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Quest:薬草を探して

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「ランディ! 仕事持ってきたぞ。」

 ランディウスがサンドイッチに齧りついている時、もはや定型文と化した言葉を言いながらアレックが話しかけてきた。

「仕事? ・・・の割には浮かない顔だけど。」

「あぁ、請けたのは良いんだがな。 なんでも、草を探してくれってよ。」

 しばらくランディウスの思考が停止する。

「いや、買えばいいじゃん。 薬草かな? でも例え薬草だったとして、そんなの頼んだら割高じゃないの?」

 その草がその辺りに生えているような草でなく薬草の類だったとしても、採集なんて仕事はほぼないと言って良い。 市場にそれこそ売る程出回っているものだし、単価も一タランしないほどで決して高くない。 冒険者にわざわざ依頼すればどう考えても赤字になる。 それが一般的な薬草なら、の話だが。

「いや、そうなんだがな。 どうにもその草・・・薬草か、普通じゃないんだ。」

 そう言うアレックの顔は困り顔だ。

「普通じゃない。 ねぇ・・・。」

 普通じゃない薬草とは何なのか。 どうにも嫌な感じがする。 そんなことを考えながら続きを促す。

「これが薬草の絵だ。」

 そう言って出してきたのはどこにでもありそうな草の絵だった。

「僕、薬草にそこまで詳しくないんだけど・・・コレその辺に生えてる奴じゃないの? コレとかさ。」

 足元に生えていた草をむしってアレックに見せる。

「それが違うんだとよ。 どうも森の奥深くに生えているようでな。 太陽にかざすと七色に光るらしいぞ。」

「・・・それホントに草?」

 ランディウスは思わず頭を抱える。 そんな草は見たことも聞いたこともない。

「依頼人が言うにはな。 とてもそうとは思えないけどな。 まぁ三日探して無ければ、森の素材を持ってって調査したことを証明すれば調査費用は出すっていうし。 気楽に行こうぜ。」

「ま、行ってみようよ。 案外見つかるかもしれないし。」

 半分自分に言い聞かせるようにランディウスは言う。

「しかし何に使うのかね。 そんな草。」

「薬草って言うくらいだからな。 何か薬でも作るんじゃないか?」

「わけわからない薬草を煎じた薬って飲みたい?」

「俺は御免こうむる。」

 気持ち悪そうな顔でアレックはそう言った。



「森に着たはいいけど、奥地だったか。 オークの里を襲撃した時より奥かな。」

 西門から領都の外に出てすぐにある森の側まで二人は着ていた。

「たぶんな。 あの時そんな草見当たらなかったからな。 あるとすればもっと奥だろう。」

「瘴気があるようなところに生えてるのかもね。 尋常な草じゃないでしょ?」

「確かにな。 まぁとにかく探してみようぜ。 調査費用だけでも結構な額出してくれるからな。」

 そう言いながら襲い掛かってきたゴブリンをスティンガーで撃ち倒す。

「魔物が多そうだ。」

「魔物化すると繁殖速度が尋常ではないからな。 気を付けて進むぞ。」

 薬草の生えている場所がわからない以上、広範囲に探索するしかない。 運任せになるが知らない以上仕方のないことだ。

「とりあえず前回行ってない方向に行ってみるか。」

「すると南側か。 遠くに山・・・大岩か? 見えるね。」

 南側を見てみると遠くにフィンガボウルを伏せたかのような形の岩が森の只中にあった。

「あぁ、あっちのほうへ行ってみよう。 何か目標物があるのは移動するのに楽で良いしな。」

 現時点で七色に光る草を持って帰ることはすでにアレックの頭の中になかった。 ”3日間森の中でハイキングしてお土産拾って小遣いをもらう” その程度のことしか考えていない。 ランディウスも、そう簡単に見つかるようなものでもないと感じていた。

「で、最近ミレディちゃんとはどうなのよ。」

 アレックをからかうようにランディが言う。
 アレックは寝泊りをミレディの部屋でしていて、そういった仲だということは解る。 だが、ランディウスはそういった関係を持つ相手がいないため単純に気になるのだ。

