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一章
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しおりを挟む「あーもうっ、悔しい! サビの振りうまくできなかった!」
収録後。楽屋に向かいながら、元気は髪の毛をぐしゃりとかき混ぜた。後ろを歩く大河が、その手に重ねるように自らの手を置く。
「俺の歌をカバーしてくれたから、おかしくなったんだろ。おまえのせいじゃない」
「最後までうまくやれなきゃ、カバーできたことになんねえじゃん。でも、大河のフォローめっちゃ助かった。あんがとな!」
ニカッと笑う元気に、大河もほっとした表情で笑い返す。元気の笑顔は周囲にも伝播するのだ。
(かわいい)
決して女の子みたいな顔じゃない。あくまでフツーの男の顔立ちだということはわかる。それでも大河にとってはかわいくて仕方がない。
屈託のない笑みに、もう一度手が伸びそうになる。手だけでなく、できることならまた頬に唇を寄せたい。しかし、触れる言い訳が思いつかず、大河は出しかけた手を引っ込めた。と、彼を振り返りながら歩いていた元気が、向かいから歩いてきた2PEACEのSATSUKIとぶつかってしまった。
「あっ、すみませんッ」
「……うざ」
舌打ちと同時にそう吐き捨て、SATSUKIは通り過ぎていく。元気が頭を下げたのは目に入っていないようだ。
「こら、失礼でしょ」
SATSUKIの相方、YUSHIが代わりに謝罪して、そのあとを追っていった。
「……大丈夫か?」
2PEACEが廊下の角を曲がってから、元気を振り返る。いくら元気に非があったとはいえ、そこまでひどい態度をとらなくても……と思っていたのだが、当の本人はケロッとしていた。
「やべえ、花落ちてる!」
ぶつかった衝撃で落としたコサージュを拾い、再度胸元に付け直そうと四苦八苦していた。「なんだよあの態度! 失礼だな!」と憤慨すると思っていたので、意外に思いながらも大河は安心した。元気の手からコサージュを取り上げ、少しかがんで代わりにつけてやる。
「にしても、2PEACEってすげーなー」
「ああ、ファンが熱狂的だったよな」
今日の収録では、彼らの登場に一番歓声があがっていた。二人とも美形なことに加え、斜に構えた態度のSATSUKIとフォロー役のYUSHIの組み合わせが、世の女性たちにウケているらしい。
「ファンの質問に知らねーよって返しただけであんなに盛り上がるとは思わなかった……」
「本当だよな、あれはちょっと真似できないわ」
元気とぶつかったときのような態度でファンにも接する彼らは、元気の目指すアイドル像とはまったく違う。元気の隣に立ち続けることを目標にしている大河にとっても同様だ。だからこそ、2PEACEファンの熱気には驚くし感嘆する。
「アイドルって奥が深いな……ベンキョーになるぜ」
先ほどの熱狂を思い返しているのだろう、元気が腕を組みながらうなずいている。
「でも、元気にああいう売りかたは向いてないと思う」
「おまえだって向いてねーだろ!」
わはは、と笑い合いながら、大河はここにいないもう一人のメンバーを思い浮かべた。
ビジネスアイドル。ファンからそんなふうに形容される彼は、2PEACEのスタイルのほうが稼げるとわかれば完璧に再現できるに違いない。
(いや、今は稼げるかどうかでは仕事を選ばないか)
元気がやれと言ったらやるし、やらないでほしいと言ったらやらない。彼も自分と同じく、元気至上主義なのだ。
そんな美月が体調不良で活動休止を発表したときは驚いた。「元気と一緒だったらグループ活動してもいい」と言っていたくらい、元気との仕事に期待していたはずだったからだ。それに、彼はもともとプロ意識が高く、公演を休んだことは一度もなかったのだ。
美月の活動休止が決まったとき、元気は落ち込みすぎてほとんどしゃべらなくなった。明るいのが取り柄の元気が、だ。だから、大河は絶対にそばで元気を支えようと固く決意したのだった。
それから数か月が経ち、美月はいまだ復帰の兆しを見せないが、元気はだいぶ立ち直った。
「あ、そうだ。俺、今日帰りに美月んち行く約束してんだ」
「……そっか。それじゃあ、帰りは別々だな」
嫉妬する気持ちをこらえて、物分りのいい返事をする。
(明日の撮影も、俺は元気と一緒なんだから)
そんなふうに自制していることなど、彼はまったく気づいていないだろう。
「今度は三人でメシでも行こうぜー!」
美月が絶対に嫌がるだろうから、実現はしないはずだ。それでも元気は「そうだな」と返して、笑って見せた。
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