスマの言葉に乗らなきゃよかったのによ。」
ジェムが大事に抱えていた箱をアレックが奪い取った。
「う・・・うぅ・・・くっそぉ・・・。」
「あのままで良いの?」
崩れ落ちたジェムを見てランディウスが問う。
「ん? あぁ。 アイツはもう仲間の元には戻れないし、イスマにも行けない。 アイツはもう詰んでいるのさ。」
「詰み? スラムでは頭目だったんでしょ? そこに戻ればいいんじゃないの?」
「あぁ、無理だな。 あそこの2番手・・・膝をぶっ壊して治してやった奴がいるだろ? アレがもう新しい頭目になってるだろうよ。 あそこの奴らはいつだって上の隙を狙っているもんだからな。 戻ったところで殺されるだけさ。」
「へぇ・・・。 まぁ良いや。 戻って報告しよう。」
「あら冷たい。」
「と言っても、かける言葉なんてないでしょ?」
「そらそうだ。」
泥棒は成功すれば兎も角、失敗すればこんなものだ。 それまで得た名誉は失われ、地に落ちる。
◇
「取り戻してくれて有難う。 助かったぞ。」
魔晶石を引き渡すとクランベルは喜んだ。
「間に合ってよかったです。 預かった手形で馬車を一台買い上げました。 事後報告になってしまいますが構いませんでしたか?」
ランディウスは普段聞かないような丁寧な言葉を操るアレックに驚きで目が限界まで開く。 それを目の端でとらえたらしいアレックは”フフン”と口角を上げた。
「あぁ、あぁ。 その程度構わんよ。 これが盗まれイスマに運ばれたら流石にお叱りを受けてしまうからな。 まぁ、そのこと自体はどうということは無いが、イスマに流されれば小競り合いの続いている現状どうなるかわからんからのぅ。」
クランベルは照れたように頭を掻いた。
(ど、どうということは無いんだ。 お叱りって要は賠償金でしょ? 何タランになるんだか・・・。)
「今回の事で流石に危険だと解ったからの。 辺境伯を通じて王国に献上することにしたのじゃ。 もうこんなことは起きんよ。 やはり危険物は献上してしまうのに限るのう。」
「いえ、役に立てたのなら光栄です。」
そう話しているとピッチリと黒服を着こなした女性が部屋の中へと入ってきた。
「クランベル様。」
そういって差し出したのは一つの書類と大きな包みだ。
「ふむ・・・。 あぁ、こっちは今回の報酬じゃ。 受け取ると良い。」
「はっ。 では遠慮なく・・・。」
包みを受け取り中を確認することなくアレックは亜空間へと入れる。
「ランディウスにアレック。 君たちの名前は覚えた。 何かあれば儂を頼るが良い。」
「有難うございます。 その時には是非。」
「うむ。」
一際深く腰を曲げ礼をしてクランベル邸を辞した。
「ふぅ~。 肩が凝ったぜ。 やっぱ緊張するなぁ。」
「僕は驚きの連続だったよ。 貴族っぽい話し方するしさ。 何か堂々としてるし。」
「昔取った杵柄って奴だ。」
「ふぅん。」
「ま、それより飲みに行こうぜ。 結構儲かったしな。」
そう言ってランディウス達はバッカスの樽へと向かった。
そうアレックが話しかけてきたのはいつもの噴水前だった。
朝食のサンドイッチを齧りながら買っておいたもう一つのサンドイッチを渡す。
「おぉ、あんがとさん。 んで、これから依頼人に合うんだ。 お前も来るか? ・・・うめぇなこのサンドイッチ。 どこのだ?」
「すぐそこのだよ。 結構気に入ってるんだ。 で、依頼って?」
「ん、あぁ。 詳しい話はこれからなんだがな。 クランベルという資産家の宝石が盗まれたんだと。」
「宝石?」
「そうだ。 それがただの宝石なら別に放っておいても良いらしいんだがな。 魔晶石でな。」
魔晶石は魔石が一度融け再結晶したものだ。 特殊な環境でない限り鍛冶の炉でも融けない魔石を融かすのは人の手では不可能に近い。 唯一アスタール国にいる大賢者と呼ばれる人間がその膨大な魔力で火の魔法で融かして見せたと風のうわさで聞くのみだ。 魔晶石は見た目が非常に美しくそれだけでも資産価値が高い。
「危険物じゃあないか。」
一度融けて周りの魔力を取り込んで限界まで魔力を溜め込んで再結晶化する魔晶石は爆発すれば領都くらいなら吹き飛ぶほどのエネルギーを含んでいる。
