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四章
3話
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廻冥の主討伐へは、即時向かうことになった。
エイラの話によると、廻冥の主は核となる魔物に取り憑いたとしても、形を維持するのに莫大な魔力を消費し続けるらしい。それを補う為に周囲の魔物や獣を喰らう。それは無尽蔵と言ってもいいほどの食欲なのだそうだ。だが、その食欲が進撃する速度を鈍らせる。大賢者の計算によると、廻冥の主が生まれた森の中央部からシュバルツ村へ到達するまで早くて六日。とは言え、主が生まれてから一日は経過しているだろうから猶予は五日。更に村への影響を避ける為に森の深部で決着を付けたい。って考えると即刻だった。
食料など最低限の物資をエイラの空魔法で空間の狭間へ詰め込んで、俺とアディとエイラの三人の討伐隊は村を出発した。村長レオナルドも一緒に行くと言ったが、それだともしもの時要がいなくなってしまうから村を守護するようにと、エイラの大賢者命令で村に残ってもらった。
「アディちゃん、その杖良さそ?」
エイラは、森の木々の根の合間を軽やかに歩きながら、おかっぱボブの弟子にそう聞いた。
「うん、お師匠。この杖持ってると頭がスッとする。魔力も廻る気がする」
アディは自分の背丈ほどの杖をブンブン振りながら答えた。彼女なりにはしゃいでいるのか、魔法使いならではの儀式なのか俺には分からない。でも、危ないよぉ、アディ。隣を歩く俺の耳元がヒュンてなったよ。
「良かった。本当は魔法使いの杖って、体が発育し切ってから作るのがベストなんだけど、今は緊急だしね。アディちゃんが大きくなったらまた作って上げるよ」
エイラの話によると、アディが今持っている杖はついさっき作ったものらしい。霊木と呼ばれる魔力の高い木の枝を削り、先端に碧色の宝石を嵌め込んだものだ。その宝石は風翠玉と言って、風の属性体が高密度で含まれていて、持つ者に風の加護を与える有難いものだ。それにしても、加護ってどんな性質なんだろ? 性格とかにも影響するのか、アディの顔付きが変わった気がする。
「それにしても、静かな森だねぇ。これだけ静かだと、色々捗っちゃうよ。うん……」
エイラの目付きが突如変わった。森の奥を鋭く見ている。
「……二人とも、対敵準備。向こうも気付いたみたいだね。この場で迎え討つよ」
「ちょ、ちょっと、待って。いきなりそんなこと言われても」
大賢者は色々分かり過ぎる。索敵範囲だって桁違いなんだろう。
「大丈夫。あと五分ぐらいってとこだから、落ち着いて心の準備してね。アディちゃん、私とアディちゃん自身に対雷付与。いける?」
アディがコクリと頷き、杖を自身の前に立てて両手で握った。
「対雷付与」
その言霊と共に、エイラとアディの身体が一瞬黄色い光で覆われた。
「うん、完璧。リデルちゃん。私とアディちゃんにはしばらく雷効かないから、合図したらド派手にビリビリやっちゃって」
「ド派手にか……」
俺は思い出した。母ライカに教えてもらった唯一の広範囲技。あれがいい。
「うん。いい技があるんだ。やってみるよ」
「そか。んじゃ、私は儀式に入ろうかな。あれ、久しぶりに使うから慣らしとかないと」
そう言うと、エイラは一本の木の根本へ胡座をかいた。そして、目を閉じて右手で大賢者の証である木杖を地面へ立てた。杖の石突がコツンと響く。途端に周囲の空気がピシリと音を立てた気がした。
「なんだ……この気配」
人間でも獣でも魔物でもない。分からない。でも、確実に何かが集まって来ている。
「アディ、エイラさんの言ってた儀式って何?」
俺の声はヒソヒソと自然に小さくなっていた。
「儀式は、魔法の効力を高める為の所作みたいなもの。言霊を唱えたり、魔法式を何かに描き出す行為も儀式に当たる。お師匠のあれは精霊を呼び寄せる為の儀式だと思う。アディも初めて見る」
