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3章.妹君と少年伯は通じ合う
80.少年伯は静かに怒る①
ユリウスの言葉に、一同はざわついた。
「リデル家が……」「そんなバカな……」と口々に言い合う中、アンゼルムだけが沈痛な面持ちでユリウスに問う。
「しかし……非常に恥ずべき事ですが、我がハイベルク家使用人、ダクマーをこの目で見ました。彼女、いや、ハイベルク家とリデル家が繋がっているとお思いですか?」
「……今のハイベルク家が私や王家に断りもなくリーゼの追放を解く理由がない。数日前にダクマーを名乗る使用人が来たが、リーゼに触りが出たので追い払った。ダクマーの独断でリデルと繋がっていると考える方が自然だろう。もちろん、可能性の一つでしかないが」
「確かに……」
ダクマーが辺境伯家に現れたことに驚きかけたが、長姉の差し金だろうとすぐに思い至ったアンゼルムは深くは聞かなかった。
(ディートリンデ姉さんのことだ。どうせろくな用ではない)
詳しく聞いたところで苛立ちが増すだけだ。
姉が攫われて気が立っているアンゼルムは、そもそもユリウスがダクマーを斬り殺してくれていればこんなことにはならなかったのでは、とすら思うほどだった。
しかしそれはただの八つ当たりだ。
他家の使用人を不躾だからと斬殺するなど、他家に宣戦布告するようなものだ。
あってはならない事だと彼も分かっているが、それでもダクマーがリーゼロッテにしてきたことを考えれば殺してくれて構わなかったのに、と思わざるを得ない。
そこまで考えたアンゼルムは気づいた。
(……ならばこうなる前に僕がやればよかったはずだ。なぜ、僕はこの人にそこまで求める……?)
アンゼルムはユリウスを見上げた。
全体的に白く女性と見違えるほど美しい彼に受ける印象は冷たい、の一言だ。
言葉も短く、素っ気ない。
奉公人や使用人が攫われても冷静で、焦る事もない。
一見、彼らを見捨てることすら考えてそうだ。
しかし、その瞳の奥に燻る何かが、強くアンゼルムに揺さぶりをかける。
それこそが、ユリウスにかける期待と恐れの正体だと、彼は感じていた。
「しかし、亜人を捕まえるにしてもかなり抵抗されるかと……」
アンゼルムの視線に気付かないユリウスは、隊長の疑問に頷いた。
「それは『谷落とし』を使ったのだろう」
「閣下、先ほどから仰られている『谷落とし』とは一体何なのでしょう?」
「この国では自生していないから知らないのも無理はない。『谷落とし』はとある花の別名だ。ヒトには全くの無害だが、鼻の効く亜人やそれに準ずる者には絶大な効果がある。嗅いだ者に高揚感を与え、引き寄せる。興奮剤、といえば分かるか?」
ユリウスの問いかけに隊長は得心したように唸った。
「つまり……亜人たちは自ら誘拐犯の元に近づいていった……と?」
「そういうことになるな」
「なるほど……」
「……デボラ、例の地図を」
隊長との話を切り上げたユリウスに、デボラが腕の長さほどはあろう地図を広げた。
辺境伯領周辺が描かれたその地図上には、いくつかのバツ印が書かれている。
その印の意味は誰一人として聞かなかったが、おそらく、敵の拠点か潜伏先の候補だということは想像できた。
(辺境伯……ここまで調べがついていたのか……)
アンゼルムは唇を噛み締めた。
彼が辺境伯領に来て日は浅いが、もしも自分がユリウスの立場だとして、ここまで当たりをつけて調べることができていただろうか。
ユリウスと自分の違いをまざまざと見せつけられている気がして、アンゼルムは奥歯を噛み締めた。
「馬車の向かった先は分かるか?」
ユリウスの問いかけに、はっとしたアンゼルムは、思考を巡らせる。
「それが……この辺りまで車輪の跡はあるのですが……そこから先は分かりません」
地図の一点を指差す彼に、ユリウスはやや渋い顔を作った。
そこは旧街道、とも呼ばれる古い街道だ。
と言っても舗装も整備もされていない。