「ん? あぁ、普通だよ普通。」

「その普通が解んないから聞いてるんだよ。」

「別に話すような内容でもないんだがな・・・。 お前もそうなれば解るよ。 つか、余計な知識は仕入れないほうが楽しめるからな。 その時になるまで楽しみにしとけ。」

 めんどくさそうに話すアレックにこれ以上は聞かないほうが良いかとランディウスは判断した。 さらに聞いても怒られはしないだろうが嫌な思いをさせるのも嫌だからだ。

「あぁ、そういえば。」

 藪を処理しながらアレックが思い出したように口にする。

「ん?」

「ミレディがな。 バッカスの樽を譲られてな。 今は看板娘だけじゃなくて、兼店主になったぞ。」

 藪を伐り終わり森を進む。
 地面は決して平滑ではないが、根が覆っている。 そのまま歩こうとすれば根に足を取られて要らない怪我をしてしまうが、その根の上を踏むようにして歩けば問題は解決できる。 難点は急な魔物や動物などの遭遇に少し弱いこと。 しかし、慣れているウォーカーなら不安定な体勢からでも十分に処理できる。

「ジョブチェンジしたの?」

 襲い掛かってきた大蛇を一撃で仕留めるアレックを見ながらランディウスが問う。

「あぁ、まぁそういうことだな。 もともと前から打診されてたみたいなんだがな、マスターが腰をやって引退することにしたそうだ。 メインから外れた道にある酒場だがなかなか稼いだようでな。 田舎に引っ込んでゆっくり過ごすとよ。」

「腰壊したってそれも大変だね。」

「それ自体は前にランディに作ってもらって余ったポーションあったろ? アレで直したんだ。 まぁ歳も歳だからな。 あぁ、事後報告になっちまったが大丈夫だろ?」

「余分に作ってるから問題ないよ。 しかし引退ね・・・僕たちには縁遠そうな言葉だね。」

「ま、今のところはな。 そのうち考えなきゃいけないだろうが、今じゃあないな。 ・・・おっと。」

 アレックが片手をあげる。 そのサインでランディウスは黙り姿勢を低くする。

「オークだ。 ”飾り付け”はまだ見つけてないが、オークの縄張りかもしれんな。 数は1。」

 アレックが示す方向を見ると確かにオークが1匹徘徊しているのが見える。
 スルスルと音を立てずに近づき、亜空間から剣を抜き放ち急所を切り裂くとオークはそのまま倒れた。

「ん? アレック。 何か変だ。」

「どうした?」

「このオークの目・・・。」

「目の色が違う・・・? 黄色に青・・・なんだこの色は。」

「なんだかわかんないけど、とにかく何かがありそうだ。」

「厄介そうだな。」

「でも依頼品見つかりそう。」

 見たこともない魔物が居るのだ。 見たこともない草があってもおかしくはない。

「そりゃそんな感じはするがな。」

 ランディウスの言い方にアレックが苦笑する。

「ま、気を引き締めていこう。」

「だな。 何があるかわかったもんじゃない。」

 しばらくそのまま進んでみるが異様なオークはなかなか見かけない。

「いない・・・な。」

 ランディウスが呟く。

「ん・・・待て。 なにかいるぞ。」

 アレックが足を止め声を上げる。
 アレックの目線の先にはさっきと同じようなオークが居た。

「あのオーク・・・!」

 ユラユラとオークが揺れてながら立っている。 目は何処か虚ろで結膜は青く角膜は黄色。 瞳孔は赤い。 わずかながら光っているようで木陰に立っているはずなのにやけに目が際立って見えた。

「待て。 何かおかしい。 あのオークは何だ・・・何をしようとしている・・・。」

 切り捨てに行こうとするランディウスを止めアレックが呟く。

 急にオークが嘔吐き、口から液体が溢れる。 多種多様な色に塗れた吐瀉物は木にかかるとそれを融かした。 融けてドロドロにスライム状にになった木は痙攣するようにして震えると人の形を象り、オークへと変貌した。

「俺は今何を見たんだ・・・。 どうなってる。 何故木がオークに変わったんだ。」

 嘔吐いたオークとスライム状になった木から変貌したオークが首だけでこちらを振り向いた。

「まずい、こっちに気が付いたッ!」

「何があるかわからんッ! 近づくなよッ!」

 アレックはロックバスターを取り出し一呼吸の内にボルトの装填を済ませるとソレを放つ。
 放たれたボルトは刃無しの物だが、その高速で放たれた空飛ぶ鈍器はオークを貫きその背後の大木すらも圧し折った。
 アレックが放つのを横目にランディウスは亜空間から鉄弓と矢を取り出し引き絞り放つ。 空気が震えるほどの振動と共に矢をスライムから変じたオークは受け水風船が弾けるように破裂した。