アディの口調がいつもより早い。その大きな目もエイラに釘付けになっているし、若干興奮しているのかもしれない。
「精霊って、確か意識を持った属性体だっけ。じゃあ、この気配って精霊?」
「そう。そして、お師匠がこれから使おうとしているのは、精霊魔法」
精霊魔法。それは俺も本で読んだ記憶がある。精霊を使役して、様々な事象を起こす。その効力は通常の魔法より強力であるが、意志ある精霊の扱いは難しく卓越した魔法使いでもその精度は低い。よって精霊魔法は適正者が最も限られており、最も難度が高い魔法とされている、らしい。
エイラは、杖の石突で地面を叩き続けている。それに加えて、口を窄めてヒュウヒュウと音を立てて呼吸をしていた。それが相まって、独特のリズムの音楽を奏でているようにも聴こえた。
「お師匠は、世界で二番目の精霊魔法の使い手。更にはその上位の神霊魔法も使える数少ない魔法使い」
神霊魔法。その言葉に俺の魂に宿る闇神が蠢いた気がした。そんな魔法初めて聞く。俺の勉強不足かもしれないけど。
「改めて思うけど、エイラさんって本当にすごい魔法使いなんだね。普段はあれだけど」
「リデル、お師匠の二つ名を教えてもらったことある?」
「そう言えば、他の大賢者にはそんなのあったね。エイラさんにも当然あるのか。なんだろう? お散歩大変態とか」
アディが無味な目を向けて来る。下手に睨まれるより怖い。やばい。ふざける場面じゃなかった。
「遊歴の大災厄。お師匠は魔法で天変地異だって起こせるから、そう呼ばれた」
「大……災厄……」
酷く物騒な二つ名だ。極悪な魔物すら連想させる。少しおかしいと思っていた。エイラの性格なら、大賢者に付けられた二つ名も自慢気に吹聴しているはずなのにって。
「よし、こんなとこでいいかな」
エイラが目を開け立ち上がった。
「お師匠、もういい?」
「うん。中々頼もしい精霊達が集まって来てくれたからね。それより二人とも、聞こえてるんだからね」
エイラは両手を腰に当て頬を膨らました。いかにもな怒りの表現だけど、後ろめたさを感じてる俺とアディは大賢者の前で気をつけの姿勢になってた。
「まず、アディちゃん。私の二つ名はあまり教えないでって言ったでしょ。こんなに可憐でカワイイ美少女が大災厄だなんて、まったくどこのこん畜生が言い出したんだか」
「ごめんなさい、お師匠」
「美……少女?」
「それとリデルちゃん! 何、お散歩大変態って! 的を射てなくもないけど、もっともっと私のカワイさを表現して!」
エイラが地団駄を踏んで怒っている。きっと、過去にその二つ名で何か嫌な思いをしたんだろうな。それにしても、お散歩大変態が的を射てるって本人も認めるのか……。
「二人に罰として、リデルちゃんスリスリの刑!」
素早くエイラがガバリと俺を抱きしめて頬と頬を擦り合わせて来る。戸惑う暇なんてなかった。なんだ、この無駄と隙のない動きは。避けれなかった。
「これって、俺だけじゃ……」
アディを見遣る。おかっぱボブっ子が奥歯を噛み締めてグヌヌヌって表情してた。
「お師匠……なんて罰を……」
違うよ、アディ。いつも通り、ライカ姐さんに言い付けるって止めていいんだよ。
「えへへ、リデルちゃんスベスベ……癒されるぅ。っと、そろそろご到着かな」
俺はエイラのスリスリの刑から解放された。きっと、敵が近くまでやって来ているのを感じ取ったんだろう。
「リデルちゃん。やろうと思ってる技、効果範囲はどれくらい?」
「えっと、今の俺なら半径三十メートルくらいかな」
「オッケー、ならあと三十秒後ぐらいかな。多分、最初は目視出来ないだろうから、私が合図したらやっちゃって」
「うん、分かった」
って答えたけど、見えないのか。今更だけど、やって来る敵ってどんな奴らなんだ。今までこの森で見たことのないものであることだけは確かだ。
「……周囲の魔力の流れ、変わった」