途中まで車輪の跡を追えたのもそのおかげではあるのだが、ほとんど道がないようなものなので幌馬車がどこに向かったのかは分からない。
指の置かれた場所から一日以内に移動可能な範囲の中に、バツ印は六箇所ほど。
これ以上はとても絞り込める気がしない。
行き詰まったか、と誰もが目を伏せかけた。
「……………………ユリウス様」
皆が諦め半分に唸っていたところ、ふと、黙りこくっていたロルフが口を開いた。
「どうした」
ユリウスの問いかけに、彼は眠そうな眼を向けた。
「……………………僕なら分かる」
「ロルフ!」
「……! そうか」
イーヴォがロルフの肩を掴んだのと、ユリウスが何かに気付いたのは同時だった。
「どういうこと?」
いまいち話がわからないといった表情のテオが三人に問いかける。
言いにくそうに口ごもったユリウスとイーヴォの代わりに、ロルフがどろん、とした顔をテオに向けた。
「……………………僕、亜人のクオーター。亜人の血、僕、少ない。でも鼻はいい。『谷落とし』、匂い追える。絶対、惑わされない」
ぽつりぽつりと呟くような彼の言葉に、皆の表情が希望に満ちてくる。
(そういえば聞いたことがある……亜人と人間の混血でも亜人の血が薄いとヒトに似た種……確か耳なしと呼ばれる者になると)
「わお。君いいね」
「しかしロルフはまだ十歳です。戦力として見てもまだ未熟、足手纏いになります。私をお連れください」
イーヴォが必死にユリウスに訴えかけるが、それをロルフは制した。
「……………………父さん、『谷落とし』、効く。父さん、ダメ。それに………」
彼の瞳に鋭い光が宿った。
「リーゼ、攫ったやつ、許さない」
あまりの剣幕にイーヴォをはじめ、見習い騎士や隊長までもがたじろぐ。
一瞬見せたロルフの激情に、アンゼルムはザシャの面影を見た。
(彼は……もしかしてザシャって人の……)
ロルフの強い横顔に熱いものを感じたアンゼルムは、拳を握りしめた。
「アンタ、ここはロルフに任せな」
「デボラ……」
イーヴォの肩を掴み、デボラはふっと微笑んだ。
その微笑みは寂しさの中にほんの少しの諦めが込められているようで、イーヴォはため息をついた。
「ロルフ、ザシャとリーゼを頼んだよ?」
「……………………ん」
両親に思いを託され、ロルフは力強く頷いた。
心なしか少し嬉しそうに見えたのは、アンゼルムの気のせいだろうか。
「……では、お急ぎください。いかにロルフが鼻がいいと言っても雨が降っては匂いが消されてしまいます」
イーヴォはそう言うと、馬の準備をするためいそいそと玄関から出て行った。
「リデル家が……」「そんなバカな……」と口々に言い合う中、アンゼルムだけが沈痛な面持ちでユリウスに問う。
「しかし……非常に恥ずべき事ですが、我がハイベルク家使用人、ダクマーをこの目で見ました。彼女、いや、ハイベルク家とリデル家が繋がっているとお思いですか?」
「……今のハイベルク家が私や王家に断りもなくリーゼの追放を解く理由がない。数日前にダクマーを名乗る使用人が来たが、リーゼに触りが出たので追い払った。ダクマーの独断でリデルと繋がっていると考える方が自然だろう。もちろん、可能性の一つでしかないが」
「確かに……」
ダクマーが辺境伯家に現れたことに驚きかけたが、長姉の差し金だろうとすぐに思い至ったアンゼルムは深くは聞かなかった。
(ディートリンデ姉さんのことだ。どうせろくな用ではない)
詳しく聞いたところで苛立ちが増すだけだ。
姉が攫われて気が立っているアンゼルムは、そもそもユリウスがダクマーを斬り殺してくれていればこんなことにはならなかったのでは、とすら思うほどだった。
しかしそれはただの八つ当たりだ。
他家の使用人を不躾だからと斬殺するなど、他家に宣戦布告するようなものだ。
あってはならない事だと彼も分かっているが、それでもダクマーがリーゼロッテにしてきたことを考えれば殺してくれて構わなかったのに、と思わざるを得ない。
そこまで考えたアンゼルムは気づいた。
(……ならばこうなる前に僕がやればよかったはずだ。なぜ、僕はこの人にそこまで求める……?)
