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水市 宇和香

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「ABCに憧れて軽音楽部に入ったんです!」
 新入生からそう言われることはすごく多かった。ライブが終わると同時に囲まれて、口々に感想を伝えられる。音楽を気に入ってもらえたことは嬉しかったけれど、音楽関係なく僕らに媚を売るため近づこうとするだけの後輩たちも多くて、正直辟易していた。
 だから、どこにでもいそうな顔立ちとはいえ、僕たちに近寄って来ない卯月くんはなんとなく印象に残っていたんだ。まあ、卯月くんの場合は僕たち以外の先輩とも距離を置いていたんだけど。とはいえ、卯月くんを新バンドに誘ったのはそれが理由じゃない。皐月の気まぐれだ。実際問題、僕らはABCが解散したあとどうするか決めかねていたから、面白半分に誘ってみたのだ。
 夜の九時。スタジオ練習を終えて、近くのマックで遅い夕飯を食べる。うちのバンドにはジャンクフードが大好きな人間がいるから、このコースはこの一年、ABCの定番となっていた。
「それより! ちょっと、さっきーとゆっちーに言いたいことあんだけど!」
 むしゃむしゃと頬張りながら声を荒げる美輪さん。向かいに座っていた皐月は、顔をしかめてポテトを自分のそばに引き寄せた。
「モノ飛ばしながらしゃべんじゃねえよ! それにさっちーとかキモいあだ名つけんな」
「さっきーだよ! 確かにさっちーじゃキモいよね」
 あははーと笑う美輪さんにいらっとする。皐月ほどじゃないだろうけど。
「さっきーでもたいして変わんねえよ死ね」
「死ねっつったほうが死ね、このばかさっきー!」
(わー……もう、こっちまでポテト飛んできてるよ)
 一番安全な斜め前に座ったはずなのに。はあ、とため息をつきながら、僕もさりげなく自分の食べ物を避難させる。一方庄司さんは、隣に座っている美輪さんの口を押さえた。
「うるせーよ。おまえみたいな金髪ピアス野郎が騒いでたら、周りの客がびびんだろ。とりあえず、ちゃんと食べてから話そうな」
「んー!」
 三白眼で睨まれても、庄司さんは「はいはい」と軽く受け流す。毎度のことだから慣れたものだ。まるで保育士のよう。
 庄司さんが美輪さんの相手をしているすきに、バーガーを食べる。彼はやたら人に絡みたがるから、こういうときに食べておかないと。
 ちなみに庄司さんはすでに食べ終わっている。(バーガー三つ頼んでいたはずなんだけどな)
 しばらく口を動かしていた美輪さんは、歯医者よろしく片手を思いっきりあげた。これが食べ終わった合図。解放された途端、一息に畳み掛ける。
「あー苦しかった! ジョージったら無駄に手ぇでかいから鼻までふさがれるんだもん。あっ、そうそ。手ぇでかいっていったらさー」
「……それより、さっきの言いたいことってなんですか?」
 このままじゃいつまでも本題に入ってくれない。そう感じて話を戻せば、「ああ!」と大口をあける美輪さん。直後、口をへの字にゆがませる。見るからに怒っている顔だ。
(さっきまで忘れてたくせに!)
「さっきーもゆっちーもさっ、俺たちがいなくなったあとのこと、もう考えてるんでしょ! まだ六月のはじめだってのに! 新しいバンド作るんでしょ?! 聞いたよ! まだ俺たちとバンドやってる最中だってのに! 薄情者!」
 バンっと机をたたかれる。それを諌めたのは再び庄司さん。
「いや、新しいバンドで文化祭に出たりするなら、これくらいの時期から動き始めないとな」
「つーか、まだやるって決まってないし」
「そうなんですよ。一年生の卯月くんってわかります? 彼の頑張り次第です」
「あいつ超下手だからな」
「でもおまえら、その卯月くんのことやたら気に入ってるよなあ。練習してるとこ、よく覗きに行ってるし。話題にもよく出るし」
 ジューとコーラを吸い上げながら話す庄司さんの言葉に、思わず皐月と二人顔を見合わせる。
「は? 気に入ってる?」
 そんなつもりはなかったんだけど。すごく頑張ってるなあとは思うし、確かに何度か練習中お邪魔してるけど。……そういうこと、になるのだろうか?
 考えこんでいたら、美輪さんが唇をとがらせながらまた文句をたれてきた。
「さっきーもゆっちーも、普段誰かの個人練に付きあったりなんてしないじゃん! しかもへたっぴな一年坊主の相手トカ! 俺の練習にも付き合ってくれないのにー!!」
 それはあなたがめんどくさいから、とはさすがに言えないので、ため息とともに別の言葉で切り返す。
「卯月くんは弱音も吐かずに練習してて、健気でかわいいんですよ」
(……あ)
 その場しのぎの返事のつもりだったけれど、自分の言葉がすとんと胸に落ちてきた。無意識に、自分でも知らない本心を明かしていたらしい。そうか、僕は卯月くんが気に入ってるんだ。おそらく皐月も。僕らはよく似てるから。
 なるほど、とつぶやいてバーガーにかじりついた。
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