アディがボソリと口にする。それは俺も感じ取った。目視出来る敵だったら、木々の隙間にチラチラと姿を覗かせているのだろう。俺は深く呼吸をして肚に魔力の渦を練った。この技は長いタメが必要だけど、これだけ準備の時間があれば充分だ。いつでも来い。魔力出力がものを言うこの技、結構得意なんだ。
「リデルちゃん、五秒前。四、三、二、一、今ぁ!」
エイラの合図と共に、俺は己の内で練り上げた魔力を雷に変え両腕を広げた。
「轟雷天!」
俺は叫びながら、全身から雷を放出した。瞬きを置き去りにする速度で稲妻の暴威が拡がる。それは俺を核とするドーム状の閃光だ。歪みを帯びた雷鳴が幾重にも耳を劈く。
雷撃で炭化していく森の木々の狭間で、何十体もの黒い影がもがき苦しんでいた。その形は四足歩行の獣だった。これが敵か。
轟雷天の猛りが止む。エイラとアディは無事か? 目を遣ると二人とも既に杖を構えていた。目を閉じ集中して魔法の発動体制に入っているんだ。アディの対雷付与はかなり強固みたいだ。あれだけの雷撃を至近距離で浴びているのに何事もなかったかのようだ。
黒い獣がまだ蠢いているのが分かった。俺の雷撃もまだまだなのもあるだろうけど、こいつらの耐久力も半端じゃない。
「千空弾」
アディが追撃の魔法を繰り出す。無数の風の弾丸だ。それは、彼女の持つ杖の先の風翠玉から放出され、黒い獣達の体を貫いていった。威力も高いし、その精度も高い。急所と思われる頭や胸を正確に捉えている。アディも間違いなく強くなっている。
だけど、黒い獣は数も多いのに加えて素早く狡猾だ。アディの風の弾丸を、味方を盾にして掻い潜る個体もいる。
「ごめん、リデルちゃん。久しぶりだからも少し時間かかりそう」
エイラの声が飛ぶ。精霊魔法って発動も大変なのか。なら、戦士である俺が時間を稼がなきゃだよな。それが常道ってやつだ。
俺は背負っていた双穂槍弐禍喰を手に取った。魔力を槍の柄に通して両端の石から雷の刃を成した。あの黒い獣は、今まで相手にしてきた魔物達の中でも最も強い部類だろう。今の俺でどこまでこれを通用させられるか。実戦不足である前に、自分の中で弐禍喰の使い方も見えていない。
「考えるより、動け……」
俺は記憶のどこかにあったその言葉を口にすると、地を蹴り駆けていた。今この死地で見出すしかない。
黒い獣の牙が首元と足首に迫っていた。上下二体同時攻撃。俺は短く跳んで足元の獣の頭を踏み付けると同時に、首元へ迫った獣の下顎へ槍を突き刺した。更に引き抜く勢いを乗せて足元の獣へ反対の刃を突き刺す。手応えで分かる。弐禍喰の刃の斬れ味は凄まじい。二体の絶命を感じると、俺はすぐさま駆けた。動け。止まっていたら、狡猾なこいつらに複数同時攻撃される。
「アディ! 対雷付与の効果は、あとどれぐらい?」
「大丈夫。全然余裕ある」
俺のあの技はまだ完璧じゃないんだ。周囲に雷撃を撒き散らしてしまう。でも、アディのお陰で気にしなくていい。
「魔装・雷式」
俺は走りながら魔技で雷の鎧を纏う。これなら多少防御は気にしなくていいし、雷が俺の神経を刺激して速度も上がる。超速の活動電位だ。
今度は黒い獣の牙が前後から襲いかかった。だが、それにズレがある。捉えきれていないんだ。雷式を纏った俺の方が速い。
「劈車」
俺は、弐禍喰の柄の中部を握り体を丸め空を回った。雷の車輪だ。母からは雷式を纏った状態だけのものを教わったが、双穂槍をこうして使うのは俺のアレンジだ。回転する視野の中で、黒の獣達が雷の刃で裂かれるのが見えた。
間断なく黒い獣の牙が襲いかかった。俺はただそれを躱し、雷の刃で獣の肉体を貫き斬り続けた。アディの空弾の援護もあってそれを成し得ている。何体いるんだ? 数を数える暇なんて当然ない。今はこいつらを引き付けて一体でも数を減らすことだけしか考えられない。
「お待たせ。リデルちゃん、アディちゃん。いくよー。精霊達の謝肉祭」
