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一章
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しおりを挟む姉に連れられ、アイドル事務所主催のコンサートを見に行ったのは五年もまえのことだ。友だちにドタキャンされたとかで有無を言わさず付き合わされ、嫌々会場に向かった記憶がある。元気はそれまでアイドルにまったく興味がなかったからだ。しかし、アイドルたちが笑顔を絶やさずひたむきにステージに立つ姿に、いつのまにか魅せられていた。そして、この空間に感動していた。
(アイドルってこんなに人を楽しませることができるんだな! かっけええ!)
それに、隣でアイドルオタクの姉が涙ぐんでいる気持ちもなんとなくわかってしまった。人が本気で何かに取り組んでいる姿は応援したくなる。
(来れて良かったなあ)
コンサートはまだ終わっていなかったが、元気はそんなふうに思ってすでに満足していた。しかし、その直後に見た柳 美月のパフォーマンスに心を奪われてしまった。
機材トラブルらしく、数分のあいだ曲が流れず、ステージが暗転したままになっていたところに、袖からふいに一人のアイドルが歩み出た。異様な登場の仕方に客席がざわつく。スタッフたちにとっても予想外だったのか、一瞬遅れてスポットライトが彼を追った。
檀上に立つ彼は、一切笑みを浮かべていなかった。冷淡な顔つきは、造作が整いすぎているため妙に凄みがある。彼はその表情のまま客席をすっと見わたし、会場を静かにさせた。そして――アカペラで歌い始めた。
その歌声は、けだるげにかすれ、色気があった。それだけでなく、会場を魅了するほど存在感があった。Aメロまで歌ったあとで、ダンスが始まる。一人とは思えないほど力強いパフォーマンス。
一曲歌いきって、最後の決めポーズのあと彼が不敵に笑んだその瞬間、拍手と黄色い歓声がこだました。
(すっ、す、すっげええええ)
「柳って人、すごいな。さすがプロ!」
コンサートが終わっても興奮冷めやらぬ元気は、目を輝かせながらそう言った。
「うーん、プロっていうとちょっとまだ違うんだよねえ」
そこで姉に教えてもらったのは、今日見た舞台は研修生たちしか出ていないものだったということ。アイドル事務所の研修生である彼らのなかでも、柳 美月は別格で人気が高いのだということ。
「そんなにアイドルが気になるなら、あんたも研修生になってみたらどう? お姉ちゃん応援してあげるわよ!」
「は? 俺がアイドル?」
まったく想定外の提案に驚く。しかし、人を笑顔にさせるアイドルはかっこよかった。自分ももしそんなことができたら――それはなんて素敵なことだろうか。それに、柳 美月。彼のパフォーマンスは特に痺れた。憧れる。
「……俺でもやれるかな? 俺、全然イケメンじゃないんだけど……」
「そのぶん本気で頑張ればいいのよ! 頑張ってる人はかっこいいんだから。あたしの推しもイケメンじゃないけど、とにかく頑張り屋さんで素敵なのよ!」
そう言って姉に見せられたのは、今日のコンサートで最初のほうに歌っていたグループのセンターだった。もちろん元気よりはよっぽどかっこいい。
それでも、姉の言葉がすとんと胸に落ちた。やってみたいなら本気で頑張ればいいのだ。
先ほどのステージで一生懸命だったアイドルたちの姿と、自分がついこのあいだまで部活に打ち込んでいた姿が重なる。辛いこともたくさんあるだろうけれど、アイドルも本気でやったらきっと楽しいんだろうなと思えた。
その翌日、中学校に着くなり向かったのは隣のクラス。
始業ギリギリの教室では、大河の席の周りにギャルや学年でもやんちゃな部類の男子たちが集まって、楽しそうに話していた。
「おっす」
「おはよー」
彼らは大河と同じ小学校出身あるいは同じダンス教室に通っている大河の昔からの友達なのだが、見た目が派手なこともあり最初は近寄りがたがった。が、三年も経てばさすがに慣れた。挨拶を返しながら、大河が座る机に身を乗り出す。
「なあ、一緒にアイドルやんない?」
「は? 俺がアイドル?」
唐突な勧誘に返ってきたのは、昨日の自分と同じ反応。周りも「本気?」と笑っている。
でも、元気は本気だ。
「おまえならイケメンだしきっと人気出るよ! だから、な?」
「おまえもかわいいよ……って、違う違う。突然どうしたんだよ? なんで急に?」
驚いた表情で元気を見上げる大河に、昨日見に行ったコンサートがいかにすばらしかったかを話す。
「西尾ってアイドルとか興味あるタイプだったっけ?」
「こいつの姉ちゃんアイドルオタクだから。どうせ無理矢理連れてかれたんだろ?」
コンサートに行った経緯は特に説明しなかったのだが、ギャルの一人――富岡の問いには大河が答えた。さすが親友。元気はそのとおりだとうなずいて応じる。
「ていうか、二人がアイドルとかキャラじゃなさすぎて笑えるんだけど」
「大河はネトレイン事務所にだったらいそうだけどな。ダンスうめえからボーカルの後ろでパフォーマーやってそう」
「そういえば、西尾くんは歌うまかったよね。それでアイドルやろうと思ったの?」
矢継ぎ早に話すギャルたちに、はてと首をかしげる。
「俺、おまえらとカラオケ行ったことあったっけ?」
彼らとは何度か遊んだことはあるが、たいていファミレスかゲーセンのコースだ。すると、チャラ男の矢野がシシシと笑った。
「いっつも大河が話すから知ってんだよお。西尾クンの歌はサイコーだーって」
「え? そうなの?」
大河がそんなことを言ってくれているとは思わなかった。驚いて彼を見ると、少し恥ずかしそうにネクタイを緩めながらうなずいた。
「元気は本当に歌がうまいからな」
「っていうか、いっつも元気元気ってうるさいよね。ダンス教室でも西尾の話ばっかしてるよー。彼氏かよって感じ」
「ほんとそれ。三年でクラス別れちゃって残念だね。修学旅行一緒に回れなくてかわいそー」
元気と大河は、中学一年のときに仲良くなった。先輩に命じられて、同じクラスで一番体格の良い大河をサッカー部に勧誘したのだ。勧誘は断られたが、いろいろ話しているうちに意気投合した。
だから、そんな大河と一緒にアイドルを頑張れたら楽しいだろうなと考えたのである。
「なあなあ、やろうぜー!」
「ええ、アイドルって……俺のキャラじゃないし……」
頭をガシガシと掻く大河は困り顔だ。説得しようと口を開きかけたところで、ホームルームの開始を知らせる鐘が鳴った。時間切れだ。
「またあとで来るからなー!」
そう言い残して、元気は自分のクラスに戻った。
その後も何度か聞いてみたが、大河はなかなか首を縦に振らなかった。
そして、一週間が経ったころ。さすがに元気も諦めた。
「わかった。それじゃあ俺、一人で事務所に応募する」
そう宣言した。すると、大河は途端に焦った表情を浮かべる。
「一人?! ちょ……、それは心配なんだけど……」
そして、またいつものように困った顔をした。
「でも大河はやりたくないんだろ?」
この一週間、大河の説得をするたび、自分がアイドルを本当にやってみたいと思っているのだと気づかされた。かくなるうえは、一人でも挑戦するしかない。
「いや、でも………」
大河と一緒に頑張るのは諦めていたのだが、なぜかその日、彼と一緒にアイドル事務所に応募することが決まった。
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