未完のアンドロイド

ラサ

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 心は、何処に在るのだろう。
 想いは、何処から来るのだろう。

 造りものの身体の中から沸きあがる、インプットされた感情。
 あらゆるパターンを組み込まれた偽物の微笑み。

 人間に近く。
 より近く。

 それだけのために、この擬物まがいものの身体は涙さえ流す。
 惑わされてしまう。
 境界が、わからなくなる。
 人を人たらしめる全ての基準は、いったい何処に在るのだろう――









あや、ぼさっとしてっと日ぃ暮れるぞ」
 積み上げられた空の木箱の上に立ちすくんでいる二歳年下の妹に、数眞は何度目かの声をかける。
「待って、数眞。あとちょっと、もうちょっとだけ」
 決してこちらには視線を向けず、彩と呼ばれた少女は琥珀のように光る綺麗な夕日にただ見惚れていた。
数眞かずまもあがってごらんよ、すっごい綺麗だよ」
「馬鹿言え、夕日が綺麗ってことは、空気が汚いってことだろが。そんなんちっとも嬉しくない」
 ぶっきらぼうな言い方に、彩は非難がましい目を向ける。
「もう、夢がないなあ、数眞は。他に感じることないの?」
「明日の天気は間違いなく晴れだ。回収がしやすくて助かる」
「ちょーリアリストめ」
 むくれて彩は視線を夕日に戻した。
「空気が汚くったって、綺麗なものは綺麗でいいじゃない」
 数眞としては夕日の綺麗さより、日が落ちるまでに家に帰りたい心境でいっぱいいっぱいだ。買いためた食料を冷蔵庫へ入れたいし、重い荷物からも解放されたい。
 夕日が綺麗でも、腹の足しにはならないし、荷物は軽くならないのだ。
「おいてくぞ、ホントに」
 呆れたような数眞の声に、彩は肩を竦めた。
「数眞はそんなことしないよ。絶対しない」
 そう言って、自信ありげに、彩は数眞を見下ろした。
 肩の少し上で切りそろえた彩の綺麗なくせのない髪を、夕日が金色に縁取っている。
 自分よりも小さくて、華奢なくせに、頑固なところは全然数眞に負けていない。
「お嬢さん、いい加減になさって、そろそろわたくしめとともに御帰宅あそばしませんか?」
 わざと丁寧に、数眞は頼んだ。
 だが、慇懃無礼な物言いにもまるで動じず、彩は小さく笑って、頷いた。
「ええ、よろしくてよ」
 ひらりと木箱から飛び降りた彩は、次の瞬間にはもう着地して、置いてあった和眞より小さな自分の荷物を持って数眞の隣に走ってきた。
「お待たせ」
 可愛く笑う彩に、それ以上小言も言えず、数眞は小さく息をついて、歩き出した。
 壊れた機械類が積み重なった迷路のような隙間を、数眞と彩は慣れたものでどんどん進んでいく。
 バイクを使えばよかったかと数眞は思ったが、燃料が勿体ないので歩くことにしたのだ。
 節約するに越したことはない。そうそう手に入るわけでもないのだ。
「ほら、もっと急げ」
「ねえ、なんでそんなに急ぐの? ここらへんならこの時間、全然大丈夫だよ」
「今は違うんだよ」
「嘘、そんな心配、ここではないよ。だって、りゅうさんと夏瑠なつるさんがいるじゃない」
「ばっかだなあ、ここ最近怪しい奴らが流れてきてるって、流本人が言ったんだ。日が暮れたら外には出るなって」
「聞いてないよ。そんなの」
「今言ったじゃん」
「今そう言うってことは、またあたしのいないとこで三人でなんかしてたな」
「――」
 一瞬の沈黙が、彩の問いを如実に肯定していた。数眞がちらりと視線を向けると、上目遣いに彩が睨んでいる。
「なんで、いっつもそうなわけ? あたし、今までみんなの足手纏いになったことある? なんだって数眞はそうやってあたしを遠ざけるわけ? 流さんだって、夏瑠さんだって、反対してないじゃない!?」
 むきになってまくしたてる彩を、数眞は心底可愛いなあと思って困ったように見下ろしていた。
「だって、俺がやなんだもん」
「なんで!?」
「彩は、オヒメサマみたいに、安全なとこにいてほしいから」
「――」
「彩がいるから、あの家に帰れるだろ? 俺が帰ったとき、いつでも彩におかえりって言ってほしいんだ」
「数眞――」
「彩は俺の唯一の家族だから、危ないとこには出したくない。それは、俺の仕事」
「でも、数眞がいない間に変な奴らが来たらどうすんの? あたし、乱暴されたり殺されたりするかもしんないよ。そしたら数眞、家に帰ってきてあたしの死体に縋り付いて泣くの。そんで、敵討ちに奔走するの。そんな心配するより、傍にいて護ってくれたほうが絶対効率いいのに」
「う」
 確かにそれも一理あると、数眞は思った。
 しかし、今から危険な仕事をさせるのもまた、兄としてはどうにも了承できないものがある。
「ま、その件は、後日検討するということで」
「あ、逃げるなこら」
 二人は走ってようやく幅の広い通りへと出た。
 先程よりは見晴らしはいいが、至る所に壊れた機械や瓦礫が放置されたままだった。
 いわゆるクズ置き場には変わりない。
 足早に家路を急ぐ数眞に追いついて、彩は数眞の腕にしがみついた。
 すでに人気のないこの通りの先には、彼らの家しかない。
 そっと後ろを振り返り、何の気配もないことを確認して、彩は小さく呟いた。
「やな時代だね」
「そうだな」