周囲の空間がキラキラ閃いた。耳の奥にハハハッと笑い声に似た音が響いて来る。かと思っていると、全ての黒い獣がもがき苦しみ出していた。その体に透明な腕のようなものが巻き付いたように見えた瞬間だった。ある獣は燃え、ある獣は凍り、ある獣は切り裂かれ、ある獣は土塊となり、ある獣は雷に痺れた。そうして絶命した獣達の死骸を空間に出現した口のような穴が次々と吸い込んでいく。
「これが精霊魔法……すごいけど、怖い」
俺は無意識に口に出していた。これは、精霊達の楽しい食事、宴なんだ。
「うんうん。みんないい子」
そんな光景を大賢者エイラは嬉々として眺めていた。いつもの天真爛漫な彼女がよく見せる表情だ。好物の塩漬けハムを棚で見付けた時と、晴れた空に浮かぶ白い雲を見上げて散歩する時と同じ顔だ。なのに俺は、エイラのことを初めて怖いと感じてしまった。
「お師匠、意地悪。わざと魔法の発動遅らせた」
黒い獣が全て消え精霊達の宴も終わった後、アディがエイラに詰め寄った。
「ごめんごめん。リデルちゃんとアディちゃんがどこまで出来るか見たくってさ。でも、二人ともすごいね。あれと闘うのも初めてだし、そもそも実戦経験が少ないのにあそこまで順応出来ちゃうなんてさ。さすが、天才コンビ」
などと言いながら、エイラは俺に手をかざした。暖かい光に包まれる。回復魔法だ。今気付いたが、体中に小さな傷を負っていたんだ。活動に支障をきたすような深い傷はないけど、あの黒い獣達の牙が魔装を貫いていたってことだ。
「エイラさん。あの黒い獣ってただの魔物じゃないよね?」
「そだね。あれは廻冥の主の分体だよ。あいつは森中にあれを飛ばして斥候みたいに使っているんだ」
「じゃあ、廻冥の主本体に、俺達の存在も気付かれたかもしれないってことだよね」
「うん。でも、まあ、これで探索する手間も省けて良かったんじゃない。本体の奴は間違えなく私ら目がけてやって来るからね。魔力の高い人間はご馳走だろうし」
「ご馳走か……精霊と廻冥の主の大食い対決ってことか」
「お、リデルちゃん。うまいこと言う」
エイラはそう言ってニカっと笑った。大賢者は器がデカいのか、脳天気な変人のか。今の俺じゃ測り切れないな。でも、前者だって信じたい。
エイラの話によると、廻冥の主は核となる魔物に取り憑いたとしても、形を維持するのに莫大な魔力を消費し続けるらしい。それを補う為に周囲の魔物や獣を喰らう。それは無尽蔵と言ってもいいほどの食欲なのだそうだ。だが、その食欲が進撃する速度を鈍らせる。大賢者の計算によると、廻冥の主が生まれた森の中央部からシュバルツ村へ到達するまで早くて六日。とは言え、主が生まれてから一日は経過しているだろうから猶予は五日。更に村への影響を避ける為に森の深部で決着を付けたい。って考えると即刻だった。
食料など最低限の物資をエイラの空魔法で空間の狭間へ詰め込んで、俺とアディとエイラの三人の討伐隊は村を出発した。村長レオナルドも一緒に行くと言ったが、それだともしもの時要がいなくなってしまうから村を守護するようにと、エイラの大賢者命令で村に残ってもらった。
「アディちゃん、その杖良さそ?」
エイラは、森の木々の根の合間を軽やかに歩きながら、おかっぱボブの弟子にそう聞いた。
「うん、お師匠。この杖持ってると頭がスッとする。魔力も廻る気がする」
アディは自分の背丈ほどの杖をブンブン振りながら答えた。彼女なりにはしゃいでいるのか、魔法使いならではの儀式なのか俺には分からない。でも、危ないよぉ、アディ。隣を歩く俺の耳元がヒュンてなったよ。
「良かった。本当は魔法使いの杖って、体が発育し切ってから作るのがベストなんだけど、今は緊急だしね。アディちゃんが大きくなったらまた作って上げるよ」
エイラの話によると、アディが今持っている杖はついさっき作ったものらしい。霊木と呼ばれる魔力の高い木の枝を削り、先端に碧色の宝石を嵌め込んだものだ。その宝石は風翠玉と言って、風の属性体が高密度で含まれていて、持つ者に風の加護を与える有難いものだ。それにしても、加護ってどんな性質なんだろ? 性格とかにも影響するのか、アディの顔付きが変わった気がする。
