暁に消え逝く星

ラサ

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第5章

折合

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「――落ち着いたかい?」

 互いの熱を吐き出した後、呼吸が整ってからアウレシアは問うた。
「ああ。――その、すまなかった」
 言い淀むイルグレンに、アウレシアはくすりと笑う。
「何で謝るのさ」
「自分でもよくわからないが、こんな時に、こんな場所で、不謹慎だと思って。しかも、お前を乱暴に扱った」
 あくまでも真面目な皇子の言いように、アウレシアはもう一度小さく笑う。
「仕方ないよ。あんた今日が初めてだろ、実戦は。戦闘の高揚感が高まると、男はよく、そうなるらしいし」
「そうなのか? 女は違うのか?」
「女は、状況にもよるかな。でも、別に無理矢理でもなかったし、乱暴でもなかったから、謝らなくていいよ」
「そうか――よかった」
 ほっとしたように笑うと、イルグレンは、今度は優しく、アウレシアを抱きしめた。
「レシア」
「ん?」
「人を殺すと言うのは、嫌なものだな」
「――そうだね」
「だが、私は嬉しくもあったのだ」
 言いたくなかったが、全てを話してもおきたかった。
 この女戦士なら、自分の全てを受け入れてくれるように思えたからだった。

「命を奪っておいて、喜んだ。自分の身を自分で守れることを。もう、我慢しなくていいことを。怒りを、押さえずに剣を揮えることを」

 怒りに任せて、全てを壊してしまいたい衝動。
 感情の赴くままに、全てを巻き込んで、めちゃくちゃにしてしまいたい衝動。
 今まで自分だと思っていたものは、たやすく揺らいだ。
 なす術もなく飲み込まれ、混乱した。
 同時に、自分というものがわからなくなった。

 こんな激しい衝動が、自分の中にあったとは。

「私は、おかしいのか? だから、こんなことを思うのか?」

 アウレシアは両手で優しくイルグレンの頬を引き寄せる。
 触れるだけの優しいくちづけが、ささくれだった心を慰撫する。
「おかしくなんかないよ。人間なら、誰でも一度くらいそういう気持ちを持つもんだよ。あんた、ずっと我慢してきたんだろ?」
「――そうらしい。我慢していたつもりはなかったが、今日、人を殺して、初めて気づいた」
 近すぎる距離で、アウレシアは微笑った。
「まったく、幸せなんだか不幸なんだかわかんない皇子様だね。我慢しても、いいことなんてないよ。もう少し我儘言いなよ。皇子様って、普通そんなもんだろ。付き合ったげるからさ」
「お前といるときは、我慢しなくてもいいのか?」
「いいよ。あんたの我儘なんて、かわいいもんさ」
 軽くあしらわれて、イルグレンはむっとしたような表情になる。
「子ども扱いするな」
 そうして、アウレシアの唇を塞いで、自分の上にいた身体を草の上に押し付ける。
「では、もう一度だ。今度は、私が上で」
 アウレシアは笑ってイルグレンの首に腕を絡めた。
「いいよ、今度は、あんたが上で」


 ソイエライアの気配が近づいてくる。
 茂みをかき分ける音が大きく聞こえるのは、わざとだろう。
 その頃には、身支度をすでに済ませていたイルグレンとアウレシアは、立ち上がり、そちらへと向かう。
「ソイエ。どうだった?」
「大分遠くまで行ってみたが誰もいない。今日のところはこいつらだけらしいな。戻るぞ」
 そこで、イルグレンがソイエライアの腕を掴む。
「どうした、グレン?」
「ソイエ、その――ありがとう」
 礼を言われて、ソイエライアはふっとやわらかく笑った。
 先程のように優しく頭を撫でられる。
 ソイエライアには、子ども扱いされても不思議と腹は立たなかった。
「落ち着いたな。もう平気そうだ」
「ああ。次は――大丈夫だ」
「初めて人を殺した夜は、俺も動揺した」
「ソイエもか?」
「ああ。お前よりもっとひどかったかもな。泣き喚いてみっともなかった」
 ソイエライアの慰めが、イルグレンの心に素直に届いた。
「だが、自分の気持ちには、結局、自分で折り合いをつけるんだ」
「皆、そうしているのか」
「ああ」
「わかった、私もそうする」
 素直なイルグレンに、ソイエライアは笑った。
「上出来だ」