「そういうこと。 まぁ今回は盗んだ奴の目星もついてると言うし簡単だろ。」
「そう上手くいく? 嫌ぁな予感しかしないけど。」
「少しばかりお願いして返してもらえばいいさ。」
◇
「それでクランベルさん。 盗んだ相手の心当たりというのは・・・。」
クランベル邸に着いた二人はそう切りだした。
「あぁ、南のスラムにジェムという破落戸がおってな。 そいつの仕業だということまでは掴んだんじゃ。」
「なるほど? クランベルさんが取り返さないのには理由があるんですか?」
アレックが首を捻りながらそう言った。
資産家というだけあってクランベル邸は大きく警備兵も雇っている。 彼ほどの資産家であるのなら私兵を遣わしてジェムを急襲し奪い返すことだってできるだろう。
「ジェムはスラム一帯のボスじゃ。 スラム奥深くまで引っ込んだジェムを捕らえるのは私兵では無理と判断したのじゃ。 試しに私兵を放ってもみたんじゃがな。 死体になって川に浮いとった。」
クランベルもただ見ていただけではなかった。 盗まれたと判明して直ぐにジェム一味の仕業だと看破し裏取りのために兵を送り込み裏を取った。 そして直ぐに奪還のために私兵を送り込んだ。
「なるほど・・・。 ではすぐにでも始めた方が良さそうですね。」
「うむ・・・頼むぞい。」
クランベル邸を辞してスラムの方へと歩きながらアレックと話す。
「どうやら単純な話じゃなくなりそう。」
「そうだな。 とりあえずスラムに入ってジェムとやらを探そう。」
◇
スラムというのは生き馬の目を抜く様な奴が屯する場所だが、そこで一大勢力をもって支配しているのなら別。 支配されて組織化したスラムは忠誠心が高く厄介だ。
「歓迎されてませんよって感じ。」
「思った以上に組織化しているようだ。」
例えば壁にもたれ掛りながら物乞いをしている老人の目が鋭くこちらを見ていたり、建物の奥の暗がりからこちらを観察する視線を感じたり。 住人たちの目はそこの組織レベルを教えてくれる。
望む結果を出すためにはいくつかの方法があると思うが、時間が無く腕に自信があり手っ取り早くいきたいのなら。
「おっと。 テメェ何すんだよッ!」
喧嘩を売るのが一番早い。
わざと歩いているスラムの人間にぶつかりそいつを殴り倒す。 殺気が辺りを包むがアレックはそれを気にした様子も無く追撃する。
「ハッ! なんだ雑魚じゃねぇか! ちんたら歩いてんじゃねぇぞ! 端にどいて蹲ってなッ!」
死なない様に絶妙に手加減されたその蹴りは壁際までスラムの男を蹴り飛ばした。
「所詮はスラムか! 雑魚ばかりだな!」
一から組織を立ち上げた人間にとって面子とは何よりも重要視するモノだ。 その頭目の実力に自負があるのなら、スラムに流れ着いたヤンチャな跳ね返りを支配してやろうと姿を現す。
「面白れぇことしてくれるじゃねぇか・・・」
スラムにある比較的マシな建物の二階に大男が姿を現す。
「雑魚に雑魚と言って何が悪い! 身の程をわきまえて大人しく泥でも啜ってろ!」
「フンッ身の程を弁えろよ小僧・・・。」
相手のことを貶したいのなら、相手が何を言いたいのか相手の気持ちになって考える必要がある。 思いやりとはかけ離れた行為ではあるが、相手を思いやることが重要。 人とのつながりの大切さと語彙力の大切さを知ることができる貴重な機会だ。
「威勢だけは良いようだな! 弱い犬程よく吼えるというが、貴様がソレか!」
「小僧ッ・・・・。」
相手の言葉が尽き呻くだけになったら、あとは乱闘だ。 ただ首尾よく制圧しても夕日をバックに仲直りの握手とはいかない。 ただ恨みを買うだけだ。
二人で破落戸達を制圧しジェムらしき人間をマシな家の中へと押し込む。
ランディウスが男を片手で吊るし上げると頭目の顔の色が青く変わった。
「どうした。 静かじゃあないか。 さっきまで威勢良かったのに。」
だが、その力が圧倒的であるのなら話は別。 恨みは恐怖に変わる。
アレックが微笑みながら言う。
「ぬ・・・・っく・・・。」
「お前が・・・ジェムか?」
「ち、違うッ俺はジェムじゃねぇ!」
