悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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2章.妹君と少年伯は互いを知る

40.妹君は浮き足立つ①

「もうすぐ市内に着きますが、どうしますか?」

 小窓からイーヴォが声をかけた。

 彼とて若い男女が密室の中、互いに手を重ね合っている甘い雰囲気を醸し出されているところに、無粋な声などかけたくはなかった。

 が、仕事だから仕方がないとむしろ気付かない振りをした。

「……門のところで降ろしてくれ。少し歩きたい」

「かしこまりました」

 彼は小窓を片手で器用に閉めると、手綱を持ち直した。



 馬車はやがて、ゆっくりと停車した。

「……降りる」

 リーゼロッテの手を名残惜しそうに彼女の膝に戻すと、ユリウスは先に降りて行った。

 彼に続いて降りようとすると手を差し伸べられる。

 イーヴォの手……ではなく、ユリウスだ。

 難しい顔を作った彼は「……手を」と言うと、気恥ずかしいのかほんの少し視線を外した。

 つい先ほどまで握っていた手ではあるが、こうして改めて触れるとなるとどことなく照れくさい。

(いいえ、リーゼロッテ。これはエスコート。ただのエスコート。平常心に戻りましょう)

 そう自分に言い聞かせ、ぎこちなくも無事地上に降りたてた。

「リーゼ、どうでした? この辺りの街道の風景は王都とは一味違うでしょう?」

 御者席から降りたイーヴォがにっこりと笑って聞いてきたが、彼女は曖昧な笑みで当たり障りのない返答をした。

 正直、馬車が止まるまでリーゼロッテは気が気ではなかった。

 なにせユリウスと手を重ねて以来、ずっとそのままだったからだ。

 とても車窓の風景を楽しむ余裕などない。

「では……ひととおり回ったら帰ってくる」

「はい、ごゆっくり。いってらっしゃいませ」

 にこやかに送り出すイーヴォに背を向け、二人は市内へ続く門をくぐった。




 門番との軽い問答を終え、市内に入ったリーゼロッテはその景色に目を見張った。

 彼女が通った学院のある王都は、別名水の都とも呼ばれ一定の幅に整備された川や美しい橋の造形などが有名である。

 いわば、自然や元の地形をある程度利用した佳景が特徴だ。

 しかしこの辺境の地で市内、と呼ばれるこの都市は全く性質が異なる。

 数本の大通りが放射状に伸び、そこから不規則にのびた小道には煉瓦レンガ造りの家がびっしりと立ち並んでいる。

 ここまではよくある比較的栄えた都市の街並みだ。

 しかし、他の都市との違いは、頑強に作られた二つの高さの違う城壁が都市をぐるりと囲む。

 城壁の間に堅牢な防塁と、近くの川から引いてきたであろう堀が張り巡らされている。

 等間隔に空いた望楼に、城壁より一回り高く作られた塔が数本そびえ立ち、兵士らしき人影が小さな蝋燭ロウソクのようにじっと立っている。

 これでもかというほど防衛に重きを置いた城郭都市を、彼女は見たことがなかった。

「珍しいか」

 あっけにとられた彼女に、ユリウスが苦笑気味に訊ねた。

「……貿易の要所とお聞きしてはいましたが、これほどとは思っていませんでした」

「元は何百年も前に作られた砦だ。そこに平民が住むようになったのが始まりと言われてる」

 ユリウスの言葉に彼女は城壁を見上げながらただただ頷いた。

「リーゼ」

 彼はそっと腰に手を伸ばし、リーゼロッテを引き寄せる。

 突然のことに驚く彼女はダクマーの時のことを思い出した。

 あの時とは違い、彼の胸からは芳しい香りの中に僅かな汗の匂いがする。

(わ、私ったら……何を想像して……っ)

 その直後に馬のいななきとともに馬車が通り過ぎた。

 どうやら道の往来で上ばかり見ていた彼女をさりげなく助けてくれたらしい。

「あ、ありがとうございます」

「いい。気にするな」

 ユリウスは優しく笑うと、彼女の髪を愛でるように撫でた。

(私ったら、お上りさんみたいだったわ……ユリウス様の恥になってしまう)

 図らずも往来で抱き合うような形になってしまった彼らを、通行人たちが好奇の目で見てくる。

 いたたまれなくなってきた二人は「い、行くぞ」「は、はい行きましょう」とぎこちなく身体を離した。
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