「それにしても、静かな森だねぇ。これだけ静かだと、色々捗っちゃうよ。うん……」
エイラの目付きが突如変わった。森の奥を鋭く見ている。
「……二人とも、対敵準備。向こうも気付いたみたいだね。この場で迎え討つよ」
「ちょ、ちょっと、待って。いきなりそんなこと言われても」
大賢者は色々分かり過ぎる。索敵範囲だって桁違いなんだろう。
「大丈夫。あと五分ぐらいってとこだから、落ち着いて心の準備してね。アディちゃん、私とアディちゃん自身に対雷付与。いける?」
アディがコクリと頷き、杖を自身の前に立てて両手で握った。
「対雷付与」
その言霊と共に、エイラとアディの身体が一瞬黄色い光で覆われた。
「うん、完璧。リデルちゃん。私とアディちゃんにはしばらく雷効かないから、合図したらド派手にビリビリやっちゃって」
「ド派手にか……」
俺は思い出した。母ライカに教えてもらった唯一の広範囲技。あれがいい。
「うん。いい技があるんだ。やってみるよ」
「そか。んじゃ、私は儀式に入ろうかな。あれ、久しぶりに使うから慣らしとかないと」
そう言うと、エイラは一本の木の根本へ胡座をかいた。そして、目を閉じて右手で大賢者の証である木杖を地面へ立てた。杖の石突がコツンと響く。途端に周囲の空気がピシリと音を立てた気がした。
「なんだ……この気配」
人間でも獣でも魔物でもない。分からない。でも、確実に何かが集まって来ている。
「アディ、エイラさんの言ってた儀式って何?」
俺の声はヒソヒソと自然に小さくなっていた。
「儀式は、魔法の効力を高める為の所作みたいなもの。言霊を唱えたり、魔法式を何かに描き出す行為も儀式に当たる。お師匠のあれは精霊を呼び寄せる為の儀式だと思う。アディも初めて見る」
アディの口調がいつもより早い。その大きな目もエイラに釘付けになっているし、若干興奮しているのかもしれない。
「精霊って、確か意識を持った属性体だっけ。じゃあ、この気配って精霊?」
「そう。そして、お師匠がこれから使おうとしているのは、精霊魔法」
精霊魔法。それは俺も本で読んだ記憶がある。精霊を使役して、様々な事象を起こす。その効力は通常の魔法より強力であるが、意志ある精霊の扱いは難しく卓越した魔法使いでもその精度は低い。よって精霊魔法は適正者が最も限られており、最も難度が高い魔法とされている、らしい。
エイラは、杖の石突で地面を叩き続けている。それに加えて、口を窄めてヒュウヒュウと音を立てて呼吸をしていた。それが相まって、独特のリズムの音楽を奏でているようにも聴こえた。
「お師匠は、世界で二番目の精霊魔法の使い手。更にはその上位の神霊魔法も使える数少ない魔法使い」
神霊魔法。その言葉に俺の魂に宿る闇神が蠢いた気がした。そんな魔法初めて聞く。俺の勉強不足かもしれないけど。
「改めて思うけど、エイラさんって本当にすごい魔法使いなんだね。普段はあれだけど」
「リデル、お師匠の二つ名を教えてもらったことある?」
「そう言えば、他の大賢者にはそんなのあったね。エイラさんにも当然あるのか。なんだろう? お散歩大変態とか」
アディが無味な目を向けて来る。下手に睨まれるより怖い。やばい。ふざける場面じゃなかった。
「遊歴の大災厄。お師匠は魔法で天変地異だって起こせるから、そう呼ばれた」
「大……災厄……」
酷く物騒な二つ名だ。極悪な魔物すら連想させる。少しおかしいと思っていた。エイラの性格なら、大賢者に付けられた二つ名も自慢気に吹聴しているはずなのにって。
「よし、こんなとこでいいかな」
エイラが目を開け立ち上がった。
「お師匠、もういい?」
「うん。中々頼もしい精霊達が集まって来てくれたからね。それより二人とも、聞こえてるんだからね」
エイラは両手を腰に当て頬を膨らました。いかにもな怒りの表現だけど、後ろめたさを感じてる俺とアディは大賢者の前で気をつけの姿勢になってた。
