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第一章 最後の戦い、始まりの戦い

第7話 ホームラン

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「わるい、ちょっとだけ待ってくれ!」

 俺は先程魔王が俺にやってみせたのと同じように、手のひらを魔王に向けた。
しかし、そこからは黒い炎や青い稲妻や赤い大波なんて大層なモノは出て来ない。情けない休戦要請が口から飛び出すだけだ。

「……?」

魔王はそれを攻撃魔法の類だと勘違いしたのか、一瞬だけ身を固めていた。
しかしすぐに攻撃体勢に戻り、再び茫々と黒炎を滾らせる。

「な、なぁ、トトー! おーい、トトー!」

 俺はクルっと魔王に背を向けて銀髪少女の方へ駆け出した。
それを好機と見たのか、魔王は物凄い勢いで俺を追いかけてくる。しかし俺はそんな事など一切気にせず走る走る、ひたすら走る。

「ちょっとちょっとイヨ君! なんでこっちに来てるの!」

トトは幸せそうにクッキーを食べていたのだが、その表情を一瞬にして消し、
「あっち行け!」と言わんばかりに杖を振り回し始めていた。

いや、悪いね。本当に申し訳ない。クッキーくらいならいくらでも食べさせてやるから今は許してくれ、可愛い可愛いトトさんよ。
――あれ、そういえば俺達に『後で』なんてあるのだろうか。まぁいいか、後の事は後で考えよう。今はそれより、

「トト! 俺を殴ってくれ!」

 慌てふためくトトに言った。
それを聞いたトトはニヤリと笑い、急に落ち着きを取り戻して答えた。

「りょーかいりょーかい。イヨ君、なんだか動きが固いもんね、きっと体が温まってないんだよ。良いもの作るからさ、ちょっと時間を稼いでもらっていい?」

「なんでもいい! なんでもいいから早めに頼む!」

「なんでもいい……? おっけーおっけー! それじゃ、ちょっと待っててね。出来るだけ急ぐからさ」

トトはなにやら良からぬ笑みを浮かべた後にそう言っていた。
俺はその不気味な笑顔に一抹の不安を覚えながらも蒼穹の剣を握り直し、魔王の方へ向き直った。魔王も魔王で迫真の無表情を見せながら俺達のすぐ近くまで迫って来ていた。


「よーし! 出来た!」

 それから少ししてトトの嬉々溢れる声が背中から聞こえてきた。
横目でちらりと見たのだが、トトは巨大な炎のハンマーを作ってそれを大きく振りかぶっている様子だった。

「ねぇイヨ君、本当に殴っていいんだよね? いいよね? いくよ?」

「は、早く殴ってくれ!」

トトはすぐにでも殴りたそうな表情で息を荒くして何度も確認を取ってきた。
俺はそれに少しイラっとしながらも返事を返す。

「だあっっ、しゃー!」

トトの雄たけびが聞こえたと思うと、俺の体は近くにいた魔王ごと吹き飛ばされていた。それはもうかつてない程の衝撃だった。超大型のモンスターに体当たりされた時でも俺の体がここまで吹き飛ばされる事はなかったはずだ。それに、ぶっ叩かれた背中からは防具の焼け焦げる音も聞こえる。

「ごほっ、ごほっ」

回復魔法を唱える事はしなかった。
目の前はぐらぐらと揺れているが、指の先の先まで感覚が戻って来た気がした。

「あぁ、良かった」

視線を落とすと、そこには見慣れた手のひらがあった。
弱いけど弱虫じゃない、間違いなく俺の手のひらだった。

「おーいイヨ君! 最後だからサービスしといたよ!」

俺と魔王をぶっ叩いたトトはと言うと、スッキリした表情でこちらへ手を振っていた。

「ありがとうトト」

燃え盛る背中越しに銀髪少女へ礼を言い、俺は再び魔王を見る。
魔王も魔王で何か思うところがあったのか、しばらくの間いつもの無表情でトトの方を眺めていた。しかし、すぐに目の前で剣を構える俺の方に視線を戻すと、再び戦闘態勢を取った。

「これで最後なんだ」

小さく呟きながら魔王の元へ駆けだした。
その時、体は羽のように軽く、意識は海の底より深い所で集中できていた。


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