 後に残ったのは七色に輝く液体だ。
 ソレを見てアレックは天を仰いだ。

「あー。 ランディ。 俺は天才かもしれん。 件の薬草、なんとなくわかったかもしれん。」

「奇遇だねアレック。 僕も何となくわかった気がするんだ。 色、同じだしね。 ついでに疑問もわいてきた。」

 ランディウスはわざとらしい間延びした笑い方で笑い、次いで真面目な顔で考え込む。

「疑問?」

「うん。 依頼人、コレ由来の草だって解ってるよね。」

「恐らくな。 でなければ聞いたこともないような草を探そうとも思わんだろう。」

「でも、僕たち噂すら聞いたことがないよね? この魔物に関しても草に関しても。」

「何で知っているか・・・か。 疑問はもっともだし俺もそう思うが、依頼は依頼だ。 目的のモノ見つけて回収して問い詰めてみるか。 そういや報酬も高かったな。」

「そういえば報酬幾らだったのさ。」

「一人頭3千タラン。」

「三日遊んで3千は高くすぎないか?」

「まぁ森だからな。 危険手当って考えればそうでもない。 その危険の範疇を超えそうなのが問題だが。」

「流石にアレは予想外でしょ。」

 慰めるようにしてランディウスが言うとアレックは溜息を吐いた。

「まぁ、今のところ撤退するほどでもない。 とりあえず進んでみるか。」

「そうしてみよう。 撤退して何も持ち帰らないんじゃ話聞けそうにないしね。」

 こんなものを見つけた。 という物を持って帰らなければ適当にはぐらかされて終わる。 それが悪巧みでも何処かの商会による何かの新商品にかかわる事でも、何を知っているのか何がしたいのか問い詰めたいのなら物を持って行かなければならない。

「そういうこと。」

「しっかし・・・。」

「うん?」

「いやぁ、変なオークの吐瀉物と同じ色の草とか・・・。 薬草からは程遠いねぇ。」

「・・・確かにな。」




 変なオークの巣を見つけたのはそれから数時間ほど歩いたところだった。

「沢山いるな。 正面切って戦いたくは無いが・・・。」

「必要なのは薬草だし、頂くモン頂いたらずらかろう。」

「だな。 周りを見てくる。 ちょっとここで待っててくれ。」

 そう言って音も無く消え、しばらくするとアレックが戻ってきた。

「ランディ。 見つけた・・・んだが、ちょっとアレだな。 とりあえず見てくれ。」

 オーク達に見つからない様に移動を開始する。 アレックの後をついていきながらオークの反応を観察する。 音には反応をしない。 木枝をわざと折っても反応せず、なんなら声を出しても反応しなかった。 視界を横切っても反応しない。 だが、オークの頭に空いた不思議な穴の前を横切ると反応し襲い掛かってくる。

「一体何なんだコイツ等は・・・。」

 アレックがそう呟きながら短剣をオークの頭から引き抜く。 ここのオークは心臓や首を突いても死なない。

「頭だと倒せる・・・と。 まるでアンデッドだ。」

「オークのアンデッドか? ありえんだろ・・・。」

 アンデッドは人間が瘴気に侵されると変じる魔物だ。 オークやエルフやゴブリンなど精霊族と呼ばれる種族では瘴気に対する抵抗が高いためアンデッドにならずにそのまま魔物になる。 瘴気への高い耐性は精霊族の特徴だ。 アレックにはその精霊族がアンデッドになることが信じられなかった。

「確かに。 ちょっと見てみるかな・・・。」

 そう言いながらランディウスは透視魔法を発動する。 透視というとよからぬことに使えると思うかもしれないが、そこまで器用な魔法ではない。 根こそぎ透ける。

「・・・ッ! なるほどね・・・。」

「なんか解かったか?」

「うん。 このオーク・・・。 オークじゃない。」

「どう見てもオークだ。 ありえんだろ。」

「姿はね。」

 斃れたオークの腹を切り裂く。

「おい。 さすがにそれは──。」

 趣味が悪い。 そう続けようとしたアレックの口が止まった。
 オークの腹・・・胃袋の中だけでなくまでも七色の草とその根で埋まっていたからだ。

「おいおいおい・・・。 どういうことだこれは・・・。」

「オークじゃなくて植物なんだ。 このオークに見えるなにかは。」

「・・・寄生植物かッ。」

 アレックが弾かれたように顔を上げる。 アレックの言葉にランディウスは頷いた。
 寄生植物はその名の通り他の動植物に寄生してその栄養を吸い上げる植物だ。

「オークに寄生した植物・・・ということか・・・。 何であれ持って帰って話を聞こう。 ここはあまり長居をするような雰囲気でもない。」

 あたりを見回しアレックはそう呟いた。
 不気味なほどに虫の音も聞こえず葉擦れの音すら聞こえない。 囁くように話せば互いに意思疎通できるほど静かだ。 
 ランディウスは七色に光る草をオークの死体ごと亜空間に仕舞いこんだ。

