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第三章 出口を探して
第28話 風船
しおりを挟む「やったー!」
と、コップに入った水を溢しながらトトが飛び跳ねる。
早朝から昼過ぎまで『ライラー水路跡』でスライムを倒し続けて稼いだ金額は、二人で約350ゴールドとなった。時給にして50ゴールドくらいだろうか、ゲーム中ならば絶対に狩場を変えている所だが、安全を最優先した立ち回りでこの稼ぎなら正直悪くないと思う。流石はトトと俺、と言った所だろう。
少なくとも、二人でただ生活を送っていく分には困らない金額だ。
それから俺達は昨日食べ損ねた『エルド鳥のチキン南蛮』を少し遅い昼飯で食べに行き、道具屋で旅の鞄と回復アイテムをいくつか買い込んだ。それでも手元にはいくらかの金額が残っている。
「旅の鞄が二つで70ゴールドだろ、ミニポーションが10本セットで80ゴールド、この後、温泉に入って夜飯を食べに行っても、だいたい110ゴールドくらいは残るな。よし、この分なら今日の夜は少し良い宿屋に泊まれそうだ。ふかふかのベッドで寝れるぞ、トト」
俺が頭の中でケチな計算をしている間、トトは今日の戦闘で使った弓矢を眺めていた。
「どうしたトト、矢が足りなくなそうなのか? 買い足しに行くか?」
「いいや、まだまだ大丈夫だよ」
矢筒を振りながらトトが答える。確かにまだまだ中身が詰まってそうな音がする。
「なんだか変な感じがしたんだよ、今日。私ってこんなに弱かったのかな」
そう言われて俺はトトの顔をまじまじと見つめた。
今日の戦闘でもトトは凄まじい動きを見せていた。昨日今日始めたばかりの『弓使い』とは思えない正確無比な射撃と未来を見ているかのような立ち回り。誰が見ても百点満点をあげたくなるような『弓使い』だったと俺は思うが。
「弓使いに向いてないのかなぁ、私」
トトはため息混じりにそう言うと、今度はいじけたように俯いたまま歩き出した。
「はちゃめちゃに強かったと思うけどな」
小さくなったトトの背中にそう言葉をかけた。
しかし、トトが笑顔で振り向く事は無かった。
日が暮れる頃になってもトトの機嫌は一向に直らなかった。
俺が宿屋で部屋を予約している間も、むすっとした顔で床を見つめているだけで、一瞬たりとも表情が晴れる事は無かった。
思い出せば、その姿は出会った頃のトトのようだった。昔のトトは人と関わるのが好きでは無かったようで、いつも一人で冒険者協会のソファーに座っていた。トトが何の用で冒険者協会にいたのかは知らないが、俺はギルドの手続きの関係でよく冒険者協会に通っていたのでトトのその姿をよく見かけていた(当時は仲が良くなかったので俺から話しかける事は決して無かった)。
「おーい、トト。温泉に行こう」
「うぁーい」
トトは紐に結ばれた風船のように俺の後ろをふらふら、ゆらゆらとついてくる。
俺は出来るだけ自然に歩きながら、出来るだけ自然に口を開いてみた。
「アザレアさんみたいだったぞ、今日のトト。多分だけど俺の動きに合わせてくれてたんだろ? 凄く戦いやすかったし、昔アザレアさんとパーティーを組んだ時を思い出したよ。それに、『弓使い』初日であんなに命中率の高いプレイヤーなんて、ほとんどいないと思うんだよな」
「何を言ってるのイヨ君」
振り返ると、トトが的を射ないといった表情でこちらを見ていた。
「ただの率直な感想だよ。もちろん慰めとか励ましとかじゃなく、ただの感想」
「へへへ、ありがとうイヨ君。ちょっと元気出たよ」
トトはそう言うと、ニコっと笑って背伸びをした。
丸まっていた背が伸び、表情もいくらか晴れたように見える。
「ところでイヨ君、アザレアさんって誰?」
「へ? アザレアさんを知らないのか?」
ちなみに、アザレアさんはレジェクエで最も強いと言われていた『弓使い』。
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