 戻った三人の衣服についていた返り血を見て、リュケイネイアスは渋い顔をし、アルライカは驚いた顔をしていた。
「エギル様とファレス様に、今から全員で行くと伝えて来い、ライカ。今後のことを話し合う」
「おう」
 行く前に、イルグレンに声をかける。
「初陣はどうだった?」
「ああ。なんとか」
「俺やお前のときよりは立派だったさ」
 ソイエライアが横で付け足す。
 アルライカはソイエライアのようにイルグレンの頭を軽く撫でた。
「そうか、よくやった」
 それだけ言うと、アルライカは馬車のほうへ走っていった。
「やはり、そっちに行ったか」
 リュケイネイアスの言葉に、ソイエライアもやはり苦々しげに答える。
「ああ。皇子の顔も知らない奴らだった。腕はそこそこあるようだが、あの場に来た奴らは、全部片づけた。周囲も探ったが、とりあえず逃れた奴はいないな。ケイ達は?」
「こっちはいたって平和だ。一応ライカには馬で周囲を探らせたが、見張っている気配もなかった。昨日の様子見とは違うか、レシア?」
「違う気がする。昨日の今日で時期としては合うけれど」
「とりあえずお前らは着替えて来い。それから馬車へ。俺は先に行ってる」
 促されて、三人は天幕で着替えることにした。
 アウレシアは自分用の天幕へ、ソイエライアとイルグレンももう一つに入り、手早く着替える。
 そうして、馬車へ行くと、周囲はぐるりと護衛の者達で囲まれており、物々しい雰囲気を与えている。
 アルライカが馬車の入り口で待っている。
「お待ちかねだぜ」
「ああ」
 ソイエライアが先に入り、次がアウレシア、イルグレンと続き、最後にアルライカが入る。
 中にはエギルディウスが寝台の上に座り、その横にはソルファレスが床に直に座って控えている。
 その隣にリュケイネイアスが胡坐をかいて座っている。
 イルグレンを確認すると、三人は立ち上がる。
「皇子様!!」
 押さえてはいるが、切羽詰ったようなソルファレスの声が聞こえる。
 胸に手を当て、最敬礼する。
 イルグレンには、その仕草が何かそぐわぬように感じられた。
「イルグレン様、こちらへ。お座りください」
「――」
 一瞬戸惑うイルグレンに、アウレシアも促す。
「ほら、あんたが座ってくれないと、あたしらも座れないんだよ。行って」
 イルグレンは寝台のエギルディウスの隣に座った。
 それから、エギルディウスが皇子の隣に座り、残りの五人が床板に敷かれた絨毯の上に座り込む。
「――」
「イルグレン様。ご無事で何よりでした」
「心配致しました」
 エギルディウスとソルファレスが声をかける。
「大事ない。それより、話は聞いたのか?」
 リュケイネイアスがソイエライアに視線を流す。
「ソイエ、今日のことをエギル様に報告してくれ」
「わかった」
 ソイエライアがエギルディウスとソルファレスに簡潔に今日の出来事を説明する。
 エギルディウスとソルファレスは渋い顔をしてそれを聞いていた。
「刺客の剣の型は東のものではなく西のものだと思われます」
 最後の言葉に、ソルファレスが顔色を変える。
 エギルディウスを振り仰いだ。
「エギル様、西からとは――」
「ファレス、それが重要なのではない。今のところは」
 護衛隊長の言を、エギルディウスが短く遮った。
 そうして、皇子に向き直る。
「刺客が来たのなら、今後は旅を急がねばなりません。サマルウェアまで、あと一月を切りました。剣の稽古はもうおやめください」
 イルグレンは驚いた。
「なぜだ?」
「ここから先は、サマルウェアに着くまで、大人しく馬車で過ごしてもらいたいのです。退屈しのぎはもう十分でございましょう?」
「なんだと――」
 イルグレンの顔色が変わった。
 さすがに、アウレシアとソイエライア、アルライカも表情を険しくした。
 退屈しのぎに、皇子が剣の稽古をしていたのではないことを、三人は十分に知っていたからだ。
 だが、エギルディウスはさらに言を継ぐ。
「お命がかかっているのです。渡り戦士達も無用な危険を被りました。馬車の中にいてくだされば、無用な危険もございません。貴方様をお守りすることに専念できます」
「――」
 正論だった。
 エギルディウスはいつも、その状況に合わせて最善を選ぶ。
 今日は、運がよかっただけだ。
 もし、敵が今日の二倍だったら、自分は勿論、ソイエライアもアウレシアも死んでいたかもしれないのだ。
 渡り戦士達と合流する前の退屈な旅に戻れば、少なくとも命の危険は格段に低くなる。
「――」
 イルグレンは、アウレシアを見た。
 もの言いたげな眼差しが自分を見ている。
 以前の自分なら、引き下がっただろう。
 だが、今回は引き下がれない。
 また、籠の中の鳥のように閉じ込められるのはたくさんだった。

「ならば、私から提案がある」

 強い言葉が、皇子の口から出た。

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