「まず、アディちゃん。私の二つ名はあまり教えないでって言ったでしょ。こんなに可憐でカワイイ美少女が大災厄だなんて、まったくどこのこん畜生が言い出したんだか」
「ごめんなさい、お師匠」
「美……少女?」
「それとリデルちゃん! 何、お散歩大変態って! 的を射てなくもないけど、もっともっと私のカワイさを表現して!」
エイラが地団駄を踏んで怒っている。きっと、過去にその二つ名で何か嫌な思いをしたんだろうな。それにしても、お散歩大変態が的を射てるって本人も認めるのか……。
「二人に罰として、リデルちゃんスリスリの刑!」
素早くエイラがガバリと俺を抱きしめて頬と頬を擦り合わせて来る。戸惑う暇なんてなかった。なんだ、この無駄と隙のない動きは。避けれなかった。
「これって、俺だけじゃ……」
アディを見遣る。おかっぱボブっ子が奥歯を噛み締めてグヌヌヌって表情してた。
「お師匠……なんて罰を……」
違うよ、アディ。いつも通り、ライカ姐さんに言い付けるって止めていいんだよ。
「えへへ、リデルちゃんスベスベ……癒されるぅ。っと、そろそろご到着かな」
俺はエイラのスリスリの刑から解放された。きっと、敵が近くまでやって来ているのを感じ取ったんだろう。
「リデルちゃん。やろうと思ってる技、効果範囲はどれくらい?」
「えっと、今の俺なら半径三十メートルくらいかな」
「オッケー、ならあと三十秒後ぐらいかな。多分、最初は目視出来ないだろうから、私が合図したらやっちゃって」
「うん、分かった」
って答えたけど、見えないのか。今更だけど、やって来る敵ってどんな奴らなんだ。今までこの森で見たことのないものであることだけは確かだ。
「……周囲の魔力の流れ、変わった」
アディがボソリと口にする。それは俺も感じ取った。目視出来る敵だったら、木々の隙間にチラチラと姿を覗かせているのだろう。俺は深く呼吸をして肚に魔力の渦を練った。この技は長いタメが必要だけど、これだけ準備の時間があれば充分だ。いつでも来い。魔力出力がものを言うこの技、結構得意なんだ。
「リデルちゃん、五秒前。四、三、二、一、今ぁ!」
エイラの合図と共に、俺は己の内で練り上げた魔力を雷に変え両腕を広げた。
「轟雷天!」
俺は叫びながら、全身から雷を放出した。瞬きを置き去りにする速度で稲妻の暴威が拡がる。それは俺を核とするドーム状の閃光だ。歪みを帯びた雷鳴が幾重にも耳を劈く。
雷撃で炭化していく森の木々の狭間で、何十体もの黒い影がもがき苦しんでいた。その形は四足歩行の獣だった。これが敵か。
轟雷天の猛りが止む。エイラとアディは無事か? 目を遣ると二人とも既に杖を構えていた。目を閉じ集中して魔法の発動体制に入っているんだ。アディの対雷付与はかなり強固みたいだ。あれだけの雷撃を至近距離で浴びているのに何事もなかったかのようだ。
黒い獣がまだ蠢いているのが分かった。俺の雷撃もまだまだなのもあるだろうけど、こいつらの耐久力も半端じゃない。
「千空弾」
アディが追撃の魔法を繰り出す。無数の風の弾丸だ。それは、彼女の持つ杖の先の風翠玉から放出され、黒い獣達の体を貫いていった。威力も高いし、その精度も高い。急所と思われる頭や胸を正確に捉えている。アディも間違いなく強くなっている。
だけど、黒い獣は数も多いのに加えて素早く狡猾だ。アディの風の弾丸を、味方を盾にして掻い潜る個体もいる。
「ごめん、リデルちゃん。久しぶりだからも少し時間かかりそう」
エイラの声が飛ぶ。精霊魔法って発動も大変なのか。なら、戦士である俺が時間を稼がなきゃだよな。それが常道ってやつだ。
俺は背負っていた双穂槍弐禍喰を手に取った。魔力を槍の柄に通して両端の石から雷の刃を成した。あの黒い獣は、今まで相手にしてきた魔物達の中でも最も強い部類だろう。今の俺でどこまでこれを通用させられるか。実戦不足である前に、自分の中で弐禍喰の使い方も見えていない。
「考えるより、動け……」
俺は記憶のどこかにあったその言葉を口にすると、地を蹴り駆けていた。今この死地で見出すしかない。
