15 / 22
15 罪の線引き
しおりを挟む「何を――」
「どの女だ、部屋を教えろ」
短く言い捨てた言葉にはっとする。
カリナのことを、言っているのだ。
キリに聞いたのか。
男の怒りが伝わってくる。
答えない女に男は自分の背後を振り返る。
「キリ、どの部屋だ」
大きすぎる男の身体で、女にはキリの姿は見えなかった。
「キリ、教えないで!!」
「――」
咄嗟の女の声に、キリは答えるのを躊躇ったようだ。
男は小さく舌打ちすると、女の脇をすり抜けて大股で奥へと進んでいった。
女は一瞬呆気にとられたが、すぐに走って後を追う。
まさか、一つ一つ扉を開けて確かめる気なのか。
女の思ったとおり、男は、一番最初の扉――女が怪我をしている間に寝かされていた部屋だ――を乱暴に開け、中に入る。
そこは生憎と無人だった。
娼婦達とカリナは一番奥の部屋から使わせていた。ゆっくりと休めるようにとの配慮からだった。
人がいないのを確かめて別の部屋へと動こうと振り返ろうとした男に、女が止めようとしがみつく。ちょうど男の腰に、横から抱きつくように。
男が咄嗟に動きを止める。
女を見下ろし、短く言い捨てる。
「――離れろ」
女はしがみついたまま顔を上げ、男を見上げた。
「カリナのところへ行くつもりならやめて。ここは治療院よ。他にも休んでいる人がいるの。帰ってちょうだい」
「なぜ庇う!? あの女さえ裏切らなかったら、こんなことにはならなかった!!」
「――」
怒り、苛立ち、そういったものをここまで露わにする男を、女は初めて見たような気がする。
いつもは感情を抑えて誰にでも接していたのに。
怖そうに見えても、女は男を怖いと思ったことはなかった。
だが、今の男は怖かった。
怒りを隠せぬその様子に胸が痛い。
男のそんな姿を見たくなかった。
女は、静かに問うた。
「そうなの? 本当に、カリナだけが悪いの? 他の誰にも罪はないの?」
「――」
静かな問いかけに、男が言葉を失くす。
驚いたように女を見つめた。
「罪に、どこで線を引くの?」
金を盗んだカリナか。
間に合わなかった男か。
皇宮へ行くと決めた自分か。
自分達をおいて先に死んでしまった父と母か。
皇族か。
国か。
どこで線を引いて、どこからが罪だと判じればいいのか。
少なくとも、自分が決めていいわけではない。
男もだ。
「カリナはもう十分罰を受けたわ。今も、受けてる。そうして、死んでいくの。それでも責めるの?」
「――お前は、許せるのか?」
その問いに、しばし躊躇う。
誰を?
カリナを?
自分を?
「……わからない。でも、殺したいとは思わない。責めることもできない。考えたくないの。思い出したくもない。だから、黙っていて。これは、あたしの仕事なのよ。先生に手伝うと言ったの。最後までやらせて」
「――」
女は、言うだけ言うと、しがみついていた腕を放した。
そのまま身体も離そうとしたとき、男の大きな手が顎の下を押さえつけ、残る手が腰を抱き寄せ、覆い被さるように唇が重ねられた。
驚きで動けない女の口内に舌が入り込み絡み合う。
そこには、平素見せていた優しさは微塵もなかった。
怒りのままに、乱暴にくちづけられ、背筋が震える。
だが、それは恐怖ではなかった。
いつもすぐ近くにいたのに、一週間も離れていた。
男の気配も、服越しの感触も、ひどく懐かしく感じた。
いけないと思う心とは裏腹に、身体が、触れられて喜んでいる。
拒まなくてはならないのに、餓えたように求められて泣きたくなる。
いっそ応えてしまいたい。
だが、できない。
相反する心で、引き裂かれてしまう。
堪えきれずに零れた涙が、男の手に伝った。
男の動きが止まる。
抱き寄せていた腕から力が抜けると、女は背後の壁に背を預けた。
男の視線を痛いほどに感じたが、顔を背けた。
今見たら、きっと、その瞳に見えるのは、憐れみだろうと思いながら。
「好きにしろ――」
短く言い捨てて、男は静かに出て行った。
気配が遠ざかるのを感じながら、女は大きく息を吸って、吐いた。
涙を拭い、髪と服を整える。
するべきことがあるのだ――そう、気持ちを切り替える。
部屋を出ると、キリが立っていた。
「――」
キリに、今の自分はどう見えているのだろう。
大好きな統領を振り回している自分を、いつか憎むだろうか。
だが、キリは気まずそうにごめんと謝っただけだった。
「いいのよ。今日は手伝ってくれてありがとう。薬草取りは、また今度ね」
笑おうとして――笑えなかった。
ユファに言われたとおり、自分は一度も笑っていない。
弟が死んでから。
もう二度と、笑える日は来ないかもしれないと思いながら背を向けて歩き出す。
カリナの食事の器を、片付けにいかなくては。
背後からキリの声がかかる。
「リュシア、統領は自分のために怒ってんじゃないぜ。傷つくお前を、もう見たくないんだ」
「……わかってるわ」
嫌というほど、わかっている。
だって、自分は今、十分すぎるほど与えられているから。
奪われ続けたカリナを、憐れだと思えるほどに、優しい人達が傍にいてくれたから。
それでも満たされないと感じる傲慢な自分に、気づきたくない。
どうしてなの――自分に問う。
ここで穏やかに過ごして、少しは楽になれたと思ったのは、つい昨日のことだ。
忘れるなとでも言いたげに、いつも過去に、己の罪に、引き戻される。
こんなに広い世界で、なぜ、よりにもよって、会いたくなかった――会いたいとさえ思っていなかったカリナに、出会ってしまうのか。
そうして、思い知らされる。
自分は、許されない。
許されるはずもない。
罪が、深すぎて。
どこに逃げても。
どこまで逃げても。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる