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二章
1話
しおりを挟む戦闘が好きになる。それの自覚へ対する恐ろしさ。そんなものが、思春期が混ざった俺の幼心へ沸き起こり始めた頃だった。月日は過ぎて、俺は五歳になってた。
「よし、ちょっと旅に出るよ。まあ、往復で六日ぐらいなもんさ」
その日の朝、母ライカは唐突に言った。
「今から? 何処へ行くの?」
「ああ。そろそろ森で魔物狩りするのには飽きたろ? アタシは飽きた。だから、この近くで一番デカい町、ズートリヒへ行くよ。そこには冒険者ギルドがあってね。あんたらの登録ぐらいは済ませておこうと思ってさ」
「俺、まだ五歳だよ」
「年齢制限の話かい? 一応ヒトの身体が発育し切るとされている、十六歳からが望ましいってことになってるけど、飽くまで望ましいだからね。適正試験に合格したり、五つ星以上の冒険者からの推薦があれば、年齢は関係ないよ」
「そうか、母さんは七つ星だから……」
「そう、権限は活用しないとね。親バカの本領発揮だよ」
改めて思うけど、母さんって、自他共に認める清々しいまでの親バカだよな。前世の感覚で言うと、親のコネだけで進学とか就職みたいなもんだろう。
その後、支度として、保存の利く食料、旅用の頑丈な靴に風よけのマントなんかを用意した。とは言っても、それらは前の晩に母が既に準備していてくれていたらしく、俺はそれらを身につけるだけだった。
村を出る前に、村長の家へ寄ることになった。目的はアディも一緒に連れて行く為だ。
「お前はいつも急だな」
村長は、俺達親子を見るなり、そう言った。この出立で察したらしい。旅に出るって丸分かりなのだろう。
「これから南のズートリヒへ行くよ。アディも連れて行ってやろうと思ってね。いいだろ?」
母さんの、この前置きもなく切り出す感じ、好き。
「ズートリヒか。差し詰め、リデルとアディの冒険者登録をするつもりなのだろ?」
「当たり!」
躊躇いもなく即答する母に、村長は苦い顔で一つ溜息を吐いた。
「気が早いと思うが、それがライカだからな。しょうがない。アディ、と言うことなんだが」
アディは、レオナルド村長の陰からひょこりと顔を出した。そこにいたのか。俺達相手なんだから隠れる必要ないのに。
「うん。アディ、行く。リデルとライカ姐さんと旅したい」
アディの表情は相変わらず乏しかったけど、口調は軽やかだった。きっと嬉しいんだろう。なんだか、彼女の感情が読めるようになってきた、と思う。
「うんうん。可愛い子には旅させろってね」
母ライカはすかさずアディの頭をガシガシ撫でた。
「無理はさせるなよ。まだ、噂レベルの話でお前の耳には入れてなかったが、南西のヴァルノス帝国との国境付近で、眷属が目撃されたらしいからな」
それを聞いて、母の眼が鋭くなった。
「眷属だって? ってことは……」
「ああ、中級以上の魔族がその近くにいる可能性もある。飽くまで、出所の分からない噂レベルの話だがな」
「うぅん。楽しい物見遊山の旅にしようと思ってたんだけどね……」
「あの、眷属ってなに?」
大人達の会話に置いてけぼりにされていた。勉強不足だから眷属が何か知らないし。
「眷属は魔族に付き従う魔物。体の強さも、魔力も、知能も、通常の魔物より高いものが多い」
アディが教えてくれた。さすが、博識。
「眷属を使役するには、高い魔力と知能が必要でね。中級以上の魔族でないと、それが出来ないのさ」
中級魔族ってことは、当然下級もいれば、上級もいるってことだよな。最近、体術の鍛錬ばかりで本もロクに読んでなかったから、知識の足りなさがヤバい。
「中級魔族ぐらいなら、ライカ姐さんなら、一撃」
「うん、まあ、アディの言う通りなんだけどね。でも、中級相手に丸腰は少しキツいかな。レオナルド、預けてた装備品貰ってくよ。噂レベルの話でも、用心に越したことはない。子供二人もいるからね」
「それが、賢明だな。よし、武器庫へ案内してやる」
武器庫? そんなものこの家にあったのか。なんて疑問を抱いていると、レオナルド村長は天井から吊り下がったランタンの一つの元へ歩き、それをグイグイと二度引っ張った。すると、そばにあった大きな棚の背後でカチリと音が鳴った。
