ありがとう、さよなら

まる

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逃避

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流れる雲

流れていく景色

当てもなく電車に揺られ

現実から逃れるように

少しでも遠いところへ



気がつけば箱の中には私一人

誰もいない静まった世界で

ただ車内アナウンスと

モーター音だけが鳴り響いていた



手元には電源を切ったスマホと

有り金を全て注ぎ込んだICカード



行く当てもなく乗った電車は

まるで現実の様に

止まることを知らない



もう、疲れたなーーー



働き詰めでボロボロの身体

人間関係でボロボロの心

こんなに苦労して

こんなに努力をして

私は何を成し得たのだろう



信じていた人に利用され

職場でもいい様に使われ

大切な人を失った



自分がこんな姿になろうとは

いつか想像したことはあっただろうか



希望

目標



憧れ



全てを捨てて今

私は何を必死になっているのだろう



ーーもう何も考えたくない




私はただひたすら電車に揺られる


どれだけ頑張ったとて

もう君はいないのに


何故あの時、意地でも縋り付くことを

選ばなかったのだろう


後悔したところで

君はもう戻らない



頬を伝う熱い雫が

君の温もりを思い出させる



もう二度と戻らない

もう二度と交わらない

私達の人生は交差してしまったのだ



気づいた時には既に手遅れ



いつだってそうだった

考えているつもりでも

最後には後先考えられずに

失ってから気付く



あゝしていれば、こうしていたら

そんなことばかりが脳裏に浮かぶ


私はこれからどうなっていくのだろう

首を横に振り、私は

また考えるのをやめた



気がつけばもう終点

現実から逃れられるのも束の間

休日の現実逃避ももう終盤

帰りの電車は現実に戻る為の

準備をしなければならない



電車を降りホームに立てば

はぁ、と溜息を零し

スマホの電源を入れる


すると知らない番号から

ダイレクトメッセージが届いていた

恐る恐る開いてみると


『ありがとう』


その一言だけが記されていた

君はいつだって残酷だ

居なくなってもなお

私にこの息苦しい現実と

立ち向かえと言ってくる


そんな君に支えられて

生きて来れたんだな


"ありがとう"

私は心の中で呟いて

帰りの電車に足を踏み入れたーーー

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