恐怖は口を軽くしてくれる。 殺されるかもしれないという恐怖は相手が特殊な訓練を受けていないのであれば非常に有効だ。 もともとスラムは生き馬の目を抜く人間が屯する場所。 忠誠があると言っても、その限界値は非常に低い。
「ほう? じゃあジェムはどこに行った?」
「ジェムさ・・・ジェムの野郎は手に入れた宝石売るって出かけて行ったんだ!」
「なんだと? どこだ! どこに売るつもりだ!」
「し、知らねぇよ!」
そう破落戸が言うとアレックが目でランディウスに合図する。
ランディウスはためらわずに破落戸の膝を砕いた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「言えよ。 もう一つ膝を失いたくないのならな。」
「ほ、本当に知らねぇんだ! 助けてくれよ・・・。」
破落戸の顔が涙や体液でべとべとになる。
ランディウスは破落戸を気絶させ体を離した。
「どう思う?」
「誰に売るつもりなのか調べる必要があるな・・・。 ランディ。 ジェムの顔調べられるか?」
「やってみるよ。」
亜空間から洋紙皮を取り出し破落戸の頭に貼り付ける。
≪読取≫
≪映写≫
「”ジェムの姿を写せ”」
貼り付けた洋紙皮に手を置き変性魔法と幻惑魔法を使いジェムの顔を浮かび上がらせ焼き付けた。
「こいつか。 結構ゴツい奴だな。 目立ちそう。」
「聞き取りでもするか。 時間はあまりなさそうだが、やるしかないだろう。」
「あー、ちょっと待って。 押しかけて聞き出したんだ情報料くらいは渡しておこう。」
≪治癒≫
回復魔法で破落戸の膝を治す。
「大盤振る舞いじゃないか。 そんな使って大丈夫なのか?」
「回復魔法は得意でね。 魔力もそんなに使わないんだ。」
「魔法って凄い。」
魔法は適正が無ければ使えず、適正があったとしても独特のセンスが必要になる。 ランディウスは魔法の適性が特級品で、且つセンスが飛びぬけている。 二つを高レベルで備えているからこそ簡単に魔法を行使できる。
「しかし、どうやって調べようか。」
噴水前まで戻り相談する。
「魔法で追えないか?」
「流石に人は追えない。 失せ物探しの魔法もあるが、あれは実物にピン止めして無ければ使えない。 見たこともない魔晶石じゃあ無理だ。」
魔法は万能だとよく誤解されるが実はそうでもない。 できることとできないことの線引きはキッチリしている。 人を追うような概念を解説した魔法書があり、それを理解できれば魔法を使うこともできるだろうがそんな魔法書はない。
「今から本屋で魔法書を探すって訳にもいかないしな。 地道に聞き込むか。 幸い顔は解ってるからな。」
◇
「当然と言えば当然だがそう簡単には見つからんわな。」
一息付けようと目についたカフェに入りコーヒーを啜る。
人を追う時に闇雲に探しても時間の無駄。 探すべき範囲は広大で探すのは人ひとり。 そう簡単に見つかるものじゃない。 効率よく見つけたいのなら相手の身になって考えてみることが重要。
「ジェムなら・・・。 追手が放たれてるんだ。 宝石を手早く手放したい・・・か?」
その時に気を付けなくてはいけないのは、相手の身になって考えているはずが自分の考えを辿ってしまっていないかだ。 相手の立場や経験を最大限考慮してどのように考えるのか予測しなくてはならない。
「いや、それはないだろう。 大資産家から奪ったんだ。 高く買い取ってくれるところに売るんじゃないか?」
そういったときに仲間の存在がありがたい。 自分よりによってしまう考えを正してくれる。
「魔晶石・・・高エネルギー体を高値で買う奴・・・。 イスマ?」
イスマは国力に置いて大きくアコートに劣っている。 その差を埋めるために魔晶石は最適だ。 そのまま暴走させて爆薬にしても場所を選べば甚大な被害を与えられるだろうし、魔導具を作れればその恩恵は計り知れないものになる。 どちらにしてもイスマがアコートと争うつもりなら喉から手が出るほど欲しいだろう。
「あり得るかもな。 そもそも頭目とは言えスラムの人間が魔晶石がクランベルさんの所にあるのを知っていること自体がおかしい。 ジェムがイスマの何某かに接触を受けて依頼を受けたと考えるべきだろう。」
「イスマの工作員。」