「貴重なものがあるから、これぐらい厳重でいい」
村長が棚を引くと戸が開くように簡単に動いた。そこにあったのは、床にデンと腰を据えたように威風を放つ金属製の板、いや、扉だ。取っ手と鍵穴がある。
村長は、懐から鍵を取り出すと鍵穴に差し回し、床の扉を引き上げるように開いた。腰の入り方を見ると、かなり重そうだ。
現れたのは地下へと続く階段だった。
「相変わらずだ。いいね、秘密の武器庫って感じで。冒険者心をくすぐられるよ」
母ライカは、真っ先に階段を下りて行った。母さんの言うことは共感する。RPGでこんなの見付けたらワクワクするもんな。確実にレアアイテムがある。
母の後を行く。更にその後ろを村長とアディが下りて来た。結構長めの階段で先の方に明かりが届かなかった。
「アディ、頼む」
「粒々発光体」
そんな親子のやり取りが聞こえたすぐ後、光の粒が幾つか降りて来た。暗がりを照らすアディの魔法だ。小さい発光体だが、一つ一つの光度は意外と強い。地下武器庫の全容が見て取れた。
「レオナルド、またコレクションが増えたんじゃないかい?」
武器庫を見回しながら、母が言う。天井が高く、かなり広い空間だった。上の家の建築面積と大して変わらない。そこへ、剣、槍、弓矢等の各種武器、フルプレートから皮鎧等の防具類、それ以外にも、無駄に装飾された調度品や、力を秘めてそうな鉱石なんかもあった。村人全員に武器と防具を配っても余りあるだろう。しかも、ちゃんと整理整頓され掃除も行き届いている。埃が欠片もない。
「いざという時の備えもある。魔物の群れや、隣国の軍隊が攻めて来たら、この辺境の村は、自衛をしなければならないからな」
村長が愛おしそうな眼をしながら武具に触れて回る。確かに備えもだろうけど、この人自身が好きで揃えたって言うのが一番の理由なんだろう。
「ライカの装備品は貴重品だ。そこへ丁重に飾ってある」
レオナルド村長がニヤリとして指差した。そこには、壁へ絵画のように飾られた紫色の軽鎧と、銀色の刃で柄に金色の装飾が施された十文字槍があった。他の物と隔絶された空間を作り出しているような、そんな異彩を放っている。
「バカかい? あんたは。こんな保管の仕方してたら、これが特別なもんだって丸分かりだろ。まあ、武具好きのレオナルドらしいっちゃ、らしいね」
母が呆れた笑いを浮かべながら、その装備品に手を触れた。
「だけど、ありがとね。ちゃんと磨きが入ってる」
母さんの眼が遠くを見詰めているようだった。きっとそれと共にあった思い出を脳裡へ写しているんだろう。
「おっと、ついつい懐かしさが込み上げて来ちゃったよ。リデル、見てな。こいつ、ちょっと面白いんだよ」
母は軽鎧を手に取った。肩当て、胸当て、籠手、腰当て、膝当て、脛当て、靴。纏う動作は慣れた手付きで素早い。だけど、サイズが合っていないような。どの部位もブカブカだ。
「これは滅紫の鎧。雷合金て言って、雷を魔法で結晶化したものと、鋼を混ぜ込んだ金属で出来ているのさ。こいつは柔軟で軽い上に頑丈。あと、最大の特徴は、これに雷を通すと……」
母は一度雷を全身に走らせた。バチバチと電撃が唸ると共に、滅紫の鎧が母さんの体にピタリと吸い付いた。雷を通すことでジャストサイズになるのか。
「それって、形状記憶……」
形状記憶合金って言おうとして止めた。明らかに前世にあって、今世になさそうなものだからだ。
「お、天才リデル。難しい言葉を知ってるね。でも、これは形状記憶より、形状操作に近いのかな。身に付ける者の意識やイメージによって形が変わるからね。今は軽鎧の形状してるけど、大甲冑にだってなる。雷合金は雷を通せば、増殖もすれば減少もする。それをこの鎧に組み込まれた魔法式によって、形状を制御してるのさ」
良かった。この世界にも形状記憶って言葉があるのか。それより、面白い特性の鎧だ。電撃を操るオニ族とも相性が良い。いや、雷を通さなきゃ、これはただの頑丈な鎧だ。ってことは……。
「ねえ、母さん。これってオニ族の装備なの?」
「気付いたね。その通りさ。この滅紫の鎧は、オニ族の中でもツワモノのみに受け継がれる。そして、この槍もね」