「なんかね。 いやぁ・・・な予感がするんだよね。」

 そう言いながらランディウスは亜空間から爆雷を取り出し周囲の木へ仕掛ける。 ”潜”の魔導文字は木に対しても効果を発揮し爆雷を木へと埋め込んだ。

「お前の悪い感って結構当たるよな。」

 感というのは案外馬鹿にできない要素の一つだ。 例えば獣が襲い掛かってくる瞬間の空気だとか、賊に囲まれていてこちらを見張られているときの空気だとか、何もないように見えて実は魔物に囲まれていて襲われる直前だったりだとか。 街中だったら通行人の視線とか道端で遊んでいる子供たちの目線だとかで気を配ることができる。 そういった予兆を感じたのが森の中なら、鳥などの小動物の鳴き声や虫の音が聞こえるかどうかで判断できる。 技術的に習得していないことであったとしても、普段と違う様子だということに気が付くことさえできれば危険があることを知ることができる。

「不味いッ! 走れッ!」

 最も気付いたとしても危険を回避できるかどうかは別問題だ。

 ランディウスが弾かれたように走り出し、アレックはスティンガーを後方に向けて数発撃ちながら走る。 爆雷が反応したようで遠くで空気が揺れるような激しい音が聞こえた。

「どれくらい居る!?」

 走りながらランディウスが問う。 亜空間の中に装備品をしまったランディウスは飛ぶように走り、そのすぐ後ろをアレックが何でもないように付いてくる。

「わからんッ! まるで雪崩だッ! 極彩色の雪崩だッ!」

 オークに似た魔物は音に反応せず目も見えていないようだった。
 アレックが走りながら後ろを見ると、オークモドキ達は目をこちらに向けるのではなく側頭部に開いた穴をこちらに向けて走り寄ってきていることが解かった。

「ラッランディ! 穴だ! 頭の横に開いてた穴ッ! あれでこっちを見て追いかけてきているんだッ!」

「こっちを見ているのかッ! 音に反応しない・・・ならッ!」

 木の生えて居ない開けた場所に出てランディウスはクルリと後ろを向き手を突き出す。

「”霧よ有れ!” ・・・っはぁッ・・・はぁッ。」

 変性魔法で霧を生み出し辺りを霧の中に沈める。 ごっそりと魔力が減るのを感じ、思わず息が上がる。

「うおッ! 凄いなコレは! ・・・大丈夫か?」

 アレックが感嘆の声を上げる。 魔法は常識外だとアレックも承知していたが、ここまでのことができるとは思わなかったのだ。

「問題ないよ。 すぐに魔力は回復する。 ・・・んで念のために。 ”霧に迷え”」

 幻惑魔法で霧に迷わせる能力を付与する。 これでオークモドキたちは簡単に霧の海から抜けることはできないだろう。

「しかし霧を出すなら魔導具作ったのがあったろう? あれじゃダメだったのか?」

 そうランディウスに聞くアレックの頭には領都で使った霧を生み出す竹筒が浮かぶ。

「範囲が狭くてさ。 かなりの数居たからアレだと効果が薄いだろう? 魔法ならつぎ込む魔法力次第だから魔法使ったんだよ。 消費は激しいけどね。」

 息を整えながらランディウスが言う。
 魔法使いが行う特殊な呼吸法は魔法力の回復を早める効果がある。 深く息を吸い空気中にある魔力を体に取り込むその呼吸法は回復するのに一日かかるほどの魔法力を、ほんの数秒で回復させることができる。 習得は非常に難しいが、見習いを超えた魔法使いなら必須といってもいい技法だ。 もっとも、杖を持てば魔力の消費が激減するから魔法力を使い切るということは少ない。 だから実は覚えてる人も少ない。 もっとも魔法使い自体が希少だから呼吸法を覚えている人に出会うのは稀だ。

「よし、回復した。 手早く戻ろうか。」

「そうだな。 この辺りを通る人には迷惑だろうが・・・緊急事態だ。 晴れない霧があるくらい許してもらおうぜ。 死ぬよりはマシだ。」



「ゲインズ研究所・・・あぁ、ここだ。」

 そう言ってアレックが足を止めたのは領都の中央からかなり外れたスラムに近い建物の前だった。

「ここだって・・・。 なんというか、結構雰囲気ある場所だね?」

 スラムからは外れているものの、汚れた外壁に腐りかけた鎧戸にその鎧戸の隙間から除く窓ガラスの曇り具合はインパクトがでかい。 とてもじゃないが研究するような場所じゃない。 そうランディウスが考えるのも無理はない。