「だな。 あいつらは目立つ。 先回りしてとっちめてやろうぜ。」
少し昔ならイスマの工作員は手ごわい存在だった。 ジワリと気付かないうちに浸透し、隣に住んでる十年来の友人が工作員だった。 なんてこともざらにあった。
しかし近年の工作員はそうでもない。 騒ぎは起こすし犯罪も犯す。 ”私は工作員です”と幟を立てて歩いているようなものだ。 当然かなりの数の工作員が捕らわれ処刑されている。
◇
「で、あそこが工作員が居る家か。」
普通の民家に黒い旗がなぜかたなびいている。
「わかりやすいだろ? で、どうだここから見て何かわかるか?」
アレックが呆れるように笑っている。
生えている草をちぎり蛇視の草を作る。 違うところは付与する魔法で魔力をみえるようにする。
「まだ魔晶石は来てないみたいだな。 反応がない。」
「何かの箱に隠されている可能性は?」
「魔晶石の魔力は箱に入れた程度じゃ隠せるものじゃないよ。 全く見えないんだ。 残滓すら見えないから、家の中には無いよ。」
「ならこれから持ってくるのか。」
「かもね。 ・・・ん? 噂をすれば・・・だ。」
ランディウスが顎で家の前の道を差す。
「ん? ジェムか・・・!」
道の先からジェムが歩いてくる。 あたりを警戒しているようで、落ち着かない様子でキョロキョロと見まわしながら歩いている。
「あー・・・。 あれは間違いない。 持ってるな。」
あまりに不審すぎるその姿は、アレックでなくともそう断じるだろう。
「ジェムだな。」
アレックとランディウスでジェムを挟むようにして立ちふさがる。
「チッ! ここまで来て捕まってたまるかよッ!」
地面へ勢いよく煙玉をたたきつけ逃走を図る。
煙玉は視界が一気に塞がれるのが厄介だが、例えば毒粉などを混ぜられていると厄介さは増す。 通常の毒なら無理をして追いかけることもできるが、麻痺毒なら動きを止められてしまう。
≪解毒≫
回復魔法で完全にマヒしてしまう前に回復させる。 アレックの毒抜きも忘れない。
「チッスラム出身だってのに良いの持ってんなぁ。」
「追おう。 ここまで来て逃がすわけにはいかない。」
「だなッ!」
ジェムが逃げた方向へと走り始める。
「何が考えられるッ?」
走りながらランディウスが問う。
「工作員に売れないなら・・・あー、見えたぞ。 直接売りに行く気だな。」
ランディウスに並走しながらアレックが答えた。
アレックの視線を追うと、西門の外の遠くに今まさに馬車に乗り込んだジェムの姿があった。
ランディウスはあたりを見回し。
「すいません。 その馬車、貸してもらえませんか。」
通りすがりの商人に馬車を貸してもらうよう頼んだ。
「何言ってんだ! できるわけないだろう。 積み荷は今ないがな、これは大事な商売道具だぞ!」
「そこを曲げて何とか。 ここにクランベルが発行した手形があります。 これで何とかなりませんか?」
経費として預かっていた手形を商人へ見せる。
大資産家の手形はその額面以上の価値がある。 清算するときに大資産家と顔を合わせることができるからだ。 今回の場合、自身の馬車を請われて売ったという土産話までついている。
「わ、解かった! 売る! 売ろう! 馬ごと好きにしてくれ!」
勿論喰らいついてくる。
「ありがとう! アレック!」
「よっしゃ! よくやった!」
先行する馬車を止めるのに必要なのはより大きな馬車だ。 行商人が使うような補強された馬車なら尚良い。 補強されたぶん頑丈でぶつけてもダメにならないからだ。 重くなった車体も相手の馬車を止めるのに役に立つ。 欠点は重くてスピードが出ず、馬のスタミナも早く尽きてしまうこと。 全速力での運用なんてそう長い間出来ない。
「それを解決するのが魔導文字ってね。」
”軽量化”の魔導文字を刻み粗挽きの魔石粉が入った竹筒をセットする。 グンと軽くなったようで馬が嬉しそうに嘶き軽快に走り始めた。
「よし、よし良いぞ!」
西門を抜け本格的に走り始めた馬車はグングンとジェムの乗った馬車に近づいていく。
アレックは御者台に立ち亜空間からフックのついた鎖を取り出した。
ボルトに取り付けロックバスターにセットする。
「逃がさん!」
