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第7章
それでも生きる
しおりを挟む疾走していた馬の足取りが徐々に緩やかになる。
先頭を駆けていた馬達はあっという間に見えなくなった。
男の腕が腰を引き寄せる動きに逆らわず、馬のたてがみにしがみついていた女はゆっくりと体を起こした。
ゆっくりと歩みを進める馬上で揺られながら、女は後ろの男を振り返りもせず、一言も話さなかった。
男衆達を先に行かせた男は、女に問う。
「何がしたい? お前の望みを言え」
一拍おいて、女は答える。
「死にたい――」
「死ぬことは、許さん。捨てる命なら、俺がもらう。今この瞬間から、お前の命は俺のものだ。俺の許可なく死なせん」
「なぜあたしを生かすの? 全て終わったわ。もう死なせて」
「まだ駄目だ」
「なぜよ!」
「命の借りを、返していない」
「――そんなもの、返さなくていい!!」
叫ぶなり、女は馬から下りようと身動いだ。
しかし、男はそれを許さず、逃さぬように女を抱きすくめた。
「お前が死ぬなら、代わりに俺が死んでやる。だから、お前は生きろ。リュマの分まで」
弟の名を出され、女は男を顧みる。
怒りに満ちた眼差しだった。
「弟の名を口にしないで。あたしの、弟よ。あんたのじゃない」
「その弟と約束したんだ。命を懸けた約束だ。お前は死なせない。逃げるなら追っていく。俺のいないところでお前が死んだら俺も死ぬ。独りには決してしない。地獄へでも、追いかける」
男の真摯な眼差しに、女は男が本当に言葉通りにするだろうことを悟った。
死ぬことすらできない。
リュマの所へ、いけないのだ。
それさえも、許されない。
女は振り切るように男から視線を外した。
「――弟を見殺しにしただけでなく、自分の国さえ滅ぼした。もう、何処へも帰れない。
それでも、あたしは生きるの?」
女の体は震えていた。
華奢で脆く、か弱い、守るべき女だと、男はいっそう愛おしく思った。
「それでもだ。国が滅んでも、人は生きていける。滅ぼすことで、お前は古い因習にがんじがらめになっていた国と人を救ったんだ。もう、いいんだ」
女の体を支えていたむきだしの腕に、温かな雫がこぼれた。
最初は一粒。
それから、何度も、何度も、熱い涙がこぼれるのを、男は感じた。
復讐を誓ってから、女が流す初めての涙だった。
「夜明けが初めに生まれた国は滅び去ったが、夜明けとともに生まれた地は、これからも永遠に続くだろう。もう二度と、餓えて死んだりする人間がいないように――」
ようやく声をあげて泣いた女を、男は抱きしめたまま放さなかった。
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