「まぁ・・・デートには使えそうにない場所なのは確かだな。」

 アレックも苦笑気味に答える。 研究所だけに限らず、清潔でないということはその評価をするのに非常にマイナスだ。 そしてそのマイナスの評価は不信感となって訪れるものに与えられる。

「大丈夫なの? ここ。」

「教会の中で請けたんだ。 ダメだったら司祭から物言いが付くさ。 付いてないってことはそういう事・・・なんだがな。」

 アレックの言葉もどこか自信なさげだ。

「・・・とりあえず入ってみるか。」

 腐りかけたドアにつけられたドアノッカーを鳴らす。 腐ったドアからドアノッカーが浮きかけ、アレックが少し慌てたように慎重にノッカーを鳴らした。

「ゲインズさん! いらっしゃいますか!」

「ぉ~ぃ。」

 アレックが呼びかけるとドアの先から声が返ってきた。 どうにも力のないような覇気の足りない声だ。

「おぉ、アレック殿か。」

 そう言いながらドアの先から姿を現したのは禿頭で白いヒゲを蓄えた長身の老人だった。

「よく戻った、よく戻った。 して、どうだった?」

 研究所へと二人を招き入れながらゲインズがそう聞いた。

「勿論手に入れてきた。 だが、アレはなんだ? なぜアレが欲しいんだ?」

「うむ・・・。 その前に聞こう。 あの薬草をとってこれたということはアレを見たかね?」

「アレ・・・。 極彩色の目を持つオークなら見たぞ。 というか仕留めてきた。」

「仕留めたとな! 良いな、良いぞ。 あの草を見たのは数か月前のことだ。 冒険者が露店を開いて売っているのを見かけたのだ。 太陽に透かせば七色に輝く不思議な草でな。 何かに使えるかもと買ったのが始まりよ。」

 思い出すように目をつむり、ゲインズは語りだす。

「その冒険者が言うには、極彩色のオークから手に入れたと。 不思議な草だから売れるだろうと、そんな軽い気持ちで持って帰ってきたようだ。 密閉された筒に入っておってな。 慌てて花粉が飛散しないように処理したものよ。 まぁ、調べてみたらそういった危険性はなかったんだがな。 で、調べるとな、すぐにその草が瘴気をまとっていることに気が付いた。 だが、その瘴気も日が経つごとに消えていくのだ。」

「瘴気が・・・消える?」

 思わずといった風にランディウスが口を出す。 魔物を斃せば魔物の保有していた瘴気を消すことができるが自然に消えることはない。

「うむ。 その不思議な草が持つ力を利用すれば瘴気を払うこともできるのではないかと、それで依頼したのだ。」

「薬草じゃなかったの?」

 ランディウスが口に出す。 確かに最初アレックが話を持ってきた時は薬草という話ではなかった。 自分がそう錯誤しただけなのだ。

「はははははっ。 薬草か。 逆に聞くが、この良く解らん草を粉末に加工したり煮出した汁だったりを飲みたいかね?」

「いやー・・・。 御遠慮したいぃかな?」

「だろう? 私も御免だよ。」

 ひょいとゲインズが肩を竦める。 例え体にいいと偉い学者が太鼓判を押しても、とてもではないがランディウスにはその草を薬草として摂取しようとは思えなかった。

「単純に気持ち悪い。」

「同感だよ。」

 ランディウスの感想にゲインズは同調する。 見ればアレックも頷いている。 誰も魔物の中に生茂る草を煎じて飲みたいとは思わないのだ。

「とりあえず助かった。 この上は領主から研究資金をむしり取って何とか形にしてみせるとも。」

 鼻息も荒くゲインズがそう宣言する。 研究の有効性を示すところから始めなければならないため、道は厳しいだろうがゲインズは希望で溢れていた。

「その研究が形になれば都市間の移動も楽になりそうだね。 瘴気を消せるのなら濃度を気にして野営場所を探す必要がなくなりそうだ。」

「やってみせるさ。 心当たりが無いわけではないからな。」

「期待してるぜ。」

 アレックがそう締めくくると二人は研究所を辞した。

「しっかし、あんな研究をしているなんてね。 上手くいくと楽になってホントいいんだけど。」

「あの様子なら何とかするだろ。 ・・・しっかし今日もホント疲れたな。 どうだ? 奢るぞ、一杯やってくか?」

「腹減ったからメシかなぁ。 あ、バッカスの樽のドラゴンステーキ食べたい!」

「また高いのを・・・。 一人じゃ多いだろ。 んじゃそれ肴にやるか。」

 そう言うとランディウスは待ちきれないのかアレックを急かしながら足早にバッカスの樽へと向かった。
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