アンゼルムはユリウスを見上げた。
全体的に白く女性と見違えるほど美しい彼に受ける印象は冷たい、の一言だ。
言葉も短く、素っ気ない。
奉公人や使用人が攫われても冷静で、焦る事もない。
一見、彼らを見捨てることすら考えてそうだ。
しかし、その瞳の奥に燻る何かが、強くアンゼルムに揺さぶりをかける。
それこそが、ユリウスにかける期待と恐れの正体だと、彼は感じていた。
「しかし、亜人を捕まえるにしてもかなり抵抗されるかと……」
アンゼルムの視線に気付かないユリウスは、隊長の疑問に頷いた。
「それは『谷落とし』を使ったのだろう」
「閣下、先ほどから仰られている『谷落とし』とは一体何なのでしょう?」
「この国では自生していないから知らないのも無理はない。『谷落とし』はとある花の別名だ。ヒトには全くの無害だが、鼻の効く亜人やそれに準ずる者には絶大な効果がある。嗅いだ者に高揚感を与え、引き寄せる。興奮剤、といえば分かるか?」
ユリウスの問いかけに隊長は得心したように唸った。
「つまり……亜人たちは自ら誘拐犯の元に近づいていった……と?」
「そういうことになるな」
「なるほど……」
「……デボラ、例の地図を」
隊長との話を切り上げたユリウスに、デボラが腕の長さほどはあろう地図を広げた。
辺境伯領周辺が描かれたその地図上には、いくつかのバツ印が書かれている。
その印の意味は誰一人として聞かなかったが、おそらく、敵の拠点か潜伏先の候補だということは想像できた。
(辺境伯……ここまで調べがついていたのか……)
アンゼルムは唇を噛み締めた。
彼が辺境伯領に来て日は浅いが、もしも自分がユリウスの立場だとして、ここまで当たりをつけて調べることができていただろうか。
ユリウスと自分の違いをまざまざと見せつけられている気がして、アンゼルムは奥歯を噛み締めた。
「馬車の向かった先は分かるか?」
ユリウスの問いかけに、はっとしたアンゼルムは、思考を巡らせる。
「それが……この辺りまで車輪の跡はあるのですが……そこから先は分かりません」
地図の一点を指差す彼に、ユリウスはやや渋い顔を作った。
そこは旧街道、とも呼ばれる古い街道だ。
と言っても舗装も整備もされていない。
途中まで車輪の跡を追えたのもそのおかげではあるのだが、ほとんど道がないようなものなので幌馬車がどこに向かったのかは分からない。
指の置かれた場所から一日以内に移動可能な範囲の中に、バツ印は六箇所ほど。
これ以上はとても絞り込める気がしない。
行き詰まったか、と誰もが目を伏せかけた。
「……………………ユリウス様」
皆が諦め半分に唸っていたところ、ふと、黙りこくっていたロルフが口を開いた。
「どうした」
ユリウスの問いかけに、彼は眠そうな眼を向けた。
「……………………僕なら分かる」
「ロルフ!」
「……! そうか」
イーヴォがロルフの肩を掴んだのと、ユリウスが何かに気付いたのは同時だった。
「どういうこと?」
いまいち話がわからないといった表情のテオが三人に問いかける。
言いにくそうに口ごもったユリウスとイーヴォの代わりに、ロルフがどろん、とした顔をテオに向けた。
「……………………僕、亜人のクオーター。亜人の血、僕、少ない。でも鼻はいい。『谷落とし』、匂い追える。絶対、惑わされない」
ぽつりぽつりと呟くような彼の言葉に、皆の表情が希望に満ちてくる。
(そういえば聞いたことがある……亜人と人間の混血でも亜人の血が薄いとヒトに似た種……確か耳なしと呼ばれる者になると)
「わお。君いいね」
「しかしロルフはまだ十歳です。戦力として見てもまだ未熟、足手纏いになります。私をお連れください」
イーヴォが必死にユリウスに訴えかけるが、それをロルフは制した。
「……………………父さん、『谷落とし』、効く。父さん、ダメ。それに………」
彼の瞳に鋭い光が宿った。
「リーゼ、攫ったやつ、許さない」
あまりの剣幕にイーヴォをはじめ、見習い騎士や隊長までもがたじろぐ。
一瞬見せたロルフの激情に、アンゼルムはザシャの面影を見た。
(彼は……もしかしてザシャって人の……)
ロルフの強い横顔に熱いものを感じたアンゼルムは、拳を握りしめた。
「アンタ、ここはロルフに任せな」
「デボラ……」
イーヴォの肩を掴み、デボラはふっと微笑んだ。
その微笑みは寂しさの中にほんの少しの諦めが込められているようで、イーヴォはため息をついた。
「ロルフ、ザシャとリーゼを頼んだよ?」
「……………………ん」
両親に思いを託され、ロルフは力強く頷いた。
心なしか少し嬉しそうに見えたのは、アンゼルムの気のせいだろうか。
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