 三十世紀に入り、世界の人口密度は過密状態に陥った。
 その頃には、どの国にも資本主義経済だけが独り歩きし、民主主義という言葉は死に絶えて久しく、頂点に断つエリートだけが大っぴらに富を欲しいままにしていた。
 星間飛行も可能になったこの時代、テラフォーミングされた惑星への移住により、人類は宇宙にまで拡散していった。
 しかし、それこそが貧富の差を圧倒的に拡大していった。
 富める彼らは最先端の技術を駆使し空中都市を造り上げ、神の如くに地上を見下ろした。繁栄の影に淘汰される多くの弱き人々を嗤いながら。
 荒廃し、奪われた大地には、わずかな植物が育つのみ。
 それでも、強かに、人間は生きていく。
 全てのルールが意味を無くし、混沌と化した地上にも、少しずつ暗黙の掟ができあがる。
 そうして、下界と呼ばれ、スラム化した街には、今日もささやかな一日を望む飢えた人間達が産まれ、生きて、死んでいく。
 十六歳の数眞もまた、その内の一人だった。
 二親を早くに亡くした孤児の少年が生きぬくには、決して容易い社会ではない。
 しかし、数眞は孤児となった十歳の時から、後ろ盾も必要とせずに六年間このスラムで生きぬいた。
 それは、決して彼が幸運だったからだけではない。
 数眞のIQがずば抜けて高かったことも起因している。
 父親は別の星の上流階級出身者でエリートだったが、ある事件がきっかけで上界を捨て、ここまで流れ着き、この地球の下界で暮らすようになったという。
 上界のゴミ捨て場となった下界で、廃品となった機械類を回収し、仲間とともに修理して再び売りに出すことで生計を立てていた。
 生来身体が弱く、数眞を産んでさらに身体を壊した母親の代わりに数眞を育てた父親は、廃品を玩具代わりに育った数眞の能力にすぐ気づいた。
 そして、幼い数眞にあらゆる技術を教え込んだ。
 父親譲りの明晰な頭脳を持つ数眞は、父親仕込みのその腕を余すことなく発揮し、父親亡き後はその仕事を引き継いだ。
 母親は、父親が亡くなる三年前に、亡くなった。数眞の妹をその身に宿したまま。
 父親と出会うまで娼婦だったが、父親と出会ってからはいつも幸せだったと、ことあるごとに言っていた。

 誰を恨むこともない。
 全ては運命のままに。

 このスラムにあって、数眞の両親は愚かなほどに能天気だった。
 だが、何処で生きても、所詮幸福は自分の気持ち次第なのだ。
 父親と母親が、餓えない程度の暮らしでも、天国にいるみたいに満足していたように。
 あの頃よりも数段ましな生活をしている今になっても、数眞はあの頃の暮らしを懐かしむ。
 母親が得意だったサンドイッチ。
 風にはためく洗いたてのシーツ。
 リサイクルセンターの屑鉄の上でのピクニック。
 外で川の字になって三人で見た流星群。
 父親の繊細な、けれども大きな手。
 いつだって、思い出そうとすれば鮮やかによみがえるたくさんの思い出があるから、数眞は平気だった。
 しかし。
 妻と娘を喪い、薄々己の死期を悟っていた父親は、平気ではなかった。

