PURIFICATION

かわたる

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第6章

(2)新たな出逢い

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鈴◯峠
 
鬱蒼うっそうたる樹林の中、苔むした山路の奥深くにひっそりと鎮座する神社・・・辺り一帯を禍々しい穢れた妖気が包み込んでいる異様な空間。

薄靄うすもやが立ちこめる境内は滝の水音が微かに聞こえて来る。暗く赤さびた血の色を思わせる鳥居を潜り、石階段を上ると古びた石灯籠がある。

其の先の今にも崩れそうな石段を更に登りきった小高い場所にひっそりと佇む古びた御社。其の脇にある異様な妖気を放つ大磐の前に巨大な鬼のシルエットが浮かび上がる・・・


朋友たちの高校では始業式が始まろうとしていた。新しいクラスの名簿順に整列するように指示を受けた生徒たちが口々に話をしながらクラス毎に列を成す。心が波立つ生徒たちの熱気で充満している体育館内は、新学期の初日から五月蝿うるさい場所へと変化していた。
 
「朋友先生、小中、そして、高校でも3年連続の最前列おめでとう!」
 
「うっせぇーよ」
 
「やっぱ、朝日は一番前で輝いて貰わないと!」
 
朋友を揶揄いながらも笑顔と諧謔かいぎゃくの調子で軽くいなす松島の態度に称揚しょうようしながら、朝日じゃなくて夕日って名字でも良かったけど・・・と心の中で呟く朋友は、朝日という名字であるが故に小学校のときからいつもクラスの最前列のポジションなのである。

「生徒の皆さん、静粛に、静かにしましょう!それでは始業式をはじめます。はじめに校歌斉唱」

マイクスタンドの前に立つ教頭の司会進行により始まる始業式。
 
校歌斉唱の後は、お決まりの校長先生からの挨拶があって、いよいよ生徒たちが待ち望んでいた担任の発表になった。

そわそわする生徒たちの想いと僅かな話し声が膨れ上がり瞬く間に騒がしくなった館内ではあったものの、教頭がマイクスタンドの前に立って担任を発表しようとすると皆が申し合わせたように口を閉ざし、一瞬にして静まり返った。

      
「みなさん、それでは3年生から発表します。1組、田村先生」

パイプ椅子に腰を下ろしていた教師たちの中から男性教師の田村が名前を呼ばれ立ち上がると、女子生徒たちから歓喜の声が上がり館内に響き渡った。

其れもその筈、田村は女子なら誰もが魅了されそうになるスタイル抜群のイケメンであり、端正な顔立ちと爽やかな笑顔は見る者の心を奪う颯爽とした出で立ちである。

口々に騒ぎ出す女子生徒たちの声色を遮るように、教頭の濁声が館内の床に響く。

「みなさん、お静かに!静粛に!続きまして、3年2組、生駒先生」

同じく立ち上がり生徒たちの列の前へ歩みを進める生駒を見つめる生徒たちは田村の時とは大違い。悔しさを表情に出しながら溜め息をつくもの、自身の不運に悲歎ひたんして項垂れるもの、同情するもの、館内は生徒たちの様々な想いを乗せたブーイングの雨霰あめあられ・・・

そんな声をもろともせずに超然ちょうぜんとしているばかりではなく、寧ろ喜んでいるかのような笑みを浮かべて胸を張る生駒は、何処までも図太い神経の持ち主であり、ある意味では手本となる教師なのである。

「はい、静粛に!続きまして、3年3組、雨音あまね先生」

その場に立ち上がり軽やかな足取りで歩みを進める雨音。絢爛けんらんたる面貌めんぼうにスラリと伸びた美脚。

妖艶で色気のある立ち振る舞いの雨音の姿に魅き込まれるように一瞬の静寂があったかと思うと、今度は男子生徒たちの嵐のような歓声が館内に響き渡った。

男子生徒たちによる満場の喝采を受ける雨音は、艶然えんぜんと微笑み、全身から溢れる色気を撒き散らしてゆく。あまりの美貌に『唾を飲む』という経験をはじめてする男子生徒もいた。

男子たちの熱い視線を浴びながら最前列の朋友に向かって歩みを進める雨音は朋友の目の前で立ち止まる。

「よろしくね!」

蠱惑こわくするような眼差しで朋友を見つめて艶やかな声で話し掛ける雨音に対して「は、はい」と照れながら答える朋友。

その様子を一目見ようと前のめりになる松島ら後列の男子生徒たち。

「馬鹿じゃないの!」

「何、デレデレしてんのよ!」

色香に惑わされたかのように雨音へ視線を注ぐ男子生徒たちを見て、口々に非難する女子たち・・・

館内のボルテージとともに気の上がる教師や生徒たちの人体からは、想いを乗せた汚穢塗れな気が放たれるあまり熱気に満ちた館内の澱みは増す。

その変化を余すこと無く体感している結子は、マスク越しであっても浅く静かな呼吸をしながら清らかな身を守るために黙って絶え続けていた。

周囲の友人たちに気遣いをさせないようにと苦しい表情を見せることなく、空間の汚れによって迷惑を被っている結子の方が逆に黙って気遣いをする有様である。田村や雨音の容姿に惑わされ翻弄されることもなく、騒がしい体育館内でひとりポーカーフェイスを装っている結子であった。