黒い獣の牙が首元と足首に迫っていた。上下二体同時攻撃。俺は短く跳んで足元の獣の頭を踏み付けると同時に、首元へ迫った獣の下顎へ槍を突き刺した。更に引き抜く勢いを乗せて足元の獣へ反対の刃を突き刺す。手応えで分かる。弐禍喰の刃の斬れ味は凄まじい。二体の絶命を感じると、俺はすぐさま駆けた。動け。止まっていたら、狡猾なこいつらに複数同時攻撃される。
「アディ! 対雷付与の効果は、あとどれぐらい?」
「大丈夫。全然余裕ある」
俺のあの技はまだ完璧じゃないんだ。周囲に雷撃を撒き散らしてしまう。でも、アディのお陰で気にしなくていい。
「魔装・雷式」
俺は走りながら魔技で雷の鎧を纏う。これなら多少防御は気にしなくていいし、雷が俺の神経を刺激して速度も上がる。超速の活動電位だ。
今度は黒い獣の牙が前後から襲いかかった。だが、それにズレがある。捉えきれていないんだ。雷式を纏った俺の方が速い。
「劈車」
俺は、弐禍喰の柄の中部を握り体を丸め空を回った。雷の車輪だ。母からは雷式を纏った状態だけのものを教わったが、双穂槍をこうして使うのは俺のアレンジだ。回転する視野の中で、黒の獣達が雷の刃で裂かれるのが見えた。
間断なく黒い獣の牙が襲いかかった。俺はただそれを躱し、雷の刃で獣の肉体を貫き斬り続けた。アディの空弾の援護もあってそれを成し得ている。何体いるんだ? 数を数える暇なんて当然ない。今はこいつらを引き付けて一体でも数を減らすことだけしか考えられない。
「お待たせ。リデルちゃん、アディちゃん。いくよー。精霊達の謝肉祭」
周囲の空間がキラキラ閃いた。耳の奥にハハハッと笑い声に似た音が響いて来る。かと思っていると、全ての黒い獣がもがき苦しみ出していた。その体に透明な腕のようなものが巻き付いたように見えた瞬間だった。ある獣は燃え、ある獣は凍り、ある獣は切り裂かれ、ある獣は土塊となり、ある獣は雷に痺れた。そうして絶命した獣達の死骸を空間に出現した口のような穴が次々と吸い込んでいく。
「これが精霊魔法……すごいけど、怖い」
俺は無意識に口に出していた。これは、精霊達の楽しい食事、宴なんだ。
「うんうん。みんないい子」
そんな光景を大賢者エイラは嬉々として眺めていた。いつもの天真爛漫な彼女がよく見せる表情だ。好物の塩漬けハムを棚で見付けた時と、晴れた空に浮かぶ白い雲を見上げて散歩する時と同じ顔だ。なのに俺は、エイラのことを初めて怖いと感じてしまった。
「お師匠、意地悪。わざと魔法の発動遅らせた」
黒い獣が全て消え精霊達の宴も終わった後、アディがエイラに詰め寄った。
「ごめんごめん。リデルちゃんとアディちゃんがどこまで出来るか見たくってさ。でも、二人ともすごいね。あれと闘うのも初めてだし、そもそも実戦経験が少ないのにあそこまで順応出来ちゃうなんてさ。さすが、天才コンビ」
などと言いながら、エイラは俺に手をかざした。暖かい光に包まれる。回復魔法だ。今気付いたが、体中に小さな傷を負っていたんだ。活動に支障をきたすような深い傷はないけど、あの黒い獣達の牙が魔装を貫いていたってことだ。
「エイラさん。あの黒い獣ってただの魔物じゃないよね?」
「そだね。あれは廻冥の主の分体だよ。あいつは森中にあれを飛ばして斥候みたいに使っているんだ」
「じゃあ、廻冥の主本体に、俺達の存在も気付かれたかもしれないってことだよね」
「うん。でも、まあ、これで探索する手間も省けて良かったんじゃない。本体の奴は間違えなく私ら目がけてやって来るからね。魔力の高い人間はご馳走だろうし」
「ご馳走か……精霊と廻冥の主の大食い対決ってことか」
「お、リデルちゃん。うまいこと言う」
エイラはそう言ってニカっと笑った。大賢者は器がデカいのか、脳天気な変人のか。今の俺じゃ測り切れないな。でも、前者だって信じたい。
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