 たった一人で残していかなければならない息子に、父親が最後に残したのは、彩だった。

 彩は数眞とは全く血が繋がっていない赤の他人だ。
 妻と生まれる筈だった子を喪って憔悴していた父親が、ある日突然何処かから連れてきた子だ。
 だが、両親亡き今となっては、数眞が護るべき大切な家族となった。
 赤の他人が兄妹の振りをして一つ屋根の下に暮らす。
 ままごとのような生活だと、数眞は思う。
 それでも、数眞にとって、それがかけがえのないものであるのもまた事実だ。
 父親は、独りになる自分の息子に、生きる理由を与えたのだ。

 大事な大事な家族を、この手で守ること。

 数眞は今も、その遺志を守り続けている。
 過保護な兄の自覚はあるが、こればかりは仕方がないと本人は思っている。
 兄妹と言うよりは些か恋人同士のような二人は腕を絡めたまま家路を急ぐ。
「!?」
 和眞が突然止まった。
 腕を絡めて隣を歩いていた彩も、その勢いで止まる。
「和眞?」
 彩が和眞を見上げる。
 だが、和眞は動かない。一点をじっと見つめていた。
「数眞? どうし――」
「彩。ごめん。ちょっと腕放して。すっごい綺麗なねえちゃんが、倒れてる」
 驚いた彩がさっと腕を放す。
 荷物をしっかり抱えたまま数眞は走った。
 この界隈では、一旦手を放したが最後、無事に戻ってくるという保障は皆無に等しいのである。
 数メートル走った先に、それはいた。
「――」
 一瞬、死んでいるのかと思った。
 瓦礫の上に広がった黒のワンピースの裾、袖、ハイネックの首元は繊細なレースで縁どられていた。
 膝を折っているのか、足先は見えない。屑鉄に寄りかかった上半身の前身頃には肩から長い髪が真っ直ぐに落ちている。
 目を閉じているその顔の造形は、レースに劣らぬ繊細さと可憐さを備えていた。
 胸元が静かに上下していなければ、生きているとは思えなかった。
 美しく滑らかな肌にはシミや皺は一つもなく、動かぬ表情筋はまるで精巧に作られた美し過ぎるアンティーク人形だった。

 間違いない、この少女は上の人間だ。
 これは金になる。

 数眞は直感した。
 追いついてまた隣に並んだ彩に視線を移すと、
「彩。悪いけど、この荷物持って。俺、このねえちゃん運ぶから」
「う、うん」
 彩は素直に和眞の荷物を引き受ける。
 和眞は少女の前に膝をついた。
 手を伸ばし、その顔の前で開いた手を左右に動かす。
 反応がないのを確かめると、抱き上げて運ぼうと腕を瓦礫と背中の間に入れようとした。
 その時。

「あなたは、誰?」

 澄んだ声が静かに響いた。
 和眞は咄嗟に距離をおく。
 閉じていた目がゆっくりと開いて和眞をとらえる。
「――」
 美しい容貌は、目を開けると理知的な雰囲気を纏い、無垢な少女のようでもありながら、成人したての頃合いにも見えた。
「俺は和眞。後ろにいるのは妹の彩。あんたが倒れてると思って運ぼうと思ったんだ」
「そう――倒れてたんじゃないわ。意識は常にあった。思考していたのよ」
「――思考するのもいいけど、もうすぐ日が暮れる。そうなると危険だ。この先に俺達の家があるから、そこで考えたらいいんじゃないか?」
 一瞬、少女の表情が消え、一層人形めいて見えたが、すぐに口角が上がり笑みの形を作ると、
「そうね――招待されたのなら受けましょう」
 微妙に違和感のある物言いだが、上の育ちのいいお嬢様ならそんなものなのだろうと和眞は思った。
 立ち上がると、少女に手を差し伸べる。
 細い指先が和眞の手に置かれた。
 そのまま立ち上がらせようと掴んだ手を引いたが――
「っ!?」
 己の腕にかかった想定外の負荷に驚く。
 華奢な少女の見かけ通りの重さではなかった。
 立ち上がった際の等身を見ても、どうしても異様としか思えない。
「あんた、見かけのわりに、重いな。びっくりした」
 和眞の物言いに腹立つことなく、微笑んで少女は答える。
「重くて当然よ。だって、この身体は、全て機械だもの」
 右手の指が、己の左人差し指の爪の両端を押さえる。
 すっと引くと、人差し指の爪がすんなり剥がれた。
「!?」
「やっ!」
 彩は咄嗟に目を背けた。
 だが、数眞は驚きながらも、目を背けなかった。
 そして、見たのだ。
 少女の剥がれた爪から、一滴の血も流れないのを。
 それどころか、何か機械の端末のような構造を、肉の中に埋め込んでいるようにも見えた。
「あんた――」
「ね。ここだけじゃないわ。身体の中は全て機械で構成されているのよ。私はナナ――アンドロイドなの」





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