母ライカは十文字槍を手に取った。長さは母の身長と同じくらいだ。三又の刃の輝きを見るだけで、秘められた殺傷能力に震えそうだ。
「これは人間無骨って槍さ。人間。この世のそのものを。無骨。骨がないかのように叩き斬る。そんな大袈裟な力を秘めている。これも雷合金で作られているけど、雷結晶の割合が多い。雷を通せば、まるで雷そのものを握ってるような感覚になるよ。少し、制御が難しいんだけどね」
「七つ星冒険者に相応しい武器だな。ライカはこいつで、どデカい竜を狩ったこともある」
「それ、昔の勇者冒険譚に出て来る。ロクロウって名前の東の英雄が振るってた槍。ロクロウは一人で魔王軍の半分を討ち取った大豪傑」
アディの声が珍しく上擦っていた。
「アディはなんでも知ってるね。そう、これはその実物。ロクロウも実在したオニ族の戦士さ。まあ、魔王軍の半分を倒したっていうのは、少し盛られてるかもしれないけどね」
「ほへぇ~」
俺の口から無意識に間抜けな驚きが漏れていた。つまりこの人間無骨は、伝説級の武器ってことじゃないか。そんなの、人生のこんなに早い段階で見て良いのか。しかも、それを振るって竜も倒したって、母さんは俺が想像しているより大人物なのかもしれない。
「まあ、楽しい武器さ。こいつも雷を通すと……」
槍へバチリと電撃が一つ走る。すると、厳つい人間無骨が一瞬で三十センチほどの長さに縮んだ。母さんはそれを腰裏へ差す。見ると、この槍の為に誂えたような鞘がぶら下がっていた。
「伸縮自在ってね。リデルもそのうちこいつの遊び方を学ぶことになるよ」
「え、うん」
そう言えば、さっきこの武器と防具は受け継がれるって言ってたな。ってことは、俺が将来この伝説級の武器を……。
(実話だ)
突然、頭の中に闇神の声が響いた。毎度毎度、脈絡なく出て来るからビックリするんだよな。
(な、何が?)
(その槍で魔王軍の半分を屠った話、実話だ。励めよ。人類若きには過ぎた武器だが、それでこそお前に相応しいのだからな)
それだけ言うと、闇神の声が聞こえなくなった。問いかけても応えてくれない。
アディが言ってた勇者冒険譚、闇神は実話だと知っている。いや、あの感じはその眼で実際見ている。改めて思うけど、闇神って何者なんだ? 文献にも出てこないし、母に教えてもらおうにも触れるのも怖いし。
「そんじゃ、アタシの装備品も受け取ったし、軽く旅支度して出発するよ」
「待て。冒険者ギルドへ行くのなら、こいつも必要だろ」
村長が、何かを放り投げた。母さんはそれを受け取り、目を落とした。
「こいつダサくて、アタシあんまり好きじゃないんだけど」
それは鎖紐が通された金属製のエンブレムだった。六つの星が六角形に並び、その中心にもう一つ星が配されている。
「七つ星冒険者の証だぞ。それを見れば貴族ですら道を開ける」
「まあ、この子達を推薦するのに必要か」
母は面倒臭そうにそれを懐へしまった。母さんらしい。そんな物に興味はないんだろう。強者の証だったら、滅紫の鎧と人間無骨の方がよっぽどその役目を担っている。
その後、俺とアディへ子供用の防具を充てがわれた。胸、前腕、脛を部分的に守る程度の皮製の防具。これは以前から森へ入る時に身に付けていた。それに加えて、その下に薄く軽い鎖帷子のようなものを着せられた。テツゲザルの毛を織って作られたらしい。新しいものを身に付けて出掛けるワクワク感が胸にあった。前世の俺って、これ感じたことあったっけ? 中々思い出せない。
「ありがとね。餞別まで頂いて」
「それで、子供らに栄養のあるものを食わせるんだぞ。寄り道はするなよ。疲れたらすぐに休ませろ。それから……」
「よし! リデル、アディ、冒険に出発だ!」
よく晴れていた。小鳥がさえずり、心地よい風が吹いていた。母は、村長のアドバイス兼小言を背に受けながら歩き出した。俺もアディも歩き出す。振り返ると、村長は苦笑いをしながら見送ってくれていた。
初めての旅、初めての冒険だ。胸が躍らないはずがない。
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