体育館での始業式が終わり、生徒たちはそれぞれの教室に移動した。朋友のクラスである3年3組の黒板には「雨音艶香あまねつやか」の文字が書かれている。
 
「この度、3組の担任になりました雨音です。みなさんにとっての高校生活、最後の年を一緒に過ごすことになりました。一年間よろしくお願いします」

教壇で生徒たちに改めて挨拶する雨音に興味津々な男子生徒たちが話しかけた。

「先生、質問いいですか?」
 
「どうぞ」
 
「雨音先生は独身ですか?」
 
「何プライベートな質問してんのよ!」

男子生徒からの学業とは無縁な馬鹿げた質問に女子生徒たちから非難の声が上がるのだが・・・
 
「いいわよ、プライベートな質問でも答えてあげるわ!答えは、YES、独身よ!」

男子たちからの質問に対してストレートに返答する雨音の姿とその回答に男子生徒たちが歓喜し、教室内の熱気が上がることに連動して興奮した生徒たちの人体から放たれる気によって室内を満たす汚れの度合いもまた上昇する。

「先生、彼氏はいますか?」
 
「どうでもいい質問でしょ、バカじゃないの!」

女子生徒からの非難の声とは裏腹に「彼氏はいません!」とすかさず即答する雨音の答えに更にボルテージが上がる男子生徒たち・・・
 
そんな中、生徒たちのかしましい声が耳に入っていないかのように、朋友はひとり窓の外を静かに眺めていた。


3年1組ではイケメン教師の田村が転校生を紹介していた。黒板には源昭心みなもとしょうしんと書かれている。

「源君は大阪の高校から転校して来ました。ご実家は御寺だそうです。源君、自己紹介してください。」
 
「源昭心です、よろしくお願いします。」

大阪弁で挨拶する源昭心は、必要なこと以外は話をしないクールなタイプ。細身ではあるものの筋肉質な体型をしており、淵の細い眼鏡をかけている。

姿勢はよく迷いの無い眼差しが印象的であり、鋭い洞察力と高校生らしからぬ異彩を放つ堂々とした振る舞いは他に類を見ない不思議な存在感を醸し出している。

「源君は、趣味とかあるのかな?」
 
「趣味って言うか、社寺巡りとか、仏像の鑑定とかやったら・・・」
 
「へぇ~、流石だね、将来はご住職になるのかなぁ?」
 
「まぁ・・・」

田村からの質問に返答しながら、座席に腰掛ける結子に一瞬だけ目線をやる昭心を黙って見つめている結子。
 
「へぇ~、穢れが見えるんだ・・・」
 
昭心が教室内の穢れた気を体感していることがわかる結子に対して再び視線を送る昭心は、自己紹介を澄ませて静かに席に着いた。
 

新年度が始まり新しいクラスに誰もが馴染んでいない中、ひとりだけそうではない人物がいた。
  
「はい、はい、神社仏閣巡りサークルに入会希望のみなさん、並んで、並んで!」

そう、「まっつん」こと松島である。胸を張り恐れ入ったかと言わんばかりに自慢げに語っている松島は、結子がサークルの名誉メンバーだということを武器に新しいクラスメイトたちへサークルのメンバーになるよう促していた。
 
結子がメンバーなら参加するという男子生徒たちが松島の周りに集まり、松島の狙い通りに結子効果でメンバーが増加するサークル。
 
「朋友、凄いだろ!ほら、手伝った、手伝った!」

「全く・・・どうなっても知らねぇーからなぁ!」
 
松島からサークルの入会申込書の束を渡された朋友は、松島の張り切り方に辟易へきえきするくらいであったのだが、受け取った用紙を仕方なく男子生徒たちに配布した。


新年度から沸き立っているのは何も生徒たちだけではない・・・職員室内も新しい顔触れが現れたことにより落ち着いた平穏な雰囲気とは言い難い、言わずもがなの状況になっていた。

いきなり超イケメンと超美人が田舎町の高校に赴任して来たのだから無理もない。デスク前に着席している雨音に対して、気が気でない男子教師たちが次々に話しかけた。
 
「雨音先生、初日から大人気ですね!クラスの生徒たちはいかがでしたか?」
 
「はい、みんな可愛い、いい子たちでしたよ」
 
雨音が足を組み替えると鼻の下を伸ばして思わず雨音の美脚に目線を送る男子教師たち・・・
 
「雨音先生、何か分からないことやお困りなことがあれば、いつでも多田にお声がけください。全力でお力になりますから!」
 
「ありがとうございます」
 
「雨音先生、喉が渇かれたのでは?先生の分のコーヒー、斉藤がお持ちしました!」

「わざわざ、ありがとうございます」
 
互いの表情を見ながら権勢し合っている多田と斉藤の横から透かさず割り込んで来たひとりの男・・・教頭である。

「雨音先生、初日からお疲れ様でした。私が肩でもお揉みしましょうか?」
 
鼻の下を伸ばして完全に好色心すきごころに目が眩んだ教頭は、他の教師たちを差し置いて雨音の体を撫でるような手つきで肩に触れるので、雨音は戸惑いながら少し驚いた表情をしていた。
 

他方、女教師たちも負けてはいない。
 
「田村先生、お茶をお持ちしました」
 
照れた表情をしながらも、真っ先に田村に近づきお茶を差し出す関口がいるかと思えば・・・
 
 「田村先生、お弁当のおかず、たくさん作って来たのでいかがですか?」
 
「すみません、それでは遠慮なく」
 
たくさん作って来た訳ではないのに田村におかずをお裾分けする黒沢・・・田村の笑顔にメロメロになりながら嬉しい表情を浮かべる女教師たちの雰囲気を察したのか、その場に現れた校長が田村と雨音を校長室に呼んだ。
 
ふたりはその場に立ち上がり校長の下へ向かう。田村と雨音の背中を哀愁の眼差しで見つめる教師たちに対して、「はい、はい、仕事、仕事!」と用務員の村上が職員室内をテキパキと清楚しながら浮き足立った教師たちに喝を入れた。
 
田村と雨音が職員室を出た後は、まるで何事もなかったかのようにそれぞれが自分の業務に戻り職員室はいつもの日常に戻った・・・
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