気合とともにボルトを放つとジェムの乗った馬車を貫いた。
「ランディ!」
その声とともに竹筒を抜く。 重さを取り戻した馬車とつながれた馬車が面白いように速度を落とす。
「くそッ! もう追いついてきたのかよ! しつこいぞッ! 頼んます!」
悪態をつきながらジェムとイスマの兵士らしき人が下りてくる。
「フン。 かかわらずにおとなしく見逃していればいいものを。」
兵士はスラリと腰から剣を抜いた。
瞬間。
ランディウスは一足飛びに兵士に近づき亜空間から金砕棒を引き抜いた。
思い切り振られたその金砕棒は抜いた剣を圧し折り兵士を大木へ叩きつけた。 兵士はそのまま崩れ落ち動かなくなった。
「ヒィッ!」
ジェムにとってそれは異様な光景であった。 鍛え上げた自身の腕より太い金属の棒を片手で振り回す男も理解できなかったが、一流の兵士だった護衛の兵が一撃で倒されたことも理解できなかった。
ジェムは恐怖した。 ガタガタと震え力の入らない様子で地面へとへたり込んだ。
「イスマの言葉に乗らなきゃよかったのによ。」
ジェムが大事に抱えていた箱をアレックが奪い取った。
「う・・・うぅ・・・くっそぉ・・・。」
「あのままで良いの?」
崩れ落ちたジェムを見てランディウスが問う。
「ん? あぁ。 アイツはもう仲間の元には戻れないし、イスマにも行けない。 アイツはもう詰んでいるのさ。」
「詰み? スラムでは頭目だったんでしょ? そこに戻ればいいんじゃないの?」
「あぁ、無理だな。 あそこの2番手・・・膝をぶっ壊して治してやった奴がいるだろ? アレがもう新しい頭目になってるだろうよ。 あそこの奴らはいつだって上の隙を狙っているもんだからな。 戻ったところで殺されるだけさ。」
「へぇ・・・。 まぁ良いや。 戻って報告しよう。」
「あら冷たい。」
「と言っても、かける言葉なんてないでしょ?」
「そらそうだ。」
泥棒は成功すれば兎も角、失敗すればこんなものだ。 それまで得た名誉は失われ、地に落ちる。
◇
「取り戻してくれて有難う。 助かったぞ。」
魔晶石を引き渡すとクランベルは喜んだ。
「間に合ってよかったです。 預かった手形で馬車を一台買い上げました。 事後報告になってしまいますが構いませんでしたか?」
ランディウスは普段聞かないような丁寧な言葉を操るアレックに驚きで目が限界まで開く。 それを目の端でとらえたらしいアレックは”フフン”と口角を上げた。
「あぁ、あぁ。 その程度構わんよ。 これが盗まれイスマに運ばれたら流石にお叱りを受けてしまうからな。 まぁ、そのこと自体はどうということは無いが、イスマに流されれば小競り合いの続いている現状どうなるかわからんからのぅ。」
クランベルは照れたように頭を掻いた。
(ど、どうということは無いんだ。 お叱りって要は賠償金でしょ? 何タランになるんだか・・・。)
「今回の事で流石に危険だと解ったからの。 辺境伯を通じて王国に献上することにしたのじゃ。 もうこんなことは起きんよ。 やはり危険物は献上してしまうのに限るのう。」
「いえ、役に立てたのなら光栄です。」
そう話しているとピッチリと黒服を着こなした女性が部屋の中へと入ってきた。
「クランベル様。」
そういって差し出したのは一つの書類と大きな包みだ。
「ふむ・・・。 あぁ、こっちは今回の報酬じゃ。 受け取ると良い。」
「はっ。 では遠慮なく・・・。」
包みを受け取り中を確認することなくアレックは亜空間へと入れる。
「ランディウスにアレック。 君たちの名前は覚えた。 何かあれば儂を頼るが良い。」
「有難うございます。 その時には是非。」
「うむ。」
一際深く腰を曲げ礼をしてクランベル邸を辞した。
「ふぅ~。 肩が凝ったぜ。 やっぱ緊張するなぁ。」
「僕は驚きの連続だったよ。 貴族っぽい話し方するしさ。 何か堂々としてるし。」
「昔取った杵柄って奴だ。」
「ふぅん。」
「ま、それより飲みに行こうぜ。 結構儲かったしな。」
そう言ってランディウス達はバッカスの樽へと向かった。
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